30 / 30
エピローグ 元聖女は気楽に過ごしたい
しおりを挟む
早朝の冒険者ギルドを眺めながら、セーナは息を一つ吐き出した。
昨日と同じような状況の中にいるのは、昨日の別れ際、エルザ達とここで待ち合わせをすることになったからだ。
互いに確実に知っている場所となればここになることを考えれば、当然と言えば当然だろう。
一応昨日よりも少し早めに来てはいるが――
「まあ実際に早いのかどうかは、中に入ってみなければ分かりませんか」
呟くと意を決し、中に足を踏み入れた。
冒険者ギルドの中は昨日と同じように閑散とした光景が広がっていたが、昨日と違ってエルザ達はそこにいなかった。
だが先に来たのだろうかと思ったのも束の間、受付嬢に呼ばれたかと思ったら、セーナはそのまま受付側と酒場の間にある階段を昇り二階へ向かうことになっていた。
何でもそこにある一室が、今日はセーナとエルザ達に貸し出されているのだという。
冒険者ギルドが四階建てだということは知っていたが、二階以上に向かうにはランクの制限があり、最低でもDランクが必要だったはずだが……まあ、受付嬢からいいと言われたのだからいいのだろう。
エルザ達が今日の話のために取ったのだろうかと思ったが、黒髪の女性ですらEランクだという話だ。
どういうことなのだろうかと思うも、行ってみれば分かることかと思い直した。
二階の一番奥だと言われたのでその通りに向かうと、扉が僅かに開いていたので、ノックした後で中へと入る。
そこではエルザ達が揃っていた。
どうやら今回も一番最後だったようである。
「すみません、遅くなりました」
「別に十分早いでしょ。あたし達が早く来すぎただけよ」
「そう言っていただけますと助かるのですが……ところで、この部屋はどういうことなんです? 確か二階に上がるには本来Dランク以上になっている必要があったはずですよね?」
「ああ、それなんだけど、今回のおわび代わりなんだってさ。ギルドの不始末で余計な混乱を引き起こしたことの。全然おわびには足りてないと思うんだけどね」
「でもその分魔石の換金分が多めになったって聞いた」
「それはどっちかっていうと口止め料も入ってるんだろうけどね」
「口止め料、ですか? つまりは……今回の失態を言いふらさないように、と?」
ギルドにとって信頼というのは非常に重要なものだろう。
失態を犯してしまったのは事実だが、それを言いふらされるのは困るはずだ。
「それに加えて死神のことも、だね」
「ああ、あたし達もまだちらっとしか聞いてないんだけど、そこでも何か言われたの?」
「その話をする前に、とりあえず座ろうか? 立ったままってのもなんだしね」
「確かにそうですね」
セーナが来るのを待ってたのか、エルザ達も立ったままであった。
部屋の中央にあるソファーへと向かい、腰かける。
その瞬間に柔らかいということが分かる時点で、かなりいいものなようだ。
部屋の内装もそれなりに凝ったものであるし、さすがにDランク以上でしか入れない場所なだけはあるということか。
「で、死神がどうしたってのよ?」
「うん、死神の魔石を見せたら、死神を倒せたってことは信じてもらえたんだけどね。やっぱ他とは違ったものだったらしくて。その時の驚きっぷりったら凄くて見せたかったぐらいだよ。ま、当然の反応ではあるんだろうけど」
「目の前で見てた私達も信じられないぐらいだったから、当然」
「だね。で、ただ、死神を倒せたってことが知られちゃうとギルド側はまずいって考えなんだってさ」
「何でよ。前代未聞のことよ? 名誉なことだってのに黙ってろっての?」
「前代未聞過ぎて名誉過ぎるから、さ。特にボク達は無名の新人だからね。そんなのが死神を倒せたって知られたらどうなると思う? 自分達も、って思う冒険者が出てくるはずさ」
「簡単に想像出来る。その結果も」
「うん、冒険者ギルドとしては無駄に冒険者を減らしていいことなんかないからね。巻き込まれる形で余計な被害も出そうだし」
「……なるほど。確かにそれは納得するしかないわね。で、その代わりに、ってわけ?」
「死神の魔石の換金分もあるだろうけど、金貨千枚って言われたからね」
「それはまた……大奮発ですね」
