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1巻
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「受け取れ!」
「リクさんなにを⁉ エピカリスさんが⁉」
その間に俺は襟を掴んでエピカリスを引き寄せた後、そのまま階段へ投げ捨てる。水樹ちゃんが息を呑み焦った声を上げるが、エピカリスが階段を転げ落ちることはなく――
「うおおおお!」
「プラヴァスさん⁉」
必死の形相で駆け上がってきたプラヴァスが抱きとめてことなきを得た。
「よう、プラヴァス。姫さんを連れてとっとと消えな、後は任せてくれていいぜ?」
「す、すまない。しかし、魔族はお前の魔法で死んだんじゃ……」
「こいつは幹部クラスみてえだし、そう上手くはいかねえよ。見な」
業火と呼ぶにふさわしい俺の魔法で燃え上がるアキラスが、炎を吹き飛ばして姿を現した。
【くっ……まさかそんな手が……】
「魔力を刃に変えているって代物だ。出し入れ自由、便利だろ? んで、さすがにタダじゃ済まなかったようだな?」
種明かしは簡潔にして再度魔力を込めて、先ほどよりでかい刃を形成して見せつける。
アキラスは全身から煙を燻ぶらせ、忌々しいといった顔で言う。
【どこまでも邪魔をするか、異世界人……】
「てめえがこっちに喚んだんだ、責任持てよ」
「す、凄いです……リクさん……どうやって見抜いたんですか……」
「ま、そいつは後でな」
こいつが魔族というのが分かっていたのを前提として、俺達がここへ踏み込んだ際にヨームをけしかけてきたことで『憑依している間は魔族としての能力は使えない、もしくは極端に弱くなる』と考えた。
で、実際はおそらく後者。
ゲヘナフレアを連発してこなかったことと、エラトリアでは接近戦も見せていたのに今は逃げようとする素振りすらあったから『こいつは憑依している』と判断し、これなら引きはがすことができると思ったわけである。
演技で攻撃を受けたプラヴァスは片膝を突き、呻きながら口を開く。
「よくこんな真似ができたな……くっ……」
「お前もよく目配せだけで気づいたもんだと感心するぜ? 手加減はしたがこいつを騙すのにはそれなりにぶっ飛ばさなきゃならなかったからな。水樹ちゃんが回復魔法を使えるから行け」
「あれで手加減、か……いったいどれだけの強さを……」
「こっちです‼」
水樹ちゃんがプラヴァスを大きな声で呼び、プラヴァスは去り際に小さく『そっちは頼む』と口にすると、俺は振り返らずに頷き、アキラスと対峙する。
これまでの小競り合いの中でダグラスが冒険者達と商人を逃がしてくれたようで、ホールはフレーヤ達だけになっていた。
俺が居るから残っているであろうフレーヤ達に声をかける。
「フレーヤ、風太達を連れてここから出れるか!」
「わ、分かりました! もう勝てそうですけど?」
「最後まで油断すんなよ? ……む!」
【……商人達なぞどうでもいいが……貴様らは逃がさない……‼ 来い、レッサーデビル達よ!】
チッ、騒ぎを聞きつけて広間に来ていたメイドや騎士が変貌していく。
どうやら城の人間の多くは魔族に変えられちまっているらしい。ただ、わざわざ商人達を逃がした後に出してくるのは、魔族には似つかわしくないくだらねえプライドだな。
ヨームの時もそうだがこうなっては助ける術がねえ。もし俺の居た世界と違い、方法があったとしてもそれを調査している時間はない。……残念だがな。
「あ、ああ……⁉」
「いやあああああ!」
【ゴガァァァァ‼】
「なんの……! 皆さん、こっちです!」
「くっ……!」
襲い来るレッサーデビルに、フレーヤとプラヴァスが素早く応戦する。結構な人数が魔族に変えられたようで、城のあちこちからレッサーデビル達が姿を現し、中には変貌途中で泣きながら襲いかかってくる奴も居る。
胸糞悪い光景の中、出口を押さえられて逃げられないと、フレーヤが夏那達を庇いながら階段下まで後退してきた。
「くっ……数が……」
フレーヤとプラヴァスが牽制するが、風太達を庇いながらは厳しいか。
【ふふ、勇者が足手まといとはいい光景だわねえ】
「ほざいてろ。さて、チェックメイトってやつだ。命乞いは無駄。逃がすつもりもねえ。あっちはてめぇをさっさと殺して助けに行けばいいだけの話だしな?」
【調子に乗って……! 異世界人如きが私の全力に勝てると思うな‼ 〈エグゼキューショナーズ〉‼】
「へえ! まだ奥の手を持っていたか!」
前に突き出したアキラスの両手から巨大な炎の渦が飛び出して、俺を呑み込もうとする。
〈魔妖精の盾〉を使いガードするが〈ゲヘナフレア〉と違い、逸れた魔法が城の壁をぶち抜いて崩れ落ちた。
まあまあの魔法だが――
「それが全力か? なら、死ぬしかないな」
【クソ人間が……!】
どうやらこれがこいつの最高の技だったようで、言葉とは裏腹に脂汗をにじませる。
全力を出させたうえで殺す。こいつらには最大の屈辱だからな――
「さあ、おねんねの時間だぜ……!」
◆ ◇ ◆
「す、凄い音がしたけど……なんだろ……? あ⁉ お城が燃えてる!」
爆発音で目を覚ましたテッドが外に出ると、丘の上にある城が燃えているところを目撃した。
