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1巻
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「なんだ……?」
「お願いだよ、母さんに薬を買いたいんだ。売りたくないけど、もうこいつくらいしか売る物がなくって……」
「無理を言わないでくれ、馬の販売店で売ったらどうだい?」
「もう年老いているから、売り物にならないって……」
「もう行ってきたのか。可哀想だけどそいつを肉にしても美味しくないんだ。うちで肉として買い取るのも無理だね」
「そこをなんとかお願いだよ! 父ちゃんが帰ってきたらお金がたくさん手に入るんだ、それまで僕が母さんを守らないと!」
十歳くらいの男の子が肉屋へ馬を売りたいと懇願しているところだった。
母親が病気に父親は失踪ってか? ま、よくある話だ、テンプレ以下のクソ話だな。そんなことを思いながら、俺は肉屋の親父へ注文をする。
「親父、干し肉を二十枚と骨付き肉を五本包んでくれ」
「おっと、お客さんだ。ほら、仕事の邪魔になるから、悪いけど他を探して」
「そ、そんな……」
男の子はとぼとぼと馬を引いて去っていく。その様子を横目に、肉屋へ代金を支払うと次は八百屋へ向かう。
男の子は他にもう手はないのか、誰にも声をかけず力ない足取りで歩き続けていた。
ふと、食堂からいい匂いが立ち込め、彼は一瞬だけ立ち止まりお腹をさすった後……また歩き出す。
「ああいうの、前の世界の時でも居たよなあ。ここはスラムのような場所はなさそうだし、なんでまた馬を売るまで貧困なんだか」
商店街をフラフラ歩いていた男の子がふと別の道へ曲がるのが見え、追ってみると自宅の庭に馬を繋いで家へと入った。
悪いとは思ったが窓から覗いてみると、確かに母親がベッドで寝込んでいて青い顔をしている。
ありゃ、栄養不足もあるな……。
はあ……嫌なもん見ちまったな、さっさと出て行きゃよかったぜ。
「おい、坊主」
「は⁉ え? だ、誰⁉」
「こっちだ。ちょっと外に出れるか?」
だが、ほっとけないのが俺の性分ってやつだ。
「う、うん……」
窓から声をかけると、恐る恐る男の子が外に出て俺の前に立つ。
「あ、さっきお肉屋さんに居た……」
「おう。お前、その馬を売りたいのか?」
「う、うん……でも年老いた馬は誰も買ってくれないんだ」
「というか金がないのになんで馬は持ってるんだよ。それに、親父さんはどうした?」
すると男の子は半べそで話し始める。
この一家は裏の土地に畑があり、馬二頭を農耕に使って野菜を育てているそうだ。
で、別の町で野菜が高く売れるということで親父さんが出て行ったまま帰ってこないとのこと。
母親が体調を崩してしまい仕事もできない有様で、貯金を崩していたがいよいよ三か月目で底を突きそうだというのだ。
「親父さんのところへは行けねえのか?」
「僕一人じゃ無理だよ……。母さんを置いていけないし」
そりゃそうだな。
見ちまったもんは仕方ねえ、一肌脱ぐか!
「お前、名前は?」
「テッドだよ」
「おじさんはリクって言うんだが、ちょっとエラトリア王国に行く用事があって馬が欲しい。でも金が足りなくてな。あいつを安く売ってもらえると助かるんだが、どうだ?」
その瞬間、テッドの顔がパッと明るくなるのが目に見えて分かり、俺は苦笑する。
よしよしと革袋を取り出してからテッドの手に渡す。
「ちょっと食料を買って減っちまったが、こいつでどうだ?」
「いち、にい……金貨……四枚⁉ こ、こんなに貰えないよ!」
「いいから取っとけ。ついでだ、母ちゃんの具合も見てやる」
「え……?」
勝手に家に上がり込み、母親の横で膝を突いてからとある魔法をかけてやる。
「〈病排除〉」
「う、ううん……? 体が軽く……え⁉ だ、誰ですか?」
「母さんが起きた⁉ お兄ちゃんって勇者様……?」
「そこらへんにいるおっさんだっての。この魔法はそこまで万能じゃなくてな、一時的に回復したが栄養を取らないとぶり返す。だからテッド、それでなんか美味い物食わせてやれ」
「うん! ありがとうリクお兄ちゃん!」
おっさんでいいのに。
よく分かっていない顔の母親に事情を説明すると、泣きながらお礼を言われたが、あぶく銭だし馬がある方が助かることを話して納得してもらう。
「こいつの名前は?」
「うん、ハリヤーっていうんだ! お肉にしたくなかったから……嬉しいよ」
「大事にされてたんだな。……お前の親父さんはどこの町に行った? エラトリアに行く途中にある町なら声かけとくぞ」
「えっと、確かそっち側だよ。ミシェルの町ってところで名前はトムスっていうんだ」
「オッケー。後は……俺から忠告だ。金貨を持っていることを人に知られるなよ、必要な分だけ持ち出せ。んで、上手い話を持ってくる奴は警戒しろ。俺が悪い奴なら、その革袋に石を詰めて馬を奪うかもしれなかったんだぜ」
「あ、そ、そうだね……!」
テッドの頭をくしゃりと撫でてから俺はハリヤーへとまたがり、ゆっくりと歩き出す。
母親が治れば仕事の口はあるそうなので、今後は心配ないだろう。
「ありがとう! リクお兄ちゃんー!」
テッドに一度だけ振り返って手を上げると、リーチェがこそっとマントから顔を出して口を尖らせる。
『お金、ほとんど渡しちゃったけどこれからどうするの?』
「おっと、まだ隠れてろって。……ま、どっかで稼ぐさ」
『どうせロクなことしないんでしょ……』
俺の笑いに肩を竦めるリーチェ。
ま、なるようになるさ、こうやって馬も手に入ったしな!
