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1巻
1-4
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「オレは『赤翔騎士団』のレゾナントという。フウタにカナでいいのか?」
「はい」
「そうよ。で、あたし達はなにをするの?」
「もちろん戦闘訓練だ。隣国と戦うため協力してもらうからな」
そこで僕は疑問を感じて首を傾げる。
「ちょっと待ってください、まずは和解をするんじゃありませんでしたか? 積極的に戦闘に参加するのは……」
「ふむ、どう聞いているか分からないが、エラトリアとの衝突は避けられんだろうな。交渉は失敗すると思うぞ」
「な……⁉ なら分かっててあたし達を喚んだってこと⁉」
「そうだな。我々としても異世界人に頼るというのは遺憾だが、姫が決めたことだ。従うまで」
……なるほど、信用するなってのはその通りだな。こいつら、というよりエピカリス様はそのつもりで僕達を喚んだってわけか。
それにしても、混乱に乗じて召喚者をいいように利用するとは恐ろしいと思う。
リクさんの時はメリットなんかの説明はあったそうだけど、僕達にはなんの説明もなく、お願いをしている言い方に聞こえるが、ほとんど脅迫に近いんだよね。
信用もなにもあったもんじゃないけど、とりあえず力を付けることが先決だと、僕はレゾナントさんへ言う。
「分かりました。僕達も元の世界に戻りたいし、死にたくもありません。早速やりましょう」
「いい返事だ。では好きな武器を選べ」
「それじゃ……オーソドックスな剣で」
「あたしはこれかな」
僕は木剣を手に持ち、夏那は槍を手にすると周囲からどよめきが起きた。まあ、女性で槍を持つのは珍しいからだろう。日本には薙刀があるから僕達は違和感がないんだけどね。
槍を選んだ理由は相手に近づかないで済む点と、広い場所なら振り回しているだけでも結構脅威だから。実際に持つ槍は重いはずだけど、リクさん曰く『勇者ならなにかしら恩恵があるはずだ』とのことだった。
ダメなら変更すればいいだけなので深く考えずにやってこいだってさ。
槍なら腕力も付くし、損をしないのも大きい。
「ではアマンダ、カナについてやってくれ。女性同士の方がいいだろう」
「ハッ! カナ様、こちらへ」
「オッケー。また後でね、風太」
夏那がすらりとした女性と一緒に離れた場所へ行くのを確認したところで、僕もレゾナントさんへ向き直る。
彼は満足げに頷いた後、剣術の手ほどきを始めてくれた。
口ぶりは尊大だが、役に立たせるとエピカリス様に誓った手前もあってか丁寧に教えてくれる。
最初は体力がないだろうから素振りだけになると言われて、他の騎士に交じって訓練をしていたんだけど、そこでまた騎士達がざわざわとどよめいていた。
それはもちろん僕が剣を振った音が違うから。
ヒュン、という音がすれば合格点で、だいたい風切り音なんてしないものらしいんだけど、僕が振るとブオン! って感じの勢いなんだ。ゲームとかで剣圧を飛ばす、みたいな技があるけどそれができそうな感じだ。
「むう……さすがは勇者というやつなのか?」
「わ、分かりませんけど、この木剣が軽いからじゃないですか?」
「いえ、我々と同じ物です……初日でこれとは、末恐ろしいですな」
他の騎士も俺の木剣を手に取って冷や汗をかいていた。
それから走り込みや筋トレ、案山子を使っての打ち込みと色々やったけど特に疲れるというようなことはなかった。これがもしかしたら『勇者』としての資質かもしれない。
「はあ!」
「「「おお……!」」」
案山子への打ち込みが一番楽しく、ここまでのストレスを発散するかのごとく打ち込んでいると、騎士達が感嘆の声を上げるのがちょっと気持ちよかった。
リクさんが『興奮した』という部分はこういうところにあるのかもしれない。
「よし、休憩! フウタは休憩後に魔法の訓練だ」
「ふう……分かりました」
朝から二時間ぶっ通しで訓練をしたけど、確かにここでのノリは部活に近いなと苦笑する。そういえば夏那はどうかな?
◆ ◇ ◆
――Side:夏那――
さて、と。
あたしは槍を片手にアマンダとかいうキツイ目をした女の人についていく。
女には女ってところかしら?
とまあ悪態をついてみるけど、本当のところは逃げ出したくてたまらない。それが顔に出ないようにするのが精一杯。
リクが居なかったら虚勢どころか泣きじゃくっていたかもしれないわね……。
今でこそギャルみたいな恰好をして派手で強気な言動をしているけど、中学生までは水樹と同じ地味な感じだった。
いわゆる高校デビューってやつなんだけど、地味な自分を変えよう! と思って頑張ったわ。
結果として男子からは声をかけられるようになったし、女子も仲がいい子が増えたけど、やっかむ子もいるから考えものよ。
特に幼馴染の風太は大人しいけどイケメンなので人気がある。だから一緒に居るのが気に入らないって子が嫉妬してって感じ。
モテるようにはなったけど、本当に好きな人以外には好かれてもねえって性格なので、男子にモテても嬉しくない。
好きな人、もちろん風太のことだけど……水樹もあいつのことが好きだから、あたしは譲ってあげたいと思っている。
だからリクが変なことを言い出した時には叩いてやった。
好きなのに譲ろうとしている。言っていることがおかしいのは自分でも分かっている。だから早く二人がくっついてくれれば吹っ切れるはず。
本当ならあの日の帰りに映画かカラオケに行って、二人を置いて帰るつもりだったんだけど――
「まさかこんなことになるとはねえ」
「む、動きに無駄がないな。素晴らしい、さすがは勇者殿」
「ありがと。しばらく案山子に打ち込むってことでいい?」
「はい! ううむ、これは期待できる――」
アマンダは嬉しそうな声で頷き、隣で一緒に案山子に向けて大きな剣を振りかぶる。
考え事をするには丁度いいかと、頭や肩を模した部分を槍で適当に突く。適当とはいっても自分でも驚くほどの速度と威力なので問題はないかな?
