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3巻

3-2

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「あそこは規模は大きくないんすが、歴史はあるんすよ……それに、色々と特殊なところでもあるんすよね。何でもギルドの設立にも関係してるって話みたいっす。だから礼儀として、Aランクの冒険者を同席させといた方がいい、ってことらしいっすね」
「へえ……ギルドの設立に?」
なかば噂話っすけどね。まあ気になるようなら調べてみるといいと思うっす。あちしから教えることは多分ないっすから」
「なんで?」
「ロイさんに教える『常識』には入らない、特殊な話っすから。あそこと関わるようなことでもあったら話は別っすが、多分ないっすしね。何といっても、基本自分達の拠点から出てこないやつらっすから」
「そうなの? でも今回はそういう人達がわざわざ訪ねてくるんだよね……?」
「つまりはそれだけの用件があるってことだと思うっす。そしてあちしはそこに同席するってわけっすよ。まったく……本当に面倒事ばかり回ってくるっすね……」
「それは……ご愁傷様しゅうしょうさま、と言うしかないかな」

 本気で嫌そうな表情を浮かべるフルールに、ロイは苦笑しながらそう返す。
 自分が代われる内容でもあるまいし、ここはフルールに頑張ってもらうしかないだろう。

「さて、そういうことなら、さっさと帰ろうか。遅くなったら向こうに失礼だしね」
「そうっすね。一応余裕は持ってるつもりっすが、向こうが早めに来たら分からないっすから」

 それは確かにありえる話であった。
 そもそもの話、ロイはフルールの世話になっている身だ。
 彼女がどう考えようと、その意向に異を唱えるつもりはなかった。
 そうしてロイ達は魔の大森林を後にすると、そのまま辺境の街に戻る。
 しかし、ロイはギルドに着くや否や、

「――ねえ。あんたでしょ、勇者ってのは?」

 と、冒険者ギルドにいた一人の少女に尋ねられるのであった。




 ◆◆◆


 ギルドの雰囲気がいつもと違うことにロイが気付いたのは、到着した直後のことであった。
 騒がしいだけならいつものことだが、普段と異なり、戸惑いの空気が漂っているように感じたのだ。そしてすぐに、ロイはその感覚が間違いではなかったと理解する。
 冒険者達の戸惑いの原因となっているだろうものを、見つけたからである。
 それは、見覚えのない一人の少女であった。
 少し吊り目がちで、その顔立ちは非常に整っている。
 だが、冒険者達が戸惑っている理由は、その美しさではあるまい。
 さすがにその程度で動揺するほど彼らは純真ではないし、何よりも彼女には、それ以上に目を引く要因があったからだ。
 金色に輝く髪と瞳。
 それらはロイが今まで生きてきた中で、一度も見たことがないぐらいには珍しいものであった。
 この場には様々な色の髪や瞳を持つ者がいるが、一人として金の色彩を持つ者はいない。
 付け加えて言うならば、その顔にはもう一つ周囲の目を惹く特徴があり……と、そんなことを考えながら、ロイが少女のことを眺めていた時のことであった。
 不意に少女が彼の方へ視線を向けたかと思えば、そのまま近寄ってきて、いきなり尋ねてきたのだ。
 ――お前が勇者なのだろう、と。
 それはあまりにも唐突な問いであった。
 ちょっとぶしつけに見すぎていた自覚はあったため、文句を言われるのだとばかり思っていたのだが……
 そんな突飛な質問を受けたからだろうか。

「――いえ、違いますけど?」

 ロイは反射的に否定してしまう。

「……え?」

 明らかに確信を持って問いかけていただけに、少女は困惑していた。
 少女の浮かべる表情が、徐々に戸惑いから焦りへと変化していく。

「え、嘘……本当に……? 違う、の……? え、えっと、その……ご、ごめんなさい……!」

 そう言って謝ると、少女は素早くその場から離れて行った。
 間違えたのが余程恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になっているのが後ろ姿からも見て取れる。
 そのまま受付の方へと向かっていく少女の姿を何となく眺めていると、横から視線を感じた。
 目を向けてみると、フルールがジト目で彼を見ている。

「うん? どうかした?」
「いや……何で今嘘吐いたんすか?」
「いや、別に嘘吐こうと思ったわけじゃないんだけどね……ただ、唐突だったから、思わず、っていうか……?」

 今までずっと自分を大したことないと思っていて、自身が勇者という認識を持っていなかったせいだろうか。
 つい咄嗟とっさに否定してしまったのだ。
 それに――

「あとは、彼女の見た目に驚いて、質問をちゃんと聞けてなかったってのもあったかもしれないけど。初めて見たんだけど――あの人って、エルフだよね?」

 言いながら視線を少女へと戻せば、未だに赤い――その特徴的な尖った耳がよく見える。
 それに何よりも、少女の持つ金の髪に金の瞳。
 その二つは、エルフのみが持つことを許されたものであった。

