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1巻
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◆ ◇ ◆
「それじゃ、またな」
「僕達が無事ならね。プラヴァスによろしく言っておいてくれ」
「ああ。俺が姫さんを抑えるまで耐えてくれよ」
森の前で部隊展開を終えたニムロスと、それだけ言葉を交わして別れる。
ここまでに色々と話してきたし、今さら詰めて語るようなこともないからな。
できれば親友同士の戦いなんてのは見たくねえし、早く姫さんを問い詰めたいところだ。
ハリヤーの手綱を軽快に動かして走らせていると、リーチェが俺の懐から顔を出して口を開く。
『来た時よりも速くない? 二人乗りなのに』
「ハリヤーには悪ぃが、向こうも準備を整えて兵を出しているはずだから急いで戻りたい。もちろん数時間ごとに休憩は取って傷を治す」
「頑張ってくださいね!」
俺の前に座るフレーヤに首筋をポンポンと叩かれて、ハリヤーは『頑張ります』とばかりに声を上げる。若い馬より年寄りの方がこういう時は頼りになる。我儘を言わねえからな。
「それにしてもわたし、装備とかなにもしなくてよかったんですか?」
「お前の武具は俺が魔法で収納してあるから大丈夫だ。というか着たままだとハリヤーが可哀想だろ。それに徽章入りの鎧を着て敵地に入りたいのか?」
「あ、確かに……」
「どうせお前の顔なんてロカリスの人間は誰も知らねえだろ? だから村娘だってことにして一緒に城へ帰るんだよ」
『フウタ達のため?』
「ビンゴだリーチェ。フレーヤ、お前には俺の仲間の救出を手伝ってもらいてえ」
「い、いいですけど、その人達って勇者なんじゃ……?」
フレーヤが俺の顔を見上げて不思議そうな声を出す。
まあ、今の三人なら自力で切り抜けることができそうだが……。
「あいつらにはできるだけ戦いはしてほしくねえんだよ。まして人間相手は避けたい」
「勇者さんって対人戦は考慮されてないんですか?」
「俺達の住んでいた世界は殴り合いの喧嘩すらほとんどないようなところなんだ。そいつらがいきなり剣を持って殺し合いなんてできるわけねえだろ。お前は人を斬り殺したことがあるか?」
「あ、ありません……」
「そうか」
俺はそれ以上なにも言わずフレーヤの頭に手を置いた。
こいつは騎士で、この世界の住人だ。青い顔をしているが分別はつけられるだろう。
望んで騎士になったんだ、風太達と違い『やめておけ』とは言えねえ。
人を殺してからでは遅い……どの口が言うのかというのもあるがな、俺の場合は。
そしてロカリスとエラトリアの国境を越えてから数時間。
やはりというか、魔物と出くわさない異常さを感じながら、最初の野営に取り掛かる。
ミシェルの町へは四日程度かかるので陽が高いうちにさっさとテントを張った後、フレーヤの作った飯を食うと毛布を手渡してやる。
「んじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい! ……って、テントで寝てもいいんですよ?」
「気にすんな、ハリヤーを枕にさせてもらうって」
「それはそれで羨ましいかも」
横になっているハリヤーを見て笑い、フレーヤはテントの中へ入る。
俺は焚火を弄りながら少し待つと、寝息が聞こえてきたのでスマホを片手に立ち上がる。
「……さて、と」
『ここで電話しないの?』
「フレーヤを起こしそうだしな。それに通話は色々と問題があるから聞かれたくない」
『あー』
リーチェが生返事をする中、俺はそっとテントを離れた。
ギリギリ焚火が見えるし、結界を張っているからとりあえず大丈夫だろう。
「……風太っと。ありゃ」
ディスプレイに目を向けると大量の不在通知が入っていたことに気づく。夏那と水樹ちゃんからも連絡があったようで、通知欄が大変なことになっていた。
「なんかあったか……って、エピカリスのことだろうがな。もしかして出兵するんじゃないかね、っと……」
スマホを操作して通話ボタンをタップするとコール音……はせず、
「リクさん!」
「おおう⁉」
速攻で風太の大声が聞こえてきて、俺はびっくりしながら返事をする。
「随分慌てているがエピカリスが動いたか?」
「分かるんですね……。ええ、エラトリア王国へ出兵するとさっきヨーム大臣から通達がありました」
「まあ、想定通りだな」
「ちょっと、止めるためにそっち行ったんじゃなかったの⁉」
俺が神妙な調子で言うと、夏那が怒鳴りこんできた。
それも想定内なのでスマホから耳を離していたのは内緒である。
「おいおい、俺みたいなおっさんが戦争を止められると思ってんのか? 状況の真偽を確かめるためだって言ったろ」
「この流れは変えられないんですね」
「水樹ちゃんの言う通りだ。結局、この世界の人間の始末は現地人でするしかねえ。俺が一国の王とかならできるかもしれねえが、三人の学生と一緒に異世界へ来たただのおっさんだ。助言はできるが、解決までは難しいってな」
「こういうことが昔にもあったんですか……?」
おっと、口が滑ったな。
もちろんあったが別に今、こいつらに聞かせる必要はねえ。
「いや、俺のありがたくない蘊蓄だ。とりあえずなにがあったか聞かせてくれるか?」
「もちろんです」
まだ出兵していないことは僥倖だが、風太達の話を聞いてこっちも行動を考えるか。
すぐに電話に出た、ということは三人ともまだ安全な場所に居るってことだと思い、ひとまず安心する。
「僕達が訓練を終えた頃、ヨーム大臣がやってきて――」
◆ ◇ ◆
――Side:風太――
「……皆、少しいいか?」
「ヨーム殿が訓練場に来られるとは珍しい、どうしました?」
僕と夏那の模擬戦が終わったちょうどその時、大臣のヨームさんが訓練場に顔を出した。すぐにプラヴァスさんが騎士や兵士を集めて彼の前に立つ。
僕達三人もなにごとかと近づいて話を聞いてみることにした。もしかしたらなにか情報を掴めるかもという期待もあったからだ。
「姫様の下にエラトリア王国からの書状が届き、国交回復は不可能と判断した。そして戦いのため出兵をすることを決めた。各騎士団長はこの後ミーティングをするので集まるように」
「はっはっは、ついに戦争か。エラトリア王国も覚悟を決めたようだな」
「……」
陽気なレゾナントと対照的にプラヴァスさんは難しい顔をしている。
「プラヴァス殿?」
「む? ああ、承知しましたヨーム殿。聞いた通りだ! 戦いが始まる、気を引き締めるように!」
考え事をしていたプラヴァスさんは声をかけられるとすぐにいつもの調子に戻り、兵士を連れて訓練場を後にする。
ヨームさんをじっと見ていたけど、気になるところでもあっただろうか?