まあそんな感じであたしは二人を応援しているんだけど、中々進展しないことに苛立ちがあるのも事実。
それで水樹はあたしのそういう気持ちを感じて少し離れていたっぽいんだけど、これはあたしが離れれば良かったのかな……。
はあ……なんていうか、自分の感情に嘘をつくことが得意になってしまった気がするなあ。ギャルの見た目に合わせようと虚勢を張っている、みたいな……。
というか水樹が遠慮しているのが悪いのよっ!
「んもう! はっ! やっ‼」
「おお! 木槍でそこまでやりますか!」
「あ、やば、バラバラにしちゃった。ご、ごめん」
「いえ、代わりはいくらでも用意できるので大丈夫です」
やりすぎた……といってもそんなに力を出したつもりはないんだけど、目の前の案山子は粉々になっていた。
これが勇者の力ってこと?
どうしてあたしと風太が選ばれたのか分からないけど、運命の二人と思えば――
「……!」
ダメダメ、なに考えているの、あたし!
水樹は風太とくっつかないとダメなんだから! 風太も多分水樹のことが好きなんだし、あたしがなんとかしないと!
幸いこの世界ではあたし達だけがある意味信頼できる仲間だから、お互いの仲を深めるチャンス。
「それはそれとして、きちんと強くならないとね!」
新しく運ばれてきた案山子に対し、ゲームで見たことがある動きを真似してみる。
うん、やっぱり体が軽いわ。
風太の方をチラ見すると、彼も他の騎士に比べてパワーとスピードがあるみたいで、木剣なのに私と同じく案山子がバラバラになっているのが見えた。
今のあたし達でこれってことはリクはどれくらい強いのかしら?
「んふふ、実はあたしの方が強かったりして♪ 試してみようっと」
「むう⁉ 片手で槍を扱うだと……⁉ 勇者、恐るべし……これなら戦争にも必ず勝てる」
「えー、あたしはやりたくないわよ。なんとか和解に持っていってよ、魔王はなんとかするから」
「……姫が善処するとは思います」
「ふーん。よろしくお願いしたいわね」
アマンダさんが目を逸らしたのを見て、ああ、嘘なんだなって直感で分かった。
もしかするとまだ予断を許さないから、というのはありそうだけど、あたしはこの一連の流れが全部お姫様主導で動いていることに、納得がいっていない。
ううん、あたし達を召喚した件も含めて嫌いと言っていいかも。
それと取り巻きも気に入らない。
いいか悪いかの判断をすべてお姫様が決めて、それにそった行動しかできないから。
学校でもグループがあるけど、権力がある人間に寄りそうだけってのに似てるなって思ったわ。
異議を唱える人は居ないのかというくらい『それでよし』という人ばかりな気がする。
まあ、話したことがあるのはあっちの赤い髪の騎士とアマンダさん、お姫様とメイドさんだけだけど。
どちらにせよ、強くなってあいつらが逆らえないくらいにはならないと行動もできないか。
そういえばリクの奴、どっかへ行くって言っていたけど、なにか策があるのかしら……?