自分の他にも轟音で起きたであろう野次馬がざわざわと騒いでいるなと思っていると、庭に繋いでいるハリヤーが鳴いていることに気づく。
「ど、どうしたんだいハリヤー⁉ こんなに暴れているのは初めてだよ……お腹が空いたのかな?」
テッドが庭に入ると、ハリヤーは『手綱を外してください』と言わんばかりに首を振っていた。
苦しいのかと思ってテッドが外してやると――
「ハリヤー⁉ どこ行くんだよ! ハリヤー‼」
――テッドに顔を擦り寄せた後、ハリヤーは夜の町へと飛び出して行った。
◆ ◇ ◆
【死ね!】
「てめぇがな。あの時は様子見で逃がしたが、今度は確実に消す」
【ほざくな!】
アキラスが激高しながら黒い剣を顕現させて俺へ斬りかかってくる。それを大剣でいなしながら首を狙う。なんで奴の武器が塵にならねえのかって? 基本的に生物を塵にすると思ってくれていい。他にも理由はあるが――
「だぁりゃぁぁぁ!」
【なんという重い一撃……⁉ これならどう!】
さて、アキラスの動きが明らかに速くなったな。本当に全力を出さないと勝てないと悟ったか。
奴は俺に叩きつけるような一撃を繰り出してくる。その間にも空いた手で魔法を使い、俺に手を出させないよう攻め立ててきた。
【フフ……本気を出した私の動きについてこれないようね】
「……」
人間の身体能力と比べるまでもなく、魔族の一撃は重く素早い。こいつのような幹部クラス相手だと、プラヴァスやニムロスあたりがタイマンで勝てるかどうかといった感じだろうな。
だが――
【レッサーデビル!】
「ふん、馬鹿の一つ覚えはつまらねえぜ」
空中から強襲してきた魔族の胴体を真っ二つにしながらアキラスへ斬撃を行う。
【守りなさい】
するとさらにレッサーデビルが盾となるため立ちはだかった。こいつらが変えられた人間か本物の魔族か判断がつかねえ。人間は人間への攻撃に甘さが出るから、それを狙って事前に人を魔族に変える様子を見せたというわけだな。
こういう手段を使われた場合、クソ真面目な奴は引っかかって隙を見せるんだよな。
プラヴァス達が『勝てるかどうか』程度で収まるのはそういうところにあるのだ。
【ギャアァァァァ……】
当然、俺が斬った魔族は塵と化して霧散した。その背後からアキラスが俺の顔面を狙って剣を突き出す。
【ひゃは……!】
「魔族らしい戦い方だが、俺には通用しねえな!」
カウンターで『埋葬儀礼』を突き出すと、盾にされた魔族を貫いた後、アキラスの左肩に刃が食い込む。そしてその部分が塵と化した。根本が塵になれば、当然その先にある左腕は千切れて床へ落ち灰と化す。
「言ったはずだぜ、それが全力なら死ぬしかねえってな」
【あ……が……⁉ おのれ、勇者でもない異世界人がなぜこんな強さを!】
焦ったアキラスはバックステップをしながら羽を広げて宙へ飛び、血すら出ない左腕があった場所を押さえながら、俺を睨みつけて天井に近づいていく。
【魔王城へ戻り報告をせねば……勇者より危険な存在を……くく……全軍でかかればこの国ごと――】
「だから言ったろう、その程度なら死ぬと」
【ほざけ、さすがに空は飛べまい? このまま退散させてもらうとするよ】
逃げきれると確信した笑み。
しかし、だ。前回逃げられた時にこいつが飛べると知っている俺が、準備をしていないわけはない。
収納魔法からフレーヤと作ったフック付きロープを取り出して全力で投げつける。
ロープが一瞬でアキラスの太ももに絡みついてフックが突き刺さり、肉を引き裂いていく。
【ぎゃぁぁぁぁぁ⁉ な、なんだと⁉】
「備えは十分に、な。っと、まだ抵抗するか」
【ぐ……うおおお……! 〈イービルストリーム〉!】
「落ちろってんだ!」
【イービルストリームを斬り裂くだと⁉ なんなんだ、貴様はぁぁ‼】
足の肉を削がれながらも魔法をぶっ放してくる根性はあるみてえだな。
しぶといが後は地上に叩き落として終わらせるだけと、俺は魔法を斬り裂きながらロープをぶん回す。
「うおおりゃああ!」
【っぐぅぅぅ⁉】
もう少し。
そう思っていると、階下から夏那の悲鳴が響く。
「きゃあああ⁉ ちょ、ちょっと血が出てるわよ!」
「う、く……か、数が多いですねえ……リクさんと同じ異世界人さんは逃げてください! ここは食い止めますから」
「で、でもホールは囲まれていますし……」
「三人だけならなんとか逃げられませんか⁉」
「守ってくれているあんたを置いていけないわよ‼」
下を見ると、傷だらけのフレーヤが三人の盾になるように立ち、殴られたのか頭から血が出ていた。水樹ちゃんが回復魔法でフォローに入る。
背後から襲いくるレッサーデビルはプラヴァスが片手で処理をしているようだ。
フレーヤも鍛えたが、数に押されているので厳しいか。俺がこいつを早く片付けねえと。
「……ぼ、僕が!」
そんな中、床に落ちた俺の剣を風太が拾いに駆け出す。
「こ、こっちに来い! 僕は一人だぞ!」
「無茶すんな!」
予想外の事態に俺は声を張り上げる。
「リクさんはそいつを倒してください! く、訓練はしているんだ……防御くらいなら!」
腰が引けているが無理もねえ、いきなりの実戦が魔族ってのも最悪だ。