「おっさん同士、仲良くやろうぜハリヤー」
俺が首を軽く叩いてやると嬉しそうに嘶き、足を速める。
そのままやはり話が通っていた門を抜け、いよいよ外の世界へと踏み出すことができた。
(助けて――)
「……ん? 今、なんか聞こえたか?」
『え? なにも聞こえなかったけど?』
「そうか……。じゃ、とりあえず先を急ぎますか!」
召喚されてから外に出るまで一か月ちょっとか。ゲームなら返品ものの長さだなと思いながら、俺は次の町、ミシェルを目指す。
第四章 召喚の代償
――王都を出てから早三日。
俺とハリヤーは整備された街道をひたすらに進んでいた。
年老いているとはいえまだ現役で農耕ができるやつなので足取りは軽く、休憩を少し多めに取ればあまり疲れも見せないから助かっている。いい買い物だったよマジで。
休憩中は〈妖精の息吹〉や〈癒しの手〉でこいつの足を治してやれば応えてくれる。
話し相手はリーチェが居るから問題なし。王都から離れて窮屈じゃなくなったのでよく喋るんだこれが。
「……っと、雨か」
『夕方だし、そろそろキャンプでもいいんじゃない?』
雨足が強くなって陽が落ちるとテントを張るのが面倒になるので、その提案は賢いと俺はハリヤーから降りて、近くの雑木林へ踏み込んでいく。
完成したでかいテントにのそのそと入ってきたハリヤーは『お構いなく』といった感じで隅っこへ座り込む。
「さすがに三日目ともなると慣れたもんだな」
『賢いよねこの馬。……あら、ちょうど良かったみたいよ』
「ったく、急いでるってのによ」
するとそこで滝のような雨が降り出し、俺は入り口から顔を出して口を尖らせつつも焚火の準備を始める。いつもは外でやるのだが今日は中でやるしかないので、事前に集めていた枯れ木を束ねて火を熾す。
「〈火式〉」
一番簡単な炎系魔法を指先から出すとすぐに枯れ木が燃え上がり、俺はそれに息を吹きかけて安定させてやる。ポケットにはライターもあるが、こういう時は魔法が便利である。
「さて、今日は骨付き肉とパンだな」
『スープも付けてよ!』
「へいへい」
収納魔法から鍋と水を取り出して火にかけ、骨付き肉も取り出し焚火の傍らに立ててしばらく放置。
焼きあがるまでは暇なのでハリヤーに野菜を食わせてやると、美味そうに食い尽くした後に目を瞑った。
「こいつはこのまま休ませておけばいいだろ」
『リク、お湯が沸いたよ』
リーチェがまだかと催促するので、さっとスープを作ってパンをちぎる。ちょうど肉が焼けたので彼女の分だけ骨から肉を削いで適当な皿に載せてやった。
二人で黙々と食事をした後は寝転がって雨がやむのを待つだけとなる。
「くそ、やっぱ動きにくいな、脱いどくか」
俺はプレートメイルを外して収納魔法へ入れておく。ガントレットとグリーブがありゃ十分だろうと首を鳴らして座り込むと、リーチェが空中で体育座りをしながら俺の眼前に飛んでくる。
『ねえリク、あの三人大丈夫かしら?』
「大丈夫だって。俺の時と違って一人じゃねえしな。お前が夏那を気に入っているのは分かるが、そのうちあの国に居る人間より強くなるから平気だ」
『でも、あんただって人間に囲まれてひど――』
「……ちと早いが寝るぞ、明日は忙しくなりそうだ」
『え? 明日もハリヤーに乗って移動するだけでしょ。ちょっと、まだ五時なんですけどー!』
「雨がやめば夜中に出てもいいだろ。そんじゃな」
ぶーたれるリーチェをよそに俺は毛布を取り出してからくるまって目を瞑る。
しばらく耳元で騒いでいたが、懐に潜り込んできて寝息を立て始めた。
「ふう……やっとうるさいのが寝たか。……二日目から感じていた気配、近くまで来ているな。……追手か? 騎士か兵士よりは慎重そうだが足音は丸聞こえだぜ」
リーチェが黙ったので雨の音がよく響くが、それに混じってわずかな呼吸音と草を踏む音が聞こえたのだ。
盗賊の類という可能性もあるが……。
近づいてこない以上、こちらから出向く必要もないので俺はそのまま寝入ることに。
ま、結界を張っているし、テントから三メートル以内に踏み込んだら分かるんだけどな。
そんな感じで何者かが俺を見ている気配を感じていたわけだが、害がなければ放置するつもりだった。
しかし翌日――
再びハリヤーに乗って街道を歩いていると、リーチェが声をかけてきた。
『暗くなってきたけど、町ってもうすぐだっけ?』
「多分な。このまま町まで……といきたいが、その前にお客さんらしい」
『え?』
「ハリヤー、走れ!」
手綱を揺らすとハリヤーがダッシュする。
すると近づいていた気配が慌てて街道横の森から飛び出してきた。
俺が気づいていないと思い、そろそろ襲撃しようかと考えていたんだろうが甘いぜ。