第三章 ひとまずの別れ
――俺達がこの地に喚ばれて幾星霜……なんてことはないが、約一か月が過ぎた。
風太と夏那は初日から飛ばしていたようで、案山子を何十体ぶっ壊した、みたいな話を聞いて笑っちまった。
風太は剣を、夏那は槍を得物として腕を上げている。
魔法適性も風太は風、夏那は火の特効能力を持っているようで、各属性を使った時の威力や制御は他に比べて格段に良い。実際に見せてもらったが、俺が最初に召喚された時よりも『上手い』と感じた。
夏那が武器の扱いも魔法もゲームを参考にしていると言っていたが、確かに俺が高校生だった頃よりもゲームが美麗になったりしてイメージしやすいかもしれないなと納得したものだ。
まあそれはいいとして、勇者二人は着実に強化されていき、俺から学んでいる水樹ちゃんも着々と仕上がっていたりする。
今日は訓練が休みらしく、珍しく四人が勢揃いしていて、俺と水樹ちゃんは風太と夏那の前で訓練をしていた。
「〈スプラッシュ〉!」
「オッケー、いいぞ! もう一つ上の魔法をやってみろ」
水樹ちゃんは俺に向かって魔法を放ち、俺はそいつを相殺する。ついでにワンランク上の魔法を撃ってみるように言ってやると、彼女は不安げな顔で口を開く。
「だ、大丈夫ですか?」
「夏那ちゃんのですら相殺できるんだ、余裕だって」
「ムカツクぅ!」
「で、では……〈アクアランス〉!」
「げ⁉」
水樹ちゃんが槍投げのような構えからボールを投げるように水魔法を撃ちだす。弓道をやっていただけあって狙いは完璧で、確実に俺に向かって飛んでくる。
そいつを見た俺はすぐに構えて魔法を使う。
「〈水弾〉」
「あれを音もなく消した……⁉」
「すご……」
「相手と同じ魔力量をぶつけると相殺できたりするんだよ。ずっと水樹ちゃんと訓練をやってるから概ね分かるってだけで、実戦だと百パーセント上手くいかねえから真似すんなよ?」
風太と夏那がポカーンと口を開けて、にやりと笑う俺を見ていた。
この二人は訓練を始めてから俺の凄さというのが分かったようだ。ちなみに、夏那から模擬戦を挑まれたが一度も負けはない。
「本当にでたらめな強さね……歳を取っても強さって変わらないものなの?」
「どうだろうなあ。少なくとも前にできていたことはほぼできているが、強い奴と戦ってみないと腕が落ちたかどうかは分からねえって」
「はは……僕達じゃ話になりませんしね……」
がっくりと肩を落とす風太の頭に手を置いて笑いかける。
「ははは、さすがに勇者として五年やってたからまだまだ負けねえよ」
「五年……⁉ 五年も異世界にいたの⁉ で、十七歳のまま戻れたってこと?」
「そうそう、異世界では二十歳を超えてたんだけど、戻ったら高校生のままだったぜ。まあ地球で魔法は使えなかったけどな」
だけどその五年先に生きた分、他の高校生より精神年齢が上がったから、他の奴らが本当に子供に見えて、友人が離れていったって話は……向こうに戻る時でもいいか。
今ここで冷静に状況を見据えることができるのも、あの時の経験が支えになっているからな。
「リクさんが居たからこそ私達は助かっていますし、本当にありがとうございます。おかげで知り得た水魔法はほとんど覚えました!」
「だなあ。水樹ちゃんは勇者じゃなくともセンスはあったし、これで俺も旅立てるぜ」
「……本当に行っちゃうの?」
「もう少し様子を見ても……いえ、僕達の訓練をしてほしいです」
風太が言葉を濁さずハッキリ言う。その姿勢は好感が持てるが、この二人が仕上がる前に出なければならないのだ。
「悪ぃな。俺は俺で調べたいことがあるんだ、後は三人でなんとか頑張ってくれ」
「……そう、ですか」
「ああ。隣国の調査はおそらくこの時点での超重要課題。できれば魔王や魔族の情報を得たい」
「あー、もう面倒臭い……!」
「腐るな夏那ちゃん。この国の騎士団長より強くなっておけば動きやすくなる」
俺の言葉に風太が確かにと頷いて了承する。
そんな三人に、俺は今から残酷なプレゼントをしようと思う。
「とりあえず、去る前に一つプレゼントをやろう」
「え、マジで? この世界で貰える物、まだあったっけ?」
「……ああ」
「リクさん?」
俺はポケットからスッと食事の時に使ったナイフを取り出し風太に手渡す。
「へ? これがプレゼン――」
「なによ……⁉」
そしてナイフを握った風太の手に無理やり夏那の手を添えると、そのまま俺の腹へ突き刺す。
ずぶり、と鋭い痛みが走り即座にシャツが赤く染まっていく。
「きゃ……」
「ぐ……〈魔封〉」
俺は三人の口を魔法で塞ぎ、ナイフを腹から抜くと強張った顔の二人が冷や汗を噴出させた。
痛む腹を押さえながらソファに座り、俺はすぐに魔法を使った。
「〈再生の光〉」
「あ、あ……」
俺が使える最高級の回復魔法で傷を癒して息を吐くと、三人の目を順番に見た後に口を開く。
夏那と水樹ちゃんが泣いてガチガチと震えているが、とりあえずケアは後だ。
