上 下
44 / 81
因縁渦巻く町

貴族と貴族

しおりを挟む

 ――キノンの町 領主の館

 「経過は?」
 「は、現状オリゴー卿との差は殆どないかと……」
 「くっ……残りひと月足らずなのだぞ、別の領から人を引っ張ってでも署名にサインをさせろ!」

 そう言って目の前の男達に怒鳴り散らすのはこの領地の主であるヒドゥン・グラニュー。
 歳のころは30代半ばも過ぎで灰色の髪を襟足まで伸ばしている彼は目つきの悪さもあって良い印象が無い。
 父親から譲り受けた地位に胡坐をかいて領民のことを考えないヒドゥンは今、その座を落とされる可能性がある状況に焦っていた。

 領主からただの貴族に落とされたとしても財産がなくなるわけではない。が、なにもしなくても入ってくる金がなくなるのは困ると考えている。

 ……そもそも『なにもしない』からこの状況になったのだが。

 金を得るには見返りが必要で、急性した父親が領民のためになにをしていたかを学んでいなかったのだ。
 父親も褒められた人物ではなかったが『そういうこと』に知恵が回ったため事なきを得ていた。

 「――それも考えたのですがオリゴー様の目があるので冒険者以外の町人を引き入れるのは難しいかと」
 「なにを甘いことを言っておるか!」
 「以前から申し上げている通り領民の声に耳を傾けるべきです。税金はそのためにありますので。まずは税を軽くするところから――」
 「そんなことをすれば私の金が減るではないか……!!」

 ヒドゥンが執務机を叩きながら激高すると、一番先頭に立つ眼鏡をかけたやや線の細い男が眉を顰めて口を開く。

 「それは違いますぞ。民が納得いけば税が増えても問題はありますまい、しかし今は先代と違いヒドゥン様はなにもしておられない。治安や魔物の鎮圧、設備投資といった民に還元をせねば不満が募り、今回のような事態を招くのです!」
 「それをなんとかするのがお前の仕事だろうトゥランス……」
 
 顔を赤くしたヒドゥンに指を向けられ、その言葉を聞いた眼鏡の男トゥランスは眉を震わせながら眼鏡の位置を直し、一度だけ深呼吸してから睨むようにヒドゥンへ目を向けた。

 「仕事はしているだろうが!! どれもこれも提案書を出してやってんのに目を通しもせず却下してんのはどこのどいつだ! 孤児院の寄付も少なくした上に増税だあ? そりゃ誰だって愛想をつかすってもんだ」
 「お、お前、領主の私に向かって――」
 「無能な領主にゃお似合いだろうが。親父さんが亡くなってから友人のよしみで手伝ってやりゃあいい気になりやがって。で、こんな口を利いた俺をどうする? 捕縛するか、痛めつけるか? そいつは無理ってもんだ。このままじゃお前は領主の座から降ろされる」
 「な……!?」
 「するとどうなる? 残ったなけなしの財産をもって適当な屋敷にお引越し、使用人も殆どついていかないからお前一人で全部やらなきゃな」

 誰もついていかないという話を聞いて控えていたメイドや庭師、執事といったメンツに目を向けると渋い顔で小さく何度も頷いているのが見える。
 なぜこの場にこいつらがいるのかなーと、呑気なことを考えていたヒドゥンが現実に引き戻され、どっと夥しい量の汗を噴出させて黙り込んだ。

 「今さら一人でそんなことが出来るわけがない……!? わ、私はどうすればいいのだ!?」
 「我々は三年待った。それでもヒドゥン、お前は変わらなかった。それこそ『今さら』変わるはずもないだろう。グラニュー党の呼びかけは最後の仕事として続けてやるが……まあ、現状はオリゴー卿に勝てる要素はほぼない。身辺整理をしておくことだ」

 そう言ってからトゥランスは頭を下げて踵を返し、他のメイド達に目配せをすると全員で部屋を出て行くため歩き出す。
 呆然と見送るヒドゥンは友人のトゥランスとの思い出が走馬灯のように脳裏に巡っていた。が、すぐにハッとなり椅子から立ち上がって声を上げる。

 「ま、まだだ……! まだ終わらんし終われん! 父と母にあの世で申し訳が立たんではないかっ! た、頼むトゥランス、チャンスを……先の口ぶりだとまだチャンスがあるのだろう!?」

 必死。

 それは人間が窮地に立たされた時になる心境。
 金も地位も大事だが、自分の代で領主を畳むことになるであろうことが、指に針を刺したら血が出るというくらい確実に迫ったこの土壇場でヒドゥンを突き動かした。
 それを振り向かずに察したトゥランスはピタリと足を止めて口を開く。