ただ、若い馬とじゃ勝負にならないので追いつかれるのは時間の問題。
それとケガは治せるが、もしハリヤーが死んでしまったら蘇生はできないので、馬上戦闘を避けるため森の中に入って戦える場所を探す。
するとちょうど花畑のようになっている場所が目に入り、俺はそこで立ち止まってハリヤーから降りると、合計六人の怪しい奴らに取り囲まれた。
「おいおい、なんだ? 俺には金なんざねえぞ、強盗なら他を当たってくれ」
おどけた調子で俺が肩を竦めると、全員が馬から降り、無言で得物を抜いて構えた。
顔に覆面、ショートソードにダガーか。怪しすぎてそれだけで自己紹介だ。
「冗談どころか、強盗や盗賊の類でもなさそうだな? 暗殺を生業としているってところか」
「……!」
俺の言葉に動揺を見せる。するとその中の一人が口を開いた。
「使えない異世界人と聞いていたが、頭は回るようだな」
「ふん、自信があるのかどうか知らねえが、もう少し演技とか覚えたらどうだ? 『身ぐるみ置いていけ』とでも言えばまだカモフラージュできるのによ。それじゃあ『城の誰かに頼まれた』って自分から白状しているようなもんだ」
薄暗くなっていく森に緊張が走る。俺が気づいていないとタカをくくっていたらしい。しかしすぐに覆面の下に見える目が細められた。
「どうでもいいことだろう? ここでお前が死ねばそれで終わりなのだから」
「違いねえ。だけどそれはこっちも同じだってことを忘れてねえか?」
「 」
俺の言葉の後、なにかを言おうとした男からの返事はない。
なぜなら俺が喋り終わる直前、腰から抜いて投げた剣が顔面を貫通していたからだ。
「な? え?」
「なんだ……⁉」
残り五人。
馬鹿どもが呆けている間に俺はぐらりと倒れそうになっている男に駆け寄り、顔面から剣を引き抜きながらリーチェへ叫ぶ。
「リーチェ、ハリヤーを遠くへやれ!」
『分かった!』
止まっていたハリヤーがリーチェに首を叩かれて走る音が聞こえる。が、俺は見送らずにそのまま近くにいた覆面の男に迫る。
「……!」
一歩、二歩……跳ねるように近づき、剣を真正面から振り下ろす。
「馬に気を取られているとは二流だな、死ね」
「あが――」
脳天が割れて血が噴き出し、俺はそいつを蹴り飛ばしながら剣を抜く。残り四人。
「……」
手に人を斬った感覚が残り、俺は自然と笑みを浮かべる。
「貴様……‼」
「俺が右から行く、お前は――」
「お前は、なんだ? その手でなにをするつもりなんだ? あん?」
「い、いつの間に……! 手……あ、ああああああ⁉」
喋っている間に攻撃をしろってんだ、敵は待っちゃくれねえ。俺は手首を斬り落とした男に迫る。
「トドメといこうじゃねえか」
「させるか!」
「おのれ、異世界人め……‼」
すでに三人犠牲を出していてこの体たらくじゃお話にならない。
膝を突いて痛がる手首をなくした男の首を刎ねて後ろに下がり、向かってくる残り三人の迎撃へシフトチェンジ。
……右の奴は少し足が速いな。
そいつは俺が剣を振ることのできない間合いまで一気に詰め寄り、ダガーで突いてくる。喉を狙うのはいいが俺には通用しない。ガントレットでダガーをガードして狙いを逸らす。
「避けずに弾いた⁉」
「そのための防具だろうが」
そのまま向かってくる正面の男を掴んで別の奴へ投げつけると、急に目の前へ仲間が現れたことで慌てて横へ飛びのくのが見えた。
その『避けた奴』が動いた方向へ、俺は剣を振る。
「馬鹿野郎、首が飛ぶぞ!」
「おっと、惜しいねえ」
一番最後に来ていた男が俺の剣をショートソードで止め、二人に声をかける。
「一旦、仕切り直す――」
その男が仲間に撤退を呼びかけるが、いやいや、この程度で止められたと思われちゃあ心外だ。
「ぎゃああああああ⁉」
「え?」
「はっ! 首が飛んだぜ?」
「ま、魔法だと⁉ 貴様……異世界人なのに使えるのか⁉」
風系魔法でそいつの首を飛ばし、俺の顔と残る二人の男達に鮮血が降り注ぐ。それと同時に距離を取る奴らに告げる。
「ははは、見ての通りだ! さあ次は誰が死にたい?」
「馬鹿な……能力は平民と変わらないと聞いていた……」
「こいつなぜ笑っていられるんだ……命を狙われているのに」
笑っている、か。
そうだろうな、久しぶりの感覚でちょっとテンションが上がっちまったからな。
人を斬る、死ぬ、血が出る……俺が前に召喚された時、こっちの姫さん達よりはいい人間ばかりだったが、戦いとなればやらなきゃこっちがやられる。
魔王討伐の名目で召喚されたが、召喚者の国に居る以上、トラブルに巻き込まれたらそれを解決しなけりゃならねえ。
するとどうなるか?
