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旅の始まり
人間の末路はひとつ
しおりを挟む血生臭い洞窟へと足を踏み入れると中は完全に暗く、視界を遮っていて松明の灯りだけでは心許ないので僕は魔法で周囲を照らす。
「おお、助かるぜ坊主。光魔法とはまた珍しいな」
「魔法使いですからこれくらいは。行きましょうか」
「あ、おい慎重にな! ったく、ルーキーってのは怖いもの知らずだよな、いつもでもよ」
「まあCランクの魔法使いならアリなんじゃねえの?」
「馬鹿野郎、増長して死んじまったヤツなんてゴロゴロいるだろうが。入口を見張る奴と分けてついてこい。中の通路は狭いから大人数は無理だがなと伝えろ」
後ろで僕を心配する声が聞こえてくるけど、こういうのは夜の山で狩りをしていたから平気だし、本気を出せば盗賊程度なら相手にならないんだけどね。
さて、この血の臭いと得体の知れない洞窟。
人間は今、『恐怖』というものを感じているのだろうか? 僕は死にかけたこともあるし魔物に襲われたこともあるけど、じいちゃんは『お前は怖がらないのだな』となんとも言えない顔で頭を撫でられたことがある。
そんなことを思い出しながら先頭を進む僕に、慌てた様子で髭の男が追いかけてきて僕と体を入れ替えて前に立つ。
「ほら、お前は後ろだ。危なくなったら魔法で援護してくれよ」
「僕も戦えますよ?」
「いいんだよ、新人に前を任せられねえだろうが。そんな格好悪い真似できるか」
「そういうものなんだ?」
「まあな。さて、結構深いなこりゃ――」
そういうものらしい。
会話は途中で終了しさらに洞窟の奥へ。盗賊の住処とも思ったけど扉や別の部屋が無いため違うようだけど結界があったことを考えると人間の手による『なにかが』あると僕は考えている。
足を踏み入れてから少しずつ下っているような通路は進むたびに血の臭いが濃くなっていくのを感じ、人間達も口数が減っていく。それはこの先にあるものを想像しているからか。
そして二、三十分程度進んだころ、少しだけ広い場所へと出るとそこには――
「これは……!? うぇええええええ……」
「おい、どうし……うお……!?」
「な、んだ……ここは!? どういうんだこれは……!!」
到着した人間が入れるほどの大きさがあるその空間には大量の血で濡れていた。
それだけなら盗賊のアジトと変わらないだろうけど、ここにはそれ以外の『人間だったもの』の残骸で溢れている。
骨、内臓、髪の毛、目玉……血まみれの解体場らしき惨状とは裏腹に、なにかの液体に浸かった部位が岩肌を削って作られた棚にキレイに並べられている。
その中でまだ『頭』として形が残っているのがあり、それを見て僕は思い出す。
「この人間は……」
「知っているのか?」
「ええ、試験の時に僕達を襲ってきた盗賊の一人です。ガーンズさんに追われて逃走したのを見たなと」
「マジか……てえことはこの目ん玉や内臓は……」
汗をかきながらその場に居た全員が喉を鳴らす。
恐らく、行方の分からない盗賊達のもので間違いなく、住処が殺害現場でここに運び入れたのだとすれば分かりやすい。
「う……吐き気がとまらねえ……。頭のおかしい野郎が居るってことか……」
「いや、そうじゃないよ。これだけキレイに『必要な分』と思われる部位をきちんと瓶詰にしているんだ、頭がおかしい人間ならこんなことはしないと思う。入口に魔法で結界を張っていたし注意深く成し遂げることができる賢い人間だよきっと」
「う、確かにそう言われたら冷静なヤツの気もするが……」
「というか結界だと……?」
「ええ、もともと血の臭いにつられてこの場所にきたんですけど近づいたその時に僕が壊しました」
「マジか……」
町から遠くない場所でこんなことがあったということに、どうやら『ショックを受けている』という状態になっているみたいだ。
とりあえず少し調査をしたところ、ここ以外に人が入れるような場所が無いので撤退することになった。
ここの主が戻ってくるのを待つという手段で真相を暴こうというのだ。
それにしても――
「……じいちゃんの実験室だった地下室に似ている気がする。ウチは血生臭い感じじゃなかったけど、なんだか胸のあたりがざわざわする」
「おい、ディンなにやっているんだ? 行くぞ」
「あ、はい」
――なにかが頭にひっかかる。
これがじいちゃんの言う『嫌な予感』というやつなんだろうか? もう少し調べてみたいけど、今のところはみんなについて行った方がいいだろうと来た道を引き返す。
外に出て新鮮な空気を吸った冒険者達はこの洞窟から距離を取り、だけど囲むような陣取りをして再度野営の準備に取り掛かる。
このまま洞窟の主が戻ってくれば捕縛することができると思う。
……ただ、もし僕がその主だったら慎重に事を運ぶので少しでも違和感があればここにはしばらく戻らない。そして冒険者達がひとつ、考えから抜け落ちていると感じたことを髭の男へ進言することにした。
「すみません、ここで待ち構えるとして僕達だけで勝てると思いますか? 盗賊が何人いたか分からないけどあそこにあった人間の部位の数を考えると相当殺したんじゃないかな?」
「相手が何人かも分からねえから返り討ちになる可能性もあるとディンは言いたいわけか。こっちは手練れもいるが……」
「はい。それでもです。プリメラに帰ってこいと言われているから死ぬのはちょっと」
僕がそういうと髭の男は目を大きく見開いた後しばらく沈黙し、笑いながら肩を竦めて口を開く。
「ふわっはっは! 女にそう言われたら帰らねえといかんわなそりゃ! ……お前の言うことも一理ある。考えてみるか」
髭の男は代表を何人か集めて話し合いをした結果、数人が町へ戻り追加の冒険者を連れてくることに決定し、その間は洞窟の主が戻ってくるのを待機する形に。見つかった場合は戦闘をするけど、人間が増えるまでこちらから手を出さない。
「ディンは戻らなくていいのか?」
「はい。あの洞窟の主を見てみたいと思って」
「変な奴だなお前……」
と、言っておいたけど実際はあそこで何をやっていたのかが気になっていた。もしかして僕と同じような存在を作ろうとしていたとかそういう雰囲気があったからだ。
なので話を聞いてみたい、そう思っていた。
そして夕食を終えて灯りもつけずに森の中で待ち続ける僕達。
時間も過ぎ去り、深夜一時を回っていて交代で睡眠を取ろうかという話が持ち上がり始めた。
それはいいんだけど……
「……町から戻ってこないな」
「ここからだと往復で三時間はかかるから仕方ねえ。そろそろ戻ってくるだろ」
「だといいけど」
僕は足音を消して町が見下ろせる場所へ行くと――
「ん? やけに明るい気がするけど、町ってあんなに――」
そう呟いた瞬間、町の方から轟音が響き、森で寝ていたであろう鳥が飛んでいく。静かとはいえこの距離で聞こえるとは相当なものだ。
「ん……」
胸がざわつく……これはまずいことになっているんじゃないか?
(気を付けてね)
そうだ、町が危ないならプリメラも危険な目に合っているかもしれない。そこへ髭の男が音を聞きつけてこちらへ来る。
「プリメラ……!」
「ディン、今の音は!?」
「髭のおじさん、もしかしたら僕達の選択は間違っていたかもしれない。僕は今から急いで戻ります」
「あ、おい!? くそ、どうする――」
髭の男が言い終わるより早く、僕は浮遊泳で町へ向かって一気に飛んでいく――
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