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3巻

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 第一章 帝国への旅立ち


 ――Side:風太ふうた――
 僕の名前は奥寺おくでら風太、勇者として異世界に召喚された高校生だ。
 僕は一緒に召喚された同級生の緋村夏那ひむらかなと、その召喚に巻き込まれた江湖原水樹えこはらみずき、そして元勇者という経歴を持つ高柳陸たかやなぎりく――リクさんと共に元の世界へ戻るための旅を続けている。
 少し前に僕達は、ゴブリン達が巣くう渓谷けいこくを抜けてボルタニア王国という国に立ち寄り、そこで国王であるヴェロン様の依頼で、その渓谷のゴブリン掃討そうとうを請け負うことになった。
 ゴブリンを倒すため渓谷に戻ると、そこには父親の謀略ぼうりゃくにより命を落としたボルタニア王国の元・第一王子のヴァルハンさんというアンデッドが居た。
 彼の言葉でボルタニア王国が魔族にむしばまれていることを知った僕らは、協力して渓谷に隠れていたドーナガリィという魔族を倒すことができた。
 ほぼ全てリクさんがやってくれたので、僕や夏那達が手を貸す場面はなかったけど……
 そして次に到着したグランシア神聖国で僕達は新たな魔族幹部と相対することになる。
 いつも通りリクさんが倒して終わり……そう思っていたけど、今回は事情が違った。
 なぜならリクさんが目の前に現れた魔空将まくうしょうレムニティという魔族に対して『前に召喚された世界で戦ったことがある』と驚いていたからだ。
 だけど相手はリクさんを覚えていなかった。レムニティは強敵で、僕達も手伝ったけど、あまり戦力にはなれなかった。
 リクさんの奮闘によってそのまま倒せるかと思ったところで、グランシア神聖国の聖女候補で、魔族を憎んでいるフェリスさんという女性が邪魔をして取り逃がしてしまった。
 ヴァッフェ帝国で決着を付けようと言い残し、レムニティは飛び去った。
 その後フェリスさんは監禁かんきんされる……はずだったんだけど、彼女はいずこかへ逃亡してしまったのだ。
 僕達の素性すじょうを知っている彼女を放置したくはないけど、彼女を見つけるよりもレムニティを追う必要があると判断した。
 だから聖女のメイディ様にフェリスさんの探索をたくして、僕達は再び旅へと出発することになった。
 僕達はフェリスさんのようなリクさんの足手まといにはなりたくない、と思いながら、一路、ヴァッフェ帝国へ向かう――

    ◆ ◇ ◆

 俺――高柳陸は帝国へと向かって移動する馬車の荷台で地図を広げ、グランシア神聖国の書庫とメイディ婆さんから得た帝国の情報を三人に共有していた。
 ――ヴァッフェ帝国。
 東のほうにある国の一つで、戦いに関して言えばこの世界の中でもトップクラスだ。
 大陸の統一をしようとたくらんでいた強国らしいが、魔王が現れてからは魔族に攻撃目標をえているため今は人間相手の戦争は起こしていない。
 騎士・兵士・魔法使いとバランスよく部隊をきたえており、さらに海が近いので船を持っている。魔法使いも多く、空から強襲してくる魔族相手にも戦えるのが強みである。

「――って感じみたいだな」

 荷台には俺と夏那、それと俺が〈創造クリエイト〉という魔法で作り出した人工精霊であり、俺の分身とも言える存在であるリーチェが座り、御者台ぎょしゃだいには風太と水樹ちゃんがついている。

「……魔王に対抗できる国の一つという見解でいいんですかね?」

 俺の説明に風太がそう尋ねてきたので、今までの経験から、俺なりの推測を返してやる。

「兵力の強さがそのまま対抗力になるから、風太の認識で間違いない。ただ、大陸統一を掲げているような脳筋なら膠着こうちゃく状態だろうな」
「どういうこと?」

 俺の返答に夏那が首をかしげる。

「攻撃力は特化しているけど、その実、強力なこまを扱いきれなかったり、作戦がお粗末そまつだったりとかはよくある話だ。だから守勢は問題ないが攻撃に転じた際、相手のわなに簡単にハマって全滅……なんてことも考えられる」
「戦力を集中させる範囲が限られるから、防衛のほうが楽なんですね」