「ふう……いきなりですまなかったが、これは今のうちにやっておいた方がいいと思ってな。今後、もし戦いで対人間になれば、今のナイフよりも鋭い物で相手を斬ったり斬られたりってことになる。そうなれば血はおのずと見ることになるが、向こうでは血を見る機会が少ないだろ? だから今、人を刺した感触と血を見せたってわけだ。俺なら回復魔法が使えるからな」
俺が手を叩くと、ハッと我に返った三人はその場で嘔吐する。
飯を食う前でよかったな。
浄化魔法で嘔吐や血の跡を消していると、夏那が俺の肩を殴りつけながら怒声を上げた。
「いてっ⁉」
「げほ……げほ……な、なんてことさせるのよ! 嫌な感触が残ったじゃない!」
「あー、それでいいんだ。今後、人を殺すことがあるかもしれない、ってことは頭に置いておけよ? 生き残りたければ敵は倒せ。手足だけ斬ってやり過ごそうとするな。死ねないキツさがあるし、復讐してくるかもしれないからな」
「うう……」
水樹ちゃんが床に手を突いて涙を流すのが見えて心苦しくなるが、必要だと思ったからな……いや、これが正しいかは分からないが――
「……リクさんが初めて人を斬った時、辛かったんですね? だから自分で体験させておこうと……」
「まあな」
風太が分かってくれていたようで安心する。
やや強引だったし、一回だけで申し訳ないが『こういう世界に身を投じてしまった』ことが少しでも伝われば幸いだ。
「なんでそこまでするのよ……」
ひとしきり喚いた夏那は床にへたりこむ。
「ま、人生と勇者の先輩だからな!」
「馬鹿……! あんたが居なくなったら、あたし達どうすればいいのよ! びっくりさせないで」
「はは、悪かったって。パンツ見えてるから……ぶへ⁉」
「やっぱり死ね‼」
「や、やめて夏那ちゃん⁉」
「ははは! リクさんにはかなわないなあ……。ありがとうございます」
また夏那に叩かれる俺に向かって頭を下げる風太。
お前らみたいな素直な奴らに死なれたくねえしな、とは言わないでおく。
さて、準備はこれくらいでいいとして、後はこの国から出る手筈を整えないとな。
――この国を出て行く。
口で言うのは簡単だがプロセスはそれなりに必要だ。
出て行く理由、金、装備など用意すべき物はたくさんあるが、今は理由付けがいちばん面倒臭いだろう。
まあ、これが風太なら勇者ってことで引き止められるなり軟禁されるなりする可能性はあるが、俺は役に立たない一般人。むしろ消えてくれた方が嬉しいだろう。
金は適当に稼ぐとして、まずは出て行くことが大事だ。
出て行くきっかけだが、シナリオは出来ているから後は姫さんと顔を合わせた時に実行するのみ。
風太や水樹ちゃんは最後まで難しい顔をしていたけど。
そんなことを考えていたとある日、久しぶりに姫さんから夕食を共にしたいと申し出があった。
もちろん応じない理由はないので俺達は食堂へ。そして席に着くなり、姫さんが口を開く。
「すみません、最近忙しくてあまりお相手ができませんで。訓練は順調のようですね?」
「いえ、構いません。国王様に代わり、執政もされていると伺っていますし」
「訓練は順調ですよ! 火属性魔法はかなり褒められました。……あいつに褒められるのは癪だけど……!」
姫さんにそう答える風太と夏那。夏那が口を尖らせて言う『あいつ』とは、魔法を師事してくれている城付きの魔法使いで名をルヴァン。
風太にお熱なようで、ことあるごとに体を密着させていることが気に入らないようだ。
俺と水樹ちゃんは見ていないが胸の大きさは水樹ちゃんより上らしい。
「リク、あんた今、水樹の胸を見てたわね? よからぬことを考えてなかった?」
「いや、全然……つーか、お前ことあるごとに俺をディスるのやめろ、いい加減キレっぞ?」
「う、うるさいわね! お情けでここに置いてもらっているのにそんなこと言う? あたし達が居なかったらとっくに捨てられていてもおかしくないのよ?」
「か、夏那ちゃん、それは……」
夏那が挑発的な目で俺を見下すようにそんなことを言い出し、水樹ちゃんが止めようとするが俺はテーブルを拳で叩いてから首を鳴らす。
「あ? 夏那ちゃん、そりゃ言いすぎだろ、俺だって好きでこんなところに居るわけじゃねえ!」
「……申し訳ございません、リク様。不自由をおかけして」
「いい機会だ、提案をしたいんだがいいか?」
俺は鳥のステーキにフォークを刺しながら姫さんを睨みつけて質問を投げかけてみる。
すると、姫さんは口元には笑みを浮かべてはいるものの、明らかに嫌悪した目を向けて『どうぞ』と一言だけ返事をした。
「姫さんよ、俺はこいつらの知り合いでも友達でもねえから一緒にいる理由はない。このままじゃ魔王を倒すのもいつになるか分からねえ。だから外に出て自分で帰れる手段がないか調べに行きたいんだが、どうだ?」
「……」
さて、放逐してくれれば話は早いがどう出る?
もちろん夏那とのやりとりは芝居で……芝居だよな?