それはともかく、一大事だと僕達は冷や汗をかきながら顔を見合わせる。
要するに交渉は決裂してこれから戦争が始まるということ……。
「あの、本当に戦争になるんですか……?」
「そうだ。勇者の二人はもちろん遠征に出てもらう、そのために喚び出したのだからな」
僕の言葉に迷いなく返してくるヨームさん。
確かにエピカリス様は隣国と揉めた時に助けてほしいとは言っていた。けど、僕達は勇者で魔王を倒すために喚ばれたはずだから、隣国と戦うことがメインのような言い方をされるのはかなり困る。
それは他の二人も思っていたようで、夏那が激高しながらヨームさんに詰め寄っていく。
「いやいや、どうしてもってなら話は分かるけど、いきなり前線はないでしょ? 訓練したとはいえまだ一か月ちょっとよ? 覚悟もなにもあったもんじゃないわ」
「……しかし、それを決めるのはお前達ではない。姫様だ」
「それはいくらなんでも……」
水樹が青ざめて呟く。
……こういうのがリクさんの言う『厄介』なことで、そしてこれに流されないようにしなければならないのだ。
「いくらなんでも横暴かと思います。確かになにかあれば協力はするとお伝えしていますが、命令される覚えはありません」
「なにを――」
「分かりませんか? ここに拘束される必要はない、ということです。僕達もリクさんのように出て行くことは自由なはずです」
リクさんと一緒じゃなければこういう言葉は出なかったと思う。喚ばれたのだから従うと考えてしまい、ここから出て行こうとは考えなかったはずだ。
もしかするとそれがリクさんの狙いだったのかもしれない。
「……敵を前に逃げると言うのか?」
「そもそも、勝手に召喚しておいて戦いたくない相手と戦わせるということが横暴ではないですか? 魔王はともかく、この世界のことはこの世界の人達がやるべきでは?」
「……ぬ。どちらにしても、ここで負ければお前達とてどうなるか分からんのだぞ? それと勇者ではない娘を危険に晒すつもりかね? 弓が多少使えたところで、野盗にでも捕まって売り飛ばされるのが目に見えるわ」
「僕達も強くなっていますし、そこはご心配なく。申し訳ないですが、水樹が外に出られないというのであれば、なおのこと遠征には出たくありませんね。あなたではなく、エピカリス様と話をしたいのですが?」
「姫様は忙しい。遠征までまだ時間がある、考えが変われば教えてくれ」
ヨームさんはそう言って睨みつけるようにこちらを見た後、踵を返して訓練場を立ち去って行った。騎士やプラヴァスさんはすでに居なくなっていたので先ほどの話は聞かれていない。
「風太、かっこよかったわ!」
「うん、リクさんみたいだった」
「そ、そう? でも、リクさんの言いたいことは分かった気がする。この世界のことはこの世界の人間で……か。自分達の目的のために関係ない人を巻き込んでおいてあの言い草だから、こっちも相応の主張はしないとね」
「確かにそうよね……。あたし達が弱かったら別だけど、言いなりになる必要ってないもん」
「でも、大丈夫かな? 適当な理由を付けて風太君と夏那ちゃんを外に出しそうな気がするけど……」
水樹が心配そうな口調で言うが、夏那が首を横に振って口を開く。
「心配ないわ。その時はリクを追って城から出ればいいのよ。……こっちの国は言いがかりを付けて攻めているわけでしょ? それに付き合う必要はないって」
「でもその情報をどこで、ってなりそう。言う?」
「そこは言う必要はないよ。リクさんが戻るまで僕達は待つだけだ、だから頑張って引き延ばす」
僕が言うと二人が頷いてくれた。
さて、啖呵を切ったのはいいけど、ヨームさんの態度、気になったな。神経質そうだったけど、あんな言い方をする人じゃなかったと思う。戦争でピリピリしているからかな……?