前世の感覚で言えば、十億だ。
四人で分けたところで、今後一生働かなくても済みそうである。
まあ、セーナは働きたくないわけではなく気楽に生きたいだけなので、そこまで関係はないが。
それでもお金に余裕が出来たのは大きいことではある。
「死神の魔石が前代未聞だってことを考えても、確かにそれは大分多めになったわね。絶対言いふらすなってわけ、か」
「ちなみにさすがにそれだけの金貨を持ち歩くわけにはいかないから、ギルドに預けてあるよ。ああ、もちろん四等分でね」
「四等分、ですか? あの……それはわたしの取り分が多すぎる気がするのですが」
何せセーナはほとんど何もしなかったのだ。
十分の一でも多すぎるぐらいだろう。
そう思ったのだが、何故か三人から一斉に視線を向けられた。
ちなみに三人は向かい側のソファーに座っているので、そうされるとまるで面接でもされているような気分である。
「え、えっと……?」
「大過ぎって……いや、むしろボク達の台詞だよ、それ?」
「死神に倒したのあんたでしょ? 口止め料が含まれてるとは言っても大部分が死神関連なんだろうから、あんたは文句を言ってもいいぐらいよ?」
「むしろ言うべき」
「いえ、わたしは本当に大したことしていませんし……」
「死神に倒したことが大したことじゃなければなんだってことになるんだけど……ま、いいさ。ここは強制するところじゃないしね」
「えっと、それよりも、治癒士の話なのですが……」
話題を転換するためにそう口にすると、三人の雰囲気が僅かに変わった。
それまでのどことなく緩んだ雰囲気が、引き締まったのだ。
「……まあ、そもそも今日集まったのは、半分ぐらいはその話をするためだったしね」
「そうね。とりあえずは、治癒士ってのが現在ではどういうことになってるのか、ってことを話せばいいのかしら? とはいえ、あんま長々と話すべきじゃないだろうし、かいつまんで話すとなると……元々治癒士ってのは、雑用する人と同義だったのよ」
「治癒の力を持った人が百年前にいなくなったって言ったよね? その人達が元々治癒士って呼ばれてはいたんだけど、いなくなっちゃったからね。一応傷の進行を止める、ぐらいの効果を発揮出来る人ならまだ残ってたんだけど、それでも稀だったし。まあ稀とはいえ残ってるから、治癒士ってものをなくすわけにはいかなかったんだけど、あまりにも少数過ぎるし出来ることが限定過ぎるから、雑用もこなすようになったんだ。で、そうしてるうちに雑用を担当する人が治癒士って呼ばれてるようになった、ってわけだね」
「それも初耳。確かに何故治癒士って呼ぶのかは疑問だったけど」
「まあ知ってたからどうだって知識でもあるしね。で、まあそのまま十年ぐらい前まで続いてたんだけど、ある時その治癒士がBランクパーティーに所属することになったんだよね」
「雑用を主にする人、ということなのでしたら、別に不思議でもないのでは?」
基本的に四人から六人ぐらいを推奨されているパーティーではあるが、上のランクに上がるほど予備の人員であったり、雑用の者を入れたりすることがあるという話は聞いたことがある。
雑用がイコール治癒士と呼ばれていたのであれば、珍しくもないはずだ。
「いや、ところが治癒士は治癒士でも一線に立つパーティーの一員としてでね。まあというか、そもそも他から移籍したわけじゃなくて、所属するパーティーが全員一緒にBランクに上がった、ってだけのことだし、その人はそのパーティーのメンバーと初期の頃からずっと一緒に組んでたわけなんだけど」
「しかもその人は雑用っていうか、実際には前線に普通に出てたって話よ? 下手な戦士よりも強かったとか」
「むしろパーティーの中では素手なら一番強かったって話も聞いたことがある」
「ついでに言えば、その人は治癒士の中でも稀な方だった。要するに、傷の進行を止める力を使えたってことだね。だけどどうにもその辺が変な風に伝わって噂になっちゃったらしくてね」
「治癒の力が使えれば、Bランクパーティーに簡単に入れる、って噂になったのよ。で、それを鵜呑みにした馬鹿共が、治癒の力なんて使えないくせに使えるって詐称してBランクパーティーに取り入ろうとしたの」