今、風太達が置かれている状況のように人間との戦いに関わっちまうってわけだ。
都合により召喚された不条理な境遇だが、長いこと付き合っていれば仲間意識が出てくる。
そいつらを助けようと奮闘するのは当然のことで、俺は人間を相手にした。
最初は盗賊団の頭を斬り殺したっけな? そりゃあ勇者様を相手にたかが盗賊が勝てるわけもなく、俺の剣で真っ二つ。吐いたねえ、気分が悪くなってよ。
そして裏切り者の始末。戦争を重ねると人間を殺す回数が増えていく。
殺しは悪いことだが敵を殺せば仲間が守れて、褒められる。増える屍と減っていく罪悪感。
殺せば殺すほど俺の名声が上がっていくことに酔いしれ始めたらさあ大変。……いつしか俺は殺すことに抵抗がなくなり、命のやりとりが楽しくなっていた。
それが現代に戻ったらどうだ、十七歳に戻れたもののクラスメイトはガキ臭いし、喧嘩なんざ相手にもならねえ。
就職したらつまらねえ毎日の連続で刺激もクソもあったもんじゃねえ。殺すか殺されるか……そんな戦いをずっと渇望していた。だが『常識』ってやつはついて回る。世間体を気にして裏稼業に身をやつすこともできなかった。
だけど戦いと人を斬る感覚は忘れられず、俺は生きていく上で――
「だ、誰か一人でも逃げて報告を――」
「できるわきゃねえだろ。そこ、ぬかるんでるぜ? 雨が降ったんだ、それくらい考えて行動したほうがいいぜ」
「え?」
「ま、もう叶わないがな。全員等しく……死だ」
時間にして数分。
俺は六人の遺体を見下ろしながら、久しぶりの感触に笑いが込み上げる。
――生きていく上で必要ななにかを、異世界での戦いで俺は壊してしまったらしい。風太達に腹を刺させたのは、あいつらのためでもあるが、あの『刺した』という感触は久しぶりに俺の脳を刺激したなと思う。
『終わったの?』
「ああ、見ての通りだ。俺が負けるわけねえだろ?」
『そう、そうよね。……大丈夫?』
戻ってきたリーチェが俺の顔に小さな手を置いてそんなことを呟くと、ポケットのスマホがブルブルと震え出す。
「……もしもし?」
「やっと出た! さっきから鳴らしていたのになにしてたのよ!」
「スピーカーにしてよ、夏那ちゃん。大丈夫ですかリクさん!」
通話ボタンを押すと、夏那と水樹ちゃんの声が聞こえてきた。
「おう、元気だぜ! そっちはどうだ? つってもまだ四日くらいか、もう寂しくなって俺の顔を見たくなったのかよ夏那ちゃん」
「ち、違うわよ! 風太と水樹が心配するからかけてみようって! ほら、やっぱり平気じゃない」
「あはは、繋がって良かったですよ。変わったことはありませんか?」
風太がいつもの調子で俺に言う。
「……ああ、なんもねえ。平和なもんだよ。俺はもうちょっとで町だ、また落ち着いたら連絡するぜ」
だから俺は嘘を吐く。
「あ、やばっ、夕食だって! じゃあねリク、また連絡するから。ていうかあんたからもしてきなさいよ!」
「訓練中だったら困るだろ? じゃあな」
そう言って強引に電話を切る。
「急がねえとな……あいつらが俺みたいになるのは見たくねえ。壊れるのは俺だけでいいだろ?」
『リク、あんた……泣いてるの?』
俺は鼻水だとリーチェにでこぴんを食らわし、追手だった奴らを埋める。
こいつらに家族がいたとか仲間が悲しむとか……そういうのは考えない。
自業自得、ただ、それだけだ。
あいつらも殺しが好きでやっていたんだろうし、それが金になるならなおさらだろう。
俺は遺体を埋めながらそう思う。
「さてと、こいつらをどうするかな」
『馬は放したら?』
電話であいつらの声を聞いて少し落ち着いた俺は、冷静に馬をどうするか考えていた。
リーチェは放してしまえと言うが、迷惑料としてこいつらを金に換えてやろうかと考えている。
「少し遅くなるけど引いていくか。お前はハリヤーの面倒を見てくれ」
『オッケー。でも町に近づいたら隠れないといけないわよ』
「おう、それまででいい」
一応、仏さんには手を合わせてから出発。
雑貨屋で買っておいたロープを馬達の手綱に繋いでゆっくり引っ張っていく。
本来、七日かけていく町へ、俺は都合一日多く費やしての到着となった。
「お願いだよ、母さんに薬を買いたいんだ。売りたくないけど、もうこいつくらいしか売る物がなくって……」
「無理を言わないでくれ、馬の販売店で売ったらどうだい?」
「もう年老いているから、売り物にならないって……」
「もう行ってきたのか。可哀想だけどそいつを肉にしても美味しくないんだ。うちで肉として買い取るのも無理だね」
「そこをなんとかお願いだよ! 父ちゃんが帰ってきたらお金がたくさん手に入るんだ、それまで僕が母さんを守らないと!」
十歳くらいの男の子が肉屋へ馬を売りたいと懇願しているところだった。
