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3巻

3-2

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「これ美味しいですね」

 お気に召したようで水樹ちゃんはすぐ笑顔になった。それを見たマスターは満足げに頷いた後、俺の酒に指を向けて口を開く。

「そいつも美味いだろ? あと最近、エラトリアとボルタニアを繋ぐ渓谷が安全に通行できるようになったらしく、原料の麦が手に入りやすくなってな。来年はもっといいのが出来るだろうな」
「へえ、そいつは楽しみだ」
「ふふ」

 適当に相槌あいづちを入れる俺に笑う水樹ちゃん。それを成し遂げたのは俺達だと知ったら、マスターはどんな顔をするだろうか。
 さて、世間話で雰囲気をやわくしたところで質問をしてみるかな。
 冒険者のふりをすれば帝国に入ること自体は難しくないだろうが、情勢は聞いておくべきだ。
 一日休憩すると決めたことで焦らなくてよくなったのだから、慎重に行きたい。
 特に聞きたいのは、帝国と魔族の戦いがどの程度の規模で行われているのかだ。現地の人間のリアルな感想が聞けるのはありがたい。
 もし規模感が分からなくても、どの方角からやってくるかなどを聞ければ、情報がないよりはマシだ。対策を立てる指標の一つにでもなればいい。

「いい酒だ、もう一杯くれ。それとつまみも出してもらえるか?」

 俺はテーブルに酒とつまみの代金を置いて追加注文をする。

「少し待ってくれ」

 マスターは俺が酒が美味いと言うのを聞いてわずかに気を良くしたように見える。そんな彼の背中に質問を投げかける。

「俺達はこのままヴァッフェ帝国の首都へ行こうと思っている。だが、魔族との争いはどうだ? やっぱり激しいのか?」
「んー? ま、ボチボチだな。ただ魔族の連中は正面から突撃してくるから双方の犠牲は多いな。だから今は騎士と兵士だけじゃなく、望んだ冒険者にパーティを組ませて遊撃ゆうげき隊として雇い入れているみたいだ」

 国の防衛は原則、騎士達の仕事だ。ここはどうか分からないが、基本的に騎士は税金から給料を貰っているので、こういう緊急時は率先して前へ出るはずだ。
 それでまかないきれず冒険者を雇っていると考えると、魔族が有利なのかもしれないな。

「あまりそういうことってないんですか?」
「冒険者も美味い報酬があれば手伝うと思うけどな」

 水樹ちゃんの質問に対し、前の世界じゃよくある話だったので俺はそう答える。しかしマスターが俺の前に酒を置きながら首を横に振る。

「他の国はどうか分からないが、皇帝が冒険者を使うことは滅多めったになかった。それだけに現状はみんな驚いている。武勲ぶくんを立てれば無条件で騎士にしてくれる特例ももうけているようだ」

 ……となると、やはり魔族の軍勢は徐々に押しているってことか。
 そんなことを考えていると水樹ちゃんが口を開く。

「騎士って簡単にはなれないものなんですね……」
「まあ、給料や待遇がいいからな。だけど訓練はきついし、責任は重い。そこに骨をうずめる覚悟がないとやっていけんよ」

 マスターの言う通り、騎士は冒険者と違って自由が少ない。
 厳格げんかくな規律もあるし、もし勝手な行動をしたら隊が全滅する可能性だってある。だから前の世界では騎士になるためには筆記や実技、質疑応答の面接などの試験をこなす必要があった。
 それを踏まえると『武勲があるから騎士にします』はかなり破格な待遇だ。
 さらに言えば、冒険者を『遊撃隊』として雇うのも珍しい。
 例えばロカリスのプラヴァスやエラトリアのニムロスといった団長の下に置いて運用するなら無茶もしづらいし、言うことも聞かせやすい。
 だけど今の話のような防衛任務で冒険者だけでパーティを組ませると、途中で逃げる奴が居たり、壁にならない場合も多々あるんだよな。
 それはともかく、普段使わない冒険者を使っているというのは重要な話だ。
 戦える兵士と騎士が減っているか、逆にきちんとした戦力を減らしたくないからに違いない。
 ――つまりこれは俺達にとってはプラスの情報だ。
 冒険者だけのチームに潜り込み魔族と戦う依頼を受けて、レムニティを倒す。で、報酬に船を要求するという算段が出来た。
 幹部であるレムニティを倒すのは相当な功績になるので、自国の騎士になってくれと頼み込んでくるかもしれないが、それは適当にあしらえばいい。
 俺はマスターに礼を言う。