「当然すぐばれるし、それ自体は一過性のものですぐ終わった。……問題は、その後」
「傷の進行を止めるどころか、傷を癒せるっていう治癒士が出てきたんだ。そしてその人物は実際に人前で傷を癒してみせた。まあ先に結論を言っちゃうと偽物だったんだけど」
「傷を癒された側とグルだった」
「ポーションとかハイポーションって、効果が出るまで時間がかかるでしょ? それを利用して、予め飲んだ後で傷を作って、ってことをやったらしいわよ?」
確かに、ポーションとかは効果が出るまでに時間がかかるという話は聞いたことがある。
だが。
「えっと……何のためにそんなことをしたんですか? 結局ばれますよね?」
「うん、ばれたよ。呆気なく。――その力を当てにしたパーティーが壊滅したことでね」
「ちなみにそいつだけは生き残ったんだけど、その時の言い分は、楽しそうだったから、らしいわよ?」
「当てにしてた力が偽物で、絶望しながら死んでいく様子を見るのが。当然すぐにギルドが処分した」
「だけど、そんなのが出たせいなのかどうなのか、似たようなことばっかり起こるようになってね。しかも徐々に手口が巧妙化してタチが悪くなってくし、そのせいで去年はBランク冒険者のパーティーが壊滅した」
「で、その全員が治癒士を名乗ってるのよ。明らかに意図的に。っていうか、もうそういうやつらしか治癒士を名乗らなくなってるし、名乗るやつらは分かってて名乗ってるってわけね」
「あの……そうして分かっているのに、騙されてしまう、ということですか?」
話を聞いていると、そういうことになる。
その言葉に、三人は揃って頷いた。
「だからこそ、手口が巧妙化してタチが悪くなってる、ってわけさ。冒険者と言えど……っていうか、上のランクになるほどに基本人がいい人ばっかになるからね。一見すると治癒士って名乗ってるだけだし、最後の瞬間まではまともなんだよ」
「だから、騙される。そして治癒士と名乗っているだけだから、ギルド側で対処のしようはない」
「治癒士って名乗るのを禁止すればいいだけなんでしょうけど、むしろそうして状況を限定的にすることでそこに誘い込んでるんでしょうね」
「何せその人物達が何を考えてそんなことをしてるのか分からないんだ。ただの愉快犯とも模倣犯とも言われてるけど、分かってるのは、最後に自分も含めて周囲を破滅させるということだけ」
「他に広がられても困るから、ギルドはそこで食い止めたい」
「まあことごとく失敗してるわけなんだけど……で、そんな時に現れたのがあんたってわけ」
「……なるほど。それは確かに……」
三人の態度があんな風になるというものだ。
「ところで、あんた確か冒険者の知り合いから冒険者に関しての話聞いたことあるって言ってたわよね? 今の話聞いたことなかったわけ? かなり有名な話よ?」
「んー……冒険者の知り合いというのは実は姉なのですが、ちょうど姉が引退したのが十年ぐらい前なんですよね」
「あー……なるほど。それは確かに知らなくても無理はないかな。引退しちゃったら冒険者の話を知る機会がなくなっても不思議じゃないし」
「ちょっとアレな話だから、敢えて話さなかった、って可能性も」
「まあ何にせよ、姉達から話を聞いていたということに慢心して情報を集めていなかったのが今回のことの原因でもあるんですよね……反省する必要がありそうです」
「それに関しては、まあそうね。冒険者なんて何をするにしても情報が重要なもんだし」
「ですね……あ、そういえば、そういう事情なのでしたら、ギルドに言って治癒士というクラスを変えた方がいいんでしょうか? そもそも変えられるのかという話ではあるんですが……」
「んー……まあ変えようと思えば変えられるだろうけど、わざわざする必要があるかっていうと疑問かな?」
「え、どうしてですか?」
今の話を聞いたらむしろそのままではまずいだろう。
だがそこで目の前の三人は顔を見合わせると、何故かにっこりと笑みを浮かべた。
「え、っと……?」
「クラスっていうのは、別に開示しなくちゃならないもんじゃないからね。まあパーティーを組もうとするなら開示した方が色々と便利だけど……逆に言えば新しくパーティーを組もうとしなくちゃ必要ないものだし」