母親が病気に父親は失踪ってか? ま、よくある話だ、テンプレ以下のクソ話だな。そんなことを思いながら、俺は肉屋の親父へ注文をする。
「親父、干し肉を二十枚と骨付き肉を五本包んでくれ」
「おっと、お客さんだ。ほら、仕事の邪魔になるから、悪いけど他を探して」
「そ、そんな……」
男の子はとぼとぼと馬を引いて去っていく。その様子を横目に、肉屋へ代金を支払うと次は八百屋へ向かう。
男の子は他にもう手はないのか、誰にも声をかけず力ない足取りで歩き続けていた。
ふと、食堂からいい匂いが立ち込め、彼は一瞬だけ立ち止まりお腹をさすった後……また歩き出す。
「ああいうの、前の世界の時でも居たよなあ。ここはスラムのような場所はなさそうだし、なんでまた馬を売るまで貧困なんだか」
商店街をフラフラ歩いていた男の子がふと別の道へ曲がるのが見え、追ってみると自宅の庭に馬を繋いで家へと入った。
悪いとは思ったが窓から覗いてみると、確かに母親がベッドで寝込んでいて青い顔をしている。
ありゃ、栄養不足もあるな……。
はあ……嫌なもん見ちまったな、さっさと出て行きゃよかったぜ。
「おい、坊主」
「は⁉ え? だ、誰⁉」
「こっちだ。ちょっと外に出れるか?」
だが、ほっとけないのが俺の性分ってやつだ。
「う、うん……」
窓から声をかけると、恐る恐る男の子が外に出て俺の前に立つ。
「あ、さっきお肉屋さんに居た……」
「おう。お前、その馬を売りたいのか?」
「う、うん……でも年老いた馬は誰も買ってくれないんだ」
「というか金がないのになんで馬は持ってるんだよ。それに、親父さんはどうした?」
すると男の子は半べそで話し始める。
この一家は裏の土地に畑があり、馬二頭を農耕に使って野菜を育てているそうだ。
で、別の町で野菜が高く売れるということで親父さんが出て行ったまま帰ってこないとのこと。
母親が体調を崩してしまい仕事もできない有様で、貯金を崩していたがいよいよ三か月目で底を突きそうだというのだ。
「親父さんのところへは行けねえのか?」
「僕一人じゃ無理だよ……。母さんを置いていけないし」
そりゃそうだな。
見ちまったもんは仕方ねえ、一肌脱ぐか!
「お前、名前は?」
「テッドだよ」
「おじさんはリクって言うんだが、ちょっとエラトリア王国に行く用事があって馬が欲しい。でも金が足りなくてな。あいつを安く売ってもらえると助かるんだが、どうだ?」
その瞬間、テッドの顔がパッと明るくなるのが目に見えて分かり、俺は苦笑する。
よしよしと革袋を取り出してからテッドの手に渡す。
「ちょっと食料を買って減っちまったが、こいつでどうだ?」
「いち、にい……金貨……四枚⁉ こ、こんなに貰えないよ!」
「いいから取っとけ。ついでだ、母ちゃんの具合も見てやる」
「え……?」
勝手に家に上がり込み、母親の横で膝を突いてからとある魔法をかけてやる。
「〈病排除〉」
「う、ううん……? 体が軽く……え⁉ だ、誰ですか?」
「母さんが起きた⁉ お兄ちゃんって勇者様……?」
「そこらへんにいるおっさんだっての。この魔法はそこまで万能じゃなくてな、一時的に回復したが栄養を取らないとぶり返す。だからテッド、それでなんか美味い物食わせてやれ」
「うん! ありがとうリクお兄ちゃん!」
おっさんでいいのに。
よく分かっていない顔の母親に事情を説明すると、泣きながらお礼を言われたが、あぶく銭だし馬がある方が助かることを話して納得してもらう。
「こいつの名前は?」
「うん、ハリヤーっていうんだ! お肉にしたくなかったから……嬉しいよ」
「大事にされてたんだな。……お前の親父さんはどこの町に行った? エラトリアに行く途中にある町なら声かけとくぞ」
「えっと、確かそっち側だよ。ミシェルの町ってところで名前はトムスっていうんだ」
「オッケー。後は……俺から忠告だ。金貨を持っていることを人に知られるなよ、必要な分だけ持ち出せ。んで、上手い話を持ってくる奴は警戒しろ。俺が悪い奴なら、その革袋に石を詰めて馬を奪うかもしれなかったんだぜ」
「あ、そ、そうだね……!」
テッドの頭をくしゃりと撫でてから俺はハリヤーへとまたがり、ゆっくりと歩き出す。
母親が治れば仕事の口はあるそうなので、今後は心配ないだろう。
「ありがとう! リクお兄ちゃんー!」
テッドに一度だけ振り返って手を上げると、リーチェがこそっとマントから顔を出して口を尖らせる。
『お金、ほとんど渡しちゃったけどこれからどうするの?』
「おっと、まだ隠れてろって。……ま、どっかで稼ぐさ」
『どうせロクなことしないんでしょ……』
俺の笑いに肩を竦めるリーチェ。
ま、なるようになるさ、こうやって馬も手に入ったしな!
