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4巻
4-1
しおりを挟む第一章 エルフの森へ向かう者達
――Side:夏那――
元勇者の高柳陸――リクと、あたしこと緋村夏那を含む三人の高校生はヴァッフェ帝国で魔族の副幹部、ガドレイと戦って勝利した。
今までで一番の大規模な戦いで、あたし達は旅立ってから初めてリクから離れて行動することになった。
信頼を得られたという嬉しさもあったが、それ以上に改めてリクの凄さと、自分達の力がまだまだだということを思い知らされた。
リクは一人で魔族の将軍、魔空将レムニティを討ち取っていた。そんなこと、あたし達じゃ絶対できない。
リクがレムニティを倒してくれたおかげで、あたし達は報酬としてお金と、念願の船を受け取った。
これで魔王が寝城にしている島に向かえると思ったんだけど、海は魔族に支配されており船を出すことができなかった。
リクが前にいた世界では『聖木』というものがあって、それで船を改造すれば、魔族が寄ってこず、安全に航海できたらしい。
そこであたし達は、聖木があるというエルフの森についての情報や、過去の勇者の話を聞くため、グランシア神聖国――聖女メイディ様の下に戻るのだった。
◆ ◇ ◆
ヴァッフェ帝国からグランシア神聖国に向けて出発して十日が経過した。
俺――高柳陸は馬車の御者台に座ってあたりを警戒しながら、荷台で繰り広げられる会話を聞いていた。
『ファングー、頭に乗せて』
俺の創り出した人工精霊のリーチェが、ホワイトウルフのファングにそう話しかける。
「わふ」
するとファングは『どうぞ』とでも言うように一鳴きした。
その様子を見て、夏那が微笑ましげに呟く。
「すっかり仲良しになったわね」
俺はその姿に懐かしさを覚えながら口を開いた。
「向こうの世界でもこんな感じだったぞ」
「リーチェちゃんもファングも小さいから、一緒に居ると物凄く可愛いんですよね」
江湖原水樹――水樹ちゃんが目を細めてファングの背中を撫でながら嬉しそうに言う。
ファングという新しい仲間が加わり、俺達は賑やかな馬車の旅を楽しんでいた。
「今更ですけど、親狼は、ファングを探してないですかね」
俺の隣に座る奥寺風太――風太は少し心配そうにする。
「周囲に親が居なかったってことは、死んだか捨てたのかもな。ファングの匂いを辿って追ってくるようなこともないようだし、連れて行ってもいいと思うぞ」
『まあ、大丈夫でしょ。ねー、ファング?』
「うぉふ!」
「ふふ、可愛い。毛並みもいいし、飼われていたみたいよね? ひゃあ」
抱っこしながらファングと顔を突き合わせていた水樹ちゃんが顔を舐められていた。
親とはぐれたであろう子狼は、いい餌を貰えるこの環境が気に入ったらしい。
リーチェの言う通り大丈夫だと思う。全員によく懐いているのでなおさらだ。
人間の仲間を増やすのはお断りだが、ファングみたいな小さい魔物なら前の世界でもずっと一緒だったし、女の子二人の癒し枠になるので歓迎だ。
「ほら、こっちにおいでファング」
「わふ~ん」
風太に呼ばれたファングは、水樹ちゃんの手を離れて御者台へ移動した。
「あんた、ファングに構いすぎじゃない?」
「そう? 夏那や水樹も可愛がっていると思うけど……」
……まあ、夏那の言う通り、意外なことに風太が一番可愛がっていたりする。
「今のところ普通の魔物しか出てないのが幸いですね」
膝の上に来たファングの背中を撫でながら、風太が周囲を見る。
俺がかつて訪れた異世界で打倒したレムニティがこの世界でも現れたことで、過去に戦った相手が他にも居る可能性が出てきた。そのため、警戒を強めているのだ。
ま、向こうが俺を覚えていないみたいだから、戦う状況は限られるかもしれないけどな?