「でもほら、ここにちょうどパーティーメンバーを募集中のパーティーがあるわよ?」
「事情も把握済み」
「それは……その……」
それは考えなかったわけではないし、むしろ今も考えているとは言える。
セーナがどこかのパーティーに入るとなると、必然的に治癒の力のことを知らせなければならないだろう。
黙っているなど心苦しい上に単純に嫌だし、だがそうなると相手がどう出るか分からない。
何せ伝説の力らしいのだ。
そのせいでもしかしたら前世の頃のようになってしまうことがあったら、何のために冒険者になろうとしたのかということになってしまう。
これまで接してきたことから、彼女達ならばおそらくそういう心配はいらないのだろうな、というのは分かるのだが――
「何よ、なにか気に入らないことでもあるってわけ? 自慢じゃないけど、あたし達結構お買い得だと思うわよ? 上のランクにもすぐにいくつもりだし」
「いえ、どちらかと言いますと、ですから問題といいますか……」
「どういうこと? 上のランクにはなりたくない?」
「そういうことではないんですが……実はわたしが冒険者になったのって、気楽な生活を送りたいからなんですよね。ですから、目指しているのはDランクあたりで、ですが皆さんが目指しているのはそのさらに先ですよね?」
「へえ……分かるんだ? その辺のこと言ってないはずだけど」
「まあ、何となくですが」
前世で取った杵柄というやつだ。
しかしそこでふと思ったのは、そういえば受付嬢の態度とかも治癒士と名乗ってしまったからだったのか、ということである。
あれはセーナがそっちの治癒士だと思っていたからだったのだろう。
どうやら別に鈍った結果目が曇ったというわけではなかったらしいと、今更ながらに気付く。
と、それかけていた思考を戻す。
彼女達とパーティーを組むのを躊躇しているのは、つまりそういうことが理由であった。
目指す先が異なっていれば、どうしたって軋轢が生じてしまう。
彼女達がいい人だということを感じているからこそ、変な関係になりたくはないのだ。
「んー、キミの希望は分かったけど、ならそれこそ上のランクを目指した方がいいんじゃないかなって思うけどね? ランクが上がったら出来る事が増えるから、その分だけ好きに出来るようになるし」
「Dランクじゃ、きっと色々大変。より上のランクを手にした方がいい」
「そうね。だから、あたし達と一緒に目指しましょうよ。――Sランクを」
「うん? Sランク、ですか……?」
聞き覚えのない言葉に、首を傾げる。
冒険者のランクは、Aまでだったはずだからだ。
以前説明を受けた時もそう言っていたはずで……だが言い間違えるとも思えない。
「まあ、Sランクは例外的なものっていうか、基本的には公にされてるもんじゃないからね。一部の人しか知らないことだけど、まあ知ってる人がいる以上はどうしたって話は漏れるものさ。そして……実のところボク達は、全員がそのSランクになることを目指してる。ボクが二人のパーティーに入れさせてもらったのも、元々はその噂を耳したからなんだよね」
「そんなものがあったんですね……って、あれ? でも確か、皆さんがパーティーを組んだのは迷宮に行くため、という話を聞いた気がするのですが……?」
「ああ、それは結局同じ話になんのよ。あたし達が用があるのは迷宮そのものじゃなくて迷宮の奥深くで、そこに行くにはまずSランクにならなくちゃ話にならない、みたいな感じでね」
「そうなんですか……まあですが、少なくともやはりわたしはそこまで目指すつもりはないのですが……」
「別に強要するつもりはない。そもそもあくまでも目標。一番確実そうだからそこを目指してるだけ。嫌になったらいつ辞めてくれてもいい」
「そうだね。一時的に力を貸してくれるってだけでも、ボク達にとっては十分だ。だから、どうかな? キミがDランクになることを目的としているっていうのなら、それでも構わない。それまででいいから、ボク達に力を貸してくれないかな?」
「要望はなるべく受け入れるわよ? 治癒士とは言ってもあんたは普通の治癒士じゃないんだから、雑用とかは一切やる必要はないし」
「依頼を受けるのも迷宮に行くのも、私達だけでやる。貴女は宿にいて私達の帰りを待ってくれるだけでいい」
