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1巻

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 で、俺は徹夜明けのまま、フレーヤに案内されながら会議室へ向かっている。もちろん、今後の戦いについてどうするかの話し合いのためだ。
 あえて最初の会議に参加しなかったのは、俺がいるとどうしても俺を組み込んで考えようとするだろうからハナから外れておくのがいいだろうと思ってのこと。
 あいつらが気を遣わないようにしたという意味もあるけどな。

「ここですよ。それじゃ、また後で!」
「ありがとよ。後がいつになるか分からねえが、夜のお供ならいつでもいいぜ」
「も、もう‼ 最低ですね! ふん」

 憤慨ふんがいしながら立ち去っていくフレーヤの後ろ姿を見て、苦笑しつつ会議室の扉をノックする。
 中から返事があったので入ると、ゼーンズ王と騎士団長四人が揃ってこちらに目を向けてきたので俺は軽く会釈をして空いている席に座る。

「ニムロスが迎えに来ると思ったが、フレーヤに任せてよかったのか? 俺は逃げるかもしれねえのに」
「ふふ、そこまで薄情はくじょうだとは思わないし、誰かと一緒なら少し自由に動いてもらっても構わないと考えているからフレーヤならまあいいのさ」
「フレーヤが懐柔かいじゅうされてたらどうすんだっての」
「この国に腰を落ち着けることはないと自分で言っていたじゃないか。手を出すとは思えないけどね? さっきも言ったがそこまで薄情な人間だと思っていない」

 ニムロスがつまらねえことを口にするので肩を竦めながらため息を吐くと、ゼーンズ王が机に広げられた地図を指差しながら話し始める。

「全員揃ったので始めるぞ。リク殿、昨日エピカリス姫には手紙を返しておいた。十日以内には向こうへ到着するだろう。我々は過去の貿易条件が呑めないのであれば交戦の意思ありと返事をした」
「どう考えても向こうは戦争をしたがっているみたいですからね」

 ジェイガンという男がやれやれといった感じで首を横に振りながらそう言い、さらに話は続く。

「で、実際の作戦だが国境からの防衛ラインをいくつか設定し、森までは奴らに明け渡す。そこから草原に侵入してくれば攻撃を仕掛けるつもりだ」
「悪くないんじゃないですか。で、魔物に対しては?」
「少数の場合は迎撃し、多数の場合は一度後退してロカリス国と魔物が交戦するよう仕向ける。国境は南と西の二つ。そこへ二部隊ずつ置き、臨機応変りんきおうへんに戦えるよう中間に兵を展開させておく」

 後はゼーンズ王の部隊が王都前に展開する、か。
 向こうの規模が分からない以上そうするのが無難なので特に異論はない。補給部隊は分けて後方に置いておくそうだ。

「最悪王都に引き籠って迎撃もアリだろ」
「ですね。向こうから攻めてくるのであれば、それを利用しない手はありません。時間は短いですが、少なくとも手紙が到着して攻めてくるまで十日以上は確定しています、塹壕ざんごうなども掘って対応にあたりますよ」
「いいねえ、そういう嫌がらせは大好きだぜ俺。ああ、折角だし森にロープを張っておけよ。騎馬がギリギリ見つけられるかどうかのやつをな」
「ああ、いいかもしれないな」

 ふむ、さすがに一国の防衛を担う連中が集まっているだけあって特に異論もねえ。
 こっちはこれでいい。
 今度は俺がなにをするかの提示だな。一通り話を聞いた後に、俺が加担できない理由を告げる。

「オッケー、なら次は俺だ。悪いんだが一度ロカリス国へ戻る」
「は⁉ き、貴様、我らの作戦を向こうに流すつもりか……!」
「落ち着けよ、そうじゃねえ。知っての通り向こうにゃ『勇者』が居るだろ? どのくらいの強さになったか分からねえが厄介な存在だ。そして俺はあいつらを戦闘に参加させたくねえ。ついでに言えばエピカリスを押さえれば戦争は回避できる。……分かるか?」
「なにを……」

 と、俺が気に入らないらしい騎士ワイラーが机を叩くが、ゼーンズ王はそれを手で制してから口を開く。

「なるほどな。リク殿、それは完全にあなたが悪役になる役回りだぞ?」
「気にすんな。異世界人だからこそできる芸当だろ?」
「どういうことでしょうか?」
「おそらくだが勇者奪還だっかんと同時にエピカリス姫をつか、それに近いことをするのだろう。向こうは彼が我々と協力関係にあることは知らないから、リク殿は戻ろうと思えば戻れるはず。さらに言えば、こちらの作戦をバラすことを手土産にエピカリス姫に近づけるのでは、ということだ」