「あ、見えてきましたよ!」
俺がそんなことを考えていると、風太が前方を指さす。
「なんか、随分と久しぶりな気がするわね」
「ヴァッフェ帝国の出来事が大きかったもんね」
グランシア神聖国が見えてきたところで、夏那と水樹ちゃんがそんな言葉を交わしていた。
ゆっくりと近づいていくと、前にも見た門番が立っているのが見えたので、俺は片手を上げてから、その門番に声をかける。
「よう、通っていいかい?」
「おお、あなた方は! 戻られたのですね、聖女様がお待ちです」
俺達のことを覚えていたようで、門番の男は笑顔で道を開けてくれた。
「ありがとう。二か月くらいかね? なんとか戻ってきたよ」
俺の門番へ対する返答を聞いて、夏那が嘆息する。
「二か月……そりゃ久しぶりに感じるわけだわ」
グランシア神聖国を離れていた期間を聞いてびっくりしている夏那に、苦笑しながら答えてやる。
「学校とか会社に行かないと、時間に縛られないからな」
往復も時間がかかるし、ヴァッフェ帝国の戦いも長引いたので仕方ないだろう。
「よし、メイディ婆さんのところへ急ぐか。馬達もゆっくり休ませたい」
「はい!」
次はエルフのところへ行くのでまだまだ長旅になる。
馬車を引くハリソンとソアラも、ゆっくり休ませてやらないとな。
◆ ◇ ◆
婆さんの居る宮殿へ行くと、前回来た時と同じく聖女候補達が出迎えてくれた。その中の一人が微笑みながら状況を尋ねてきた。
「皆様、おかえりなさいませ。ヴァッフェ帝国はどうでしたか?」
「ああ、エリシャさん、お久しぶりです。ここから逃げ出した魔族は倒しましたよ。……リクさんがですけど」
風太が得意げに答えた後、恥ずかしそうにつけ加える。
「まあ、魔族の将軍を倒したのですね!」
目を輝かせるエリシャに、俺は謙遜する。
「ま、なんとかね。婆さんは?」
「ダメですよ、リク様。聖女様をそんな風に言っては。それと、聖女様が皆さんに話したいことがあるそうです。では、こちらへ」
エリシャが頬を膨らませて俺に苦言を呈する。
次の聖女は彼女かというくらいには能力が高い、とは婆さんの言だ。
そんなエリシャに連れられて広間で婆さんと謁見する……と思ったが、なぜか婆さんの私室へと通された。
「聖女様、皆さんが戻られました」
扉の外からエリシャが話しかけると、中から婆さんの声がした。
「む、そうか……入るがよいぞ」
「失礼します」
俺達はエリシャに続いて部屋に入る。
「戻ったぞ……ってどうした?」
「メイディ様……⁉」
ベッドで横になった婆さんの姿があった。そこで水樹ちゃんが慌てて駆け寄っていく。
「それでは、なにかあれば声をかけてください」
俺達全員が中に入ると、エリシャは部屋を出ていった。
「どこか具合が悪いのですか……?」
「ごほ……おお、ミズキか……無事でなによりじゃ……ごほごほ……」
「いったいなにがあったの?」
「うむ、カナか……あの時、魔族の幹部との戦いで無理をしたせいか、調子が悪くてのう……お前達がせっかく元気に戻ってきたのに、こんな姿ですまん……そこでお願いじゃ、ミズキには才能がある……聖女候補としてこの地に残ってくれ……ふべあ⁉」
俺が婆さんの頭にチョップをして、そのまま目を細めて無言で婆さんを見ていると、冷や汗をかきながら抗議の声を上げてきた。
「いきなりなにをする⁉ 病気の老人に手を上げるなぞ!」
「そうですよ、リクさん!」
憤る婆さんと水樹ちゃん。
「うーん……」
だが、夏那は怪しいと訝しんでいる様子だ。まあ、今回は夏那が正解だな。
「仮病だろうが。そんな顔色のいい病人が居るかってんだ」
「え?」
俺の言葉に水樹ちゃんがきょとんとする。
続けてリーチェが呆れた様子で口を開いた。
『わたしの目は誤魔化せないからね、おばあちゃん?』
「ぬう……精霊殿か。ええい、そうじゃ! わしはピンピンしておるわい」
「なんで久しぶりに会ったのに逆切れしてんのよ。聖女様が嘘ついたらダメでしょうに」
夏那に正論を言われて、そっぽを向く婆さん。
嘘をついてでも水樹ちゃんが欲しいと思ったということか? 俺は婆さんの真意を確かめる。
「水樹ちゃんには、聖女の素質があるのか?」
「……」
「不貞腐れんな」