「ありがとう、いい話を聞かせてもらったよ。なら仲間と一緒に魔族討伐隊に入るかな。戦闘が拮抗きっこうしているなら小物を倒して稼ぐのもいいな」
「ははは、命がいくつあっても足りないぞ。それにそのお嬢さんに怪我をさせたくないだろう?」
「それは逆だ。冒険者としてやっていくなら実戦経験を積むのが一番いい」

 俺はそう言って酒を口にする。

「リクさん……」

 すると水樹ちゃんが安心したような顔で呟いていた。
 そこで、背後から声がする。

「マスター、その男の言う通り臆病風おくびょうかぜに吹かれていちゃ金は稼げないぜ? というか君、可愛いな。こんなえないおっさんとじゃなく、オレ達と一緒に行かないか? 色々経験できると思うけど」

 俺達の返事を待つこともなく若い金髪の男が水樹ちゃんの横に座り、ウインクをしながらそんなことをのたまう。
 年齢は高校生くらいか? 少し赤らめた顔と吐息からアルコールの匂いがするので酔っていることが分かった。
 水樹ちゃんは肩に置かれようとした手をぴしゃりと叩いて一言。

「いえ、結構です。私は今のパーティが気に入っていますから。それに冴えないおっさんだと言いますけど、リクさんはしっかりした大人です。あなたは見たところ、私とあまり年齢が変わらないですよね? 知識と経験は彼のほうがずっと豊富だと思います」
「な……!?」

 男は一気にまくしたてられて頬を引きつらせる。
 水樹ちゃんは日本の実家では押し込められていたが、本来はこういう性格のようだ。ここへ来た時に思った幸薄そうな面影おもかげは、もうどこにもない。
 俺がその様子に苦笑していると、笑い声と共に同じパーティらしき人物達が男に話しかける。

「わはははは! 余裕でフラれたな!」
「しかもこっぴどく! ウケるー!!」
「だからやめとけって言ったろう? すみません、ウチのメンバーが」

 高身長でバンダナを巻いた筋肉のかたまりのような赤い髪の男に、赤いとんがり帽子を被った茶髪のそばかすがまだ残る女の子。
 そして最後に青い髪でシルバープレートのよろいが決まっている、ややツリ目がちなイケメンが頭を下げた。
 こいつが四人パーティのリーダーってところかね。

「あ、いえ……」

 水樹ちゃんは困惑しながらもお辞儀を返す。
 やれやれ、ここは大人の出番ってところか、と俺はリーダーらしき人物に対して口を開く。

「酔った勢いで女の子をひっかけるのはギルドじゃよくあることだから気にしちゃいない。けど、ちょっと反論されて固まるようじゃまだ甘いな。ま、これ以上妙な絡み方をするようなら叩き出してやるところだったが」
「面目ない……ほらタスク、無礼を謝れ」
「う、す、すみませんでした……」
「ちゃんと謝ってくれるなら問題ない。四人パーティかい?」

 俺がグラスを傾けながらリーダーらしき男に尋ねると、肩をすくめながら彼は答えた。

「ええ、俺はヒュウスと言います。一応リーダーですが、酔った仲間を抑えることもできない若輩じゃくはい者です。申し訳ない」
「私はミーアよ! あなたの髪キレイよね、お肌もすべすべだし! ねえねえ名前は? 歳はいくつ?」
「えっと……名前は水樹と言います。年齢は十七歳です」
「年上だった……! あいた!?」

 ミーアの頭を叩いたバンダナの男が名乗る。

「うるさいぞ、ミーア。オレはグルガンだ」
「痛いわね!」
「ふふん、届かねえぞ? ……ぐあ!?」

 騒ぎ出した二人に拳骨げんこつを食らわしたヒュウスがため息を吐く。

「ふう、この通りですよ」

 ヒュウスは肩を竦めてから三人へ視線を向ける。すると慌てて三人とも視線を逸らした。

「自己紹介はこれくらいにして……お話を耳にして申し訳ありませんが、実は俺達も魔族の遊撃に参加しようと思っています。帝都で会ったらその時はよろしくお願いします」
「お、そうなのか。無茶しないようにちゃんと仲間を見張っておけよ? 特にそのナンパ兄ちゃんは無茶しそうだしな」
「くぅ……」

