上 下
31 / 81
旅の始まり

人間の末路はひとつ

しおりを挟む

 血生臭い洞窟へと足を踏み入れると中は完全に暗く、視界を遮っていて松明の灯りだけでは心許ないので僕は魔法で周囲を照らす。

 「おお、助かるぜ坊主。光魔法とはまた珍しいな」
 「魔法使いですからこれくらいは。行きましょうか」
 「あ、おい慎重にな! ったく、ルーキーってのは怖いもの知らずだよな、いつもでもよ」
 「まあCランクの魔法使いならアリなんじゃねえの?」
 「馬鹿野郎、増長して死んじまったヤツなんてゴロゴロいるだろうが。入口を見張る奴と分けてついてこい。中の通路は狭いから大人数は無理だがなと伝えろ」

 後ろで僕を心配する声が聞こえてくるけど、こういうのは夜の山で狩りをしていたから平気だし、本気を出せば盗賊程度なら相手にならないんだけどね。

 さて、この血の臭いと得体の知れない洞窟。

 人間は今、『恐怖』というものを感じているのだろうか? 僕は死にかけたこともあるし魔物に襲われたこともあるけど、じいちゃんは『お前は怖がらないのだな』となんとも言えない顔で頭を撫でられたことがある。
 
 そんなことを思い出しながら先頭を進む僕に、慌てた様子で髭の男が追いかけてきて僕と体を入れ替えて前に立つ。

 「ほら、お前は後ろだ。危なくなったら魔法で援護してくれよ」
 「僕も戦えますよ?」
 「いいんだよ、新人に前を任せられねえだろうが。そんな格好悪い真似できるか」
 「そういうものなんだ?」
 「まあな。さて、結構深いなこりゃ――」

 そういうものらしい。
 会話は途中で終了しさらに洞窟の奥へ。盗賊の住処とも思ったけど扉や別の部屋が無いため違うようだけど結界があったことを考えると人間の手による『なにかが』あると僕は考えている。

 足を踏み入れてから少しずつ下っているような通路は進むたびに血の臭いが濃くなっていくのを感じ、人間達も口数が減っていく。それはこの先にあるものを想像しているからか。

 そして二、三十分程度進んだころ、少しだけ広い場所へと出るとそこには――

 「これは……!? うぇええええええ……」
 「おい、どうし……うお……!?」
 「な、んだ……ここは!? どういうんだこれは……!!」

 到着した人間が入れるほどの大きさがあるその空間には大量の血で濡れていた。
 それだけなら盗賊のアジトと変わらないだろうけど、ここにはそれ以外の『人間だったもの』の残骸で溢れている。
 骨、内臓、髪の毛、目玉……血まみれの解体場らしき惨状とは裏腹に、なにかの液体に浸かった部位が岩肌を削って作られた棚にキレイに並べられている。
 その中でまだ『頭』として形が残っているのがあり、それを見て僕は思い出す。

 「この人間は……」
 「知っているのか?」
 「ええ、試験の時に僕達を襲ってきた盗賊の一人です。ガーンズさんに追われて逃走したのを見たなと」
 「マジか……てえことはこの目ん玉や内臓は……」
 
 汗をかきながらその場に居た全員が喉を鳴らす。
 恐らく、行方の分からない盗賊達のもので間違いなく、住処が殺害現場でここに運び入れたのだとすれば分かりやすい。

 「う……吐き気がとまらねえ……。頭のおかしい野郎が居るってことか……」
 「いや、そうじゃないよ。これだけキレイに『必要な分』と思われる部位をきちんと瓶詰にしているんだ、頭がおかしい人間ならこんなことはしないと思う。入口に魔法で結界を張っていたし注意深く成し遂げることができる賢い人間だよきっと」
 「う、確かにそう言われたら冷静なヤツの気もするが……」
 「というか結界だと……?」
 「ええ、もともと血の臭いにつられてこの場所にきたんですけど近づいたその時に僕が壊しました」
 「マジか……」

 町から遠くない場所でこんなことがあったということに、どうやら『ショックを受けている』という状態になっているみたいだ。
 とりあえず少し調査をしたところ、ここ以外に人が入れるような場所が無いので撤退することになった。
 ここの主が戻ってくるのを待つという手段で真相を暴こうというのだ。

 それにしても――

 「……じいちゃんの実験室だった地下室に似ている気がする。ウチは血生臭い感じじゃなかったけど、なんだか胸のあたりがざわざわする」
 「おい、ディンなにやっているんだ? 行くぞ」
 「あ、はい」

 ――なにかが頭にひっかかる。

 これがじいちゃんの言う『嫌な予感』というやつなんだろうか? もう少し調べてみたいけど、今のところはみんなについて行った方がいいだろうと来た道を引き返す。
 外に出て新鮮な空気を吸った冒険者達はこの洞窟から距離を取り、だけど囲むような陣取りをして再度野営の準備に取り掛かる。
 このまま洞窟の主が戻ってくれば捕縛することができると思う。

 ……ただ、もし僕がその主だったら慎重に事を運ぶので少しでも違和感があればここにはしばらく戻らない。そして冒険者達がひとつ、考えから抜け落ちていると感じたことを髭の男へ進言することにした。

