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1巻

1-2

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「いい質問だぞ、夏那」
「呼び捨て⁉ まあいいけど……それで?」
「魔王を倒す、という部分に異論はないんだ。俺の時もそういう話だったしな。だけど、あの姫さんは『まず隣国を倒せ』と繰り返していたのが気になる」

 首をひねる風太に、俺は頷きつつ返す。

「魔王の配下に操られているって話していませんでした……?」
「だな。だけど勇者を隣国へ向かわせるという選択肢はあまり考えられない」
「そうなんですか? 脅威きょういを取り去るために頼むものじゃ……」

 風太の言うことも分かるが、それはゲームや漫画のおつかいクエストって感じで、今回のケースは違うと俺は見ている。
『魔王を倒すのはついでで、実のところ隣国をどうにかしろ』というのが本音だろう。

「……真面目な話、隣国が魔王軍に乗っ取られているかどうかも半信半疑だ。目障めざわりな隣国をつぶすために魔王より強い勇者を召喚した、ってことも考えられる」
「じゃ、じゃああたし達、人間と戦わされるってこと……」
『なーによ、リクもあなた達くらいの時には戦ってたわよ?』

 リーチェの言葉を受けて俺を見ながら、三人の顔が一気に青くなる。現状をきっちり把握はあくしたようだ。
 俺の時と違い、一人でばれたわけではないのが幸いかもしれない。ああ、俺が居たからってわけじゃなく同級生が居ることだ。
 女子を嫌でも守らざるを得ないだろうから、風太は頑張るだろうし。
 それはともかく、話の続きといこう。

「ということで、このまま話が進めばお前達は国同士の争いに巻き込まれる。なので、少し俺が暗躍あんやくをしようと思う」
「どうするんですか?」
「多分、風太と夏那ちゃんは少し修業すれば強くなるだろう。前の俺と同じと考えれば、一か月くらいで魔物を倒せるようになるんじゃないかな? というわけで、修業は続けてくれ」
「わ、私は?」
「水樹ちゃんは一か月だけ俺とこっそり魔法の訓練をしてもらいたい。あいつらは水樹ちゃんと俺を役立たずだと思っているが、おそらく君も魔法が使えるはずだから身を守れるようにしよう」

 とりあえず前の異世界で鍛えた能力を活用できて、それを教えられるのは僥倖ぎょうこうだと思う。
 すると風太が手を挙げて質問を投げかけてきた。

「一か月だけなんですか?」
「ああ。三人には悪いが、水樹ちゃんがある程度いけると判断したら、その後、俺はこの国を一度出る」
「はあ⁉ あんた逃げるの⁉」
「落ち着け夏那ちゃん。本当に魔王に操られているのか、隣国の様子を見に行こうと思ってんだ。自分の目で見なきゃ敵かどうか判断つかないだろう? だから俺が偵察ていさつに出るってわけさ。でもお前達はおそらく実戦……すなわち戦争が起きるまでは外に出されないと思う」
「で、でも、その間はどうすれば……」
「あ、それでスマホ?」

 夏那のひらめきに笑顔で頷く俺。
 これで連絡は取れると……思いたい。〈変貌アナザー〉で使えるように変えたが、正直なところ、スマホを改造したのは初めてだしどこまで万能になるかは分からない。
 ただ安心感はあるだろうから、やっておいて損はなかったはずだ。

「なにかあればそれで連絡を頼む」
『転移魔法の〈跳躍リムーブ〉は?』
「……さっきからやってるんだが、使えない。世界が違うから『じく』が合わないんじゃないか?」
「転移魔法……って自由に移動できる魔法ですよね? うーん、魔法でさっと戻ってきてくれると嬉しかったんだけどなあ……」

 風太が微妙な表情を浮かべながらそう言ったので、それはそれでやつらを警戒させることになるからと苦笑して俺は話を締めた。
 あくまでも俺は『一般人』として、力はなるべく隠す必要がある。いきなり城の連中を蹴散らすのもありだが、俺がどこまでやれるのか確かめないと暴れるのは難しい。
 なんでかって?
 そりゃあ前の世界じゃほぼ最強だったけど、この世界でもそうとは限らないだろ?