 ビンゴだ、ゼーンズ王。
 戦いを止めるには頭を潰すのが早い。
 そしてエラトリア王国に非はなく、事実は多分プラヴァス達も知らないだろう。あくまでもエピカリスが『そう言っている』だけで調査もロクにしていないと思っていい。
 なら、エピカリスだけは殺さないまでも押さえておく必要がある。
 俺は要求の理不尽さを材料に、こんな戦争に参加させるわけにはいかないと風太達を回収し、きちんとした交渉の席に着くようロカリス国に告げることができるってわけ。
 拒否されたとしてもロカリス国が理不尽な要求をしていることに変わりはないので、風太達とエラトリア王国へ逃げる算段だ。

「それは願ったりですが、そんな作戦上手くいくでしょうか?」
「勇者をアテにしていた奴らだ、強硬姿勢を崩すのはそう難しくないだろうぜ、ニムロス。勇者が行方ゆくえをくらませれば焦るだろ。あいつらを取り返せれば、ロカリス国の兵士を追い返すのは手伝ってもいいしな」
「魔族のほうは?」
「あいつの狙いはゼーンズ王と娘さんだ。護衛ごえいを付けて絶対に姿を見せないことを徹底すればいい。俺が戻っていれば相手をするが、戦争中に襲撃されたなら耐えてもらうしかない。騎士団長クラスの護衛が三十人ほど欲しいな」
「ロカリスが攻めてくるのにそれだけの戦力を割くのは……」
「無理なら姿を現さずに耐えろ。人質を取られないよう町の人間は全員隠せ。シェルターみたいなのがあるといいんだが……今からは間に合わねえし」

 俺が顎に手を当てて考えているとワイラーが手を挙げて口を開く。

「……そこはなんとかしよう。信じて良いのだな?」
「ま、それは信じてもらうしかないって感じだ。不安なら監視を付けてくれてもいい」
「なら、誰か一人、監視役を付けさせてもらおう」
「ああ、了解だ」

 さて、これで方針は決まった。
 これからロカリスに近い町へ避難勧告かんこくを行い、戦争準備に入る。

「では、諸君。この国が生き残るかどうかの戦いだ、準備は入念にな」

 ゼーンズ王の言葉で会議が終わる。俺は一度風太達に連絡をしておくことに決めた。

     ◆ ◇ ◆

 ――会議室から戻った俺は特になにもせず寝転がっていた。
 荷物はないし馬はハリヤーが居るので、後はいつ決行するかというだけだ。
 向こうは宣戦布告をしないで戦いを開始しそうなので、早めに部隊展開をしたほうがいいということは告げている。ニムロスの部隊はロカリス国境方面にある森の前に展開するらしいので、それと一緒に移動する予定である。
 ロカリス相手はそれでいいが、問題は魔族のほうだ。
 空から強襲できて特大範囲魔法を撃てるという敵なので、狙いはロカリスとエラトリアの戦いの最中に一網打尽いちもうだじん、ということが考えられる。
 ……うーむ、俺と同じレベルの人間がもう一人欲しいな、こういう時は。
 クレスかティリスみたいなのが居れば、あんまり考えずに片付けることができるんだが、ないものねだりはできねえか。風太達をアテにするわけにもいかないし。
 それと、だ。

「……もう一つの可能性が当たっていたらこっちは相当不利になる。迅速じんそくに行動しねえとな」

 ――それは、魔族がロカリス国を脅迫している場合だ。そうなれば、攻撃は全てエラトリア王国に来ることになり、そうなるとさすがに死者が出るだろう。
 この可能性に思い至った理由は、エピカリスが常に『エラトリア王国をなんとかしてほしい』というお願いしか口にしないからだ。魔族が交渉事を持ってきているなら、風太達にまずそっちの対応を優先させたいはずだからな。
 というか俺ならそうする。
 後、最悪の事態としてロカリス王国がすでに魔族の手中に収まっていた場合だ。だけどそれは俺達を召喚したことと矛盾するから推測の範疇を出ない。今からやることは変わらねえし、それに備えて臨機応変にってな。