プラヴァスさんもじっと見ていたし、いつもと様子が違うのは間違いなさそうだ。
とりあえずここに居ても仕方がないので、僕達は部屋に戻るために歩き出す。
「姫様は話に応じるかしらね? なにか言われた時のためにシミュレーションしとこうかしら。水樹、姫様役ね」
「え、ええ⁉ ……わ、わたくしの言うことが聞けないとおっしゃいますの?」
「ぷふー、に、似てなさすぎ……‼」
「もー、やれって言うからやったのに!」
「おいおい、これから大変だっていうのに遊んでいる場合じゃないよ」
と、窘めたけど夏那は返してくる。
「……だからこそよ。不安しかないもの、無理にでも明るくしないと、ね?」
「うん」
見れば二人は震えていた。男の僕でも焦るのに、彼女達がそうならないわけがないのだ。
◆ ◇ ◆
「――で、今に至るわけか」
「ったく、全然出ないんだから!」
「悪い、こっちも立て込んでいたんでな。それじゃ近いうちに出兵か……出くわすとしたら――」
俺が簡単に道程を思い返して考えていると、
「あふ……リクさん、そんなところでなにをしてるんですかぁ……?」
「げ、フレーヤ」
「また女の子の声……!」
「なんか女の子の声が……?」
チッ、厄介な。
俺はスマホを隠してからフレーヤへ尋ねる。
「お前こそどうしたんだ?」
「ちょっとおトイレに……」
「はいはい、見ていてやるから早くしろ」
「はーい……って見たらダメですよ⁉」
「分かったからあっち行って寝てろって」
俺が追い払うと、フレーヤはふてくされながらこの場を離れ、どこかで用を足したのかテントに戻る姿が見えた。
「……ったく、驚かせやがって」
「この前の子っぽいけど、どうしたのよ」
「ああ、エラトリア王国の騎士だ。とりあえず状況は分かった。なるべく早くそっちへ行くからもう少し耐えてくれ」
「分かりました。気をつけてくださいね」
水樹ちゃんの言葉に礼を言ってから通話を切る。
ハリヤーをもう少し無理させることになりそうだなとスマホのディスプレイを見ながら呟き、俺はハリヤーを枕にして横になる。
「……よし」
俺はこの後のプランを頭に描いて眠りに就いた。
第九章 再会
『速~い』
「一晩寝たら元気ですね、ハリヤーって本当にお年寄りなんですか?」
「ああ、尻尾の長さとか実際に触ってみると筋肉の衰えはあるぞ。無理をさせている分、餌は期待してくれ」
ハリヤーは『いえいえ、とんでもないです』と言いたげに一瞬こっちに目を向けて小さく鳴く。
脚のケガは治しているが、体力だけはどうにもならねえ。疲れもあまり取れてないと思うが、今は頼らせてもらうぜ。
国境を越えロカリス王国を進む俺達は、騎士達がまだ遠征をしてこないことを理由に街道をひた走っていた。
なるべくロカリス王都の近くでプラヴァス達と接近し、できるだけ向こうの兵がエラトリア王国へ近づくのを遅らせたいため、休憩を少し減らしている。
そして頃合いを見計らって全体を見渡せる小高い丘へ移動すると――
「……見えた、あれがそうだな」
「す、凄い数……ここから見えるだけで三、いえ、四千人は居ますね……。あれがエラトリア王国に向かうんですか……?」
「そういうこった。プラヴァスとニムロスは親友らしいから、そのノリで話をしてみるとするか」
『あんたは途中で拾った村娘、いいわね?』
「は、はい!」
緊張のせいか即座に肯定するフレーヤに苦笑しつつ、ハリヤーを騎士達の列へ向かわせる。旗を掲げているのが騎士団長か? 分かりやすいな。
俺はプラヴァスの鎧の色を思い出し、目を凝らして二番手の列を預かっているのを見つけると真っすぐそちらへ向かった。
列の外側の騎士が、急に近づいた俺達に目を見開く。
「……! 何者だ、我らをロカリス騎士団と知って近づくか?」
「いきなり警戒されてますけど……」
「こいつらは俺の顔を知らねえからな。すまねえがプラヴァスと話をしたい」
「騎士団長と……? 素性が分からぬ者を近づけさせるわけにはいかんな。エラトリア王国の刺客かもしれん」
その言葉にフレーヤが顔を強張らせるが、頬をつねって悟らせないようにする。
まあ、この騎士の言うことは正しいので、俺はヨームに貰った通行証を見せることにした。
「俺は異世界人だ。それくらいは知ってるだろ? ヨームの奴にこいつを渡されたが通用するか?」
「なんだ……? これは……なるほど、出て行った異世界人か。こんなところを女連れとは驚いたな……」
「そう言うなって、装備もいい物を貰ってたから苦はねえんだ。元々向こうの世界では商人みたいなことをやっていたしな」
ただの中小商社だが嘘じゃねえぞ?