「宿に戻ればボク達はキミの治療を受けられるってことだからね。それだけでも、ボク達には計り知れないほどの利益がある。他にも、キミが望むのならなるべく優遇しようと思ってるよ。……どうかな?」
三対の真剣な瞳に見つめられ、セーナはその場に俯いた。
真剣にどうするかを考えるためである。
驚くほどにセーナに有利な条件ばかりだが、騙そうとしたり嘘を吐いているような様子はない。
つまりは、本気でそれだけのことをしても構わないと思っているということなのだろう。
セーナが思っている以上にこの力には価値があると……少なくとも彼女達はそこまでする価値があると思っている、ということである。
既に言ったように、彼女達とパーティーを組むこと自体は十分ありだ。
まだまだ知らないことは多いだろうが、そんなことは誰とパーティーを組むことになろうとも同じである。
最初は何も知らないのは当然で、そんな中で彼女達はどうだろうかと考えれば、自ずと答えは出る。
そのまま少し考え、やがて結論が出た。
「……優遇はいりません。依頼を受けるのでしたらわたしも一緒に行きますし、迷宮もまた同じです。必要ならば雑用もしますし、むしろ出来ることはなるべくやりたいです。パーティーを組むというのは、そういうことだと思いますから」
「それはっ……つまり?」
「はい。えっと……まだDランクになれたらどうするのかは決められていませんし、それは調子のいいことだとわかってはいるのですが……それでもよろしければ、これからよろしくお願いしたいです」
そう言って頭を下げると、頭上からホッとしたような雰囲気を感じた。
顔を上げればどことなく緊張に強張っていた三人の顔は緩んでおり、そんな中で黒髪の女性が首を横に振った。
「いやいや、そんなことはないよ。……でも、そっか、確かにそうかもね。パーティーを組むのって、そういうことだよね」
「確かにそうね。……ま、でも何にせよ、これで一安心ってところかしら」
「断られる可能性の方が高いと思ってたから、よかった」
「あれ、そうなんですか? かなり納得出来ることを並べられていたような気がするのですが……」
「むしろだからこそ、かな? 納得出来るような言葉を並べて誘導してるって思われちゃったら、拒否感のが強くなっちゃうだろうしね」
「かといって、そうしないと多分受けてはもらえなかったからそうした」
「それは……まあ、そうですね。正直途中まではどちらかと言えば断ろうかと思っていましたし」
「ま、何とか無事賭けに勝った、ってとこかしらね。って、ああ、そうそう。これでようやく正式な仲間になることになったんだから、しっかりした自己紹介は必要よね。多分この二人の名前どっちがどっちだかまだ分かってないでしょ」
「あ、はい……すみません」
「いやいや、あれはこっちが敢えてそうしたわけだからね。むしろこっちが申し訳なかったぐらいだよ。ま、ともあれそういうわけで、ボクがユリアだよ。よろしくね」
「ヘレーネ。よろしく」
黒髪の女性――ユリアと、水色の髪の少女――ヘレーネが、自身の名を告げてくれ、ようやくと言うべきか、これで二人の名前がどちらがどちらなのかを把握出来た。
それだけのことと言えばそれだけのことではあるのだが、確かに彼女達の仲間として迎え入れられたのだという気がして来るのだから不思議だ。
そしてであるならば、セーナがやるべきことは一つである。
「改めまして、セーナです。正直、いつまでになるかは分かりませんが……よろしくお願いします」
そうしてもう一度頭を下げれば、三人の雰囲気はさらに緩んだ。
その顔には、はっきりとした笑みが浮かんでいる。
「その挨拶の仕方には思うところがないって言ったら嘘になるけど……ま、今はそれでいいかしらね」
「そうだね。彼女はまだ知らないことが多そうだから、知っていきさえすればきっとそのうち考えも変わるだろうし」
「目指すは、Sランク」
「いえ、ですから、Sランクは結構ですって! 私が目指すのは、あくまでも気楽に生きることです!」
冒険者ギルドの一室の中に、セーナの声が響き渡る。
だがその顔には自然と笑みが浮かんでいた。
正直どうなることかと思っていたが……結果的にはいい感じに纏ったのではないだろうか。