『後は誰を連れて行くことになるかよね』
「まあフレーヤでいいけどな。考えていることもあるし」
『腕が立つほうがいいんじゃない?』

 そのほうが望ましいけど、戦争中にそんな人材は回せないから期待しないでおこう。
 俺を信用してもらえれば、監視役は誰でもいいと少し考えれば分かるはず。
 金でも娘さんでも動かない俺が、向こうに報告するメリットがないからな……もし俺が裏切って報告するような立場なら、この時点でエラトリア王国を引っ掻き回しておく方が有利だし。
 ま、二日しか顔を合わせていない俺を警戒するのは当然なので、この対応はむしろ好感が持てる。
 嫌がらせでもなんでも、牽制することは大事だからだ。
 さて、後は風太達に連絡を入れておくかとスマホの電源を入れる。着信がないところを見ると、向こうはまだ平和だな。今は夜八時。この時間ならさすがに訓練から戻っているだろと通話ボタンを押すと、数コールの後に風太の声が聞こえてきた。

「リクさん! こんばんは、無事みたいですね」
「おう、お前も元気そうだな! 夏那ちゃんと水樹ちゃんは?」
「そこに居ますよ」

 風太がそう言うと、後ろから夏那の『えー、リクからー?』みたいな声が聞こえてきたので、元気そうだと安心する。

「なにかありました?」
「まあな。とりあえず、今日のことを話しておこうと思ってな――」

 そう切り出して、エラトリア王国側に非がなく、おそらくエピカリスが戦争を起こす話をしに来るであろうこと、俺がそっちへ一旦戻る話をした。

「いよいよ、ですか」
「ああ。なんとか引き延ばして出陣は断っとけ」
「は、はい……! すみません、頼ってばかりで」
「気にすんなって、一緒に召喚された仲だろうが。力が付けば強引な手も使えるようになるし、それまで訓練だな」

 俺が笑うと風太もそうですねと苦笑していた。強引な手……力があれば大人しく城に軟禁されている必要はないってこったな。

「リクー、戻ってくるのー? リーチェは?」
『居るわよー』
「おう、夏那ちゃんか。ああ、変わりないか?」
「大丈夫……って言いたいところだけど、変態騎士団長にセクハラを受けてるから早く助けてほしいわ。このままじゃ貞操ていそうが危ういって」
「ははは、そうやってネタにできるうちは平気だな!」
他人事ひとごとだと思って!」

 と、夏那と喋っている時に、

「リクさーん、団長から話は聞きましたよ」

 部屋の鍵をかけていなかったらしく、フレーヤが入ってきた。

「ん? 女の子の声……?」
「ちょ、またな!」
「ふあ……昨日の夜はリクさんと作業して遅かったし眠いですねえ。それで――」
「あんた女の子と夜、し、ししししてたって⁉」
「ち、違うぞ⁉ またな!」
「まちな――」

 夏那の怒声をさっと切ってスマホを片付ける。『作業している』の部分が『している』だけ聞こえてたみてえだな……。別にやましいことはしていないがフレーヤにスマホが知られるのは面倒だ。

「……」
「痛い⁉ なんでわたしこめかみをぐりぐりされてるんですかね⁉」
『ノックしないで入ってきたからじゃない……?』
「そういえばそうでしたー⁉」

 ――とりあえずいじめておこう。

     ◆ ◇ ◆

 ――Side:風太――

「……切れたわ」
「うう、私も話したかったのに……」
「帰ってきたら問い詰めないといけないわね……!」
「いや、夏那はリクさんの彼女でもないし」
「いいのよ! あたし達を置いて好き勝手やっているのが許せないし! 後、声が可愛かった!」
「ええー……」

 リクさんも大変だな……。
 恋人かあ……夏那も水樹もいつかそういう相手ができるんだろうな。僕的にはリクさんと夏那ってお似合いだと思うんだけど、どうかな。僕だけかな、そう感じるの?
 でも確かに電話の向こうから聞こえてきた声は可愛かったな……ちょっと羨ましい……。
 っと、そうじゃなくて戦争が始まるんだっけ。
 腕を磨いて、二人を守れるようにしておかないとリクさんに怒られるな。
 二人が話しているのを横目に、僕はテラスに出て素振りをする。
 ……死ぬわけにはいかない。絶対に元の世界へ戻るんだ……!