「まあそうっすね。というか、あちしも見るのは初めてなんすけど」
「あれ、そうなの? 色々な国や街に行ったことがあるって前に言ってなかったっけ?」
「冒険者ってのは基本的にあちこち飛び回ってるっすからね。でも以前にも話したと思うんすけど、エルフは基本自分達の森から出てこないっすから。こうして目にするのは大分まれなんすよ」
「そうなんだ……」

 これも、フルールから学んだ内容ではあるが、国について教わった際、ついでとばかりにそこに住む人達――『人種』――の説明も受けたことがあった。
 たとえば、北の方にはエルフの住む森があるとか、その周辺は獣人達も多く暮らしているとか、この周辺にはロイやフルールと同じ『人類種』しかいないとか、そういう内容である。
 さすがに色々な人種がこの世界に住んでいること自体は知っていたが、詳しく聞いたことはなく、会ったこともなかったため、実物のエルフを目にして、ロイはかなりの驚きを感じたのである。
 そんなことを考えていると、何やら受付の方で、先ほどの少女が、どういうことよ⁉ と叫んでいた。ふと隣から溜息を吐く音が聞こえる。
 横を見れば、フルールの顔には、名状めいじょうしがたい表情が浮かんでいる。
 それを敢えて言葉にするならば……疲労と諦観ていかんを混ぜ合わせたようなもの、といったところだろうか。

「どうしたの? 何とも言えないような顔になっちゃってるけど……」
「いやー……ちょっと気付かなくていいことに気付いちゃったというかっすね。エルフは基本、自分達の森から出てこないって言ったじゃないっすか?」
「うん。自分達が生まれ育った環境で暮らしていくことに満足してるから、だったっけ?」
「エルフは数千年を生きる長命種っすから、あちし達に比べてあまり変化を求めようとしない、ってのもあるらしいっすけどね。でもそんなわけで、エルフが森から出てくるとすぐ話題になるんすよ」
「珍しさから?」
「それもあるっすが、エルフは魔力が豊富で魔法が得意でもあるっすからね。あちし達とは少し常識が違うところもあるせいで、色々な意味で噂になりやすいんす」

 どこかで似たような話を聞いたことがある気もしたが、話の先を促す。
 森から出てきたエルフが噂になりやすい、ということは、フルールは彼女が何者であるのかに気付いた、ということだろうか。
 フルールはAランクの冒険者である。
 おそらくは、ロイの想像以上に様々な経験を積んでいるはずだ。
 そのフルールがこんなに疲れた表情を浮かべるほど、あの少女は厄介な存在なのだろうか。
 一体何者だというのか。
 そんなロイの思考を読んだかのように、フルールは話を続ける。

「それで、っすね。実は、最近聖神教にエルフが加わったって話を聞いたのを、ふと思い出したんすよ」
「聖神教に? ああ……ということは、もしかしてあの人がお客様ってこと?」
「……それだけなら、よかったんすがね」

 そこで一度言葉を区切ると、フルールは大きな溜息を洩らした。
 そして、出来れば口にしたくないと言わんばかりの表情で続ける

「そのエルフは、聖神教の信者からはこんな風に呼ばれてるらしいっす――聖女様せいじょさま、と」

 聖女、という言葉はロイにとって聞き慣れないものであった。
 フルールから教わったことの中にも存在してはおらず……だが、それが歓迎すべき存在でないことぐらいは、フルールの様子を見れば分かる。
 そして聖神教の関係者というのであれば、今回フルールが呼び出されたことと無関係ではあるまい。

「……まあ、うん。本当にご愁傷様、ってところかな」

 生憎と、ロイにはそれ以外に言えることはなかった。
 フルールもそれは分かっているのか、疲れたような顔で苦笑を浮かべる。

「ま、面倒事が待ってるんだろうってのは分かってたっすから……今更って言えば今更っすけど」
「それはそうなんだろうけどね。ところで、厄介そうな相手だってのは分かったんだけど、具体的にはどういう感じなの? その聖女様っていうのは」
「んー、あちしもそこまで詳しいわけじゃないんすが……確か、聖神教の教えを体現してる人のこと、とかだったはずっすね。立場に関して言えば、まあ言葉通りって感じっす」
「なるほど……」