そこで、騎士が列を離れて俺の前に立つと隊の中央、旗の下に居るプラヴァスに大声を出した。
「プラヴァス団長ー! 異世界人が訪ねてきていますがどうしますか!」
すると――
「リクか⁉ まさかここで会えるとは……よし、一旦休憩だ! 通達!」
――複雑そうな顔でプラヴァスが俺の前に現れた。
「よう大将、久しぶりだな!」
「ああ、馬を持っているみたいだが、買ったのか? どうだ、その後は?」
「ちょっと色々あってな。少し離れたところで話せるか?」
「む……よかろう」
話が早い奴で助かるぜ。
俺はフレーヤとハリヤーを引っ張り、プラヴァスが指定した木の下に移動する。
そこでプラヴァスは兜を脱いでフレーヤに目を向ける。
「そちらのお嬢さんは?」
「は、初めまして……」
「ちょっと旅の途中で知り合ってな。連れってやつだ。で、こうして行軍しているってことは戦争かい?」
フレーヤのことは適当に紹介しつつ本題に入る。
当然知っていることだがあえて尋ねることで、俺自身はエラトリア王国に関わっていないことを暗に示唆しておく。
すると、プラヴァスはため息を吐きながら口を開く。
「そうだな、見ての通りエラトリア王国との交渉は決裂して攻め込むことになった。まさかこんなことになるとは」
「……風太達は?」
「彼らはまだ城に居る。フウタ君が戦争を渋って部屋から出てこない。ヨーム殿とエピカリス様が説得にあたっているからそのうち出てくると思う。勇者の彼らはかなり強くなったから、参戦してくれると助かるのだがな」
「ふん」
お前らのために働く必要はねえんだ、と言おうとしたがその前にプラヴァスが別のことを口にする。
「……とはいえ、彼らは元々ただの平民。戦えるようになったとはいえ、まだ参加させるには危うい。城を出たら私の下へ来るよう言ってあるので、よほどのことがない限り戦わせる気はないがね」
「オーケー、俺が見込んだだけのことはあるぜ。で、戦争はいいが姫さんから詳しい話は聞いているのか?」
「ん? あ、いや、ヨーム殿から開戦するようにと言われただけだな。我らはその決定に従うまでだ」
「他には? まさか、直接命令されたわけでもねえのに従ってんのか?」
「……そうだ。ヨーム殿は直属の大臣だ、彼がエピカリス様の言葉と言うのであれば従うに決まっているだろう」
「なら他になんか聞いたりは……」
「していないな」
なるほど、風太の話通りか。
というか騎士としては褒められる精神かもしれねえが……。
「それは……ダメだろ」
「なぜだ?」
「色々だよ。身内だから信じているかもしれないけど、もしそのヨーム殿が嘘を吐いていたらどうすんだよ? 実はエピカリスが誰かに脅されていて戦争を仕掛けるしかなかったとかを考えろってこった。今までの積み重ねはあるだろうが、それでも騎士団長に意見を求めず、いきなり出兵はおかしいと思えよ。作戦はどうなんだ?」
「国境を越えてから……いや、さすがにそれは話せん」
「ま、当然だな。なんでそういう確認や質問をエピカリスにできなかったんだよ」
俺が突っ込むとプラヴァスは冷や汗をかきながら言葉を詰まらせる。
この国のやり方はトップダウン型の政治だったのかねえ?
そんなことを考えていると、プラヴァスは俺の目を見ながら口を開く。
「……確かに、リクの言う通りかもしれん。それなら打ち明けるが、気になることがある」
「気になること?」
「ああ、ヨーム殿のことだ。私達に出兵の話をした時にエピカリス様のことを『姫様』と言っていたのだ。彼は普段『エピカリス様』と名を呼ぶ。そこに違和感があった」
「正式なことだから……いや、だったらなおさら『エピカリス様』って言うか」
「嘘を吐く、というより偽物だったという可能性もなくはない……かもしれん。証拠はないし今は確認のしようがないが」
ヨームどころかエピカリスが一番臭いんだがな。
俺はどうしたものかと考える。手紙の内容をこいつに教えて、進軍を止めてもらうか、一緒に王都に戻ってもらうか、というやつだな。
打ち明けるメリットは二つある。対となるものだが、一つ目はプラヴァスに真実を語れること。これなら、納得してもらったうえで進軍を止めてもらえるかもしれない。
二つ目は、たとえ味方になってくれなくても、俺がエラトリア王国のスパイ扱いされること。そうなればここで俺が逃げると俺に対して牽制する必要が出てくるので、部隊を少し王都に回す可能性が高い。
……少し考えた後、プラヴァスなら大丈夫かと口を開く。
「そんなお前に一つ悲報だ。手紙の内容はでっち上げで、エラトリア王国は再三、要求を変えてくれと頼んでいた。が、エピカリスがそれを握り潰した形になる」
「なにを言っている……? リク、貴様はエラトリア王国に行っていたのか?」
おーおー、殺気をむき出しにしてくるねえ。
俺は口元に笑みを浮かべながらプラヴァスへ返す。
「ま、そういうこった。ニムロスとも会ってきたぜ、お前によろしくってよ」
「む……」
「俺は召喚された時に聞いた話が本当かどうか確認しに行ったってわけよ。冤罪を風太達に被せるわけにゃいかねえしな? このまま戦争をしたとして、勇者が罪もない国を襲ったとなりゃロカリスはいい笑いものだぜ」
腰の剣に手をかけていたプラヴァスがゆっくり手を下ろして口を開く。
「……それを信じるのは難しいと思わないか? ヨーム殿ではなく、お前が嘘を吐いている可能性は?」
「ここでそれを蒸し返すか、よほど刺さったらしいな。判断は『お前に』任せるよ。どちらにせよ俺は風太達を連れてロカリスを出る。エピカリスは信用ならないしな。エラトリア王国には魔族がちょっかいをかけているみたいだし、気をつけろよ? 魔物も多い……フレーヤ、乗れ!」
「は、はい!」
「ま、待て!」
プラヴァスが俺を掴もうとするが、一歩遅くハリヤーと共にその場を離れる。
「とりあえずお前達が役に立たねえことは分かった。精々、親友のニムロスとやり合えばいいんじゃねえの?」
「……」
どうしていいか考えているプラヴァスだが、それに付き合っている暇はない。
さっさと先へ急ぐかと思ったところで――
「はっはぁ‼ 逃がすと思うか‼」
赤い髪の男がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。野郎、剣を抜いてやがる。
俺達を攻撃するつもりなのは目に見えているので、ハリヤーへ指示を出す。
「おっと、いきなりなんだってんだ? ハリヤー、走れ!」
しかし、向こうは若い馬のようですぐに眼前に回り込まれた。
こいつも騎士団長か? 訓練場で見た気がするなと思いながら俺は剣に手をかけた。
「なんだ? そこをどいてくれねえか?」
「どこへ行くつもりだ?」