 「……もう後は無い。もしこれを覆そうと思うなら金は手元にそれほど残らない」
 「う……」
 「だが、名誉は守られ親父殿と母上には顔向けができる」
 「おお……!」
 「だが、残りひと月。成功するかは殆ど賭け。失敗すれば金がないまま没落貴族の出来上がりだ」
 「う、うう……」
 「それでも俺に……俺達に頼むか?」

 そこまで言ってから振り返ると、ヒドゥンは体を震わせながらなんとも言えぬ表情で逡巡しているようだった。今まで贅沢をしてきた男が変われるか? そんな瀬戸際。

 そして――

 「や、やっちゃるわい!! 私も、お、男だ! このまま没落してなるものかよ!」
 「……いいだろう。お前は空気が読めないが馬鹿ではない。ならば最後まで全力を尽くすと約束しよう。ではこの書類に目を通すところからお願いします」
 「こ、こんなにか!? い、いや、やる……やるぞ」
 「まずは軽税の処理と、それによって起こる収入減の試算。それとギルドに支払う定期金の――」
 「ああああああああああああああああああ!?」

 ヒドゥンを席に座らせると、矢継ぎ早に施策を打ち出し説明を始め、たまにフェイク書類を入れてきちんと見ているかのチェックをするトゥランスの本気が始まった――


 ◆ ◇ ◆


 「これは余裕そうだね」
 「はい。オリゴー様のような方が領主になれば民も安泰でしょう」
 「ありがとう。私を支持してくれる者達には手厚く頼むよ。ああ、たまには差し入れでも持って行ってあげてくれるかい、ギリス」

 豪奢なティーカップに口をつけながら、オリゴーは従者へ指示を出す。
 ヒドゥンよりも十は若いであろう金髪の男は顔立ち、仕草、考え方はいわゆる『立派な貴族』のお手本のような者である。

 「では早急に手配を。それと、交易の件でお話ししたいという商人が面会を求めておりましたがいかがいたしましょうか」
 「明日の午前中に取り付けておいてくれ」
 「承知いたしました。それでは」

 ギリスと呼ばれた執事のような男もまた、茶色い髪をオールバックにし、切れ長の目と整った顔立ちをしていた。彼が下がるとオリゴーは笑みを浮かべながらティーカップを傾けて一人呟いた。

 「流石に平民を見捨ててはおけないから、私が助けて上げなくてはね。まあ、この分だと領主になるのも時間の問題、か。ふふ、支持者はいい仕事をしてくれる。領主になったらなにから手を付けるかな――」

 ヒドゥンとは対称的に余裕のあるオリゴーはヒドゥンを追い落とそうとする組織とコンタクトを取りことを有利に運んでいるためである。

 二人の貴族が辿り着く先まであとひと月に迫っていた――
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑
ファンタジー
8歳のクロエは魔物討伐で利き腕を無くした父のために、独学で「自分の意思で動かせる義手」製作に挑む。 その功績から、平民ながら貴族の通う魔法学園に入学し、卒業後は魔法省の魔道具研究所へ。 エリート街道を進むクロエにその邪魔をする人物の登場。 人生を変える大事故の後、クロエは奇跡の生還をとげる。 大好きな人のためにした事は、全て自分の幸せとして返ってくる。健気に頑張るクロエの恋と奇跡の物語りです。 本編終了ですが、おまけ話を気まぐれに追加します。 小説家になろうにも掲載してます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

思い込み、勘違いも、程々に。

恋愛
※一部タイトルを変えました。 伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。 現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。 自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。 ――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……

妹に邪魔される人生は終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
公爵家の長女として生まれた私、エリナ・モドゥルスは、二卵性双生児の妹、エイナとは仲良くやってきたつもりだった。 無愛想な私と天使の様に可愛いと言われるエイナ。 周りからは悪魔と天使の様だと言われていたけれど、大して気にもとめていなかった。 私の婚約者である第一王子、クズーズ殿下との結婚を控えたある日、王家主催の夜会の休憩所で、エイナと殿下が愛を語らい、エイナが私にいじめられていると嘘を話しているのを聞いてしまう。 父に報告しようとパーティ会場に戻ろうとしたところ、エイナの専属メイドにより、私は階段から落とされる。 意識を失う寸前に視界に入ったのは、妹のエイナが、ほくそ笑む姿だった。 運良く助かった私は、記憶喪失のふりをして、身の安全を確保しつつエイナの本性を暴くと決めた。 婚約者は婚約者で、見舞いに来たくせに、エイナの話ばかり。 そんな婚約者なんていらない。 それなら妹がいらないと言っている冴えない第二王子殿下と婚約するわ! ※2024年1月下旬に書籍化が決まりました。 ※現在はifバージョンを更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...