【く、くく……助けなくていいのか? 勇者が死ぬぞ? 訓練させたがまだレッサーデビルに勝てるほどではないわ】
「……」
【あぐ⁉】
無言でロープを全力で引っ張りトドメを刺すための準備を始める。
……俺の予測が正しければ、事態はすぐに好転する。
「おおおおお! 冒険者の意地を見せろ‼」
「助けに来たぞ!」
「来たか」
【な……⁉】
一度後退したギルドの冒険者がホールになだれ込んでくる。
ちと遅かったがこれで確実に天秤はこちらへ傾いた。これで夏那達も助かるだろう。
【ぐ、ぬうう……‼ だが、私が逃げさえすれば――】
呻くアキラス。そこで階下の風太から声が上がる。
「う、うわ……⁉ なんだ、馬……⁉」
【グァァァァ⁉】
「あ、あれってハリヤー⁉」
「んだと⁉」
さすがの俺もびっくりしてフレーヤの言葉に目を向けると、ハリヤーが風太を攻撃しようとしたレッサーデビルを撥ね飛ばして、俺のところへ向かってくるのが見えた。
「おいおい! お前、ゆっくりしてろって言ったろうが!」
「ぶるおおおおおおおん‼」
階段を駆け上がったハリヤーは俺に背を向け、文字通り吠えた。
すぐにこいつの意図を汲んだ俺はハリヤーに向かってジャンプすると、ハリヤーは両方の後ろ脚を上げる。
「ったく、賢いにもほどがあるぜ! やれ、ハリヤー!」
直後、俺の両足はハリヤーの足に乗っかる形になり、ハリヤーが『行きます!』と言わんばかりに大きく後ろ脚を蹴った。直後、ハリヤーは階段から転げ落ち、俺は蹴り上げと同時にロープを力任せに引き寄せる。
【そんな馬鹿な⁉ 〈ゲヘナフレア〉! ぐあ⁉】
アキラスは俺に魔法を放つべく手をかざしていたが、俺がロープを引いたことで手が別の方を向いて不発に終わり、奴との距離がゼロになる――
「もらったぜ、魔闇妃アキラス」
【そ、んな……⁉ ま、魔王様……! イ……〈イービル――〉!】
「それは間に合わねえよ」
下からすくい上げるように剣を振り上げ、下腹部から頭にかけて斬り裂いた。
それと同時にアキラスが最後の一撃を目の前で俺に放つが、『埋葬儀礼』で消し飛ばしてやった。
【ああああ⁉ ち、ちくしょぉぉぉぉ異世界人如きにぃぃぃ!】
アキラスは断末魔の叫びを上げながら塵となり、皮肉にも自分で開けた壁の穴から吹いてきた風により霧散した。
「てめぇはやりすぎた。憑依して自分の姿を欺いた奴が影も形も残さず消える……お似合いだぜ」
俺は散ったアキラスからすぐに意識を切り替え、下に目を向ける。
「伏せろ夏那ちゃん!」
「リク‼」
俺は手すりに着地して滑りながら、レッサーデビルが群がるホールへ身を躍らせる。
こいつらも心配だが、ハリヤーが俺を蹴った反動で階段を転がるように落ちたのが気になる。
首の骨を折って死んだ、なんてことになっていたら俺はテッドに顔向けができねえ。
「悪ぃな……俺達が生き残るために、死んでくれ」
「あ、ああ……お城の人が……」
「リクさん……」
青い顔をしてへたり込む風太達には目を向けず、冒険者達の合間をぬってひたすらにレッサーデビルの首を落としては塵に変えていく。
なぜ首か、と思うだろうが、魔族によっちゃ腕や胴体を千切ったくらいだと再生する奴もいるんだ。まあ『埋葬儀礼』なら塵にできるからどこでもいいんだが、前からの癖で首を落としてしまう。
「うぷ……」
「気持ち悪いなら見るな。フレーヤ、プラヴァス、そっちの三人と姫さんは任せたぜ」
「はい! すみませんミズキさん、ハリヤーの治療をお願いできますか⁉」
「お馬さんね! もちろん!」
「ありがとうリク。エピカリス、もう少しの辛抱だ……‼」
おうおう、いいねえイケメンは。
目の前のレッサーデビルを同時に三体滅しながら口元が緩む。大事なもんならちゃんと掴んでおけってんだ。
視線を動かしながらレッサーデビル達を倒していると背後に気配を感じ、そこに剣を持った風太が居た。
「なにやってんだ、風太」
「ぼ、僕も……!」
「いいからフレーヤのところに居ろ。顔が真っ青じゃねえか」
「でも女の子だけに戦わせて……」
「この世界じゃフレーヤみたいな奴は少なくねえ。日本で暮らしていたお前達には正直厳しいし、こんなつまらねえことで手を汚すこたぁねえんだ。俺に任せろ、いいな?」
「リクさん……」
風太がしょげているが、自信やプライドうんぬんよりも命が大事だ。
道を開けて風太をハリヤーのところまで連れて行き、残りのレッサーデビル達を殲滅していく。
首を、胴を……とにかく目に入り、襲いかかってきた者は、全て。
かつて人間だった者達を――
「……終わりだ」
【アリガ……ト……】
「……」
最後の一体を斬り伏せると、礼を口にして消えた。まだ意識が残っている奴も居たか。
俺はなんとも言えない気持ちで剣をリーチェに戻してから、風太達のところへ駆けつける。
「どうだ?」
「馬のケガは治療しました。だけど、骨折までは……」
「それは俺がやろう。ハリヤー、サンキューな」
〈再生の光〉をかけて立ち上がらせると、ややふらつきながらも顔を擦り寄せてきて『どういたしまして』とばかりに鼻を鳴らし、俺は苦笑する。
「お前、テッドのところで休んでたんじゃなかったのかよ」
「あ、そっぽを向きました。きっと脱走してきたんですよ」