今回のことは色々と教訓にもなったし、やはりと言うべきかまだまだ知らない事が多いのだということも実感出来た。
そう思えば、今回のことは中々に得がたい経験だったと言えるだろう。
それに、結果を言ってしまえば、こうして彼女達のパーティーの一員になることが出来たのである。
それだけでも十分だ。
ともあれ。
これからこの三人と共に、どんな冒険者生活を送ることになるのだろうか。
出来るならば気楽に、それでいて、楽しく過ごしたいものではあるのだが。
そんなことを考えながら、セーナはその顔に浮かんでいる笑みを深めるのであった。
昨日と同じような状況の中にいるのは、昨日の別れ際、エルザ達とここで待ち合わせをすることになったからだ。
互いに確実に知っている場所となればここになることを考えれば、当然と言えば当然だろう。
一応昨日よりも少し早めに来てはいるが――
「まあ実際に早いのかどうかは、中に入ってみなければ分かりませんか」
呟くと意を決し、中に足を踏み入れた。
冒険者ギルドの中は昨日と同じように閑散とした光景が広がっていたが、昨日と違ってエルザ達はそこにいなかった。
だが先に来たのだろうかと思ったのも束の間、受付嬢に呼ばれたかと思ったら、セーナはそのまま受付側と酒場の間にある階段を昇り二階へ向かうことになっていた。
何でもそこにある一室が、今日はセーナとエルザ達に貸し出されているのだという。
冒険者ギルドが四階建てだということは知っていたが、二階以上に向かうにはランクの制限があり、最低でもDランクが必要だったはずだが……まあ、受付嬢からいいと言われたのだからいいのだろう。
エルザ達が今日の話のために取ったのだろうかと思ったが、黒髪の女性ですらEランクだという話だ。
どういうことなのだろうかと思うも、行ってみれば分かることかと思い直した。
二階の一番奥だと言われたのでその通りに向かうと、扉が僅かに開いていたので、ノックした後で中へと入る。
そこではエルザ達が揃っていた。
どうやら今回も一番最後だったようである。
「すみません、遅くなりました」
「別に十分早いでしょ。あたし達が早く来すぎただけよ」
「そう言っていただけますと助かるのですが……ところで、この部屋はどういうことなんです? 確か二階に上がるには本来Dランク以上になっている必要があったはずですよね?」
「ああ、それなんだけど、今回のおわび代わりなんだってさ。ギルドの不始末で余計な混乱を引き起こしたことの。全然おわびには足りてないと思うんだけどね」
「でもその分魔石の換金分が多めになったって聞いた」
「それはどっちかっていうと口止め料も入ってるんだろうけどね」
「口止め料、ですか? つまりは……今回の失態を言いふらさないように、と?」
ギルドにとって信頼というのは非常に重要なものだろう。
失態を犯してしまったのは事実だが、それを言いふらされるのは困るはずだ。
「それに加えて死神のことも、だね」
「ああ、あたし達もまだちらっとしか聞いてないんだけど、そこでも何か言われたの?」
「その話をする前に、とりあえず座ろうか? 立ったままってのもなんだしね」
「確かにそうですね」
セーナが来るのを待ってたのか、エルザ達も立ったままであった。
部屋の中央にあるソファーへと向かい、腰かける。
その瞬間に柔らかいということが分かる時点で、かなりいいものなようだ。
部屋の内装もそれなりに凝ったものであるし、さすがにDランク以上でしか入れない場所なだけはあるということか。
「で、死神がどうしたってのよ?」
「うん、死神の魔石を見せたら、死神を倒せたってことは信じてもらえたんだけどね。やっぱ他とは違ったものだったらしくて。その時の驚きっぷりったら凄くて見せたかったぐらいだよ。ま、当然の反応ではあるんだろうけど」
「目の前で見てた私達も信じられないぐらいだったから、当然」
「だね。で、ただ、死神を倒せたってことが知られちゃうとギルド側はまずいって考えなんだってさ」
「何でよ。前代未聞のことよ? 名誉なことだってのに黙ってろっての?」
「前代未聞過ぎて名誉過ぎるから、さ。特にボク達は無名の新人だからね。そんなのが死神を倒せたって知られたらどうなると思う? 自分達も、って思う冒険者が出てくるはずさ」