まあ、それはともかく不仲な部分と不満点を述べて、自主的に出て行くと宣言したらどうかというもので、このままオッケーが出れば思惑通りって感じだ。
「外に出ればわたくし達が手助けすることは難しくなりますが、それでも良いのですか? 剣も魔法も使えないあなたには少々危険かと思います。それに、隣国が攻めてくるかもしれないとの情報も入ってきています。得策ではありませんよ」
「え⁉ こ、交渉はどうなってるんですか?」
「もちろん準備していますが、向こうが応じなければ戦いになる可能性は高いでしょう」
エピカリスは首を横に振りながら風太の質問に答えるが、おそらく最初からドンパチやるつもりで勇者召喚をやったんだろう。ただ、仕掛けた側がどっちかは気になるが。
しかし、今は俺の話なのでそこはスルーして姫さんへ返事をする。
「今はこっちの話が先だ。危険があるって言いたいんだろうが、見ての通り俺はこいつらより歳が上だし、なんとかなるだろ」
「そんな楽観的な……夏那、謝れって」
「嫌よ、いつもエッチな目を向けてくるし! 居なくなったらせいせいするわ」
これは芝居……芝居……。
迫真の演技をする夏那に胸中で拍手をしていると、目を瞑って考えていた姫さんがゆっくりと口を開く。
「分かりました。個人の意思を尊重したいと思います。出立に関して決まったら教えてください。必要な物があれば用意させます」
その言葉に俺はニヤリと笑い、
「ありがとうございます。エピカリス様」
心からの感謝を口にした。
「はい」
「そうよ。で、あたし達はなにをするの?」
「もちろん戦闘訓練だ。隣国と戦うため協力してもらうからな」
そこで僕は疑問を感じて首を傾げる。
「ちょっと待ってください、まずは和解をするんじゃありませんでしたか? 積極的に戦闘に参加するのは……」
「ふむ、どう聞いているか分からないが、エラトリアとの衝突は避けられんだろうな。交渉は失敗すると思うぞ」
「な……⁉ なら分かっててあたし達を喚んだってこと⁉」
「そうだな。我々としても異世界人に頼るというのは遺憾だが、姫が決めたことだ。従うまで」
……なるほど、信用するなってのはその通りだな。こいつら、というよりエピカリス様はそのつもりで僕達を喚んだってわけか。
それにしても、混乱に乗じて召喚者をいいように利用するとは恐ろしいと思う。
リクさんの時はメリットなんかの説明はあったそうだけど、僕達にはなんの説明もなく、お願いをしている言い方に聞こえるが、ほとんど脅迫に近いんだよね。
信用もなにもあったもんじゃないけど、とりあえず力を付けることが先決だと、僕はレゾナントさんへ言う。
「分かりました。僕達も元の世界に戻りたいし、死にたくもありません。早速やりましょう」
「いい返事だ。では好きな武器を選べ」
「それじゃ……オーソドックスな剣で」
「あたしはこれかな」
僕は木剣を手に持ち、夏那は槍を手にすると周囲からどよめきが起きた。まあ、女性で槍を持つのは珍しいからだろう。日本には薙刀があるから僕達は違和感がないんだけどね。
槍を選んだ理由は相手に近づかないで済む点と、広い場所なら振り回しているだけでも結構脅威だから。実際に持つ槍は重いはずだけど、リクさん曰く『勇者ならなにかしら恩恵があるはずだ』とのことだった。
ダメなら変更すればいいだけなので深く考えずにやってこいだってさ。
槍なら腕力も付くし、損をしないのも大きい。
「ではアマンダ、カナについてやってくれ。女性同士の方がいいだろう」
「ハッ! カナ様、こちらへ」
「オッケー。また後でね、風太」
夏那がすらりとした女性と一緒に離れた場所へ行くのを確認したところで、僕もレゾナントさんへ向き直る。
彼は満足げに頷いた後、剣術の手ほどきを始めてくれた。
口ぶりは尊大だが、役に立たせるとエピカリス様に誓った手前もあってか丁寧に教えてくれる。
最初は体力がないだろうから素振りだけになると言われて、他の騎士に交じって訓練をしていたんだけど、そこでまた騎士達がざわざわとどよめいていた。
それはもちろん僕が剣を振った音が違うから。
ヒュン、という音がすれば合格点で、だいたい風切り音なんてしないものらしいんだけど、僕が振るとブオン! って感じの勢いなんだ。ゲームとかで剣圧を飛ばす、みたいな技があるけどそれができそうな感じだ。
「むう……さすがは勇者というやつなのか?」
「わ、分かりませんけど、この木剣が軽いからじゃないですか?」
「いえ、我々と同じ物です……初日でこれとは、末恐ろしいですな」
他の騎士も俺の木剣を手に取って冷や汗をかいていた。
それから走り込みや筋トレ、案山子を使っての打ち込みと色々やったけど特に疲れるというようなことはなかった。これがもしかしたら『勇者』としての資質かもしれない。
「はあ!」
「「「おお……!」」」
案山子への打ち込みが一番楽しく、ここまでのストレスを発散するかのごとく打ち込んでいると、騎士達が感嘆の声を上げるのがちょっと気持ちよかった。
リクさんが『興奮した』という部分はこういうところにあるのかもしれない。
「よし、休憩! フウタは休憩後に魔法の訓練だ」
「ふう……分かりました」
朝から二時間ぶっ通しで訓練をしたけど、確かにここでのノリは部活に近いなと苦笑する。そういえば夏那はどうかな?
◆ ◇ ◆
――Side:夏那――
さて、と。
あたしは槍を片手にアマンダとかいうキツイ目をした女の人についていく。
女には女ってところかしら?
とまあ悪態をついてみるけど、本当のところは逃げ出したくてたまらない。それが顔に出ないようにするのが精一杯。
リクが居なかったら虚勢どころか泣きじゃくっていたかもしれないわね……。
今でこそギャルみたいな恰好をして派手で強気な言動をしているけど、中学生までは水樹と同じ地味な感じだった。
いわゆる高校デビューってやつなんだけど、地味な自分を変えよう! と思って頑張ったわ。
結果として男子からは声をかけられるようになったし、女子も仲がいい子が増えたけど、やっかむ子もいるから考えものよ。
特に幼馴染の風太は大人しいけどイケメンなので人気がある。だから一緒に居るのが気に入らないって子が嫉妬してって感じ。
モテるようにはなったけど、本当に好きな人以外には好かれてもねえって性格なので、男子にモテても嬉しくない。
好きな人、もちろん風太のことだけど……水樹もあいつのことが好きだから、あたしは譲ってあげたいと思っている。
だからリクが変なことを言い出した時には叩いてやった。
好きなのに譲ろうとしている。言っていることがおかしいのは自分でも分かっている。だから早く二人がくっついてくれれば吹っ切れるはず。
本当ならあの日の帰りに映画かカラオケに行って、二人を置いて帰るつもりだったんだけど――
「まさかこんなことになるとはねえ」
「む、動きに無駄がないな。素晴らしい、さすがは勇者殿」
「ありがと。しばらく案山子に打ち込むってことでいい?」
「はい! ううむ、これは期待できる――」
アマンダは嬉しそうな声で頷き、隣で一緒に案山子に向けて大きな剣を振りかぶる。
考え事をするには丁度いいかと、頭や肩を模した部分を槍で適当に突く。適当とはいっても自分でも驚くほどの速度と威力なので問題はないかな?