 「すみません、ここで待ち構えるとして僕達だけで勝てると思いますか? 盗賊が何人いたか分からないけどあそこにあった人間の部位の数を考えると相当殺したんじゃないかな?」
 「相手が何人かも分からねえから返り討ちになる可能性もあるとディンは言いたいわけか。こっちは手練れもいるが……」
 「はい。それでもです。プリメラに帰ってこいと言われているから死ぬのはちょっと」
 
 僕がそういうと髭の男は目を大きく見開いた後しばらく沈黙し、笑いながら肩を竦めて口を開く。

 「ふわっはっは! 女にそう言われたら帰らねえといかんわなそりゃ! ……お前の言うことも一理ある。考えてみるか」

 髭の男は代表を何人か集めて話し合いをした結果、数人が町へ戻り追加の冒険者を連れてくることに決定し、その間は洞窟の主が戻ってくるのを待機する形に。見つかった場合は戦闘をするけど、人間が増えるまでこちらから手を出さない。

 「ディンは戻らなくていいのか?」
 「はい。あの洞窟の主を見てみたいと思って」
 「変な奴だなお前……」

 と、言っておいたけど実際はあそこで何をやっていたのかが気になっていた。もしかして僕と同じような存在を作ろうとしていたとかそういう雰囲気があったからだ。
 なので話を聞いてみたい、そう思っていた。

 そして夕食を終えて灯りもつけずに森の中で待ち続ける僕達。
 時間も過ぎ去り、深夜一時を回っていて交代で睡眠を取ろうかという話が持ち上がり始めた。

 それはいいんだけど……

 「……町から戻ってこないな」
 「ここからだと往復で三時間はかかるから仕方ねえ。そろそろ戻ってくるだろ」
 「だといいけど」

 僕は足音を消して町が見下ろせる場所へ行くと――

 「ん? やけに明るい気がするけど、町ってあんなに――」
 
 そう呟いた瞬間、町の方から轟音が響き、森で寝ていたであろう鳥が飛んでいく。静かとはいえこの距離で聞こえるとは相当なものだ。

 「ん……」

 胸がざわつく……これはまずいことになっているんじゃないか?

 (気を付けてね)

 そうだ、町が危ないならプリメラも危険な目に合っているかもしれない。そこへ髭の男が音を聞きつけてこちらへ来る。

 「プリメラ……!」
 「ディン、今の音は!?」
 「髭のおじさん、もしかしたら僕達の選択は間違っていたかもしれない。僕は今から急いで戻ります」
 「あ、おい!? くそ、どうする――」

 髭の男が言い終わるより早く、僕は浮遊泳レビテーションで町へ向かって一気に飛んでいく――
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

妹に邪魔される人生は終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
公爵家の長女として生まれた私、エリナ・モドゥルスは、二卵性双生児の妹、エイナとは仲良くやってきたつもりだった。 無愛想な私と天使の様に可愛いと言われるエイナ。 周りからは悪魔と天使の様だと言われていたけれど、大して気にもとめていなかった。 私の婚約者である第一王子、クズーズ殿下との結婚を控えたある日、王家主催の夜会の休憩所で、エイナと殿下が愛を語らい、エイナが私にいじめられていると嘘を話しているのを聞いてしまう。 父に報告しようとパーティ会場に戻ろうとしたところ、エイナの専属メイドにより、私は階段から落とされる。 意識を失う寸前に視界に入ったのは、妹のエイナが、ほくそ笑む姿だった。 運良く助かった私は、記憶喪失のふりをして、身の安全を確保しつつエイナの本性を暴くと決めた。 婚約者は婚約者で、見舞いに来たくせに、エイナの話ばかり。 そんな婚約者なんていらない。 それなら妹がいらないと言っている冴えない第二王子殿下と婚約するわ! ※2024年1月下旬に書籍化が決まりました。 ※現在はifバージョンを更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

思い込み、勘違いも、程々に。

恋愛
※一部タイトルを変えました。 伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。 現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。 自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。 ――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……

帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪
ファンタジー
 生活を豊かにする発明を促すのはいつも戦争だ――    そう口にしたのは誰だったか?  その言葉通り『煉獄の祝祭』と呼ばれた戦争から百年、荒廃した世界は徐々に元の姿を取り戻していた。魔法は科学と融合し、”魔科学”という新たな分野を生み出し、鉄の船舶や飛行船、冷蔵庫やコンロといった生活に便利なものが次々と開発されていく。しかし、歴史は繰り返すのか、武器も同じくして発展していくのである。  そんな『騎士』と呼ばれる兵が廃れつつある世界に存在する”ゲラート帝国”には『軍隊』がある。  いつか再びやってくるであろう戦争に備えている。という、外国に対して直接的な威光を見せる意味合いの他に、もう一つ任務を与えられている。  それは『遺物の回収と遺跡調査』  世界各地にはいつからあるのかわからない遺跡や遺物があり、発見されると軍を向かわせて『遺跡』や『遺物』を『保護』するのだ。  遺跡には理解不能な文字があり、人々の間には大昔に天空に移り住んだ人が作ったという声や、地底人が作ったなどの噂がまことしやかに流れている。  ――そして、また一つ、不可解な遺跡が発見され、ゲラート帝国から軍が派遣されるところから物語は始まる。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

処理中です...