「おっさん同士、仲良くやろうぜハリヤー」
俺が首を軽く叩いてやると嬉しそうに嘶き、足を速める。
そのままやはり話が通っていた門を抜け、いよいよ外の世界へと踏み出すことができた。
(助けて――)
「……ん? 今、なんか聞こえたか?」
『え? なにも聞こえなかったけど?』
「そうか……。じゃ、とりあえず先を急ぎますか!」
召喚されてから外に出るまで一か月ちょっとか。ゲームなら返品ものの長さだなと思いながら、俺は次の町、ミシェルを目指す。
第四章 召喚の代償
――王都を出てから早三日。
俺とハリヤーは整備された街道をひたすらに進んでいた。
年老いているとはいえまだ現役で農耕ができるやつなので足取りは軽く、休憩を少し多めに取ればあまり疲れも見せないから助かっている。いい買い物だったよマジで。
休憩中は〈妖精の息吹〉や〈癒しの手〉でこいつの足を治してやれば応えてくれる。
話し相手はリーチェが居るから問題なし。王都から離れて窮屈じゃなくなったのでよく喋るんだこれが。
「……っと、雨か」
『夕方だし、そろそろキャンプでもいいんじゃない?』
雨足が強くなって陽が落ちるとテントを張るのが面倒になるので、その提案は賢いと俺はハリヤーから降りて、近くの雑木林へ踏み込んでいく。
完成したでかいテントにのそのそと入ってきたハリヤーは『お構いなく』といった感じで隅っこへ座り込む。
「さすがに三日目ともなると慣れたもんだな」
『賢いよねこの馬。……あら、ちょうど良かったみたいよ』
「ったく、急いでるってのによ」
するとそこで滝のような雨が降り出し、俺は入り口から顔を出して口を尖らせつつも焚火の準備を始める。いつもは外でやるのだが今日は中でやるしかないので、事前に集めていた枯れ木を束ねて火を熾す。
「〈火式〉」
一番簡単な炎系魔法を指先から出すとすぐに枯れ木が燃え上がり、俺はそれに息を吹きかけて安定させてやる。ポケットにはライターもあるが、こういう時は魔法が便利である。
「さて、今日は骨付き肉とパンだな」
『スープも付けてよ!』
「へいへい」
収納魔法から鍋と水を取り出して火にかけ、骨付き肉も取り出し焚火の傍らに立ててしばらく放置。
焼きあがるまでは暇なのでハリヤーに野菜を食わせてやると、美味そうに食い尽くした後に目を瞑った。
「こいつはこのまま休ませておけばいいだろ」
『リク、お湯が沸いたよ』
リーチェがまだかと催促するので、さっとスープを作ってパンをちぎる。ちょうど肉が焼けたので彼女の分だけ骨から肉を削いで適当な皿に載せてやった。
二人で黙々と食事をした後は寝転がって雨がやむのを待つだけとなる。
「くそ、やっぱ動きにくいな、脱いどくか」
俺はプレートメイルを外して収納魔法へ入れておく。ガントレットとグリーブがありゃ十分だろうと首を鳴らして座り込むと、リーチェが空中で体育座りをしながら俺の眼前に飛んでくる。
『ねえリク、あの三人大丈夫かしら?』
「大丈夫だって。俺の時と違って一人じゃねえしな。お前が夏那を気に入っているのは分かるが、そのうちあの国に居る人間より強くなるから平気だ」
『でも、あんただって人間に囲まれてひど――』
「……ちと早いが寝るぞ、明日は忙しくなりそうだ」
『え? 明日もハリヤーに乗って移動するだけでしょ。ちょっと、まだ五時なんですけどー!』
「雨がやめば夜中に出てもいいだろ。そんじゃな」
ぶーたれるリーチェをよそに俺は毛布を取り出してからくるまって目を瞑る。
しばらく耳元で騒いでいたが、懐に潜り込んできて寝息を立て始めた。
「ふう……やっとうるさいのが寝たか。……二日目から感じていた気配、近くまで来ているな。……追手か? 騎士か兵士よりは慎重そうだが足音は丸聞こえだぜ」
リーチェが黙ったので雨の音がよく響くが、それに混じってわずかな呼吸音と草を踏む音が聞こえたのだ。
盗賊の類という可能性もあるが……。
近づいてこない以上、こちらから出向く必要もないので俺はそのまま寝入ることに。
ま、結界を張っているし、テントから三メートル以内に踏み込んだら分かるんだけどな。
そんな感じで何者かが俺を見ている気配を感じていたわけだが、害がなければ放置するつもりだった。
しかし翌日――
再びハリヤーに乗って街道を歩いていると、リーチェが声をかけてきた。
『暗くなってきたけど、町ってもうすぐだっけ?』
「多分な。このまま町まで……といきたいが、その前にお客さんらしい」
『え?』
「ハリヤー、走れ!」
手綱を揺らすとハリヤーがダッシュする。
すると近づいていた気配が慌てて街道横の森から飛び出してきた。
俺が気づいていないと思い、そろそろ襲撃しようかと考えていたんだろうが甘いぜ。