まあそんな感じであたしは二人を応援しているんだけど、中々進展しないことに苛立ちがあるのも事実。
それで水樹はあたしのそういう気持ちを感じて少し離れていたっぽいんだけど、これはあたしが離れれば良かったのかな……。
はあ……なんていうか、自分の感情に嘘をつくことが得意になってしまった気がするなあ。ギャルの見た目に合わせようと虚勢を張っている、みたいな……。
というか水樹が遠慮しているのが悪いのよっ!
「んもう! はっ! やっ‼」
「おお! 木槍でそこまでやりますか!」
「あ、やば、バラバラにしちゃった。ご、ごめん」
「いえ、代わりはいくらでも用意できるので大丈夫です」
やりすぎた……といってもそんなに力を出したつもりはないんだけど、目の前の案山子は粉々になっていた。
これが勇者の力ってこと?
どうしてあたしと風太が選ばれたのか分からないけど、運命の二人と思えば――
「……!」
ダメダメ、なに考えているの、あたし!
水樹は風太とくっつかないとダメなんだから! 風太も多分水樹のことが好きなんだし、あたしがなんとかしないと!
幸いこの世界ではあたし達だけがある意味信頼できる仲間だから、お互いの仲を深めるチャンス。
「それはそれとして、きちんと強くならないとね!」
新しく運ばれてきた案山子に対し、ゲームで見たことがある動きを真似してみる。
うん、やっぱり体が軽いわ。
風太の方をチラ見すると、彼も他の騎士に比べてパワーとスピードがあるみたいで、木剣なのに私と同じく案山子がバラバラになっているのが見えた。
今のあたし達でこれってことはリクはどれくらい強いのかしら?
「んふふ、実はあたしの方が強かったりして♪ 試してみようっと」
「むう⁉ 片手で槍を扱うだと……⁉ 勇者、恐るべし……これなら戦争にも必ず勝てる」
「えー、あたしはやりたくないわよ。なんとか和解に持っていってよ、魔王はなんとかするから」
「……姫が善処するとは思います」
「ふーん。よろしくお願いしたいわね」
アマンダさんが目を逸らしたのを見て、ああ、嘘なんだなって直感で分かった。
もしかするとまだ予断を許さないから、というのはありそうだけど、あたしはこの一連の流れが全部お姫様主導で動いていることに、納得がいっていない。
ううん、あたし達を召喚した件も含めて嫌いと言っていいかも。
それと取り巻きも気に入らない。
いいか悪いかの判断をすべてお姫様が決めて、それにそった行動しかできないから。
学校でもグループがあるけど、権力がある人間に寄りそうだけってのに似てるなって思ったわ。
異議を唱える人は居ないのかというくらい『それでよし』という人ばかりな気がする。
まあ、話したことがあるのはあっちの赤い髪の騎士とアマンダさん、お姫様とメイドさんだけだけど。
どちらにせよ、強くなってあいつらが逆らえないくらいにはならないと行動もできないか。
そういえばリクの奴、どっかへ行くって言っていたけど、なにか策があるのかしら……?