「不貞腐れてなぞおらんわい! ……うむ、まあそういうことじゃ。戻ってきたら話をしたい、というのはこのことじゃった。ミズキなら頼めば聖女候補になってくれるんじゃないかと思ってな」
「やり方が汚い……!」
珍しく風太がショックを受けていた。
婆さんくらいの年になると色々な手段を使ってくるものだ。
聖女がこんなお粗末な策をやるのか、という話が聞こえてきそうだが、前の世界での聖女であるイリスは泣き落としを得意としていた。どこも似たようなものだ。
「えっと、ごめんなさい。今ここに留まることは……できません。全てが終わって、風太君や夏那ちゃんが帰れるようになっても、私はこの世界に残るつもりですが、二人が帰るまでは一緒に旅を続けます」
「むう、ダメか……勇者ではないと言われたようじゃが、能力は本物。だからミズキは勇者ではなく、聖女として召喚されたのではと思ったのじゃが……」
「ま、本人が拒否したんだ、諦めるしかねえよ。嫌われたくないだろ? とはいえ、水樹ちゃんがこの世界に残った際は、ここに住まわせてほしいけどな」
「それはもちろんじゃ」
俺が水樹ちゃんの後見人になってくれないかと頼むと、婆さんは快く引き受けてくれた。
この世界に残るなら後ろ盾があれば安心できる。打算もあるだろうが、即答してくれたのはありがたいことだ。
すると夏那が腰に手を当てて口を開く。
「水樹が選ばれたら、エリシャ達が気の毒じゃない? 聖女の修行を一生懸命やっているのに、急に出てきた水樹に聖女の座を取られたら、怒る人が出ると思うけど」
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候補達も頑張ってはいるが、聖女としてやっていくには力が足りないと婆さんは言う。
水樹ちゃんは異世界から来た人間で、勇者としての素質があった風太や夏那と同じく、現時点でも十分な力を持っているようだ。
「ひとまずわしから聖女を引き継げる人間が居ればと思ったのだが、仕方あるまい」
「なんだ、引退か? まあ老体にはきついか……いてえ⁉」
婆さんはベッドから飛び降りて、俺の脇腹を小突きながら質問してきた。
「無礼者め、さっきのお返しじゃ。で、向こうはどうじゃった?」
俺は肩を竦めた後、口を開く。
「どこから話すかな――」
俺はかいつまんでヴァッフェ帝国での顛末を話す。
レムニティを倒したこと、船は確保できたが海には出られないこと。
そしてこれから、エルフの森に行くつもりだと告げた。
「幹部を倒したか……今まで来た異世界の者達とは違うな。やはり、リクが一度似たような経験をしているのは大きいのう」
「それはあるだろうな。だけど三人もよくやっているよ。船を完全に破壊されなかったのは、夏那が港に向かう魔族の群れにいち早く気づいたおかげだし、水樹ちゃんは空に展開していたレッサーデビル達を弓矢で軒並み倒している。風太なんて副幹部にトドメを刺したんだ」
「えへへー」
「ほ、褒めすぎでは?」
「ありがとうございます。リクさん!」
夏那と水樹ちゃんが照れ笑いをし、風太は嬉しそうに叫んだ。
「勇者としての力が、戦いでさらに覚醒しつつあるのじゃろうな。リクが居れば増長することもないだろうから確実に強くなれる」
「どうかねえ」
俺の指導が実を結んでいるといいけどな。これからは、どちらかと言えば無茶を窘めて死亡させないように立ち回ることを考えている。
「俺を含めて、戦いに関しては今後もついて回る問題だ。嫌でも強くなるだろうさ」
『三人共素直にリクの言うことを聞くから、吸収も早いわよね』
「わふ!」
リーチェが労いの言葉をかけると、ファングがそうだと言わんばかりにひと声鳴いた。
「ふふ、ありがとう」
ファングを抱き上げて、水樹ちゃんが頭を撫でていた。
さて、帝国についての話はこれくらいでいいだろう。次は目的地について情報を聞いておきたい。
「で、話は変わるが、船を使えるようにしたい。前の世界では船を強化できる素材の、聖木というものがエルフの森にあったんだが、この世界で聞いたことはあるか?」
「ふうむ、わしは聞いたことがないのう。エルフと関わりがあった頃でも耳にしたことはない」
「そっか……でも、この世界にはリクが昔召喚された世界と共通している部分が多いから、行けば見つかるかも?」