ただ、若い馬とじゃ勝負にならないので追いつかれるのは時間の問題。
それとケガは治せるが、もしハリヤーが死んでしまったら蘇生はできないので、馬上戦闘を避けるため森の中に入って戦える場所を探す。
するとちょうど花畑のようになっている場所が目に入り、俺はそこで立ち止まってハリヤーから降りると、合計六人の怪しい奴らに取り囲まれた。
「おいおい、なんだ? 俺には金なんざねえぞ、強盗なら他を当たってくれ」
おどけた調子で俺が肩を竦めると、全員が馬から降り、無言で得物を抜いて構えた。
顔に覆面、ショートソードにダガーか。怪しすぎてそれだけで自己紹介だ。
「冗談どころか、強盗や盗賊の類でもなさそうだな? 暗殺を生業としているってところか」
「……!」
俺の言葉に動揺を見せる。するとその中の一人が口を開いた。
「使えない異世界人と聞いていたが、頭は回るようだな」
「ふん、自信があるのかどうか知らねえが、もう少し演技とか覚えたらどうだ? 『身ぐるみ置いていけ』とでも言えばまだカモフラージュできるのによ。それじゃあ『城の誰かに頼まれた』って自分から白状しているようなもんだ」
薄暗くなっていく森に緊張が走る。俺が気づいていないとタカをくくっていたらしい。しかしすぐに覆面の下に見える目が細められた。
「どうでもいいことだろう? ここでお前が死ねばそれで終わりなのだから」
「違いねえ。だけどそれはこっちも同じだってことを忘れてねえか?」
「 」
俺の言葉の後、なにかを言おうとした男からの返事はない。
なぜなら俺が喋り終わる直前、腰から抜いて投げた剣が顔面を貫通していたからだ。
「な? え?」
「なんだ……⁉」
残り五人。
馬鹿どもが呆けている間に俺はぐらりと倒れそうになっている男に駆け寄り、顔面から剣を引き抜きながらリーチェへ叫ぶ。
「リーチェ、ハリヤーを遠くへやれ!」
『分かった!』
止まっていたハリヤーがリーチェに首を叩かれて走る音が聞こえる。が、俺は見送らずにそのまま近くにいた覆面の男に迫る。
「……!」
一歩、二歩……跳ねるように近づき、剣を真正面から振り下ろす。
「馬に気を取られているとは二流だな、死ね」
「あが――」
脳天が割れて血が噴き出し、俺はそいつを蹴り飛ばしながら剣を抜く。残り四人。
「……」
手に人を斬った感覚が残り、俺は自然と笑みを浮かべる。
「貴様……‼」
「俺が右から行く、お前は――」
「お前は、なんだ? その手でなにをするつもりなんだ? あん?」
「い、いつの間に……! 手……あ、ああああああ⁉」
喋っている間に攻撃をしろってんだ、敵は待っちゃくれねえ。俺は手首を斬り落とした男に迫る。
「トドメといこうじゃねえか」
「させるか!」
「おのれ、異世界人め……‼」
すでに三人犠牲を出していてこの体たらくじゃお話にならない。
膝を突いて痛がる手首をなくした男の首を刎ねて後ろに下がり、向かってくる残り三人の迎撃へシフトチェンジ。
……右の奴は少し足が速いな。
そいつは俺が剣を振ることのできない間合いまで一気に詰め寄り、ダガーで突いてくる。喉を狙うのはいいが俺には通用しない。ガントレットでダガーをガードして狙いを逸らす。
「避けずに弾いた⁉」
「そのための防具だろうが」
そのまま向かってくる正面の男を掴んで別の奴へ投げつけると、急に目の前へ仲間が現れたことで慌てて横へ飛びのくのが見えた。
その『避けた奴』が動いた方向へ、俺は剣を振る。
「馬鹿野郎、首が飛ぶぞ!」
「おっと、惜しいねえ」
一番最後に来ていた男が俺の剣をショートソードで止め、二人に声をかける。
「一旦、仕切り直す――」
その男が仲間に撤退を呼びかけるが、いやいや、この程度で止められたと思われちゃあ心外だ。
「ぎゃああああああ⁉」
「え?」
「はっ! 首が飛んだぜ?」
「ま、魔法だと⁉ 貴様……異世界人なのに使えるのか⁉」
風系魔法でそいつの首を飛ばし、俺の顔と残る二人の男達に鮮血が降り注ぐ。それと同時に距離を取る奴らに告げる。
「ははは、見ての通りだ! さあ次は誰が死にたい?」
「馬鹿な……能力は平民と変わらないと聞いていた……」
「こいつなぜ笑っていられるんだ……命を狙われているのに」
笑っている、か。
そうだろうな、久しぶりの感覚でちょっとテンションが上がっちまったからな。
人を斬る、死ぬ、血が出る……俺が前に召喚された時、こっちの姫さん達よりはいい人間ばかりだったが、戦いとなればやらなきゃこっちがやられる。
魔王討伐の名目で召喚されたが、召喚者の国に居る以上、トラブルに巻き込まれたらそれを解決しなけりゃならねえ。
するとどうなるか?