「言う必要があるとは思えねえ、俺の勝手だろ。……チッ」
赤い髪の男が俺の行く手を阻み、脇から抜けようとしても前を塞いでくる。
その間に同じ色の鎧を着た部下であろう人間が取り囲んできた。
「それじゃ、またな」
「僕達が無事ならね。プラヴァスによろしく言っておいてくれ」
「ああ。俺が姫さんを抑えるまで耐えてくれよ」
森の前で部隊展開を終えたニムロスと、それだけ言葉を交わして別れる。
ここまでに色々と話してきたし、今さら詰めて語るようなこともないからな。
できれば親友同士の戦いなんてのは見たくねえし、早く姫さんを問い詰めたいところだ。
ハリヤーの手綱を軽快に動かして走らせていると、リーチェが俺の懐から顔を出して口を開く。
『来た時よりも速くない? 二人乗りなのに』
「ハリヤーには悪ぃが、向こうも準備を整えて兵を出しているはずだから急いで戻りたい。もちろん数時間ごとに休憩は取って傷を治す」
「頑張ってくださいね!」
俺の前に座るフレーヤに首筋をポンポンと叩かれて、ハリヤーは『頑張ります』とばかりに声を上げる。若い馬より年寄りの方がこういう時は頼りになる。我儘を言わねえからな。
「それにしてもわたし、装備とかなにもしなくてよかったんですか?」
「お前の武具は俺が魔法で収納してあるから大丈夫だ。というか着たままだとハリヤーが可哀想だろ。それに徽章入りの鎧を着て敵地に入りたいのか?」
「あ、確かに……」
「どうせお前の顔なんてロカリスの人間は誰も知らねえだろ? だから村娘だってことにして一緒に城へ帰るんだよ」
『フウタ達のため?』
「ビンゴだリーチェ。フレーヤ、お前には俺の仲間の救出を手伝ってもらいてえ」
「い、いいですけど、その人達って勇者なんじゃ……?」
フレーヤが俺の顔を見上げて不思議そうな声を出す。
まあ、今の三人なら自力で切り抜けることができそうだが……。
「あいつらにはできるだけ戦いはしてほしくねえんだよ。まして人間相手は避けたい」
「勇者さんって対人戦は考慮されてないんですか?」
「俺達の住んでいた世界は殴り合いの喧嘩すらほとんどないようなところなんだ。そいつらがいきなり剣を持って殺し合いなんてできるわけねえだろ。お前は人を斬り殺したことがあるか?」
「あ、ありません……」
「そうか」
俺はそれ以上なにも言わずフレーヤの頭に手を置いた。
こいつは騎士で、この世界の住人だ。青い顔をしているが分別はつけられるだろう。
望んで騎士になったんだ、風太達と違い『やめておけ』とは言えねえ。
人を殺してからでは遅い……どの口が言うのかというのもあるがな、俺の場合は。
そしてロカリスとエラトリアの国境を越えてから数時間。
やはりというか、魔物と出くわさない異常さを感じながら、最初の野営に取り掛かる。
ミシェルの町へは四日程度かかるので陽が高いうちにさっさとテントを張った後、フレーヤの作った飯を食うと毛布を手渡してやる。
「んじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい! ……って、テントで寝てもいいんですよ?」
「気にすんな、ハリヤーを枕にさせてもらうって」
「それはそれで羨ましいかも」
横になっているハリヤーを見て笑い、フレーヤはテントの中へ入る。
俺は焚火を弄りながら少し待つと、寝息が聞こえてきたのでスマホを片手に立ち上がる。
「……さて、と」
『ここで電話しないの?』
「フレーヤを起こしそうだしな。それに通話は色々と問題があるから聞かれたくない」
『あー』
リーチェが生返事をする中、俺はそっとテントを離れた。
ギリギリ焚火が見えるし、結界を張っているからとりあえず大丈夫だろう。
「……風太っと。ありゃ」
ディスプレイに目を向けると大量の不在通知が入っていたことに気づく。夏那と水樹ちゃんからも連絡があったようで、通知欄が大変なことになっていた。
「なんかあったか……って、エピカリスのことだろうがな。もしかして出兵するんじゃないかね、っと……」
スマホを操作して通話ボタンをタップするとコール音……はせず、
「リクさん!」
「おおう⁉」
速攻で風太の大声が聞こえてきて、俺はびっくりしながら返事をする。
「随分慌てているがエピカリスが動いたか?」
「分かるんですね……。ええ、エラトリア王国へ出兵するとさっきヨーム大臣から通達がありました」
「まあ、想定通りだな」
「ちょっと、止めるためにそっち行ったんじゃなかったの⁉」
俺が神妙な調子で言うと、夏那が怒鳴りこんできた。
それも想定内なのでスマホから耳を離していたのは内緒である。
「おいおい、俺みたいなおっさんが戦争を止められると思ってんのか? 状況の真偽を確かめるためだって言ったろ」
「この流れは変えられないんですね」
「水樹ちゃんの言う通りだ。結局、この世界の人間の始末は現地人でするしかねえ。俺が一国の王とかならできるかもしれねえが、三人の学生と一緒に異世界へ来たただのおっさんだ。助言はできるが、解決までは難しいってな」
「こういうことが昔にもあったんですか……?」
おっと、口が滑ったな。
もちろんあったが別に今、こいつらに聞かせる必要はねえ。
「いや、俺のありがたくない蘊蓄だ。とりあえずなにがあったか聞かせてくれるか?」
「もちろんです」
まだ出兵していないことは僥倖だが、風太達の話を聞いてこっちも行動を考えるか。
すぐに電話に出た、ということは三人ともまだ安全な場所に居るってことだと思い、ひとまず安心する。
「僕達が訓練を終えた頃、ヨーム大臣がやってきて――」
◆ ◇ ◆
――Side:風太――
「……皆、少しいいか?」
「ヨーム殿が訓練場に来られるとは珍しい、どうしました?」
僕と夏那の模擬戦が終わったちょうどその時、大臣のヨームさんが訓練場に顔を出した。すぐにプラヴァスさんが騎士や兵士を集めて彼の前に立つ。
僕達三人もなにごとかと近づいて話を聞いてみることにした。もしかしたらなにか情報を掴めるかもという期待もあったからだ。
「姫様の下にエラトリア王国からの書状が届き、国交回復は不可能と判断した。そして戦いのため出兵をすることを決めた。各騎士団長はこの後ミーティングをするので集まるように」
「はっはっは、ついに戦争か。エラトリア王国も覚悟を決めたようだな」
「……」
陽気なレゾナントと対照的にプラヴァスさんは難しい顔をしている。
「プラヴァス殿?」
「む? ああ、承知しましたヨーム殿。聞いた通りだ! 戦いが始まる、気を引き締めるように!」
考え事をしていたプラヴァスさんは声をかけられるとすぐにいつもの調子に戻り、兵士を連れて訓練場を後にする。
ヨームさんをじっと見ていたけど、気になるところでもあっただろうか?