 タスクという男は水樹ちゃんにかっこよく話しかけたのが台無しになったせいか、下唇したくちびるをかみながら悔しそうな表情を見せた。

「お互い死なないために頑張ろうぜ。金は欲しいが、命は惜しいからな」
「ははは、そうですね。それじゃ俺達はこれで。いくぞ、タスク」
「じ、自分で歩くって……」

 ヒュウスが俺に頭を下げてから、タスクの首根っこを引きずってギルドを出て行く。

「またねリクさん♪」
「む」

 最後にミーアが俺に向かって投げキッスをして、水樹ちゃんが不貞腐ふてくされる。
 ミーアはそれを見て満足げに笑い、手を上げて彼らについて行った。

「ふう、なんだったんですかね……」
「ま、ギルドならよくあることだ。水樹ちゃんは美人だし、声をかけられるんじゃないかと思っていたけどな」
「び、美人って……もう、リクさんだってあの子に気に入られたんじゃないですか」
「いやいや、それはないって」
「ふふ、お嬢さん、もう一杯飲みますか?」

 水樹ちゃんが口を尖らせていると、マスターが仲裁ちゅうさいに入る。
 しかしそこで水樹ちゃんがとんでもないことを言い出した。

「ならお酒をください! なんかイライラします!」
「お、おい、水樹ちゃん!?」

 俺は慌てて止める。さっきも言ったが、確かにこの世界の成人・飲酒可能年齢は十六歳で、十七歳と言った水樹ちゃんは酒を飲むことができる。
 だが、年長者として、二十歳未満である水樹ちゃんの飲酒を許すことはできない。
 そこでマスターが小声で俺に『なら、これはどうです?』と言って背後にある瓶を目線で示した。
 それは前の世界でも見たことがある赤いブドウジュースだった。見た目はワインに似ているがアルコールは入っていない。
 さっき飲んでいた白ブドウジュースよりも味が渋いので勘違いをさせることができるかもしれないな。
 俺はそれならと頷いて水樹ちゃんに出すよう促した。
 そして――

「今度は赤い飲み物ですね? これがお酒? では……ぷはっ! うわ、に、苦いです……」
「ははは、はそんなものですよ。お嬢さんにはやはりまだ早かったですかね」

 マスターは気を利かせてそんなことをうそぶく。すると水樹ちゃんはまたグイっと飲み物を口に入れた。

「ふふ、大丈夫です! これくらいならいくらでもいけ……でふ……ねえ……ぐう……」
「おいおい一瞬でダウンか。本当にアルコールは入ってないのか?」
「ええ、確かに……」
「マジか」

 マスターの言葉を聞いて、俺は肩を竦めた。
 思い込みと雰囲気でここまで飲まれてしまうとは、と。
 まあ、俺が居る時でよかった。この世界で本当の酒を飲まされていたずらされる可能性もあるしな。
 残り二人も居るし、どうしたもんかと思いながら、俺は彼女を背負って宿に戻るのだった。

    ◆ ◇ ◆

「もー、なにやってんの!」

 夏那の怒声が響く。

「いやあ悪い。まさかこんなことになるとは思わなかったんだよ」

 俺が水樹ちゃんを背負って宿へ戻ると、その姿を見た風太が慌てた声を上げた。
 で、その声で目を覚ました夏那が腰に手を当てて怒り出したというわけだ。
 まあ友達がこんなことになっていたら俺でも怒る。甘んじて受け入れよう。

「夏那、あんまりリクさんを責めたら悪いよ。水樹が自分でお酒を飲むって言ったんですよね?」
「一応な。でも本物の酒は飲ませてないぜ。ちょっと渋いぶどうジュースを飲んで水樹ちゃんはそうなったんだ」
「ふむ」

 正座をして言い訳をする俺を見下ろし、口をへの字にして鼻を鳴らす夏那。少し考える仕草を見せた後、なぜか俺の目の前で正座をして言う。

「では、あたしも水樹と同じ飲み物を所望します」
「なんだって? まだ寝ぼけているのか? やめといたほうがいいと思うけどな」

 夏那は目を細めて寝ているような顔をしているので、思わず聞いてしまう。

「水樹に飲ませたならあたしと風太もいいじゃない。お酒じゃないんでしょ? 今後、そういう飲み物を飲んだ時に雰囲気に飲まれないよう、練習は必要だと思います」

 すると夏那は、そうペラペラとはっきり口にした。

『カナが壊れたわ』

 俺もリーチェの意見には賛成だ。そう思っていると風太が後頭部をきながら肩を竦めた。

「夏那って寝起きはいいと思うんだけどなあ。でも実は酒場とか食堂の空気になれるはちょっとアリかなって思いました。いつか帰るとしても、この世界にならっておいたほうがいいかもと」