今、風太達が置かれている状況のように人間との戦いに関わっちまうってわけだ。
都合により召喚された不条理な境遇だが、長いこと付き合っていれば仲間意識が出てくる。
そいつらを助けようと奮闘するのは当然のことで、俺は人間を相手にした。
最初は盗賊団の頭を斬り殺したっけな? そりゃあ勇者様を相手にたかが盗賊が勝てるわけもなく、俺の剣で真っ二つ。吐いたねえ、気分が悪くなってよ。
そして裏切り者の始末。戦争を重ねると人間を殺す回数が増えていく。
殺しは悪いことだが敵を殺せば仲間が守れて、褒められる。増える屍と減っていく罪悪感。
殺せば殺すほど俺の名声が上がっていくことに酔いしれ始めたらさあ大変。……いつしか俺は殺すことに抵抗がなくなり、命のやりとりが楽しくなっていた。
それが現代に戻ったらどうだ、十七歳に戻れたもののクラスメイトはガキ臭いし、喧嘩なんざ相手にもならねえ。
就職したらつまらねえ毎日の連続で刺激もクソもあったもんじゃねえ。殺すか殺されるか……そんな戦いをずっと渇望していた。だが『常識』ってやつはついて回る。世間体を気にして裏稼業に身をやつすこともできなかった。
だけど戦いと人を斬る感覚は忘れられず、俺は生きていく上で――
「だ、誰か一人でも逃げて報告を――」
「できるわきゃねえだろ。そこ、ぬかるんでるぜ? 雨が降ったんだ、それくらい考えて行動したほうがいいぜ」
「え?」
「ま、もう叶わないがな。全員等しく……死だ」
時間にして数分。
俺は六人の遺体を見下ろしながら、久しぶりの感触に笑いが込み上げる。
――生きていく上で必要ななにかを、異世界での戦いで俺は壊してしまったらしい。風太達に腹を刺させたのは、あいつらのためでもあるが、あの『刺した』という感触は久しぶりに俺の脳を刺激したなと思う。
『終わったの?』
「ああ、見ての通りだ。俺が負けるわけねえだろ?」
『そう、そうよね。……大丈夫?』
戻ってきたリーチェが俺の顔に小さな手を置いてそんなことを呟くと、ポケットのスマホがブルブルと震え出す。
「……もしもし?」
「やっと出た! さっきから鳴らしていたのになにしてたのよ!」
「スピーカーにしてよ、夏那ちゃん。大丈夫ですかリクさん!」
通話ボタンを押すと、夏那と水樹ちゃんの声が聞こえてきた。
「おう、元気だぜ! そっちはどうだ? つってもまだ四日くらいか、もう寂しくなって俺の顔を見たくなったのかよ夏那ちゃん」
「ち、違うわよ! 風太と水樹が心配するからかけてみようって! ほら、やっぱり平気じゃない」
「あはは、繋がって良かったですよ。変わったことはありませんか?」
風太がいつもの調子で俺に言う。
「……ああ、なんもねえ。平和なもんだよ。俺はもうちょっとで町だ、また落ち着いたら連絡するぜ」
だから俺は嘘を吐く。
「あ、やばっ、夕食だって! じゃあねリク、また連絡するから。ていうかあんたからもしてきなさいよ!」
「訓練中だったら困るだろ? じゃあな」
そう言って強引に電話を切る。
「急がねえとな……あいつらが俺みたいになるのは見たくねえ。壊れるのは俺だけでいいだろ?」
『リク、あんた……泣いてるの?』
俺は鼻水だとリーチェにでこぴんを食らわし、追手だった奴らを埋める。
こいつらに家族がいたとか仲間が悲しむとか……そういうのは考えない。
自業自得、ただ、それだけだ。
あいつらも殺しが好きでやっていたんだろうし、それが金になるならなおさらだろう。
俺は遺体を埋めながらそう思う。
「さてと、こいつらをどうするかな」
『馬は放したら?』
電話であいつらの声を聞いて少し落ち着いた俺は、冷静に馬をどうするか考えていた。
リーチェは放してしまえと言うが、迷惑料としてこいつらを金に換えてやろうかと考えている。
「少し遅くなるけど引いていくか。お前はハリヤーの面倒を見てくれ」
『オッケー。でも町に近づいたら隠れないといけないわよ』
「おう、それまででいい」
一応、仏さんには手を合わせてから出発。
雑貨屋で買っておいたロープを馬達の手綱に繋いでゆっくり引っ張っていく。
本来、七日かけていく町へ、俺は都合一日多く費やしての到着となった。
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