それはともかく、一大事だと僕達は冷や汗をかきながら顔を見合わせる。
要するに交渉は決裂してこれから戦争が始まるということ……。
「あの、本当に戦争になるんですか……?」
「そうだ。勇者の二人はもちろん遠征に出てもらう、そのために喚び出したのだからな」
僕の言葉に迷いなく返してくるヨームさん。
確かにエピカリス様は隣国と揉めた時に助けてほしいとは言っていた。けど、僕達は勇者で魔王を倒すために喚ばれたはずだから、隣国と戦うことがメインのような言い方をされるのはかなり困る。
それは他の二人も思っていたようで、夏那が激高しながらヨームさんに詰め寄っていく。
「いやいや、どうしてもってなら話は分かるけど、いきなり前線はないでしょ? 訓練したとはいえまだ一か月ちょっとよ? 覚悟もなにもあったもんじゃないわ」
「……しかし、それを決めるのはお前達ではない。姫様だ」
「それはいくらなんでも……」
水樹が青ざめて呟く。
……こういうのがリクさんの言う『厄介』なことで、そしてこれに流されないようにしなければならないのだ。
「いくらなんでも横暴かと思います。確かになにかあれば協力はするとお伝えしていますが、命令される覚えはありません」
「なにを――」
「分かりませんか? ここに拘束される必要はない、ということです。僕達もリクさんのように出て行くことは自由なはずです」
リクさんと一緒じゃなければこういう言葉は出なかったと思う。喚ばれたのだから従うと考えてしまい、ここから出て行こうとは考えなかったはずだ。
もしかするとそれがリクさんの狙いだったのかもしれない。
「……敵を前に逃げると言うのか?」
「そもそも、勝手に召喚しておいて戦いたくない相手と戦わせるということが横暴ではないですか? 魔王はともかく、この世界のことはこの世界の人達がやるべきでは?」
「……ぬ。どちらにしても、ここで負ければお前達とてどうなるか分からんのだぞ? それと勇者ではない娘を危険に晒すつもりかね? 弓が多少使えたところで、野盗にでも捕まって売り飛ばされるのが目に見えるわ」
「僕達も強くなっていますし、そこはご心配なく。申し訳ないですが、水樹が外に出られないというのであれば、なおのこと遠征には出たくありませんね。あなたではなく、エピカリス様と話をしたいのですが?」
「姫様は忙しい。遠征までまだ時間がある、考えが変われば教えてくれ」
ヨームさんはそう言って睨みつけるようにこちらを見た後、踵を返して訓練場を立ち去って行った。騎士やプラヴァスさんはすでに居なくなっていたので先ほどの話は聞かれていない。
「風太、かっこよかったわ!」
「うん、リクさんみたいだった」
「そ、そう? でも、リクさんの言いたいことは分かった気がする。この世界のことはこの世界の人間で……か。自分達の目的のために関係ない人を巻き込んでおいてあの言い草だから、こっちも相応の主張はしないとね」
「確かにそうよね……。あたし達が弱かったら別だけど、言いなりになる必要ってないもん」
「でも、大丈夫かな? 適当な理由を付けて風太君と夏那ちゃんを外に出しそうな気がするけど……」
水樹が心配そうな口調で言うが、夏那が首を横に振って口を開く。
「心配ないわ。その時はリクを追って城から出ればいいのよ。……こっちの国は言いがかりを付けて攻めているわけでしょ? それに付き合う必要はないって」
「でもその情報をどこで、ってなりそう。言う?」
「そこは言う必要はないよ。リクさんが戻るまで僕達は待つだけだ、だから頑張って引き延ばす」
僕が言うと二人が頷いてくれた。
さて、啖呵を切ったのはいいけど、ヨームさんの態度、気になったな。神経質そうだったけど、あんな言い方をする人じゃなかったと思う。戦争でピリピリしているからかな……?