 風太の、戦闘だけじゃなく、生活なども合わせておいたほうがボロは出にくいのではという意見は一理ある。
 今後、よほど必要に迫られない限り、勇者という正体を明かすつもりはない。だから現地人と同じ感覚を持つのは悪くないと俺も思う。
 前の世界の俺の師匠のように『できる』奴は細かい行動や仕草で別の国の人間だと見破ってくることもある。この先、ギルドみたいな人が大勢いるような場所に顔を出すなら、それらしく振る舞う必要も出てくるが……

「でも、お前達は日本ではまだ高校生だ、無理して合わせる必要はないと思うが……」

 俺がそう言うと夏那がまたもキッパリと言い放つ。

「ダメです。慣れた暁にはあたし達にお酒を飲ませなさい。あいた!?」
「そのキャラはやめろ、気持ち悪い」

 夏那の変な態度をやめさせるべく、俺は彼女の頭を軽くはたく。

「デリケートな問題でしょ? だからやんわり頼んでいるんじゃない」
「今のが!? どう見てもあおってたぞ……。まあ、じゃあ飯を食う時に水樹ちゃんに飲ませたブドウジュースなら飲んでいいぞ」

 俺が肩を竦めてため息を吐くと、夏那が満面の笑みで眠たげだった目を開いて肩を叩いてきた。

『随分と緩くなったわねえ』

 リーチェが呆れた声で言う。
 今までは極力異世界に関わらない生活をするためきついルールを課していた。
 だが、水樹ちゃんの今後のことを考えると、緩めて様子を見るのは間違いじゃない。俺はそう思うことにした。

『ま、楽しいのはいいけどね。なら今日は早速宴会よ!』
「「賛成ー!」」

 俺は騒ぎ出した三人を尻目に苦笑する。
 レムニティの話からこの世界にも魔王セイヴァーがいることが分かったので、奴を倒せば元の世界に帰れる可能性はかなり高い。
 しかし俺の時のように倒した直後に帰還するのであれば『トドメを刺した人間しか帰れない』可能性もあるのではと最近は考えている。
 そうなると戻れない人間が出てくるので、この世界に馴染む意味も大きくなってきたというわけだ。

「それじゃお腹もすいたし、ご飯を食べに行きましょうよ!」
『急に元気になったわね。ミズキはどうするの?』
「水樹はまだ寝て……おや」
「ううん……あれ? ここは?」
「お、目が覚めたのか水樹ちゃん。調子はどうだ?」
『はい、メガネよ』
「ありがとう、リーチェちゃん」

 飯を食うにしても水樹ちゃんを一人にできないと思っていたところで目を覚ましてくれた。リーチェが眼鏡を渡すと、目をパチパチさせながら背伸びをする。

「んー。調子は……なんか凄く体が軽い気がします!」
「マジか」

 本日二回目の驚きだ。ギルドで飲んで眠ってから三十分程度だが、恐ろしく体力回復が早いな。
 ちなみに俺も勇者として色々な能力があるのだが、これもそうかもしれない。
 やっぱり水樹ちゃんも勇者の素質があると考えてよさそうだ。そう考えるとアキラスが水樹ちゃんを勇者から除外した理由がますます分からない。
 ま、今それを考えても仕方がないし、レムニティをどうにかするほうが先だ。
 とりあえず俺は三人の話に耳を傾ける。

「今からご飯に行くんだけど食べられそう?」

 風太が水樹ちゃんに気遣うような言葉をかける。

「うん、お腹は空いているから大丈夫だよ。そういえば私、お酒を飲んだんだっけ」
「それ、リクさんによるとお酒じゃないらしいよ。でもそれで眠って帰ってきたんだよ」
「え、あれお酒じゃなかったんですか!?」

 風太のネタばらしに水樹ちゃんが顔を赤くし、口に手を当てて驚いていた。酒だと思い込んでダウンしたと聞かされれば恥ずかしいよな。

『あんなにぐっすり寝ちゃうなら人が居る前だと、嘘でもお酒だって言ってジュースを飲ませられないわねえ』
「うう……」
「まあ、目が覚めるのは早かったから、その点はよかったかな。とりあえず飯だ。ギルド帰りによさそうな店を見つけたんだ」

 俺が宿に戻る途中で見つけた酒場と食堂が一緒になった店について話をすると、そこがいいと高校生三人から賛成を得た。ギルドでもよかったが、さっきみたいに絡まれそうだからな。
 夏那と水樹ちゃんは一度睡眠を取ったおかげかテンションが高く、宿を出てからも足取りは軽かった。
 その後到着した食堂で、約束したものを注文することになった。
 ……そして――