 俺は水樹ちゃんの言葉に頷く。条件や環境で変化はあるが、戦いにおいて『待ち』というのは有効かつ強力な手段だ。
 とりあえず一通りまとめると、ヴァッフェ帝国は典型的な軍事国家で戦闘に関しては申し分なさそうである。しかし大陸の統一という野望を持っていたのは危ういという結論になった。
 なぜなら俺達が勇者御一行だと知られた場合、ここまで辿ってきた国と違いなんとかして利用しようと考える可能性が高いからだ。

「トップがどんな人物かは着いてからのお楽しみってわけか。まだ先は長いし、少し不安だわ」

 と、夏那が飽きたのか寝転がりながらそんなことを言う。

「ま、対策を考えていこうよ。横柄おうへいな人だったらどうするとか」

 すると風太が落ち着いた様子でそう答えた。

「そうねえ」

 さて、夏那が横になったところで話は一段落とし、俺はふところからとある本を取り出して読む。風太と水樹ちゃんはお互いの意見を話し合っているようだ。
 現在の状況はグランシア神聖国を出発して一日が経過したところ。
 帝国の首都へは真っすぐ向かうと馬車で約十日の道のりで、あと九日もかかると考えれば夏那の先が不安という気持ちも分かる。

「ま、なるようになるか」

 地図を見ると途中に町が三つほどあるのが確認できた。最後の町がある森を抜ければ首都は目前という道のりだ。
 キャンプ生活を回避できる回数が多いので、キャンプ嫌いである夏那のストレスは軽減されるかと思っていると、不意にリーチェが口を開く。

『そういえば前の世界で魔王に聖王都せいおうとが攻められた時は、リクとお師匠さんが敵の罠にひっかかって聖王都から離れた後だったわよね。そうされると守るのも厳しくない?』

 古傷をえぐる俺の分身に当時の状況を語ってやる。

「……戦力が足りなければああなる。幹部魔族なら騎士団のリーダーだったクレス達でも勝てるが、魔王を止められるのは俺だけだったろうが」
陽動ようどうってやつですね」

 水樹ちゃんとの話を中断して、風太が会話に参加してきた。

「ああ。あの時の俺は、師匠と組んで戦えば魔王を確実に倒せるレベルまで仕上がっていた。だから魔族も知恵を働かせてきたってわけだ。仲間と協力して正面からやれば犠牲はなかったはずなんだよ……ノコノコと誘われなきゃよかった……まさか、魔王自ら強襲に来るとは思わなかったんだ」
「落ち込まないでよ。それくらい戦術が大事ってことなのよね」

 夏那がなぐさめるような言葉をかけてきて、俺は頭を切り替える。

「ま、そういうことだ。ところでどうだ、水樹ちゃん。魔物の気配はあるか?」

 ちなみに俺が御者台に座らず地図を広げているのは、水樹ちゃんと風太の訓練のためでもある。
 鍛える内容は、魔物のみならず盗賊とうぞくや山賊といったタチの悪い人間への警戒も含まれる。
 奴らは馬車の足止めを狙ってくるため、馬への襲撃も気にかけないといけない。
 どうせ数日かかるので、三人の望む訓練をするため、御者も俺以外が行うようにローテーションを組んだ。
 俺がそんなことを考えていると、水樹ちゃんが俺の質問に答える。

「こっちは大丈夫です! ハリソンとソアラに〈ウォーターカーテン〉を使っているので襲撃されても大丈夫なようにしています。ね?」

 馬車を引くハリソンとソアラのほうに目をやると、水で出来たバリアが二頭をおおっていた。
 彼女がそのまま馬達に微笑みながら語りかけると『ありがたいです』といった感じで二頭が鳴く。
 これは特に水樹ちゃんのための訓練で、彼女がこの世界に残ると言うなら、戦いと『この世界の常識』に慣れておかないといけない。
 ……彼女も連れて帰りたいが、彼女が抱える複雑な事情――高校卒業後、すぐに結婚させられてしまうなど――を知ってしまった今、向こうに帰るのは彼女にとってベストだとも思えない。個人の意思は尊重すべきだ。
 そういう経緯けいいもあり、あまり強く言わなくなったが、引き続き帰還の方法は模索もさくしている。
 いつでも帰れると分かれば風太と夏那の二人を先に帰して、水樹ちゃんが一人前になるまで俺がこっちに残ることもできる。
 正直、俺も日本に未練はないため、彼女と一緒に残って見守る選択肢も悪くないとは思う。