プラヴァスさんもじっと見ていたし、いつもと様子が違うのは間違いなさそうだ。
とりあえずここに居ても仕方がないので、僕達は部屋に戻るために歩き出す。
「姫様は話に応じるかしらね? なにか言われた時のためにシミュレーションしとこうかしら。水樹、姫様役ね」
「え、ええ⁉ ……わ、わたくしの言うことが聞けないとおっしゃいますの?」
「ぷふー、に、似てなさすぎ……‼」
「もー、やれって言うからやったのに!」
「おいおい、これから大変だっていうのに遊んでいる場合じゃないよ」
と、窘めたけど夏那は返してくる。
「……だからこそよ。不安しかないもの、無理にでも明るくしないと、ね?」
「うん」
見れば二人は震えていた。男の僕でも焦るのに、彼女達がそうならないわけがないのだ。
◆ ◇ ◆
「――で、今に至るわけか」
「ったく、全然出ないんだから!」
「悪い、こっちも立て込んでいたんでな。それじゃ近いうちに出兵か……出くわすとしたら――」
俺が簡単に道程を思い返して考えていると、
「あふ……リクさん、そんなところでなにをしてるんですかぁ……?」
「げ、フレーヤ」
「また女の子の声……!」
「なんか女の子の声が……?」
チッ、厄介な。
俺はスマホを隠してからフレーヤへ尋ねる。
「お前こそどうしたんだ?」
「ちょっとおトイレに……」
「はいはい、見ていてやるから早くしろ」
「はーい……って見たらダメですよ⁉」
「分かったからあっち行って寝てろって」
俺が追い払うと、フレーヤはふてくされながらこの場を離れ、どこかで用を足したのかテントに戻る姿が見えた。
「……ったく、驚かせやがって」
「この前の子っぽいけど、どうしたのよ」
「ああ、エラトリア王国の騎士だ。とりあえず状況は分かった。なるべく早くそっちへ行くからもう少し耐えてくれ」
「分かりました。気をつけてくださいね」
水樹ちゃんの言葉に礼を言ってから通話を切る。
ハリヤーをもう少し無理させることになりそうだなとスマホのディスプレイを見ながら呟き、俺はハリヤーを枕にして横になる。
「……よし」
俺はこの後のプランを頭に描いて眠りに就いた。
第九章 再会
『速~い』
「一晩寝たら元気ですね、ハリヤーって本当にお年寄りなんですか?」
「ああ、尻尾の長さとか実際に触ってみると筋肉の衰えはあるぞ。無理をさせている分、餌は期待してくれ」
ハリヤーは『いえいえ、とんでもないです』と言いたげに一瞬こっちに目を向けて小さく鳴く。
脚のケガは治しているが、体力だけはどうにもならねえ。疲れもあまり取れてないと思うが、今は頼らせてもらうぜ。
国境を越えロカリス王国を進む俺達は、騎士達がまだ遠征をしてこないことを理由に街道をひた走っていた。
なるべくロカリス王都の近くでプラヴァス達と接近し、できるだけ向こうの兵がエラトリア王国へ近づくのを遅らせたいため、休憩を少し減らしている。
そして頃合いを見計らって全体を見渡せる小高い丘へ移動すると――
「……見えた、あれがそうだな」
「す、凄い数……ここから見えるだけで三、いえ、四千人は居ますね……。あれがエラトリア王国に向かうんですか……?」
「そういうこった。プラヴァスとニムロスは親友らしいから、そのノリで話をしてみるとするか」
『あんたは途中で拾った村娘、いいわね?』
「は、はい!」
緊張のせいか即座に肯定するフレーヤに苦笑しつつ、ハリヤーを騎士達の列へ向かわせる。旗を掲げているのが騎士団長か? 分かりやすいな。
俺はプラヴァスの鎧の色を思い出し、目を凝らして二番手の列を預かっているのを見つけると真っすぐそちらへ向かった。
列の外側の騎士が、急に近づいた俺達に目を見開く。
「……! 何者だ、我らをロカリス騎士団と知って近づくか?」
「いきなり警戒されてますけど……」
「こいつらは俺の顔を知らねえからな。すまねえがプラヴァスと話をしたい」
「騎士団長と……? 素性が分からぬ者を近づけさせるわけにはいかんな。エラトリア王国の刺客かもしれん」
その言葉にフレーヤが顔を強張らせるが、頬をつねって悟らせないようにする。
まあ、この騎士の言うことは正しいので、俺はヨームに貰った通行証を見せることにした。
「俺は異世界人だ。それくらいは知ってるだろ? ヨームの奴にこいつを渡されたが通用するか?」
「なんだ……? これは……なるほど、出て行った異世界人か。こんなところを女連れとは驚いたな……」
「そう言うなって、装備もいい物を貰ってたから苦はねえんだ。元々向こうの世界では商人みたいなことをやっていたしな」
ただの中小商社だが嘘じゃねえぞ?
