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人間嫌いの賢者

ディンとある日の夜

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 「<炎弾ファイヤーボール>! おじいちゃん、どう?」
 「……修行中はお師匠様と呼べと言っているだろう」
 「あ、そうだった! お師匠様、どうですか?」
 
 黒こげになった猪の魔物を指さして威力のほどを尋ねるディン。
 それを聞いたマクダイルは猪に近づいてしゃがみ込んで口を開く。

 「……威力は申し分ない。だが少しやりすぎだな、ここまで焦がしてしまうと素材にもならないし肉も食べられないぞ」
 「あ、そっか!」
 「まあ、少しずつ覚えればいいだろう。それでは戻るか……ごほっ……」
 「おじいちゃん、大丈夫?」
 「師匠と呼ばんか。……問題ない、寒いからかもしれないな。戻るか」

 ――ディンを創り出して十三年が経った。
 
 少し成長が早いディンは人間換算で十歳になるころにはすでに見た目は十四、五歳くらいになっていた。
 それからマクダイルは魔法を教え始め、今のように魔物を相手取り訓練を行っていた。

 マクダイルはすでに八十二歳。
 すでに力仕事はディンに任せっきりになり、交代で料理や洗濯をする間に町へ薬を売る生活を続けていた。
 しかし彼はそろそろ体がもたないことを少しずつ感じており、死期も近いかと考えるようになっている。

 「あんまり無理しないで欲しいよ」
 「そういうな、お前だって魔法を覚えるのは楽しいのだろう?」
 「うん。でも今みたいに調子が悪そうな時はゆっくりしようよ。町だって僕が行ってもいい――」
 「それはダメだ……!」
 「わ!? びっくりした……おじいちゃん、僕もそろそろ町に行ってみたいよ」

 ディンが町へ、という言葉を聞いたマクダイルは激昂する。
 大きくなるにつれて興味を持ち始めることは分かっていたが、彼はディンを町に行かせるつもりは無かった。
 むしろこの山奥で活動の終焉までずっと暮らしてもらいたいとも。

 「……お前は人間ではないからな、町へ行っても嫌な思いをするだけだ」
 「そうなの?」
 「そうだ。ここで暮らしていくために魔法と狩りを教えているのだからな。もしワシが居なくなっても山から出る必要が無いように。もしお前が人でないことを知られたら捕まって酷い目に合うかもしれない。……いや、きっとそうなる」
 「人間って怖いんだね」

 ディンはマクダイルの手を取って短く呟くとそのまま二人とも無言で山小屋まで帰宅。だが、自分が死んでからはどうなるのか? 成長はどこまでするのか? 外に出ないという保証は? 考えることはいくらでもあるなと頭を振る。

 
 「よっと」

 薪を作り、陽が暮れると町で買ってきたヤギのミルクで作ったシチューと固いパン、そして干し肉を並べて夕食につく。

 「おじいちゃんはどうしてそんなに人間が嫌いなの?」
 「む。……それは、お前がもう少し大きくなれば話すつもりだ」
 「えー、今でもいいと思うんだけど。ほら、僕も結構できるようになったでしょ」

 実際ディンは魔法に語学、算術といったマクダイルの持つ知識は概ね習得している。高レベルの魔法もあと少しで習得するであろうという天才的な力を持っていた。

 だが――

 「すまんな……今はまだ話すことはできん」
 「そっか。でもいつか聞きたいな。後、町に行きたい」
 「それはダメだ」
 「うーん」

 頑なに町へ行くことを拒否するマクダイルに表情は変えずに不満気な声を漏らすディン。

 知識をつけるということはまだ見ぬ『世界』を見ているのと同義なので魔法人形とはいえ『自我』があるということは好奇心に繋がる。
 しかしマクダイルはディンを人間の目に晒すわけにはと頑なに拒んでいた。

 そんなある日のこと――

 「――ない!」

 「……なんだ?」
 「ふあ……物凄い音……」

 深夜、山小屋の扉を叩く音で目を覚ます二人。
 強盗であればこんなに激しく扉を叩くとは思えないとマクダイルは扉の向こうに声をかけた。

 「こんな夜更けに尋ねて来るとはどういうつもりか?」
 「す、すまない! 仲間がケガをしたんだ、少し休ませてくれないだろうか? その間に町へ行って薬を買いに行きたい」
 「お願いします……!!」
 「おじいちゃん、どうするの?」
 「ディンは奥へ行くのだ」
 「あ、うん」

 何人かの声が聞こえるため複数のパーティかとマクダイルは考え、このままにしておくのも寝覚めが悪いかとディンを遠ざけた後、扉を開けた。

 「……入り口付近だけなら貸してやる」
 「あ、ありがとうございます! ほらナナ、横になれ」
 「う……うう……」
 「酷い傷だな、こんな夜中になにをしていた?」

 マクダイルが敷物を投げつけながらリーダーだと思われる男に尋ねる。
 よく見ればいつか広場で見た冒険者達だった。すると隣に居た女性が口を開く。

 「……夜間にしか出ないという魔物を討伐して欲しいという依頼を受けていたんですけど野営中に野盗に襲われてしまったんです。抵抗しましたが数が多く、逃げるのが精一杯でした」
 「そうか」
 「はい……」
 「あ、そうだハイポーションを買いに行かなないと! みんなはここで待っていてくれ」
 「で、でも危ないわ! あいつらがまだウロウロしているかもしれない……」

 そんな四人を尻目にマクダイルは奥に引っ込む。
 装備の状態を見るに新米、というわけではなさそうだが真面目そうな連中だと口をへの字にして考えていた。

 「……使え、今から町へ戻るのは死にに行くようなものだ」
 「これは……あ、ありがとうございます! お金――」
 「早く使ってやれ」
 「あ、はい!」

 リーダー格の男がすぐにハイポーションを使うと傷口が瞬時に塞がり呼吸が整っていく。

 「良かった……」
 「いや、まだだ……」
 「え?」
 「野盗だと言ったな? そいつらが簡単に諦めると思うか? ……囲まれているぞ」
 「……!? この殺気――」

 冒険者達が冷や汗をかいて扉の方へ目を向ける。
 面倒なことになったとマクダイルは馴染んだ杖を手にした。
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