「はあ……大変だ……なんでこんなことに……」
「異世界に召喚されるのは本当に急だからなあ」
「あんたが学生だった頃はどうだったの? ……って、ちょ⁉」

 俺はチェックのため、風の魔法で腕を切り裂きながら答える。

「あー、一人だったぞ。ワクワクしたけど、実際に冒険へ出てみるとそれどころじゃなかったな」

 血が出たところで夏那が叫ぶが、問題ないとばかりに回復魔法を使う。

「〈妖精の息吹ミドルヒール〉」
「あ、傷がなくなっていく……回復魔法というやつですね」
「その通り。水樹ちゃんなかなか鋭いな。これが使えるかどうかは重要だからな」
「なんかよく分かんないけどおっさん……リクを見てたら少し安心できたわ。よろしくね」
「よろしくお願いします。リクさん」
「おう、全員で元の世界に戻りたいしな」
「そう、ですね……」

 水樹ちゃんが落ち込み、俺と風太、夏那は顔を見合わせて肩を竦める。

「まだあいつらも来ないし、お前達のことも教えてくれよ。お互いのことを知っていてもいいだろ?」

 俺は自己紹介でもしとくかと提案を口にした。おっさんは気をつかう生き物なんだよな……。

「女子二人の制服は同じだから分かるとして、風太も同じ学校なのか?」
「はい。僕達が巻き込まれた繁華街から歩いてすぐのところにある高校ですね」

 話を聞くと、この三人は家が近所らしく高校二年生とのことだ。
 小学生から一緒で、高校も近いからって理由で選んだらしい。
 ちなみに風太はさわやか系イケメンで、夏那はさっきも言った通りギャルっぽい感じ。で、眼鏡っ娘の水樹ちゃんというラインナップ。
 風太は一見バスケとかサッカーをやってそうだけどスポーツは苦手らしい。ただ走ることは好きでジョギングなどをたしなむ。性格は大人しい……けど、姫さんとのやりとりを見る限り、流されるようなタイプではないのでしんはありそうだ。
 夏那は見た目通りの茶髪ギャルで、なんていうんだあの髪型? サイドテール? を揺らす今どきの女子高生だ。
 最後に水樹ちゃんだが、こっちは風太と違ってガチの地味っ子で引っ込み思案じあん。趣味は読書とものというザ・インドア派である。家が厳しく、中学までは弓道をやっていたらしい。
 召喚される前、水樹ちゃんが少し離れて歩いていたのは、地味な自分が一緒だと人の目が気になるから、ということだそうで自覚もあるらしい。長いロングヘアはキレイだが、前髪で目が隠れがちなので気分も下がりそうだ。
 そんな三人に俺は若干困った顔で告げる。

「サンキュー。で、風太はどっちが好きなんだ?」
「は⁉ い、いや、こういうところで言うものじゃないでしょ……」
「ちょっと‼ なんてこといてんのよ‼」

 あからさまに取り乱す風太と、顔を赤くして俺の背中を叩く夏那。

「ははは、少し意地悪だったが、真面目な話ちゃんと伝えておいた方がいいぞ。帰れるように尽力するけど、ダメな場合もある」
「え……」

 とたんに背中を叩くのをやめて顔をくもらせる夏那。風太は真意を聞きたそうに俺の目を見て口をつぐむ。

「……魔物にしても人間にしても、戦いとなればごっこ遊びとは違って殺し合いになる。こくなようだが死ぬかもしれない。だから言えるうちに口にしないとな。直接じゃないと伝わらないものってあるから」
『……あんたが言えたこと?』
「だからだよ」

 リーチェの言いたいことは分かるが、あえて言及せずに返事だけしておく。
 のことだろうけど仕方がないことだしな。

「あの、今度はリクさんの話を聞かせてもらえませんか? 僕達と同じくらいの時に異世界へ行ったって」
「ん……あんまり面白い話じゃねえけど、こうなったのもなにかの縁か。いいぜ――」

 俺は少しだけ話すことにし、ソファに背を預け、夏那と水樹ちゃんが風太と同じソファに座るのを見てから、頭の後ろで手を組み、天井をあおぎながらどこから話すか考える。

「まずは召喚された時のことか?」
『あたしも知らないから気になるかもー』
「そうなんだ?」
『旅の途中で創られたからね。あ、ちょっと肩を借りるわね』
「ふふ、どうぞ」

 リーチェが図々ずうずうしくも水樹ちゃんの肩にちょこんと座り、俺の話を待つ態勢になった。
 とりあえず頭ん中で時系列をまとめて話をする。
 まず、召喚されたのは十七歳の時だったこと、勇者として魔王を倒せと言われ興奮して承諾しょうだくしたこと、最初の一か月に及ぶ修業がかなりきつかったことなどを口にする。

宮廷きゅうてい魔法使いってのがまたイラっとする奴でな……ああしろこうしろってうるさいんだマジで。イケメンってのがまた腹立つ」
「あはは、嫌な人だったのね!」
「だけど奴の教え方は上手かった。俺が一か月で魔法を使えるようになったのはレオールのおかげなんだ」
「厳しいのは相手を思ってのことなんですかね」