ハリヤーが無事に立ち上がったことを喜び、涙ぐんでいたフレーヤが冗談めかして言う。が、多分ハリヤーはなにかを感じてここまで来てくれたのだろう。
結果的に戦闘時間の短縮と風太達の安全が確保できたので、いい餌を買ってやりたい。
そこへ顔色の悪い夏那が、恐る恐るハリヤーの首に手を当ててから口を開く。
「めっちゃ人に馴れてるわね……馬って近くで見たことなかったけどこんなに大きいんだ。魔族に体当たりしてあたし達を助けてくれたよね、ありがと」
『ホント、いきなり乱入してきた時はびっくりしたわねー。っと、カナ達、ケガはない?』
「え、ええ……この子が守ってくれたし、水樹も回復魔法を使えたから……」
この子、と夏那は言っているがフレーヤの方が歳上だと教えてやると、彼女は何度も頭を下げて謝っていた。
「ま、まあ、この身長ですし仕方ないです……。でも、無事でなにより! おっとっと……」
「血と疲労はすぐに回復しねえんだから無理すんな」
ふらつくフレーヤを支えてやると、剣を杖代わりにして肩を竦める。こいつにも後で礼を言わねえとな。
さて、状況を整理するかと考えていると今度はプラヴァスが話しかけてきた。
「リク、これで終わりだろうか?」
「ああ、おそらくな。アキラスが消えた今、大がかりな仕掛けはもうねえはずだ。一応、内部調査はした方がいいとは思うがな」
「そうだな……ヨームも居なくなったしこれからが……。いや、今はそれどころじゃない、私はレゾナント達をこちらへ戻しに町へ行く。待機しているはずだが……」
「姫さんはどうすんだ?」
「リクがここに残るだろう? だから任せたい」
「いいのか? 城を乗っ取るかもしれねえぞ」
俺が笑うと、プラヴァスが真面目な顔で俺の目を見据えて口を開く。
「現状、お前ほど信用できる人間は居ない。頼めるか?」
「ったく、異世界人に信頼を寄せんなっての。俺は戦争を止めるために動いてたわけじゃねえんだぜ?」
「結果的にそうなった。国は救われた、それじゃダメか」
「はいはい、分かったから行ってこい。姫さんにはなんもしねえよ。とりあえず、城でお前が信用できる奴を一人貸してくれ」
「承知した」
大きく頷いたプラヴァスが移動しようとした瞬間、フレーヤが手を挙げて問う。
「わたしにも馬を貸していただけないでしょうか! わたしも戻って報告をしないといけないので」
「そういえば君はリクと一緒に居た騎士……」
「こいつはエラトリアの騎士でな。協力してもらっていたんだ」
「そういうことか……分かった、途中まで一緒に行こう」
「お願いします! ……あ、ハリヤーはダメですからね! テッド君のところに戻ってくださいよ」
ハリヤーは自分がまた行くのだろうと思っていたらしく、がっくりと頭を垂れてリーチェと夏那に苦笑されていた。
その後、プラヴァスが風太達に魔法を教えていたルヴァンという女性を見つけて経緯を説明し、姫さんの介抱や城の内情を調査することになった。
女性は無事な者が多かったが、男の兵士や騎士は結構な数が居なくなっていた。女は魔物の苗床にでもするつもりだったか、生贄か……ってところだろうな。正確な数は不明だが、大多数がアキラスに殺られたと思っていいだろう。
「……」
「どうしたの、リク?」
「どこか怪我でも?」
夏那と水樹ちゃんが聞いてくるが、俺は詳しくは語らなかった。
「いや、なんでもねえよ」
ともあれ、高校生三人が心身共に無事でよかった。フレーヤとプラヴァスを見送りながら俺はそう思うのだった。
◆ ◇ ◆
――プラヴァスが戦争を止めるために町へ向かったが、事態は結構マズイことになっていたらしい。
騎士団長のうち、あのいけ好かない赤い髪の男が魔族化していて、騎士達も数十人が同じく魔族となってしまい、駐留していたミシェルの町で暴れ回っていたって言うぜ。
さすがにプラヴァスともう一人の騎士団長に騎士達が居るのでことなきを得たが、二人共いとも容易く魔族化されてしまうことに戦慄を覚えていた。
そのあたりは俺が居た異世界と同じで、奴らは少しでも隙を見せると侵食してくる。特に欲をくすぐり、そこから付け入る手口が巧妙かつ悪質なのだ。
エピカリスの姫さんが乗っ取られた時もそんな感じで、親父さんである国王が病気と知って気が弱くなってしまったところを狙われたらしい。
どうやって入り込んだのか? 医者に化けたか、鳥になって近づいたか……やりようは色々あるからそのあたりだろう。
聞けばこの五十年、魔族の攻撃を受けている国はそれなりにあるが、内部にまで入り込まれたケースはここが初めてかもしれないとのこと。
そして、幹部クラスであろうアキラスを倒したことで魔王達の選択肢が二つできたことになる。
それは人間が存外強力で警戒するか、もしくは今のうちに攻めておこうと考えるかだ。
……後者の場合、まず主戦場になるであろうこのロカリスとエラトリアは特に注意しなければいけねえだろうな。
問題は『勇者召喚』が成功していることを、魔王側が知っているかどうかに尽きる。
ああ、エラトリアの騎士達は、フレーヤとプラヴァスが一番前線で待機しているニムロスへ接触して停戦が告げられ、早々に引き揚げたと聞いた。
