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因縁渦巻く町
裏の顔と亀裂
しおりを挟む「やあ、お邪魔するよ」
「あ、オリゴー様こんにちは! 本日はどうされましたか?」
シスターのヴィネがオリゴーに笑顔を見せながら頭を下げると、満足気に頷いてから彼女の肩に手を置いて口を開く。
「今日も食料を持ってきたよ。有効活用してくれ」
「わ、ありがとうございます。先ほどヒドゥン様もいらっしゃって子供たちにお菓子をくれたんですよ!」
「わー、おりごー様だぁ。いつもありがとうございます」
「ありがとうー」
「ふふふ、君たちが大きくなったらお仕事をすることになるし、その時頑張ってくれたらいいよ。……それにしてもヒドゥン様がお菓子とは、ね」
子供たちが食べているお菓子がそれなのだろうとオリゴーは鼻を鳴らしながら、いけないいけないと笑みを浮かべる。
「……彼は怠惰な男だ、あまり気を許してはいけないよ」
「そうですか? 最近よく訪問してくれるんです。寄付の件も約束して実際に増えましたし、しっかり謝っていただけました。一緒に居た女性の先生がとてもいい方で、票を入れることにしましたの」
「なんだって? ……私もこの教会には肩入れしていたと思うが」
「ええ、もちろん感謝しております。あまり票に興味がないようなことをおっしゃっていたので……」
「ふう……そうだったね。また来るよ」
「あ、はい。申し訳ございません」
オリゴーは息を吐いてから口元に笑みを浮かべて教会を後にする。
「(これは結構問題かもしれないな。このままだと私が領主になる可能性は五分というところか)」
「あ、おりごー様! あ――」
庭に出たところで小さな女の子が手を振ってくれ、その手からお菓子が落ちる。オリゴーは一瞥した後――
「ああ!? お、お菓子がぁ……」
「……ごめんごめん、新しいお菓子をシスターに渡しているから貰ってくれるかい?」
「はぁい……」
――ヒドゥンが渡したであろうお菓子を踏み潰した。
そのまま腰をかがめて泣きそうな女の子の頭を撫でながら教会内へ新しい自分の渡したお菓子をもらえと微笑んでいた。
「……さて、寄り道をして良かったと思おうか。先生、ね。どうやらその人物が鍵を握るか。会ってみるとしよう――」
そう呟いて踵を返し、オリゴーはキノンの町へと向かう――
◆ ◇ ◆
「さ、今日はジェイドもお手伝いしてね」
「わ、分かっているよ母さん……」
「今度は西側の広場で声かけだったかな。プリメラ、僕がそれを持つよ」
「うん、ありがとう」
教会へ行った翌日、僕達はジェイドさんを加えた四人で仕事場へ向かっていた。
どの町も広いけど今は色々な人間達が手伝ってくれているので最初に手伝った頃よりはかなり楽になっている。
残り期間も僅かになりジェイドさんもあの変な顔をすることが少なくなった。しぶしぶと手伝っている感じはするけど協力は止めていない。
たまに帰りが遅いことがあるので仕事が忙しそうだなと思うけどね。
「ヒドゥン君をよろしくお願いします」
「領主様ねえ……商店街の連中も頑張っているけど、変わるのかねあの男は」
「ええ、ちょっと父親を亡くして自暴自棄になっていただけですから」
「税金は次の月から減らす、か。子供が居る過程に給付……きちんと実行してくれればいいんだがな」
「大丈夫ですよ!」
プリメラが根拠のないことを自信ありげに言うけど紙をもらったおじさんは顔を綻ばせて口を開く。
「まあ、お嬢ちゃんみたいに可愛い子が言えばわからんでもないけど」
「プリメラって可愛いんだ?」
「う、うるさいわね! 票はお願いねおじさん」
「はっはっは、まあ考えとくよ」
手ごたえはありそうな感じで手を振りながら去っていくおじさんに頭を下げるファルミさん。直後、僕の頬が横に引っ張られる。
「あにふんだよ」
「ふんだ」
「ディンはプリメラさんが可愛いと思わないのか……? 俺は可愛いと思うけど……」
「ありがとジェイドさん。ディンはそういうのが分からないのよ、だから苦労するわ」