「僕も注意をしていますから、なにかあればすぐ報告します!」

 御者台の風太が元気よく言った。
 風太も俺の役に立ちたいという部分が強く出ていて、旅に出てから特に張り切っている。
 三人ともレムニティと戦ったことで、自分達の実力が分かったというのが大きいな。
『勝てなかった』『役に立たなかった』という面ではなく、『まだ努力が足りない』という言葉を口にしていたので成長が期待できる。
 ネガティブな努力は身につきにくいからな。
 ……俺の選択はこれでよかったですか、師匠?
 もう会うことのない人物を相手に胸中で質問を投げかけていると、いつの間にか起き上がった夏那が地図を見てぶつぶつと呟く。

「ふむ……山と海が近い……って、リク、さっきからなにを真剣に読んでるの? 本っぽいけど」
「ん? ああ、ちょっとな」
「なーにを読んでいるのよ?」
『エッチな本じゃないでしょうね?』

 リーチェと夏那が俺の横へ移動してきたので、俺はメモをたたむ。
 断じてエロ本ではないが、これは俺にしか必要がない情報で、信憑性しんぴょうせいも低い内容だからだ。

「なんで隠すのよ。やっぱりエロ本……」

 俺は疑いの目を向ける夏那をさえぎる。

「違うって。今から行く帝国の情報だけど、これはもう知ってるだろ?」
『さっき話していたやつね』
「なるほどね。そういやあの魔族、レムニティ……だっけ? いつから攻めているか分からないけど、落とせないってことはやっぱり帝国は強いのかもね?」

 リーチェが上手いこと誘導されてくれたので話は再び帝国へと移る。
 しかしそこで、水樹ちゃんが声を上げた。

「魔物が出ました! 私が魔法で迎撃げいげきするから、夏那ちゃん達は援護えんごをお願いね!」
「おっと、威勢いせいがいいな。……ふん、アシッドアントか。車輪をやられたら面倒だな。夏那は後方を見て、近いやつから魔法で燃やしてくれ」

 荷台からちらりと見えたのは、大型犬ほどの大きさをしたありの魔物だった。

「オッケー! ふふ、頑張るわよ!」
「ほどほどにな。風太は手綱たづなを離すなよ、ここは仲間を信用するんだ」
「はい!」

 風太のいい返事を受けて俺も御者台へ顔を出し、視線を動かして、詳しい状況を探る。
 数は十匹。他に襲ってくる魔物の姿はなしと。
 これなら魔法を当てる練習にもなるかと、俺は見守ることにした。

「〈アクアバレット〉!」
「こっちは〈フレイムアロー〉よ」

 女子二人の声が高らかに響き、大きな蟻の頭を吹き飛ばす。
 グランシア神聖国で訓練をしている時に気づいたが、夏那は範囲の広い魔法が得意で、細かい操作を必要とする魔法は苦手そうだった。
 それで〈フレイムアロー〉という、込めた魔力の量に応じて出せる火の矢の本数を変えられる魔法を重点的に教え込んだ。
 水樹ちゃんの特訓でも伝えたが、魔法の威力の高低は、慣れと魔力の使い方によるところが大きい。
 で、訓練の結果、最初は二本程度しか出せなかった夏那も、今では最大で五本出せるようになっている。

「よし、成果は出ているわね」
『やるじゃないカナ!』

 馬車を追って来ていた三匹の蟻が、〈フレイムアロー〉で胴体をつらぬかれて絶命する。
 それを見て指を鳴らす夏那と、その頭の上で手を叩くリーチェ。
 ボルタニア王国を出てから戦いも少しずつ任せていたが、三匹同時撃破はなかなかの快挙かいきょだと思う。