「だな、情報がないんじゃ、現地で確認するしかないか。それじゃ、エルフと接する際に注意する点はあるか? 人間と確執があることくらいは聞いているけど」
「……正直に言うと、会ってもらえるかすら分からん。エルフはそれくらい人間を毛嫌いしておる」
「それほどの確執が?」
風太が真剣な顔で尋ねると、婆さんは小さく頷いた。
「そうじゃ。人間とエルフ、どちらが悪いというわけでもない。しかし彼らの気持ちも分かる」
五十年前に現れた魔王率いる魔族との戦いで、人間もエルフも損害を受けている。
しかし数が少ないエルフ側が、人間のことをあれだけの数が居て役に立たないやつらだと見なして、森へ引きこもったそうだ。
同じ程度の被害でも、長寿ゆえに個体数が少ないエルフにとっちゃ、絶滅の危機にも繋がるため、憤るのも無理はない。
お互い協力し合わなければならない状況で負けてしまったため、相手に怒りをぶつけるしかなかったのだろう。
だから婆さんの言う通り、どちらが悪いというわけでもないのだ。
『仮にエルフの森に聖木があったとして、こっそり持ち帰ることはできないの?』
そこでリーチェが提案を口にする。
しかし、婆さんは首を横に振った。
「無理じゃろう。エルフの森は広大で迷路のようにもなっている。さらに風の精霊達が意図的に迷わせてくるのじゃ」
「森は精霊達によって監視されているということですか?」
風太の言葉に婆さんが頷いた。向こうの世界のエルフは気配を消すのが上手かった。それがこっちの世界のエルフも同じなら、精霊だけじゃなく、エルフも一枚嚙んでいそうだな。
「確執があった後、何人か森へ送ったが、いずれも成果を得られずに戻ってきた」
「送った?」
そこで水樹ちゃんが首を傾げて尋ねた。婆さんは腕組みをしてから言う。
「そう、彼らの技術は魔族と戦うのに有用で、聖女候補や職人達に教えてもらいたいと考えていた。だから使者を派遣したんじゃよ」
「エルフの技術ってなにか特別なものがあるの?」
婆さんの言葉に夏那も首を傾げていた。
「魔族は空を飛ぶじゃろう? エルフはいい弓を作れるから飛行する魔族に対抗するため、その技術が欲しかった。学んだ者も居たが、後世に伝えることなく戦争や老衰で亡くなってしまった」
五十年も経っているしそうなるよな。
前の世界だと、エルフの弓を再現するのは、よほどの職人でないと人間には難しかったと記憶している。伝えられる人を見つけきれなかったってところか。
「なるほどな。まあ、迷路はなんとかなると思うから、後はエルフを説得するだけか……」
「なに? どういうことじゃ?」
「森を抜けるアテでもあるの⁉」
婆さんと夏那が訝しんだ目を向けてきたので、俺はにやりと笑みを浮かべる。
向こうの世界でもエルフは存在し、通称『迷いの森』と呼ばれるような場所に住んでいた。
あっちはまあまあエルフとの共存はできていたが、やっぱり長老みたいな奴は人間にいい印象を持っていなかった。
その証拠に、向こうの世界で俺は、武器や防具の素材として『真聖樹』と呼ばれる樹木と、その一部を加工した木材である聖木を迷いの森に取りに行った。その際にエルフ達に迷わされかけたことがある。
で、その時はというと――
『わたしが居れば、余裕で抜けられるからね!』
そう、リーチェのおかげで抜けることができたのだ。
ドヤ顔をしているリーチェに、水樹ちゃんが話しかけた。
「リーチェちゃんが居ればなんとかなるの?」
『そうよ! なんせ――』
「こいつは俺が創った人工精霊だろ? だから木々の声や精霊の声を聞けるんだよ。だから迷うことなく一直線に目的地まで辿りつけ……いてぇ⁉」
「リクさん⁉」
説明をしているとリーチェの手刀が俺の左目にヒットし悶絶する。そのまま次は髪の毛をめちゃくちゃ引っ張られた。
『全部言った! わたしの活躍なのに全部言ったぁぁ!! うわぁぁぁぁ!』
泣きわめくリーチェを見て、夏那が頷いた。
「酷いわねリク」
「俺のせいじゃないだろ⁉ もったいぶるリーチェが悪い」
「さすがに私もダメかなって思います……」
「嘘だろ……」
水樹ちゃんにも窘められ、俺は嘆息する。
リーチェは俺の力が創ったのだから、手柄は一緒だと思うんだがなあ。
夏那に宥められ泣きやんだリーチェが、もう一度口を開いた。