「でも一緒に居るんだから仲はいいじゃない。お似合いよ」
「似合う……?」
「ああ、もう後で言うから」
プリメラは顔を赤くしたまま僕の頬を引っ張りよくわからないまま仕事を続ける。
数人が僕達の活躍を聞きつけて挨拶に来てくれたけど、いきなり領主様が変わることに不安を覚える人も居たのは少し驚いた。
「……人って変化に弱い場合もあるからね。環境や仕事の人間関係、ファルミさんみたいに病気になったりとか」
「なるほど。現状維持が一番楽ってことか」
「まあね」
「ならプリメラが旅に出たってことは現状維持をしなくてよくなったから?」
「それは――」
と、僕から視線を外して言いよどんでいたその時、
「やあ、頑張っているね」
「……誰?」
立派な身なりをした男性がにこやかに歩いてきて話しかけてきた。僕が呟くと彼は手を差し出しながら名乗りをあげる。
「私はオリゴーという。ヒドゥン様と領主争いをしている者さ」
「オリゴー様……」
「?」
ジェイドさんが呻くように言うと、ファルミさんが笑顔で手を握る。プリメラに『あれは握手よ』と言われたけどそれは知っている。
「そうでしたのね、私はファルミと申します。ヒドゥン君の支援をやらせていただいています」
「ヒドゥン君?」
「ええ、元教え子でして、お手伝いしているんです」
「そうでしたか。あなたのおかげで支援者が増えたと聞いておりますが先生なら性格を把握しているのも納得です。もし私が負けても更生していただけるなら文句はありませんからね」
笑顔を絶やさずにそう言うオリゴー様に『そんなことありませんよ、あの子の元々の性格です』などを口にするファルミさん。
「こっちの人は優しそう、かな?」
「……」
「プリメラ?」
「え? なあに?」
「いや、変な顔をしていたから……」
「死にたいの……?」
「そんなことは無いけど……」
何故かプリメラに詰め寄られていると今度は僕達に話しかけてくる。
「君たちは冒険者かな? お嬢さんは可愛い顔をしているのに荒事とはね」
「ハジメマシテ。別にいいじゃありませんか、人生は色々あるんですから」
「初めまして、ディンと言います。敵と話しに来たんですか?」
「へえ、二人とも強気だ。私の下に欲しいね、特に君は」
「お断りです。旅に出るんですから」
手を伸ばそうとしたオリゴー様にそういいながら僕の後ろに隠れるプリメラ。苦笑しながら最後にジェイドさんへ顔を向けた。
「君は……」
「あ、えっと、ジェイド、です。母の手伝いをしています」
「そうか、親思いなんだね。……うん、わかった」
ジェイドさんと握手をした後、両脇に立っていた人間の内、一人がオリゴー様に耳打ちをして小さく頷くと、一歩下がって礼をしてきた。
「そろそろ行く時間らしい、また会えることを期待している」
「お互い最後まで頑張りましょうね」
「……そうですね、では」
「……」
立ち去っていくのを見送り、離れたところで僕はプリメラと話す。
「敵情視察ってところかな?」
「でしょうね、旗色が悪くなってきたからじゃない? 口ではヒドゥン様が更生すればいいみたいなことを言っているけど、そんな感じじゃないわね」
「だね、口は笑っていたけど目は笑っていなかったし」
「そういうところには気づくのよねえ……」
僕達の危惧とは裏腹にファルミさんは元気に次に行こうと示唆してくる。その後も滞りなく仕事が出来たんだけど、ずっと落ち着かない雰囲気のジェイドさんが気になった。
「後は報告だけね、屋敷へ行きましょう」
「ええ。……ジェイドさんどうしたんですか?」
「ちょっと酒屋のオリフに頼まれていたことがあったことを思い出してね、母さん報告は任せるよ」
「いいわよ、気を付けてね」
「晩御飯までには帰るから……!!」
ジェイドさんが駆け出していき、僕達は反対側の屋敷へと歩き出す。
オリゴー様のことを言っておかないといけないよね。
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