親友だってことだし、プラヴァスなら早く片付けることができたろう。フレーヤも無事に帰せたし、これでひとまず……そう、ひとまずの解決となった。
「リクさんなにを⁉ エピカリスさんが⁉」
その間に俺は襟を掴んでエピカリスを引き寄せた後、そのまま階段へ投げ捨てる。水樹ちゃんが息を呑み焦った声を上げるが、エピカリスが階段を転げ落ちることはなく――
「うおおおお!」
「プラヴァスさん⁉」
必死の形相で駆け上がってきたプラヴァスが抱きとめてことなきを得た。
「よう、プラヴァス。姫さんを連れてとっとと消えな、後は任せてくれていいぜ?」
「す、すまない。しかし、魔族はお前の魔法で死んだんじゃ……」
「こいつは幹部クラスみてえだし、そう上手くはいかねえよ。見な」
業火と呼ぶにふさわしい俺の魔法で燃え上がるアキラスが、炎を吹き飛ばして姿を現した。
【くっ……まさかそんな手が……】
「魔力を刃に変えているって代物だ。出し入れ自由、便利だろ? んで、さすがにタダじゃ済まなかったようだな?」
種明かしは簡潔にして再度魔力を込めて、先ほどよりでかい刃を形成して見せつける。
アキラスは全身から煙を燻ぶらせ、忌々しいといった顔で言う。
【どこまでも邪魔をするか、異世界人……】
「てめえがこっちに喚んだんだ、責任持てよ」
「す、凄いです……リクさん……どうやって見抜いたんですか……」
「ま、そいつは後でな」
こいつが魔族というのが分かっていたのを前提として、俺達がここへ踏み込んだ際にヨームをけしかけてきたことで『憑依している間は魔族としての能力は使えない、もしくは極端に弱くなる』と考えた。
で、実際はおそらく後者。
ゲヘナフレアを連発してこなかったことと、エラトリアでは接近戦も見せていたのに今は逃げようとする素振りすらあったから『こいつは憑依している』と判断し、これなら引きはがすことができると思ったわけである。
演技で攻撃を受けたプラヴァスは片膝を突き、呻きながら口を開く。
「よくこんな真似ができたな……くっ……」
「お前もよく目配せだけで気づいたもんだと感心するぜ? 手加減はしたがこいつを騙すのにはそれなりにぶっ飛ばさなきゃならなかったからな。水樹ちゃんが回復魔法を使えるから行け」
「あれで手加減、か……いったいどれだけの強さを……」
「こっちです‼」
水樹ちゃんがプラヴァスを大きな声で呼び、プラヴァスは去り際に小さく『そっちは頼む』と口にすると、俺は振り返らずに頷き、アキラスと対峙する。
これまでの小競り合いの中でダグラスが冒険者達と商人を逃がしてくれたようで、ホールはフレーヤ達だけになっていた。
俺が居るから残っているであろうフレーヤ達に声をかける。
「フレーヤ、風太達を連れてここから出れるか!」
「わ、分かりました! もう勝てそうですけど?」
「最後まで油断すんなよ? ……む!」
【……商人達なぞどうでもいいが……貴様らは逃がさない……‼ 来い、レッサーデビル達よ!】
チッ、騒ぎを聞きつけて広間に来ていたメイドや騎士が変貌していく。
どうやら城の人間の多くは魔族に変えられちまっているらしい。ただ、わざわざ商人達を逃がした後に出してくるのは、魔族には似つかわしくないくだらねえプライドだな。
ヨームの時もそうだがこうなっては助ける術がねえ。もし俺の居た世界と違い、方法があったとしてもそれを調査している時間はない。……残念だがな。
「あ、ああ……⁉」
「いやあああああ!」
【ゴガァァァァ‼】
「なんの……! 皆さん、こっちです!」
「くっ……!」
襲い来るレッサーデビルに、フレーヤとプラヴァスが素早く応戦する。結構な人数が魔族に変えられたようで、城のあちこちからレッサーデビル達が姿を現し、中には変貌途中で泣きながら襲いかかってくる奴も居る。
胸糞悪い光景の中、出口を押さえられて逃げられないと、フレーヤが夏那達を庇いながら階段下まで後退してきた。
「くっ……数が……」
フレーヤとプラヴァスが牽制するが、風太達を庇いながらは厳しいか。
【ふふ、勇者が足手まといとはいい光景だわねえ】
「ほざいてろ。さて、チェックメイトってやつだ。命乞いは無駄。逃がすつもりもねえ。あっちはてめぇをさっさと殺して助けに行けばいいだけの話だしな?」
【調子に乗って……! 異世界人如きが私の全力に勝てると思うな‼ 〈エグゼキューショナーズ〉‼】
「へえ! まだ奥の手を持っていたか!」
前に突き出したアキラスの両手から巨大な炎の渦が飛び出して、俺を呑み込もうとする。
〈魔妖精の盾〉を使いガードするが〈ゲヘナフレア〉と違い、逸れた魔法が城の壁をぶち抜いて崩れ落ちた。
まあまあの魔法だが――
「それが全力か? なら、死ぬしかないな」
【クソ人間が……!】
どうやらこれがこいつの最高の技だったようで、言葉とは裏腹に脂汗をにじませる。
全力を出させたうえで殺す。こいつらには最大の屈辱だからな――
「さあ、おねんねの時間だぜ……!」
◆ ◇ ◆
「す、凄い音がしたけど……なんだろ……? あ⁉ お城が燃えてる!」
爆発音で目を覚ましたテッドが外に出ると、丘の上にある城が燃えているところを目撃した。
自分の他にも轟音で起きたであろう野次馬がざわざわと騒いでいるなと思っていると、庭に繋いでいるハリヤーが鳴いていることに気づく。