『そう! わたしさえ居れば、迷わずにエルフの集落へ行くことができるってわけ!』
「やるわね、リーチェ!」
「リーチェちゃん凄いねえ」
夏那と水樹ちゃんがリーチェを褒めそやす。
「はは……」
風太は女子達の茶番に苦笑しているが、婆さんは顎に手を当てて感心するように頷いていた。
「やるのう。わしもエルフには接触する機会がないから、どうするか考えていたところじゃ。しかしリクは精霊を創ることができるほどの力を持っているのだから、お前も木々や精霊の声を聞けるのではないか?」
「いや、俺は全然だ。リーチェを創った時も、向こうの聖女に手伝ってもらってようやくできたって感じだしな。婆さんはそういったことはできないのか?」
「わしの力は予知や回復能力に特化しておる。自然と対話するのはエルフの領域じゃ、おぬしの恋人は若いのに凄い聖女だったのじゃろう」
「まあ、実際イリスは凄かった」
「む」
「ぐあ⁉」
いきなり鼻の下に衝撃が走り、俺は悶絶する。
横を見ると夏那が口を尖らせていた。俺は思わず声を上げる。
「お前か!」
「ふん、鼻の下が伸びていたから、叩いて直してあげたのよ」
「リクさんにそんなことしちゃダメだよ、夏那ちゃん」
むくれる夏那を、水樹ちゃんが咎める。
「ホントだぜ……ったく」
『今はわたしの話をしてよー!』
隣に座っていたのに素早く俺の顔に一発入れる……やるようになったなと思いつつ、うるさいリーチェを頭の上に乗せてから話を続ける。
「ま、そういう事情でエルフの森へ行くのは問題ない。森で迷う以外に注意する点はあるか?」
「……ふむ、あの男が生きておるかは分からんが、もし『ジエール』というエルフに会ったら、わしがよろしく言っておったと伝えてくれ」
「その人は?」
「まあ、古い知り合いだな。腕のいい職人じゃよ」
名前を知っているだけでも、相手の警戒心を解くには十分な材料になり得る。
エルフは寿命が長いけど、今も魔族と戦っているなら命を落としていてもおかしくない。期待半分くらいで考えておこう。
「さて、それじゃもう一つ……フェリスは見つかったのか?」
「……!」
「リクさん……」
俺の言葉に夏那と風太が表情を曇らせた。聖女候補の一人だったフェリスは、魔族に対する強い憎しみを抱いている奴だった。
あいつの勝手な行動のせいで、俺達はレムニティを一度取り逃がし、婆さんは重傷を負った。
そのため牢に入れておいたのだが、いつの間にか脱獄して行方が分からなくなっている。
俺達を勇者ご一行と知っているあいつを野放しにしたままなのは、あまり好ましくない。
レムニティを先に対応する必要があったから捜索をしなかったものの、今後のリスクを考えると捕まえておきたい。
だが、婆さんは難しい顔で首を振る。
「……残念じゃが、消息は掴めておらん。町や村にも指名手配を回しているが音沙汰なし……もしかすると人の居るところには立ち寄っていないのかもしれん」
「だって食事は? お風呂だって……」
信じられないといった感じで呟いた夏那に、婆さんが答える。
「魔族の襲撃であやつの国は滅びた。そしてわしらに保護されるまでの間、過酷な環境で暮らしておったからのう。ゆえに風呂など数日入らずとも気にしないし、魔法が使えるから魔物か動物を狩って食べておるかもしれん」
「い、意外とワイルドなのね……」
境遇が境遇なだけに、問題なく暮らしていけるようだ。師匠みたいに、一人で世界を旅する女も居るし分からなくもない。
しかし見つかっていないか……ここで監禁された時は、聖女候補が着ているドレスのような服ではなくなっていたし、髪を切っていると分からないかもしれんな。それに加えて化粧をするだけでも、外見はかなり変わるだろう。
「なら向かう先でフェリスが居ないか注意しておくか。で、婆さんの話って水樹ちゃんを聖女にしたいってことだけか?」
「ああ、それだけじゃ。残ってほしいが、今回は諦めるとしよう。せっかくじゃ、これを渡しておくから道中にでも読んでくれ」
「え、あ、はい」
婆さんが水樹ちゃんに手帳のような本を手渡す。
水樹ちゃんがそれをポケットへしまうのを確認したところで、俺は手を叩いて全員を見た。
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