そこで、騎士が列を離れて俺の前に立つと隊の中央、旗の下に居るプラヴァスに大声を出した。
「プラヴァス団長ー! 異世界人が訪ねてきていますがどうしますか!」
すると――
「リクか⁉ まさかここで会えるとは……よし、一旦休憩だ! 通達!」
――複雑そうな顔でプラヴァスが俺の前に現れた。
「よう大将、久しぶりだな!」
「ああ、馬を持っているみたいだが、買ったのか? どうだ、その後は?」
「ちょっと色々あってな。少し離れたところで話せるか?」
「む……よかろう」
話が早い奴で助かるぜ。
俺はフレーヤとハリヤーを引っ張り、プラヴァスが指定した木の下に移動する。
そこでプラヴァスは兜を脱いでフレーヤに目を向ける。
「そちらのお嬢さんは?」
「は、初めまして……」
「ちょっと旅の途中で知り合ってな。連れってやつだ。で、こうして行軍しているってことは戦争かい?」
フレーヤのことは適当に紹介しつつ本題に入る。
当然知っていることだがあえて尋ねることで、俺自身はエラトリア王国に関わっていないことを暗に示唆しておく。
すると、プラヴァスはため息を吐きながら口を開く。
「そうだな、見ての通りエラトリア王国との交渉は決裂して攻め込むことになった。まさかこんなことになるとは」
「……風太達は?」
「彼らはまだ城に居る。フウタ君が戦争を渋って部屋から出てこない。ヨーム殿とエピカリス様が説得にあたっているからそのうち出てくると思う。勇者の彼らはかなり強くなったから、参戦してくれると助かるのだがな」
「ふん」
お前らのために働く必要はねえんだ、と言おうとしたがその前にプラヴァスが別のことを口にする。
「……とはいえ、彼らは元々ただの平民。戦えるようになったとはいえ、まだ参加させるには危うい。城を出たら私の下へ来るよう言ってあるので、よほどのことがない限り戦わせる気はないがね」
「オーケー、俺が見込んだだけのことはあるぜ。で、戦争はいいが姫さんから詳しい話は聞いているのか?」
「ん? あ、いや、ヨーム殿から開戦するようにと言われただけだな。我らはその決定に従うまでだ」
「他には? まさか、直接命令されたわけでもねえのに従ってんのか?」
「……そうだ。ヨーム殿は直属の大臣だ、彼がエピカリス様の言葉と言うのであれば従うに決まっているだろう」
「なら他になんか聞いたりは……」
「していないな」
なるほど、風太の話通りか。
というか騎士としては褒められる精神かもしれねえが……。
「それは……ダメだろ」
「なぜだ?」
「色々だよ。身内だから信じているかもしれないけど、もしそのヨーム殿が嘘を吐いていたらどうすんだよ? 実はエピカリスが誰かに脅されていて戦争を仕掛けるしかなかったとかを考えろってこった。今までの積み重ねはあるだろうが、それでも騎士団長に意見を求めず、いきなり出兵はおかしいと思えよ。作戦はどうなんだ?」
「国境を越えてから……いや、さすがにそれは話せん」
「ま、当然だな。なんでそういう確認や質問をエピカリスにできなかったんだよ」
俺が突っ込むとプラヴァスは冷や汗をかきながら言葉を詰まらせる。
この国のやり方はトップダウン型の政治だったのかねえ?
そんなことを考えていると、プラヴァスは俺の目を見ながら口を開く。
「……確かに、リクの言う通りかもしれん。それなら打ち明けるが、気になることがある」
「気になること?」
「ああ、ヨーム殿のことだ。私達に出兵の話をした時にエピカリス様のことを『姫様』と言っていたのだ。彼は普段『エピカリス様』と名を呼ぶ。そこに違和感があった」
「正式なことだから……いや、だったらなおさら『エピカリス様』って言うか」
「嘘を吐く、というより偽物だったという可能性もなくはない……かもしれん。証拠はないし今は確認のしようがないが」
ヨームどころかエピカリスが一番臭いんだがな。
俺はどうしたものかと考える。手紙の内容をこいつに教えて、進軍を止めてもらうか、一緒に王都に戻ってもらうか、というやつだな。
打ち明けるメリットは二つある。対となるものだが、一つ目はプラヴァスに真実を語れること。これなら、納得してもらったうえで進軍を止めてもらえるかもしれない。
二つ目は、たとえ味方になってくれなくても、俺がエラトリア王国のスパイ扱いされること。そうなればここで俺が逃げると俺に対して牽制する必要が出てくるので、部隊を少し王都に回す可能性が高い。
……少し考えた後、プラヴァスなら大丈夫かと口を開く。
「そんなお前に一つ悲報だ。手紙の内容はでっち上げで、エラトリア王国は再三、要求を変えてくれと頼んでいた。が、エピカリスがそれを握り潰した形になる」
「なにを言っている……? リク、貴様はエラトリア王国に行っていたのか?」
おーおー、殺気をむき出しにしてくるねえ。
俺は口元に笑みを浮かべながらプラヴァスへ返す。
「ま、そういうこった。ニムロスとも会ってきたぜ、お前によろしくってよ」
「む……」
「俺は召喚された時に聞いた話が本当かどうか確認しに行ったってわけよ。冤罪を風太達に被せるわけにゃいかねえしな? このまま戦争をしたとして、勇者が罪もない国を襲ったとなりゃロカリスはいい笑いものだぜ」
腰の剣に手をかけていたプラヴァスがゆっくり手を下ろして口を開く。
「……それを信じるのは難しいと思わないか? ヨーム殿ではなく、お前が嘘を吐いている可能性は?」
「ここでそれを蒸し返すか、よほど刺さったらしいな。判断は『お前に』任せるよ。どちらにせよ俺は風太達を連れてロカリスを出る。エピカリスは信用ならないしな。エラトリア王国には魔族がちょっかいをかけているみたいだし、気をつけろよ? 魔物も多い……フレーヤ、乗れ!」
「は、はい!」
「ま、待て!」
プラヴァスが俺を掴もうとするが、一歩遅くハリヤーと共にその場を離れる。
「とりあえずお前達が役に立たねえことは分かった。精々、親友のニムロスとやり合えばいいんじゃねえの?」
「……」
どうしていいか考えているプラヴァスだが、それに付き合っている暇はない。
さっさと先へ急ぐかと思ったところで――
「はっはぁ‼ 逃がすと思うか‼」
赤い髪の男がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。野郎、剣を抜いてやがる。
俺達を攻撃するつもりなのは目に見えているので、ハリヤーへ指示を出す。
「おっと、いきなりなんだってんだ? ハリヤー、走れ!」
しかし、向こうは若い馬のようですぐに眼前に回り込まれた。
こいつも騎士団長か? 訓練場で見た気がするなと思いながら俺は剣に手をかけた。
「なんだ? そこをどいてくれねえか?」
「どこへ行くつもりだ?」
「言う必要があるとは思えねえ、俺の勝手だろ。……チッ」
赤い髪の男が俺の行く手を阻み、脇から抜けようとしても前を塞いでくる。
その間に同じ色の鎧を着た部下であろう人間が取り囲んできた。
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