「ど、どうしたんだいハリヤー⁉ こんなに暴れているのは初めてだよ……お腹が空いたのかな?」
テッドが庭に入ると、ハリヤーは『手綱を外してください』と言わんばかりに首を振っていた。
苦しいのかと思ってテッドが外してやると――
「ハリヤー⁉ どこ行くんだよ! ハリヤー‼」
――テッドに顔を擦り寄せた後、ハリヤーは夜の町へと飛び出して行った。
◆ ◇ ◆
【死ね!】
「てめぇがな。あの時は様子見で逃がしたが、今度は確実に消す」
【ほざくな!】
アキラスが激高しながら黒い剣を顕現させて俺へ斬りかかってくる。それを大剣でいなしながら首を狙う。なんで奴の武器が塵にならねえのかって? 基本的に生物を塵にすると思ってくれていい。他にも理由はあるが――
「だぁりゃぁぁぁ!」
【なんという重い一撃……⁉ これならどう!】
さて、アキラスの動きが明らかに速くなったな。本当に全力を出さないと勝てないと悟ったか。
奴は俺に叩きつけるような一撃を繰り出してくる。その間にも空いた手で魔法を使い、俺に手を出させないよう攻め立ててきた。
【フフ……本気を出した私の動きについてこれないようね】
「……」
人間の身体能力と比べるまでもなく、魔族の一撃は重く素早い。こいつのような幹部クラス相手だと、プラヴァスやニムロスあたりがタイマンで勝てるかどうかといった感じだろうな。
だが――
【レッサーデビル!】
「ふん、馬鹿の一つ覚えはつまらねえぜ」
空中から強襲してきた魔族の胴体を真っ二つにしながらアキラスへ斬撃を行う。
【守りなさい】
するとさらにレッサーデビルが盾となるため立ちはだかった。こいつらが変えられた人間か本物の魔族か判断がつかねえ。人間は人間への攻撃に甘さが出るから、それを狙って事前に人を魔族に変える様子を見せたというわけだな。
こういう手段を使われた場合、クソ真面目な奴は引っかかって隙を見せるんだよな。
プラヴァス達が『勝てるかどうか』程度で収まるのはそういうところにあるのだ。
【ギャアァァァァ……】
当然、俺が斬った魔族は塵と化して霧散した。その背後からアキラスが俺の顔面を狙って剣を突き出す。
【ひゃは……!】
「魔族らしい戦い方だが、俺には通用しねえな!」
カウンターで『埋葬儀礼』を突き出すと、盾にされた魔族を貫いた後、アキラスの左肩に刃が食い込む。そしてその部分が塵と化した。根本が塵になれば、当然その先にある左腕は千切れて床へ落ち灰と化す。
「言ったはずだぜ、それが全力なら死ぬしかねえってな」
【あ……が……⁉ おのれ、勇者でもない異世界人がなぜこんな強さを!】
焦ったアキラスはバックステップをしながら羽を広げて宙へ飛び、血すら出ない左腕があった場所を押さえながら、俺を睨みつけて天井に近づいていく。
【魔王城へ戻り報告をせねば……勇者より危険な存在を……くく……全軍でかかればこの国ごと――】
「だから言ったろう、その程度なら死ぬと」
【ほざけ、さすがに空は飛べまい? このまま退散させてもらうとするよ】
逃げきれると確信した笑み。
しかし、だ。前回逃げられた時にこいつが飛べると知っている俺が、準備をしていないわけはない。
収納魔法からフレーヤと作ったフック付きロープを取り出して全力で投げつける。
ロープが一瞬でアキラスの太ももに絡みついてフックが突き刺さり、肉を引き裂いていく。
【ぎゃぁぁぁぁぁ⁉ な、なんだと⁉】
「備えは十分に、な。っと、まだ抵抗するか」
【ぐ……うおおお……! 〈イービルストリーム〉!】
「落ちろってんだ!」
【イービルストリームを斬り裂くだと⁉ なんなんだ、貴様はぁぁ‼】
足の肉を削がれながらも魔法をぶっ放してくる根性はあるみてえだな。
しぶといが後は地上に叩き落として終わらせるだけと、俺は魔法を斬り裂きながらロープをぶん回す。
「うおおりゃああ!」
【っぐぅぅぅ⁉】
もう少し。
そう思っていると、階下から夏那の悲鳴が響く。
「きゃあああ⁉ ちょ、ちょっと血が出てるわよ!」
「う、く……か、数が多いですねえ……リクさんと同じ異世界人さんは逃げてください! ここは食い止めますから」
「で、でもホールは囲まれていますし……」
「三人だけならなんとか逃げられませんか⁉」
「守ってくれているあんたを置いていけないわよ‼」
下を見ると、傷だらけのフレーヤが三人の盾になるように立ち、殴られたのか頭から血が出ていた。水樹ちゃんが回復魔法でフォローに入る。
背後から襲いくるレッサーデビルはプラヴァスが片手で処理をしているようだ。
フレーヤも鍛えたが、数に押されているので厳しいか。俺がこいつを早く片付けねえと。
「……ぼ、僕が!」
そんな中、床に落ちた俺の剣を風太が拾いに駆け出す。
「こ、こっちに来い! 僕は一人だぞ!」
「無茶すんな!」
予想外の事態に俺は声を張り上げる。
「リクさんはそいつを倒してください! く、訓練はしているんだ……防御くらいなら!」
腰が引けているが無理もねえ、いきなりの実戦が魔族ってのも最悪だ。
【く、くく……助けなくていいのか? 勇者が死ぬぞ? 訓練させたがまだレッサーデビルに勝てるほどではないわ】
「……」
【あぐ⁉】
無言でロープを全力で引っ張りトドメを刺すための準備を始める。