「前方は倒しました!」

 そこで水樹ちゃんがりんとした声で叫ぶ。前方を確認すると蟻が七匹息絶えているのが見えた。雑魚ざこ一掃いっそうするのは水樹ちゃんも上手いな。

「よし、突っ切るよ! ハリソン、ソアラ少し速度を上げてくれ!」

 そして風太の指示で馬二頭の足が速くなる。
 俺は念のため周囲を警戒しながら、これはしばらく任せてもよさそうだなと三人の動きを見ることにした。

    ◆ ◇ ◆

「ふう……これが帝国の首都に着くまでの最後の町ね……」
『三人ともお疲れ様!』

 夏那が疲労をにじませながらつぶやき、リーチェが労いの言葉をかけた。
 これまで基本的に三人が考えて行動し、困ったら俺が助言をするという、冒険者パーティの基礎となる動きを今更ながらやった感じだ。
 小型の魔物が多かったため、訓練の一環でほぼ三人に任せていた。訓練としては上手くいったが、高校生組は御者も交代でやっていたし、キャンプも自分達だけで頑張ると奮闘ふんとうしていたので、三人とも体力と精神の両方を疲弊ひへいさせていた。

「つ、疲れた……。でも、ちょっと早く到着できたのは良かったですね」
「森を抜ければレムニティとの戦いになりますね」
「すぐに姿を現せばな。ともあれ一週間お疲れさん。今日はゆっくり休むぞ!」

 とまあみんなが張り切ったおかげで、旅は順調に進み、無事に帝国領内へ入ることができた。
 この町まで七日で到着でき、ここからヴァッフェ帝国首都までは想定通り後二日の距離である。
 ただ、気を張って体力や魔力をかなり消耗しょうもうしているのと、帝国首都に入ってゆっくり休めるかどうかは怪しい。
 だから万全を期すため、この最後の町で丸一日ゆっくり休息を取るつもりだ。
 ここまでの道中頑張ってくれたハリソンとソアラにはご褒美ほうびとして一番いい馬房を貸し切り、良いエサと魔法で出した水を与えて休ませている。

「お前達もお疲れ。ゆっくり休めよ」
「また後でね」

 夏那が二頭にそう声をかける。後でみんなと一緒にブラッシングをしてやる予定だ。
 そして俺達も宿へチェックインした。部屋に入るとなだれ込むように夏那が部屋に入っていき、ベッドへダイブする。

「三日ぶりのベッド……」
「あ、夏那ちゃん。上着を脱いで〈ピュリファイ〉をかけないと」
「水樹、お願いー……」
「仕方ないなあ」

 もう眠りそうな夏那に苦笑しながら、水樹ちゃんは〈ピュリファイ〉を使う。ついでに俺と風太も綺麗にしてくれた。
 ひと息ついたところで、コップに魔法で水を出しながら風太が俺に尋ねてくる。

「レムニティが帝国のどこにいるか気になりますね。戦った時はまだ攻めている途中、みたいなことを言っていましたけど」
「それは行ってみないとってところだな。だけどここは帝国首都近くの町。どうするか分かるな?」
「なるほど、情報収集ですね」

 風太からコップを受け取って水を飲みながら答えると、寝ぼけた顔を上げて夏那が抗議の声を上げる。

「それならギルドか酒場に行く……ふわ……ねむっ……」
「無理しないで寝てていいぞ。俺だけ行ってくるから」
「どうせご飯を食べる時に外へ出るでしょ? その時でいいじゃない……あ、もうダメだわ。あたしは寝るけど、行くなら連れて行きなさいよ……」

 眠気からか、抗議の勢いはいつもの半分以下だった。
 そんな夏那を見て風太が困ったように笑いながら俺に聞いてくる。

「寝ちゃった。リクさん、どうしますか?」
「うーん、別についてこなくてもいいけどなあ。ああ、でも水樹ちゃんはついてきてもらうつもりだけど」

 この世界で暮らすなら、なるべく多くの町を見て回るのも必要だ。選択肢を増やす機会は多くあったほうがいい。
 レムニティ討伐も重要だが、水樹ちゃんの行く末も最重要課題の一つだからな。
 俺のそうした意図が分かっているのか、彼女は笑顔で頷いて答える。

「もちろん行きますよ!」
「なら、とりあえずリクさんと水樹だけ町に出てきたらどうですか? 僕はリーチェと一緒に夏那を見ていますよ。起きたらご飯の時にも聞き込みをするとでも言ってなだめます」
「よし、風太の案でいこう。こっちは頼むぞ、リーチェ」
『任せなさい! しっかりと見張っておくわね』