 苦笑する風太に、肩を竦めて『結果オーライ』って感じだと笑っておく。まあ、厳しかったのは間違いないが、あれで俺の甘い意識を変えてくれたのは確かだしな。
 次に初めての戦いについて語る。

「最初は模擬戦もぎせんで人間相手に戦っていたけど、部活には入っていなかったから俺はすこぶる体力がなかった。それっぽい……それこそ漫画とかアニメみたいな動きをしてみるが体が追いつかないって感じだな」
「リクさんが……フフ」
「笑ってくれるな、水樹ちゃん……若かったんだ……」
『でも強かったじゃない』
「そりゃあお前を作った時は最盛期だったし。魔王の側近を五人倒してたくらいだからな」
「そっか、魔王だけじゃないんだ」
「で、魔物を倒したって話だけどよ、だいたい動物に似ているのが多くて、へびとか昆虫こんちゅう系はなんとかなったんだが、犬とか猫に似ていたやつは辛かったな」

 水樹ちゃんが悲しそうな顔になる。どっちかが好きなのだろうが、犬好きの俺はおおかみを倒すのが大変だったな。

「そういやファングは元気してんのかな」
「ファング?」
『ああ、テイムしたおおかみの魔物で、子狼の時に拾って仲間にしたらしいのよ。めちゃくちゃなついてたわ』
「へえ、狼ってかっこいいわね」
『ティリスが連れて行ってたから贅沢ぜいたくな暮らしをしてるんじゃない?』
「だといいな……次は――」

 次の話を語ろうとすると、夏那が目を細めながら手を振る。

「ね、さっきから聞くティリスって誰なのよ? あんたの彼女だった人?」
「ああ、それは――」

 と、返そうとしたところで扉がノックされ、俺達はそっちに意識を持っていかれた。

「残念だがタイムオーバーだな。……どうぞ」
「失礼します」

 さて、向こうは向こうでなにか話し合いをしたはずだが、なんて言ってくるか――

     ◆ ◇ ◆

 リク達を部屋へ連れて行ったヨームは、エピカリスのもとへ戻り報告をしていた。

「エピカリス様、ご指示通り部屋へ案内してきました」
「ご苦労様。どう、彼らの様子は?」
「困惑している様子です」
「結構。こちらが優位に立たねばなりません。少ししたらお茶に呼び、そこで一気にこちら側に引き入れておきましょう」

 エピカリスは口元に指を当てて微笑む。
 目論見もくろみ通り、勇者を召喚することに成功したことによる喜びか、隣国を倒せるという望みが叶うからか、それは本人にしか分からない。

「しかし、あのような子供に魔王が倒せるのでしょうか?」
「どうかしらね? まあ少しは戦力になるでしょう」
「は、はあ……私としては子供にできるとは……」
「なにを言うのですか。彼らには力があり、わたくし達にできないことができるのですよ? 召喚の伝承を疑うと言うのですか?」
「い、いえ……」

 ヨームが焦る様子を見てエピカリスは満足げに微笑む。

「あなたはわたくしがやることに賛同するだけでいいのです」
「……はっ」
「実際、できるかどうかは二の次でいいのです。『勇者が居る』、この事実が我が国に浸透しんとうすれば士気が高まり、そして隣国に伝われば畏怖いふしてもらえる……これはくさびなのです」

 そう宣言するエピカリスに迷いはなく、これが『正しいこと』であると確信めいた口ぶりだ。

(理解はできるが、その『勇者』が負けた場合、士気は一気に落ちる。絶対に勝てるという自信がなければそこまで言えるはずが……いや、彼らにはそれほどの力があると考えるべき、か)
「どうしました? なにか思うことでも――」
「い、いえ、なんでもありません! 民のためにより良い方向を目指しましょう」

 ヨームは考えを振り払うように頭を動かす。
 彼の忠誠ちゅうせいを確認したエピカリスは、部屋に置かれた砂時計に目を向けて口を開く。

「落ち着いた頃に、食堂でお茶をしながらわたくし達の現状をお話ししましょうか」

 そう言って満面の笑みを見せた――

     ◆ ◇ ◆

 ――さて、どんな話をしてくれるのかねえと、俺は最後尾について廊下を歩く。
 だいたいロクな話でもない……ってことはないだろう。現状、あいつらは風太と夏那には心証を良くしておかないと困るはずだからな。
 そして到着した場所は食堂で、そこにはお茶が用意されていた。着席した俺達はお誕生日席にいるエピカリスの話を待つ。