   第八章 ロカリス王国への帰還


「ったく、昨日の今日で男の部屋にノコノコ来るかね? 食っちまうぞ」
「くぅー……痛い……。食べる? なにをです?」
「いや、もういい……。で、なんか用があるんじゃねえのか?」
「あ、そうそう。リクさん、ロカリス国に戻るそうですね。誰かを連れて行くって話ですが、わたしが行くことになりました!」

 ない胸を反らしてドヤ顔を決めたフレーヤを見て、そうだろうなと思う。
 俺とよく話しているし、戦力的に微妙といえる彼女はちょうどいいのだろう。
 ……黒い話をするなら、フレーヤくらいなら『万が一』あっても痛手が少ないと思ったか? だが、まあ、ニムロスがそんなことを考えそうにないし、逆に安全ぱいとして同行させると見た。
 とはいえ、実際は俺が『そうなるように』仕向けたのは内緒だがな。なにかとフレーヤを使っていたのはその布石みたいなもんだ。
 だが、一応本人に確認はしとくべきかと俺は告げる。

「敵国に突っ込むけど大丈夫か? エラトリア民だと知られたら見せしめに処刑されるかもしれねえぞ」
「しょ……⁉ だ、大丈夫です……騎士になった日から、覚悟はできています」
「オッケー、それでこそ騎士だ。自分の身は守れよ?」
「は、はいっ! あ、で、でも、出発前はお父さんとお母さんに会っておきたいかも……」
『まあ、いいんじゃない? 怖いのは怖いしね。女騎士っていえばロザを思い出すわね』

 ……懐かしい名前が出てきたな。騎士のくせにすぐべそをかく、歳上のくせに手間を取らせてくれた奴の名だ。

「女騎士……彼女さん、ですかね?」
「違うって……うお⁉ 詰め寄るな⁉」
『リクはダメよ、忘れられないひ――わぷ⁉』
「おら、くだらねえこと言ってねえで寝るぞ! それとも一緒に寝るか?」
「い、いいですけ……痛っ⁉」
「嘘だよ。さっさと部屋に戻れ」

 俺はフレーヤに強力なデコピンをかまして部屋から追い出すと、布団に入って目を瞑る。

「ええー! 聞かせてくださいよー!」
『なんでわたしまで追い出されるのよ⁉』

 無視だ、無視。くそ、余計なこと言いやがって……。
 ……いや、俺が気にしすぎなんだろう。もう、終わったことだというのにな――

     ◆ ◇ ◆

 ――そんなこんなで全てを決めた日から着々と準備は進み、部隊展開の準備もできたとニムロスから通達があった。
 俺は基本的にハリヤーに餌やりか、騎士達の訓練や準備をボーっと見つめるくらいしかしてねえ。……いや、フレーヤに俺直伝じきでんの訓練は少しほどこしたか。
 で、そろそろ手紙がエピカリスの下へ到着する頃だろう。
 もう少ししたらニムロスと出発することになる。エピカリスはさすがに出てこないだろうから、遠征えんせいした騎士達と入れ違いに帰るのがベストだ。
 プラヴァスあたりなら説得できそうだが――

「……誰だ?」

 俺がハリヤーに水を飲ませていると、背後に誰かが立つ気配があった。振り返らずに尋ねると、気配の主は少し間を置いてから口を開いた。

「騎士団長のワイラーだ、少しいいか?」
「あんたか、俺になにか用かい?」

 首だけ動かして背後を確認すると、確かに騎士団長の一人だった。

「……他の人間はお前を信用しているが、オレは違うということだ」
「へえ、ならどうする? 言っておくが、俺を排除したらこの戦争、負けるぜ?」

 俺の放った言葉に、眉をぴくりと動かし見下ろしてくるワイラー。不敵に笑う俺に、不機嫌そうな顔を向けて口を開く。

「随分と自信があるようだな? 貴様一人でなにが変わるというのか。繰り返すが、オレはお前を信用しちゃいない」
「別に信用されたくてやってるわけじゃねえ。利害の一致、それ以外になにがあるんだ? ロカリスはキナ臭えが、あいつらの言うことが真実ならあっちの味方をしたさ。だが――」
「こっちの方が使えると判断したということか」

 被せてくるように言ってきたので、俺は口元に笑みを浮かべながら小さく頷く。

「あんたみたいなのが居た方がいいのは間違いねえ。その警戒はあってしかるべきものだ。甘い陛下や他の騎士団長はいい奴だが、こういう時は頼りになりにくいからな。警戒心の強い奴が一人くらい居ねえと」
「……」
「ま、安心してくれ。俺の敵にならない限りは協力してやるからよ。向こうに行っても戻ってくる」