 聖神教の教えがどういうものなのか分からないので、それに関しては何とも言えないところだが、少なくとも立場が低いということはなさそうだ。

「そんな人が来るなんて、本当にどんな用件なんだろうね?」
「どうなんすかねえ……っていうか、随分他人事じゃないっすか」
「いや、実際他人事だしね」
「いやあ、分からないっすよ? だってあの人、ロイさんに声かけてきたじゃないっすか。ということは、ロイさんも関わる可能性は十分あると思うっす」
「まあ確かに何のために訪ねてきたのか分かってないから、可能性がないとは言い切れないけどさ……」

 と、そんなことを話していた時のことであった。
 くだんの少女が戻って来たのだ。
 その目は先ほどよりも吊り上がっており、怒っているのが一目で分かる。

「ちょっと、やっぱりあんたが勇者で合ってるんじゃないのよ……!」

 その言葉を聞き、少女がやってきた方向に目を向ける。
 そこには見慣れた顔の受付嬢の姿があった。
 ロイを見て肩をすくめているあたり、どうやら彼女が教えたようである。
 少女はお客様なのだし、ギルドのスタッフが嘘を吐くわけにはいくまい。
 そもそも誰が悪いのかと言えば、咄嗟のこととはいえ、嘘を吐いてしまったロイである。
 責められる理由はあっても、責める理由はない。
 それよりも、目の前の少女に何と言い訳をしたものか。
 そう思っていると、フルールが助け舟を出してくれた。

「ちょっと横から口出すことになるっすが、実はその人、最近まで自分が勇者だって自覚がなかったらしいんすよね。それで、さっきは咄嗟に否定しちゃったみたいっす」
「ええ、実はそうなんですよね……すみませんでした」

 さすがはフルール、こういう時のフォローもばっちりだと思いながら、ロイは便乗びんじょうする形で頭を下げる。
 本人は自分をことあるごとに下っ端だと言っているが、こういうことがさり気なく出来るあたり、やはり優秀なのだ。
 もっとも、それで相手が納得してくれるかは話が別であるが。
 ここまでのやり取りを聞くだけでも、気の強そうな人物だというのは分かるし、あと何度か頭を下げる必要があるかもしれない。
 そう思った直後のことであった。
 こちらの言い分を聞くと、意外にも少女はに落ちたような顔を見せたのだ。

「ああ、そうだったの? なら仕方ないかしらね……」
「……今の説明で納得するんすか?」
「周囲は自分のことを特別だって思ってるけど、自分はそう思ってない。分からなくはないわ。勇者って名前が世間に広まったのは一年以上前のことだけど、最近自覚したってことは、しばらくは自分が勇者だなんて思いもしていなかったってことでしょ? なら、そういうことになっても不思議じゃないって思うもの」

 そう言って肩をすくめた少女を見て、ロイは、もしかしたら彼女も似たような経験があるのかもしれないと考える。
 実感のこもった言葉のように聞こえたからだ。
 そして、少女が本当に聖女と呼ばれているというのならば、もしかしたら、その実感はそこに関係していることなのかもしれない。
 とはいえ、敢えて詳しく尋ねる気は起こらなかった。
 それはどう考えても、自分から厄介事に首を突っ込むのと同義だからだ。
 だから、次にロイが口にしたのは別の言葉であった。

「納得してくれたのならありがたいんですが……それで、僕に何か用があった、ということでいいんでしょうか?」
「用というよりは……どちらかと言えば、単に一度会ってみたかった、ってだけのことよ? 勇者がここにいるっていうのなら、そう思うのは当然でしょ? ――少なくとも、今はそれだけよ」

 最後にどことなく意味深な言葉を告げながら、少女は再度肩をすくめる。
 そしてそのやり取りで満足したのか、そのままさっさとどこかへ去って行ってしまった。
 どういう意味なのか気にはなったものの、さすがに追いかけるわけにはいくまい。
 そしてフルールもフルールで、ギルドに来たのはお客様であるあの少女達を迎えるためである。
 どことなく疲れたような、何かを諦めたような表情を浮かべながら、少女に合わせるように去っていった。
 一人残されたロイは、何となくその場を見渡す。
 見慣れぬ少女が姿を消したことで、冒険者達もいつもの様子を取り戻しつつあるようだ。
 そんな光景を眺めながら、それにしても、と思う。
 この街にやってくる冒険者達は、基本的に腕利きの冒険者ばかりだということを、既にロイは理解している。
 つまりは、それぞれが相応の経験をしているということで、だがそんな彼らにとっても、エルフの姿を見かけるというのは相当に珍しいことであったらしい。
 先ほどの戸惑いが、その証拠だ。
 そして、そんな人物がわざわざここにやってきた。
 しかも、外に足を運ぶのは珍しいと言われている聖神教の関係者として。
 となれば、果たしてどんな理由で来たのか気になるところではあるのだが――