……俺の予測が正しければ、事態はすぐに好転する。
「おおおおお! 冒険者の意地を見せろ‼」
「助けに来たぞ!」
「来たか」
【な……⁉】
一度後退したギルドの冒険者がホールになだれ込んでくる。
ちと遅かったがこれで確実に天秤はこちらへ傾いた。これで夏那達も助かるだろう。
【ぐ、ぬうう……‼ だが、私が逃げさえすれば――】
呻くアキラス。そこで階下の風太から声が上がる。
「う、うわ……⁉ なんだ、馬……⁉」
【グァァァァ⁉】
「あ、あれってハリヤー⁉」
「んだと⁉」
さすがの俺もびっくりしてフレーヤの言葉に目を向けると、ハリヤーが風太を攻撃しようとしたレッサーデビルを撥ね飛ばして、俺のところへ向かってくるのが見えた。
「おいおい! お前、ゆっくりしてろって言ったろうが!」
「ぶるおおおおおおおん‼」
階段を駆け上がったハリヤーは俺に背を向け、文字通り吠えた。
すぐにこいつの意図を汲んだ俺はハリヤーに向かってジャンプすると、ハリヤーは両方の後ろ脚を上げる。
「ったく、賢いにもほどがあるぜ! やれ、ハリヤー!」
直後、俺の両足はハリヤーの足に乗っかる形になり、ハリヤーが『行きます!』と言わんばかりに大きく後ろ脚を蹴った。直後、ハリヤーは階段から転げ落ち、俺は蹴り上げと同時にロープを力任せに引き寄せる。
【そんな馬鹿な⁉ 〈ゲヘナフレア〉! ぐあ⁉】
アキラスは俺に魔法を放つべく手をかざしていたが、俺がロープを引いたことで手が別の方を向いて不発に終わり、奴との距離がゼロになる――
「もらったぜ、魔闇妃アキラス」
【そ、んな……⁉ ま、魔王様……! イ……〈イービル――〉!】
「それは間に合わねえよ」
下からすくい上げるように剣を振り上げ、下腹部から頭にかけて斬り裂いた。
それと同時にアキラスが最後の一撃を目の前で俺に放つが、『埋葬儀礼』で消し飛ばしてやった。
【ああああ⁉ ち、ちくしょぉぉぉぉ異世界人如きにぃぃぃ!】
アキラスは断末魔の叫びを上げながら塵となり、皮肉にも自分で開けた壁の穴から吹いてきた風により霧散した。
「てめぇはやりすぎた。憑依して自分の姿を欺いた奴が影も形も残さず消える……お似合いだぜ」
俺は散ったアキラスからすぐに意識を切り替え、下に目を向ける。
「伏せろ夏那ちゃん!」
「リク‼」
俺は手すりに着地して滑りながら、レッサーデビルが群がるホールへ身を躍らせる。
こいつらも心配だが、ハリヤーが俺を蹴った反動で階段を転がるように落ちたのが気になる。
首の骨を折って死んだ、なんてことになっていたら俺はテッドに顔向けができねえ。
「悪ぃな……俺達が生き残るために、死んでくれ」
「あ、ああ……お城の人が……」
「リクさん……」
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なぜ首か、と思うだろうが、魔族によっちゃ腕や胴体を千切ったくらいだと再生する奴もいるんだ。まあ『埋葬儀礼』なら塵にできるからどこでもいいんだが、前からの癖で首を落としてしまう。
「うぷ……」
「気持ち悪いなら見るな。フレーヤ、プラヴァス、そっちの三人と姫さんは任せたぜ」
「はい! すみませんミズキさん、ハリヤーの治療をお願いできますか⁉」
「お馬さんね! もちろん!」
「ありがとうリク。エピカリス、もう少しの辛抱だ……‼」
おうおう、いいねえイケメンは。
目の前のレッサーデビルを同時に三体滅しながら口元が緩む。大事なもんならちゃんと掴んでおけってんだ。
視線を動かしながらレッサーデビル達を倒していると背後に気配を感じ、そこに剣を持った風太が居た。
「なにやってんだ、風太」
「ぼ、僕も……!」
「いいからフレーヤのところに居ろ。顔が真っ青じゃねえか」
「でも女の子だけに戦わせて……」
「この世界じゃフレーヤみたいな奴は少なくねえ。日本で暮らしていたお前達には正直厳しいし、こんなつまらねえことで手を汚すこたぁねえんだ。俺に任せろ、いいな?」
「リクさん……」
風太がしょげているが、自信やプライドうんぬんよりも命が大事だ。
道を開けて風太をハリヤーのところまで連れて行き、残りのレッサーデビル達を殲滅していく。
首を、胴を……とにかく目に入り、襲いかかってきた者は、全て。
かつて人間だった者達を――
「……終わりだ」
【アリガ……ト……】
「……」
最後の一体を斬り伏せると、礼を口にして消えた。まだ意識が残っている奴も居たか。
俺はなんとも言えない気持ちで剣をリーチェに戻してから、風太達のところへ駆けつける。
「どうだ?」
「馬のケガは治療しました。だけど、骨折までは……」
「それは俺がやろう。ハリヤー、サンキューな」
〈再生の光〉をかけて立ち上がらせると、ややふらつきながらも顔を擦り寄せてきて『どういたしまして』とばかりに鼻を鳴らし、俺は苦笑する。
「お前、テッドのところで休んでたんじゃなかったのかよ」
「あ、そっぽを向きました。きっと脱走してきたんですよ」
ハリヤーが無事に立ち上がったことを喜び、涙ぐんでいたフレーヤが冗談めかして言う。が、多分ハリヤーはなにかを感じてここまで来てくれたのだろう。
結果的に戦闘時間の短縮と風太達の安全が確保できたので、いい餌を買ってやりたい。