「お疲れのところ申し訳ありませんわ。さ、どうぞ。冷めぬうちに」
「ありがとうございます。わ、美味しそうね」
「いい匂い……」

 女子二人はお茶とお菓子に目を奪われていた。その様子を嬉しそうに見ながらエピカリスが口を開く。

「勇者を喚んだ経緯けいいをもう少し詳しく話そうと思いまして。現在、各国は魔王配下の魔族に対抗し、我がロカリス王国ももちろん戦いを行っています。その状況を打破するためご協力いただきたく……」
「それなのにどうして隣国を倒そうと思ったのです? 人間同士で戦っている場合ではないのでは?」

 俺と話して少し余裕ができたのか、風太がサクッと核心かくしんを突いてくれる。
 まあ、〈集中コンセントレーション〉という魔法をかけておいたのもあるけどな。

「フウタ様のおっしゃることはもっともですわ。しかし、隣国のエラトリアとの協議が決裂けつれつしてから、わたくし達ロカリスとは冷戦状態……このままでは食料や物資にも不安が残ります」
「なるほど、それで武力をチラつかせて和解をしようとしておられるのですなー」

 俺はあえて茶化ちゃかすように言う。

「……ふふ、部外者の方にはそう見えるかもしれませんが、わたくし達は王族。民を守らないといけないので」
「ま、確かにその通りですねえ」
「リクさん、失礼ですよ……」

 水樹ちゃんがたしなめてくるが俺は適当にウインクをして誤魔化ごまかす。上手くできたかは分からないが、夏那の呆れた顔を見る限り失敗していそうだ。

「なら、話し合いで解決すればいいんじゃないですか? リクじゃないけど、より強い力で押さえつけると憎しみしか残らないっていうか」
「ええ、それはカナ様の言う通り……なので、勇者様には牽制けんせいをお願いしたいと思っています」
「直接、戦うことがなければまあ……行くところも、ありませんし……」

 風太が困った顔でお茶を飲みながらそう言うと、それはエピカリスの満足のいく答えだったらしく、彼女は笑顔で頷いていた。

「そうですわね。まずはお二人に力を付けていただかねばなりません。大丈夫、この国には勇者様を完璧かんぺきにバックアップする準備がありますので」
「でなきゃ困るわよ、こっちはいきなり呼ばれて『戦え』なんて言われているわけだもの。そっちの都合を通すなら、あたし達をしっかりやしなってよね」
「ふふ、覚えておきますわ……。お話はこれくらいにしましょうか。わたくし達の現状と召喚した理由を聞いていただきたかったので。後はお部屋をご用意しますから夕食までおくつろぎくださいませ」
「は、はい……」

 そんな感じで一方的な話は終わり、最初に聞いたことより少しだけ状況が把握できた。
 ただし、情報を小出しにして、必要ではない不都合なことは話さないといった感があったので、あの姫さんはかしこいといえるだろう。
 俺が召喚された時の相手は天然てんねんのお姫様だったからなあ……むしろ周りが困っていたくらいだ。
 っと、部屋はどうするかな?
 そう思っていると風太が手を挙げて口を開く。

「部屋は二人部屋で。僕とリクさん、夏那と水樹で。一人部屋はやっぱり不安ですから」
「……そう、ですわね。そのように手配させていただきますわ」

 オッケー、上出来だ風太。
 後は水樹ちゃんに魔法を教えて、俺があの姫さんにどれだけ嫌われるかがかぎだな。
 まあ話している最中、俺と水樹ちゃんには目も合わせなかったから、それ自体は簡単そうだがな。


 お茶会の後、部屋に全員を集めた俺はとりあえずの忠告をすることにした。

「集まれー」
「はい。……いてっ⁉」
「なによ? あいた⁉」
「ひゃん⁉」

 軽くだが全員の脳天のうてんにチョップを食らわしてから話を続ける。

「なにするのよ!」
「さっきのお茶会のことだ。信用できない相手が出してくれた物を安易に口にするな。なにを仕込まれているか分からないからな」
「ええ? そこまで警戒しないといけないの?」

 夏那が眉を顰めてそう口にするが、俺は顔の前で指をチッチッと振ってから鼻先に突き付けて答える。

「ここならまだいいけど、外の世界に出てみろ。若い女ってのは高く売れるし、荒くれ者達が襲ってくることもあるんだよ。もし飲み物に睡眠薬すいみんやくとか媚薬びやくを入れられていたらどうする? 夏那ちゃんも水樹ちゃんも可愛いし、あっという間に男達のなぐさみ物だ」
「び、媚薬なんてあるんですか……?」