「……ま、僕が気にすることではない、か」

 それに関して考えるのは、ギルドの、そしてフルールの役目だ。
 頭を軽く振って、考えていたことを追いやると、自分のやるべきことを果たすため、受付に向けて足を動かした。
 そもそもロイが今回ギルドにやってきたのは、フルールの付き添いなどではない。
 魔の大森林で倒した魔物を換金するためであった。無駄に手元に残しておくより、換金した方が都合がいいと考えたのである。
 ここひと月の間で、すっかり見慣れた受付嬢の下へと辿り着き、まずは挨拶でもしようと思ったのとほぼ同時に、受付嬢が口を開く。

「や、さっきはすまなかったね」

 先ほどあのエルフの少女に、自分のことを教えたことだろう。
 別に気にしてもいないし、受付嬢からすれば尋ねられたことに答えただけで、問題はないと思うのだが……その律儀な態度に苦笑を浮かべる。

「いえ、そちらの立場からすれば仕方ない……というか、当たり前のことだと思いますから」
「そうかい? まあ実際のところ、確かにボクの立場からすれば、彼女に嘘を吐くわけにはいかなかったんだけど……キミのことを勝手に教えてしまった事実に違いはないわけだしね」
「特にそれで迷惑らしい迷惑をこうむったわけでもありませんから」

 そもそもあの少女からされたことといえば、多少話しかけられたぐらいだ。
 その程度のことを迷惑と感じるほど、ロイは狭量ではなかった。

「そう言ってくれると助かるんだけど……それだけだとボクの気が済まないかな」
「本当に気にしなくていいんですけどね。いつも世話になってますし」
「それがボクの職務だからね。それこそ当然のことで、それを理由に何かをチャラにするようなことがあったら、むしろその方が問題さ。とはいえ、お返しに出来ることも少ないからなぁ。じゃあ、詫び代わりというわけじゃないけど、今何か知りたいことがあったりしないかい?」
「知りたいこと、ですか?」
「困ってること、って言おうにも、キミが困るようなことをボクがどうにか出来るとも思えないし、あまり深く関わりすぎてしまうと、今度は職務規定の方に抵触しちゃうしね。その辺が落としどころかな、と。もちろん、何でも答えられるわけでもないけどね」

 本当に気にする必要はないのだが……冒険者ギルドの職員として、変に借りを作りたくない、ということなのかもしれない。
 受付嬢は冒険者に深入りしないよう、一定の線を引いていると聞く。
 それは特定の個人を贔屓ひいきしてしまわないためであり……冒険者の命が安いためでもある。
 送り出した冒険者が戻ってこなくとも構わないように、あらかじめ距離を置いておくのだ。
 そういうことならば、ここは遠慮せずに尋ねておいた方がよさそうである。
 幸いにも、ちょうどロイには気になっていることがあった。

「じゃあ……折角ですから、お言葉に甘えて」
「うん、ボクを助けると思って、是非そうして欲しい」
「えっと、さっきの人なんですが……聖神教の人、って聞きましたが、合ってますか?」
「うん? どうしてそれを……って、ああ、フルールちゃんから聞いたのかな? そうだね、その通りだけど……まさかそれが知りたいこと、ってわけじゃないよね?」
「まあ一応の確認ですね。それで、もう一つ聞きたいんですが……彼らは、本来あまり外に出ないって聞いたんですけど、それも合ってますか?」
「ふむ……どちらもその通り、だね。なるほど、キミが何を聞きたいのか大体分かったような気がするなぁ……それで? キミはそれらの情報を前提とした上で、何を聞きたいんだい?」
「彼女が……いえ、彼女達が、何をしにここに来たのか、ということです」

 そう、ロイが聞こうとしたこととは、先ほどのフルールとの話に関連することであった。
 まあ、ないと思いたいが、この街に来たということは、自分も何らかの形で巻き込まれないとも限らない。
 ならば、多少情報を入手しておいても損はあるまい。
 と、そう思った、のだが――

「んー……ま、いいかな。本当は部外者に話せない情報もあるんだけど、どうせキミは無関係じゃいられないだろうからね。キミ自身も薄々気付いているようだけど。むしろ後々のことを考えれば、キミも知っておいた方がいいだろうし、うん、これは確かに色々な意味でちょうどよかったかな?」
「え……?」

 何やら意味深な言葉を並べる受付嬢にロイは困惑するが、彼女は気に留めない。
 にっこりと笑みを浮かべると、そのまま話を続けた。

「――邪神。端的に言ってしまうならば、彼女達がここに来たのは、それが理由ってところかな」


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