そこへ顔色の悪い夏那が、恐る恐るハリヤーの首に手を当ててから口を開く。
「めっちゃ人に馴れてるわね……馬って近くで見たことなかったけどこんなに大きいんだ。魔族に体当たりしてあたし達を助けてくれたよね、ありがと」
『ホント、いきなり乱入してきた時はびっくりしたわねー。っと、カナ達、ケガはない?』
「え、ええ……この子が守ってくれたし、水樹も回復魔法を使えたから……」
この子、と夏那は言っているがフレーヤの方が歳上だと教えてやると、彼女は何度も頭を下げて謝っていた。
「ま、まあ、この身長ですし仕方ないです……。でも、無事でなにより! おっとっと……」
「血と疲労はすぐに回復しねえんだから無理すんな」
ふらつくフレーヤを支えてやると、剣を杖代わりにして肩を竦める。こいつにも後で礼を言わねえとな。
さて、状況を整理するかと考えていると今度はプラヴァスが話しかけてきた。
「リク、これで終わりだろうか?」
「ああ、おそらくな。アキラスが消えた今、大がかりな仕掛けはもうねえはずだ。一応、内部調査はした方がいいとは思うがな」
「そうだな……ヨームも居なくなったしこれからが……。いや、今はそれどころじゃない、私はレゾナント達をこちらへ戻しに町へ行く。待機しているはずだが……」
「姫さんはどうすんだ?」
「リクがここに残るだろう? だから任せたい」
「いいのか? 城を乗っ取るかもしれねえぞ」
俺が笑うと、プラヴァスが真面目な顔で俺の目を見据えて口を開く。
「現状、お前ほど信用できる人間は居ない。頼めるか?」
「ったく、異世界人に信頼を寄せんなっての。俺は戦争を止めるために動いてたわけじゃねえんだぜ?」
「結果的にそうなった。国は救われた、それじゃダメか」
「はいはい、分かったから行ってこい。姫さんにはなんもしねえよ。とりあえず、城でお前が信用できる奴を一人貸してくれ」
「承知した」
大きく頷いたプラヴァスが移動しようとした瞬間、フレーヤが手を挙げて問う。
「わたしにも馬を貸していただけないでしょうか! わたしも戻って報告をしないといけないので」
「そういえば君はリクと一緒に居た騎士……」
「こいつはエラトリアの騎士でな。協力してもらっていたんだ」
「そういうことか……分かった、途中まで一緒に行こう」
「お願いします! ……あ、ハリヤーはダメですからね! テッド君のところに戻ってくださいよ」
ハリヤーは自分がまた行くのだろうと思っていたらしく、がっくりと頭を垂れてリーチェと夏那に苦笑されていた。
その後、プラヴァスが風太達に魔法を教えていたルヴァンという女性を見つけて経緯を説明し、姫さんの介抱や城の内情を調査することになった。
女性は無事な者が多かったが、男の兵士や騎士は結構な数が居なくなっていた。女は魔物の苗床にでもするつもりだったか、生贄か……ってところだろうな。正確な数は不明だが、大多数がアキラスに殺られたと思っていいだろう。
「……」
「どうしたの、リク?」
「どこか怪我でも?」
夏那と水樹ちゃんが聞いてくるが、俺は詳しくは語らなかった。
「いや、なんでもねえよ」
ともあれ、高校生三人が心身共に無事でよかった。フレーヤとプラヴァスを見送りながら俺はそう思うのだった。
◆ ◇ ◆
――プラヴァスが戦争を止めるために町へ向かったが、事態は結構マズイことになっていたらしい。
騎士団長のうち、あのいけ好かない赤い髪の男が魔族化していて、騎士達も数十人が同じく魔族となってしまい、駐留していたミシェルの町で暴れ回っていたって言うぜ。
さすがにプラヴァスともう一人の騎士団長に騎士達が居るのでことなきを得たが、二人共いとも容易く魔族化されてしまうことに戦慄を覚えていた。
そのあたりは俺が居た異世界と同じで、奴らは少しでも隙を見せると侵食してくる。特に欲をくすぐり、そこから付け入る手口が巧妙かつ悪質なのだ。
エピカリスの姫さんが乗っ取られた時もそんな感じで、親父さんである国王が病気と知って気が弱くなってしまったところを狙われたらしい。
どうやって入り込んだのか? 医者に化けたか、鳥になって近づいたか……やりようは色々あるからそのあたりだろう。
聞けばこの五十年、魔族の攻撃を受けている国はそれなりにあるが、内部にまで入り込まれたケースはここが初めてかもしれないとのこと。
そして、幹部クラスであろうアキラスを倒したことで魔王達の選択肢が二つできたことになる。
それは人間が存外強力で警戒するか、もしくは今のうちに攻めておこうと考えるかだ。
……後者の場合、まず主戦場になるであろうこのロカリスとエラトリアは特に注意しなければいけねえだろうな。
問題は『勇者召喚』が成功していることを、魔王側が知っているかどうかに尽きる。
ああ、エラトリアの騎士達は、フレーヤとプラヴァスが一番前線で待機しているニムロスへ接触して停戦が告げられ、早々に引き揚げたと聞いた。
親友だってことだし、プラヴァスなら早く片付けることができたろう。フレーヤも無事に帰せたし、これでひとまず……そう、ひとまずの解決となった。
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