第三章 ひとまずの別れ
――俺達がこの地に喚ばれて幾星霜……なんてことはないが、約一か月が過ぎた。
風太と夏那は初日から飛ばしていたようで、案山子を何十体ぶっ壊した、みたいな話を聞いて笑っちまった。
風太は剣を、夏那は槍を得物として腕を上げている。
魔法適性も風太は風、夏那は火の特効能力を持っているようで、各属性を使った時の威力や制御は他に比べて格段に良い。実際に見せてもらったが、俺が最初に召喚された時よりも『上手い』と感じた。
夏那が武器の扱いも魔法もゲームを参考にしていると言っていたが、確かに俺が高校生だった頃よりもゲームが美麗になったりしてイメージしやすいかもしれないなと納得したものだ。
まあそれはいいとして、勇者二人は着実に強化されていき、俺から学んでいる水樹ちゃんも着々と仕上がっていたりする。
今日は訓練が休みらしく、珍しく四人が勢揃いしていて、俺と水樹ちゃんは風太と夏那の前で訓練をしていた。
「〈スプラッシュ〉!」
「オッケー、いいぞ! もう一つ上の魔法をやってみろ」
水樹ちゃんは俺に向かって魔法を放ち、俺はそいつを相殺する。ついでにワンランク上の魔法を撃ってみるように言ってやると、彼女は不安げな顔で口を開く。
「だ、大丈夫ですか?」
「夏那ちゃんのですら相殺できるんだ、余裕だって」
「ムカツクぅ!」
「で、では……〈アクアランス〉!」
「げ⁉」
水樹ちゃんが槍投げのような構えからボールを投げるように水魔法を撃ちだす。弓道をやっていただけあって狙いは完璧で、確実に俺に向かって飛んでくる。
そいつを見た俺はすぐに構えて魔法を使う。
「〈水弾〉」
「あれを音もなく消した……⁉」
「すご……」
「相手と同じ魔力量をぶつけると相殺できたりするんだよ。ずっと水樹ちゃんと訓練をやってるから概ね分かるってだけで、実戦だと百パーセント上手くいかねえから真似すんなよ?」
風太と夏那がポカーンと口を開けて、にやりと笑う俺を見ていた。
この二人は訓練を始めてから俺の凄さというのが分かったようだ。ちなみに、夏那から模擬戦を挑まれたが一度も負けはない。
「本当にでたらめな強さね……歳を取っても強さって変わらないものなの?」
「どうだろうなあ。少なくとも前にできていたことはほぼできているが、強い奴と戦ってみないと腕が落ちたかどうかは分からねえって」
「はは……僕達じゃ話になりませんしね……」
がっくりと肩を落とす風太の頭に手を置いて笑いかける。
「ははは、さすがに勇者として五年やってたからまだまだ負けねえよ」
「五年……⁉ 五年も異世界にいたの⁉ で、十七歳のまま戻れたってこと?」
「そうそう、異世界では二十歳を超えてたんだけど、戻ったら高校生のままだったぜ。まあ地球で魔法は使えなかったけどな」
だけどその五年先に生きた分、他の高校生より精神年齢が上がったから、他の奴らが本当に子供に見えて、友人が離れていったって話は……向こうに戻る時でもいいか。
今ここで冷静に状況を見据えることができるのも、あの時の経験が支えになっているからな。
「リクさんが居たからこそ私達は助かっていますし、本当にありがとうございます。おかげで知り得た水魔法はほとんど覚えました!」
「だなあ。水樹ちゃんは勇者じゃなくともセンスはあったし、これで俺も旅立てるぜ」
「……本当に行っちゃうの?」
「もう少し様子を見ても……いえ、僕達の訓練をしてほしいです」
風太が言葉を濁さずハッキリ言う。その姿勢は好感が持てるが、この二人が仕上がる前に出なければならないのだ。
「悪ぃな。俺は俺で調べたいことがあるんだ、後は三人でなんとか頑張ってくれ」
「……そう、ですか」
「ああ。隣国の調査はおそらくこの時点での超重要課題。できれば魔王や魔族の情報を得たい」
「あー、もう面倒臭い……!」
「腐るな夏那ちゃん。この国の騎士団長より強くなっておけば動きやすくなる」
俺の言葉に風太が確かにと頷いて了承する。
そんな三人に、俺は今から残酷なプレゼントをしようと思う。
「とりあえず、去る前に一つプレゼントをやろう」
「え、マジで? この世界で貰える物、まだあったっけ?」
「……ああ」
「リクさん?」
俺はポケットからスッと食事の時に使ったナイフを取り出し風太に手渡す。
「へ? これがプレゼン――」
「なによ……⁉」
そしてナイフを握った風太の手に無理やり夏那の手を添えると、そのまま俺の腹へ突き刺す。
ずぶり、と鋭い痛みが走り即座にシャツが赤く染まっていく。
「きゃ……」
「ぐ……〈魔封〉」
俺は三人の口を魔法で塞ぎ、ナイフを腹から抜くと強張った顔の二人が冷や汗を噴出させた。
痛む腹を押さえながらソファに座り、俺はすぐに魔法を使った。
「〈再生の光〉」
「あ、あ……」
俺が使える最高級の回復魔法で傷を癒して息を吐くと、三人の目を順番に見た後に口を開く。
夏那と水樹ちゃんが泣いてガチガチと震えているが、とりあえずケアは後だ。
「ふう……いきなりですまなかったが、これは今のうちにやっておいた方がいいと思ってな。今後、もし戦いで対人間になれば、今のナイフよりも鋭い物で相手を斬ったり斬られたりってことになる。そうなれば血はおのずと見ることになるが、向こうでは血を見る機会が少ないだろ? だから今、人を刺した感触と血を見せたってわけだ。俺なら回復魔法が使えるからな」
俺が手を叩くと、ハッと我に返った三人はその場で嘔吐する。
飯を食う前でよかったな。
浄化魔法で嘔吐や血の跡を消していると、夏那が俺の肩を殴りつけながら怒声を上げた。
「いてっ⁉」
「げほ……げほ……な、なんてことさせるのよ! 嫌な感触が残ったじゃない!」