 そこでハリヤーが『そうですよ』という感じで小さく鳴く。

「言葉だけで信用しろと? 今しがた警戒心が強いと言った相手が、それを聞くとでも思っているのか」
「思ってるさ。嫌な奴にならざるを得ない性格だろうしな、あんたは。でも本当は違う。そうじゃなきゃ、ここの姫さんもタダの嫌な奴と婚約はしねえだろうよ」
「……ふん、変な奴だな貴様。……っと、なんだ?」

 俺の言い草にフッと笑ったワイラーに、愛用のオイルライターを投げ渡す。

「大事なもんなんだ、俺が帰ってくるまで預かっといてくれや」
「いいのか?」
「まあ、信用のあかしだ。……もし、戦いで物凄く困ったことがあれば使いな。中のヤスリを回せば火がくぜ」
「……む、魔法が使えない者にはいいかもしれんな」

 そう言いながら懐からなにかを取り出して俺に放り投げてくる。
 そいつをキャッチすると、それはこの国の紋章もんしょうが入った短剣だった。

「オレが成人した時に父から貰った物だ。預けておく、必ず返しに来い」
「はっ、物好きな野郎だ」
「お互い様だろう?」
「ちげぇねえ」

 俺が肩を竦めて手を広げると、ワイラーは懐にオイルライターをしまいながら空を仰ぎ、話し出す。

「……この国を守りたい。すまないがロカリスの方は頼むぞ、異世界人……リクよ」
「任せとけって」

 ――この後ちょっと手合わせをしてみたりして、全員からの信頼は得られたな。どっちでもよかったが、味方は多い方がいい。今後のためにも。
 そして、ロカリスへ戻る日がやってきた――

     ◆ ◇ ◆

 時は少しさかのぼり、ゼーンズから戻ってきた手紙を開いたエピカリスは真顔で文字を目で追う。
 全てを読み終えた彼女は手紙を握り潰し、目を細めてにっこりと微笑み、誰にともなく呟く。

「……なるほど、さすがに出荷量を増やすことはできませんでしたか。まあ、そんなことをすれば自国も干からびてしまいますしね」
「その様子ですと……」
「ええ、最終交渉も決裂しましたわ」
如何いかがいたしましょうか?」 
「……そうですわね。こうなれば争ってでも手に入れるしかありませんわね」

 瞬間、ひざまずいて待機していたヨームの顔が強張る。エラトリアと揉めているのは分かっていたが、まさかここまでこじれているのか、と。

「やはり、戦争ですか……」
「ええ、各騎士団長へ通達を。三日以内に出兵できるように手配をするようきつく言っておいてくださいまし」
「ハッ……。し、しかし、食料の交易だけでここまでせずとも良いのでは? こちらの条件はいった――」

『いったいどう書いて送ったのか』とヨームが進言しようと顔を上げたところで、背筋が一気に寒くなり言葉を詰まらせる。
 そこには笑顔なのに恐怖を感じさせるエピカリスが立っていて、ヨームをじっと見つめていたからだ。

「なんでしょうか、ヨーム? わたくしになにか意見でも?」
「い、え……なんでも、ありません……国王陛下もそれでご納得されているの、でしょうか」

 急に息苦しくなった彼は体を震わせながら頭を下げて口を開く。すると、エピカリスはヨームのところまで歩いて行き、膝を突いて肩に手を置く。
 目を合わせて微笑みながら、彼女は唇を動かす。

「もちろんですわ。お体の優れないお父様の代わりに執政をしているわたくしを信じられませんか? ほら、よく目を見て……?」
「……!」

 瞳の奥底に見える怪しい光。
 ヨームはその光から目を離せなくなり、一秒か、数分か……呆然としていた彼はやがてハッと意識を覚醒かくせいさせる。

「騎士団に出兵の通達を。いいですね?」
「……はい、かしこまりました、姫様」
「よろしい。それでは頼みましたよ」

 ヨームは立ち上がると頭を下げて謁見の間を後にする。
 エピカリスは目を細め、口元にニタリと笑みを浮かべながら玉座に座る。

「うふふ……面白くなってきましたわ。棄却ききゃくするとは思っていましたが、まさか宣戦布告までしてくるとは意外でしたわね。……あの妙に強い覆面の人間が居ることで強気になったか……? しかしこちらには勇者が居る。それが分かった時、奴らの顔がどうなるか見ものだわ」

 先ほどまでの微笑みではなく、顔をみにくく歪めて笑うエピカリスの瞳は……怪しく輝いていた――

(ああ……恐れていたことが……勇者様……どうか、気づいて――)


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