「あはははは! リク、これ美味しいわねー! リーチェも飲もう!」
『ええー……ちょっとカナ、掴まないでよ』
「こら、リーチェを出すんじゃない!」
「くっ……僕はダメな奴だ……リクさん、どうすればもっと強くなれますかね!? モテたいんです!」
「こくこくこくこく」
「面倒臭いなお前ら……!? あ、こら水樹ちゃん、慣れてないんだからそんなに一気に飲んだらダメだ!」

 ――ほどなくして全員が酒場とブドウジュースの雰囲気に飲まれ、妙なテンションになっていた。
 何度も確認したが、酒は一滴も入っていない。それでも大変なことになってしまった。
 笑いながら絡む夏那はまあよくいるタイプだけど、風太はネガティブ思考になって絡んできて、さらにいつもは言わないことを口にする面倒なタイプだった。
 そして水樹ちゃんは無言で大して美味くもないジュースを水のように飲んでいく……

「リクさん、おかわりを……!」
「好きなだけ飲んでくれ……」

 おかわり要求してきた水樹ちゃんのコップにブドウジュースを注ぎながら、俺はため息を吐くのだった。

    ◆ ◇ ◆

 ――翌朝、宿の一室。

「酷い目に遭ったわ……半日寝て過ごしたのはいつ以来かしら……」
「僕はすぐに回復したけど、宴会って怖いな」
「私、凄く気分がいいから御者やるよ!」

 夏那は寝不足で、風太は割と普通だ。
 しかし水樹ちゃんはいつもより元気がいいくらいだった。

『ミズキが凄く元気だ……うう、カナ、あんた本当のお酒を飲んじゃダメよ……』
「あたしはいつか飲むわよ?」
『ええー……』

 宿に戻って寝た後は、三人ともハイテンションになった揺り戻しかぐっすりで、予定通りゆっくり休むことができた。
 夏那が寝るまでおもちゃにされたリーチェにはこくかもしれないが。
 特に水樹ちゃんはいつも以上に元気になっているので、最初に眠ってしまう以外に害はないと判断できる。緊急時じゃなければたまにああいうことがあってもいいのかもしれない。
 まあそんないつ来るか分からない次のことはいいとして、三人が回復したところで町を出発した。


 ほどなくして俺達は馬車に乗って森を走っていた。ハリソンとソアラも十分に休めたようで足取りが軽い。

「で、帝都に入ったらそのままギルドに直行?」

 水樹ちゃんと一緒に御者台に座る夏那が、首だけ振り返って俺に尋ねてきた。

「そうだな。だけど状況によっては少し様子見をするつもりだ」

 俺は首肯しゅこうする。

「どうしてですか? 魔族に対する迎撃作戦に参加するんですよね」
「それはもちろんだ。ただ、あいつらがどの程度の戦力で攻めてくるのかを一度見ておきたい。ついでにどうやって迎撃するのか考える」
「それでレムニティが出てきたら……」

 水樹ちゃんが不安そうに聞いてくる。

「その時は当然戦いに出て行く。どういう経緯でもあいつを押さえれば、船を貰う交渉のテーブルにはつけるだろうし」
『殺さないように情報を得るのだけが難しいわね』

 リーチェが真面目な顔でそう告げると三人が頷く。
 目標が決まっているので後はそれを遂行すいこうするだけ。
 しかしイレギュラーな事態はいつでも不意に訪れるから慎重にいきたい。
 特にヴァッフェ帝国には知り合いが居ないし、メイディの婆さんからあえて紹介状も貰わなかったからな。
 いつも通り勇者であることを伏せて活動する予定だ。
 そしてしばらく進むと、森を抜けた。俺達は少し高い丘に居るらしく、眼下に壁で囲われた巨大な都市が目に入る。

「あ、見えてきましたよ」
「うわ、あれが全部町?」

 水樹ちゃんがそう言い、夏那が嘆息たんそくする。

城塞じょうさい都市と呼ぶに相応ふさわしいって感じだな、これは」
「早く行こう、水樹!」
「うん! ハリソンさん、ソアラさん、もう一息お願い!」

 夏那が興奮気味に水樹ちゃんの肩を揺すり、馬達が少しだけ加速する。
 周囲には魔族の気配はなさそうだが……レムニティ、今度こそお前達の状況を吐いてもらうぞ――
    

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