「あー、それでいいんだ。今後、人を殺すことがあるかもしれない、ってことは頭に置いておけよ? 生き残りたければ敵は倒せ。手足だけ斬ってやり過ごそうとするな。死ねないキツさがあるし、復讐してくるかもしれないからな」
「うう……」
水樹ちゃんが床に手を突いて涙を流すのが見えて心苦しくなるが、必要だと思ったからな……いや、これが正しいかは分からないが――
「……リクさんが初めて人を斬った時、辛かったんですね? だから自分で体験させておこうと……」
「まあな」
風太が分かってくれていたようで安心する。
やや強引だったし、一回だけで申し訳ないが『こういう世界に身を投じてしまった』ことが少しでも伝われば幸いだ。
「なんでそこまでするのよ……」
ひとしきり喚いた夏那は床にへたりこむ。
「ま、人生と勇者の先輩だからな!」
「馬鹿……! あんたが居なくなったら、あたし達どうすればいいのよ! びっくりさせないで」
「はは、悪かったって。パンツ見えてるから……ぶへ⁉」
「やっぱり死ね‼」
「や、やめて夏那ちゃん⁉」
「ははは! リクさんにはかなわないなあ……。ありがとうございます」
また夏那に叩かれる俺に向かって頭を下げる風太。
お前らみたいな素直な奴らに死なれたくねえしな、とは言わないでおく。
さて、準備はこれくらいでいいとして、後はこの国から出る手筈を整えないとな。
――この国を出て行く。
口で言うのは簡単だがプロセスはそれなりに必要だ。
出て行く理由、金、装備など用意すべき物はたくさんあるが、今は理由付けがいちばん面倒臭いだろう。
まあ、これが風太なら勇者ってことで引き止められるなり軟禁されるなりする可能性はあるが、俺は役に立たない一般人。むしろ消えてくれた方が嬉しいだろう。
金は適当に稼ぐとして、まずは出て行くことが大事だ。
出て行くきっかけだが、シナリオは出来ているから後は姫さんと顔を合わせた時に実行するのみ。
風太や水樹ちゃんは最後まで難しい顔をしていたけど。
そんなことを考えていたとある日、久しぶりに姫さんから夕食を共にしたいと申し出があった。
もちろん応じない理由はないので俺達は食堂へ。そして席に着くなり、姫さんが口を開く。
「すみません、最近忙しくてあまりお相手ができませんで。訓練は順調のようですね?」
「いえ、構いません。国王様に代わり、執政もされていると伺っていますし」
「訓練は順調ですよ! 火属性魔法はかなり褒められました。……あいつに褒められるのは癪だけど……!」
姫さんにそう答える風太と夏那。夏那が口を尖らせて言う『あいつ』とは、魔法を師事してくれている城付きの魔法使いで名をルヴァン。
風太にお熱なようで、ことあるごとに体を密着させていることが気に入らないようだ。
俺と水樹ちゃんは見ていないが胸の大きさは水樹ちゃんより上らしい。
「リク、あんた今、水樹の胸を見てたわね? よからぬことを考えてなかった?」
「いや、全然……つーか、お前ことあるごとに俺をディスるのやめろ、いい加減キレっぞ?」
「う、うるさいわね! お情けでここに置いてもらっているのにそんなこと言う? あたし達が居なかったらとっくに捨てられていてもおかしくないのよ?」
「か、夏那ちゃん、それは……」
夏那が挑発的な目で俺を見下すようにそんなことを言い出し、水樹ちゃんが止めようとするが俺はテーブルを拳で叩いてから首を鳴らす。
「あ? 夏那ちゃん、そりゃ言いすぎだろ、俺だって好きでこんなところに居るわけじゃねえ!」
「……申し訳ございません、リク様。不自由をおかけして」
「いい機会だ、提案をしたいんだがいいか?」
俺は鳥のステーキにフォークを刺しながら姫さんを睨みつけて質問を投げかけてみる。
すると、姫さんは口元には笑みを浮かべてはいるものの、明らかに嫌悪した目を向けて『どうぞ』と一言だけ返事をした。
「姫さんよ、俺はこいつらの知り合いでも友達でもねえから一緒にいる理由はない。このままじゃ魔王を倒すのもいつになるか分からねえ。だから外に出て自分で帰れる手段がないか調べに行きたいんだが、どうだ?」
「……」
さて、放逐してくれれば話は早いがどう出る?
もちろん夏那とのやりとりは芝居で……芝居だよな?
まあ、それはともかく不仲な部分と不満点を述べて、自主的に出て行くと宣言したらどうかというもので、このままオッケーが出れば思惑通りって感じだ。
「外に出ればわたくし達が手助けすることは難しくなりますが、それでも良いのですか? 剣も魔法も使えないあなたには少々危険かと思います。それに、隣国が攻めてくるかもしれないとの情報も入ってきています。得策ではありませんよ」
「え⁉ こ、交渉はどうなってるんですか?」
「もちろん準備していますが、向こうが応じなければ戦いになる可能性は高いでしょう」
エピカリスは首を横に振りながら風太の質問に答えるが、おそらく最初からドンパチやるつもりで勇者召喚をやったんだろう。ただ、仕掛けた側がどっちかは気になるが。
しかし、今は俺の話なのでそこはスルーして姫さんへ返事をする。
「今はこっちの話が先だ。危険があるって言いたいんだろうが、見ての通り俺はこいつらより歳が上だし、なんとかなるだろ」
「そんな楽観的な……夏那、謝れって」
「嫌よ、いつもエッチな目を向けてくるし! 居なくなったらせいせいするわ」
これは芝居……芝居……。
迫真の演技をする夏那に胸中で拍手をしていると、目を瞑って考えていた姫さんがゆっくりと口を開く。
「分かりました。個人の意思を尊重したいと思います。出立に関して決まったら教えてください。必要な物があれば用意させます」
その言葉に俺はニヤリと笑い、
「ありがとうございます。エピカリス様」
心からの感謝を口にした。
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