 水樹ちゃんが青ざめているのを見て俺は無言で頷く。
 実際、別の異世界で遭遇そうぐうした事案だと、盗賊とうぞくギルドの誘拐ゆうかいや酒場でわせてからの乱暴らんぼう痴漢ちかんに路上で……など多彩だった。
 それでも女冒険者が居なくならないのは一攫千金いっかくせんきん狙いだった。それともう一つ理由があって、『それしかできない』って奴も多いからだ。
 特に家がまずしい場合なんかそうだな。親に売られそうになったから逃げた、なんて奴もいる。

「そ、そんなことって……」
「ある。夏那ちゃんはスカートも短いし、顔も可愛い。頭が悪そうなあたり狙いどころだぞ」
「か、可愛い……って誰の頭が悪そうだってのよ⁉」
「いでっ⁉ 例えだ、例え! 露出ろしゅつの多い装備をする奴もいるけど、基本的に肌を出していると危ないんだよ」
「あー、そういう? ……うう、なんか服を貰えないかしら……」
「わ、私も、欲しいかも……」
「まあ、今すぐ城から放逐ほうちくされるわけじゃないだろうから今はそのままでいてくれ」

 そう言って健康そうな夏那の足に目をやると、夏那から拳骨げんこつをくらった。
 ま、それくらい危機感を持ってほしいってことだが。

「ふう……酷い目に遭ったぜ」
「あ、あんたが変なこと言うからでしょ」
「あはは……」

 水樹ちゃんが困ったように笑っていると、部屋の外から声が聞こえてきた。

「カナ様、ミズキ様、湯あみの準備ができました」
「湯あみ……ってお風呂か」

 そこでメイドだか侍女じじょだかが扉の向こうから風呂だと告げてくる。
 すると夏那が俺に目を向けて『大丈夫?』と訴えてきた。

「突然のことで疲れたろ、行ってこい。ただし――」
「警戒しろってことね? オッケー、スマホを持って入るわ。行こ、水樹」
「う、うん」
「気をつけろよ。夏那ちゃんはともかく水樹ちゃんの扱いは保証がないから守ってやれ」
「分かった!」

 夏那は元気よく返事をして、水樹ちゃんの手を引いて出て行く。俺がその様子を見ていると、風太がそわそわしながら口を開く。

「大丈夫、でしょうか?」
「ああ、おどして悪かったがまだ平気だろう。夏那ちゃんに風呂を促したのは、向こうに俺達が警戒していることをさとらせないためでもあるんだよ」
「……リクさん、僕達これからどうなるんでしょうか……」
「なんとかするしかねえだろ。ま、俺ができることは手伝ってやるから、お前はお前のできることをするんだ。夏那ちゃんと水樹ちゃんを守ってやれ」
「はい……。本当に出て行くんですか?」

 風太は不安げに俺を見る。
 俺が一緒に居れば確かに楽にはなるだろうが、この国の人間全員を相手取るにはまだ不安だ。
 そして勇者ではない俺に能力があることを知られないよう、俺は自身の能力を把握しておく必要がある。
 それに隣国を調査するのは、向こうが本当に『そうなのか』を確認するためだと説明した。

「なるほど……」
「まあ、スマホがあるんだ、困ったら連絡してくれ」
「はい、ありがとうございます。魔法は、できればリクさんに教わりたい気がするんですけど……」
「形態が違うかもしれないからなあ。それで変なくせがついてぎ回られても面倒だ。水樹ちゃんへ教えるのはあくまでも防衛手段としてだからな」

 そう説得してやると風太は渋々ながらも納得してくれた。
 実際、どういう魔法が使えるのか? 名前は? 詠唱えいしょうは? そういう情報が分かるまでは教えられないのも事実。
 後は他愛たあいない話をしながら風呂上がりの二人を待ち、濃い一日が終わる。

「……やれやれ、こっちの魔王はどのくらいの強さなのかねえ。倒したら戻れるとなると、また長い旅になりそうだ。倒したとして、すぐ戻されるなら――」

 俺は目を閉じてため息を吐く。
 あの時、俺が魔王を倒して戻った時系列は『召喚された直後』で、周りからすりゃなにも起こらなかったのと同じだ。
 だけど、あの冒険や体験はなかったことにはならない。

「親しい人間を作らない方がいいのは確か、だな」

 礼すらも言えずに帰った俺は寂しかったものだ。
 リーチェが召喚できるとは思わなかったが、実はかなり嬉しかった。
 どうなることやら……。
 俺は指先からライターのように火を出しながら胸中で呟くのだった。


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