 とりあえず水樹ちゃんを連れて宿を出ると、早速ギルドへと向かう。

「人通りは普通って感じですね」
「どこも閑散かんさんとしていたグランシア神聖国が特殊だったんだ。だいたいこんなもんだろ」
「そうかもしれません。それでリクさん、首都に到着したらどうします?」

 水樹ちゃんの言葉に俺は少し考える。町中で待機し、レムニティが国を攻めているところに横やりを入れられたら一番いいんだが――

「私、レムニティはすぐに出てこないと思うんです」
「どうしてそう思う?」
「ここへ誘導した理由がなにかあるはずだと思ったからですね。あの場で魔王のところへ戻るわけでもなく、リクさんを挑発するようにヴァッフェ帝国へ来るように言った。もしかすると私達をなにかに利用しようとしているんじゃないかって」
「読みは悪くないな」
「あ、そ、そうですか? えへへ」
「それと、別の狙いも考えられる。俺達をヴァッフェ帝国に誘導しておいて、自分は魔王のもとへ報告しに戻ったのかもしれない」
「なるほど……私達が魔王のもとへすぐに向かわないように時間稼ぎをしたかったってことですか」
「ま、レムニティの性格上、俺達とすぐに決着をつけたがっているだろうから、その可能性は低いけどな。後は先の戦闘で負った傷もある。そういう意味でもすぐに出てこれないという推測は悪くないんだ」
「ああ……!」

 奴ははっきりと俺達の強さを認識していたので、次は風太達を抑える手段を講じてから俺にタイマンを仕掛けてくるに違いない。
 ……このままレムニティを無視して魔王セイヴァーのところまで行くという手もある。が、ロカリス国で話したギルドマスターのダグラスによるとセイヴァーの潜伏場所はどこかの島らしいので、今の俺達では辿り着くのは難しい。
 帝国には港があるので、なにかしらの手段で――例えば、皇帝に恩を売るなどして――船を貰えれば一気に話は進むのではと考えている。
 ただ俺の中に懸念があり、魔王のもとへ風太達を連れて行くかどうかは、未だに決めかねている。

「あ、グランシア神聖国で見たのと同じ看板がありますよ。これがギルドですよね」
「そのようだな、えらいぞ、水樹ちゃん。とりあえず聞き込みを開始するとしようか」

 水樹ちゃんが指差した先にはギルドの看板があった。俺は水樹ちゃんを褒めた後、俺を先頭にして中へと入った。
 扉には来客を知らせるかねがついていて、入った瞬間にカランと音を立てた。

「いらっしゃいませ~」

 受付係はそう言って俺達を迎え入れた。

「わ、賑やかですね」
「だなあ」

 グランシア神聖国のギルドと違って中は広く、受付と掲示板以外に食堂……いや、酒場が併設されているギルドのようだった。
 前の世界にはよくあったタイプのギルドで少し懐かしさを覚える。

「帝国が近いからもっとさびれているかと思ったが、結構人が居るな」
「そういうものなんですか?」

 大きな都市が近いと人はそっちに集まるから、この規模で運営しているのは珍しいということを小声で水樹ちゃんに説明をしながら、俺は掲示板を確認する。
 その後、バーカウンターのようなテーブルに腰かけて酒場のマスターらしき初老の男へ声をかけた。

「ここは初めてなんだが、なんかおススメの酒はあるかい? この子には美味いジュースを頼む」
「承知した。お嬢さんはお酒が飲めないのかい?」
「え、ええ」

 急に話を振られてびっくりする水樹ちゃんに、マスターはさらに続ける。

「なら、少しずつ飲んで慣れるといい。酒はいいぞ、疲れた体を休ませてくれる」
「そりゃ俺達みたいなおっさんだけだろ? あと、彼女は成人したばっかりだから酒はまだ早い」

 この世界でも十六歳で成人として認められ、酒が飲めるようになる。
 水樹ちゃんは確か十七歳って言っていたから、『成人したばかり』という俺の言葉に嘘はない。
 だが、あくまで俺達は日本人なので二十歳に満たない彼女に酒を飲ませるつもりはない。

「はは、違いない。ほら、あんたにはこれだ。少しアルコールが強いが美味うまいぞ。嬢ちゃんには白ブドウのジュースだ」

 ウイスキーのような香りの酒を一口飲むと、辛味がふわりと口の中に広がった。水樹ちゃんもジュースを少しだけ口に含んで味を確かめる。


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