「簡単に想像出来る。その結果も」
「うん、冒険者ギルドとしては無駄に冒険者を減らしていいことなんかないからね。巻き込まれる形で余計な被害も出そうだし」
「……なるほど。確かにそれは納得するしかないわね。で、その代わりに、ってわけ?」
「死神の魔石の換金分もあるだろうけど、金貨千枚って言われたからね」
「それはまた……大奮発ですね」
前世の感覚で言えば、十億だ。
四人で分けたところで、今後一生働かなくても済みそうである。
まあ、セーナは働きたくないわけではなく気楽に生きたいだけなので、そこまで関係はないが。
それでもお金に余裕が出来たのは大きいことではある。
「死神の魔石が前代未聞だってことを考えても、確かにそれは大分多めになったわね。絶対言いふらすなってわけ、か」
「ちなみにさすがにそれだけの金貨を持ち歩くわけにはいかないから、ギルドに預けてあるよ。ああ、もちろん四等分でね」
「四等分、ですか? あの……それはわたしの取り分が多すぎる気がするのですが」
何せセーナはほとんど何もしなかったのだ。
十分の一でも多すぎるぐらいだろう。
そう思ったのだが、何故か三人から一斉に視線を向けられた。
ちなみに三人は向かい側のソファーに座っているので、そうされるとまるで面接でもされているような気分である。
「え、えっと……?」
「大過ぎって……いや、むしろボク達の台詞だよ、それ?」
「死神に倒したのあんたでしょ? 口止め料が含まれてるとは言っても大部分が死神関連なんだろうから、あんたは文句を言ってもいいぐらいよ?」
「むしろ言うべき」
「いえ、わたしは本当に大したことしていませんし……」
「死神に倒したことが大したことじゃなければなんだってことになるんだけど……ま、いいさ。ここは強制するところじゃないしね」
「えっと、それよりも、治癒士の話なのですが……」
話題を転換するためにそう口にすると、三人の雰囲気が僅かに変わった。
それまでのどことなく緩んだ雰囲気が、引き締まったのだ。
「……まあ、そもそも今日集まったのは、半分ぐらいはその話をするためだったしね」
「そうね。とりあえずは、治癒士ってのが現在ではどういうことになってるのか、ってことを話せばいいのかしら? とはいえ、あんま長々と話すべきじゃないだろうし、かいつまんで話すとなると……元々治癒士ってのは、雑用する人と同義だったのよ」
「治癒の力を持った人が百年前にいなくなったって言ったよね? その人達が元々治癒士って呼ばれてはいたんだけど、いなくなっちゃったからね。一応傷の進行を止める、ぐらいの効果を発揮出来る人ならまだ残ってたんだけど、それでも稀だったし。まあ稀とはいえ残ってるから、治癒士ってものをなくすわけにはいかなかったんだけど、あまりにも少数過ぎるし出来ることが限定過ぎるから、雑用もこなすようになったんだ。で、そうしてるうちに雑用を担当する人が治癒士って呼ばれてるようになった、ってわけだね」
「それも初耳。確かに何故治癒士って呼ぶのかは疑問だったけど」
「まあ知ってたからどうだって知識でもあるしね。で、まあそのまま十年ぐらい前まで続いてたんだけど、ある時その治癒士がBランクパーティーに所属することになったんだよね」
「雑用を主にする人、ということなのでしたら、別に不思議でもないのでは?」
基本的に四人から六人ぐらいを推奨されているパーティーではあるが、上のランクに上がるほど予備の人員であったり、雑用の者を入れたりすることがあるという話は聞いたことがある。
雑用がイコール治癒士と呼ばれていたのであれば、珍しくもないはずだ。
「いや、ところが治癒士は治癒士でも一線に立つパーティーの一員としてでね。まあというか、そもそも他から移籍したわけじゃなくて、所属するパーティーが全員一緒にBランクに上がった、ってだけのことだし、その人はそのパーティーのメンバーと初期の頃からずっと一緒に組んでたわけなんだけど」
「しかもその人は雑用っていうか、実際には前線に普通に出てたって話よ? 下手な戦士よりも強かったとか」
「むしろパーティーの中では素手なら一番強かったって話も聞いたことがある」
「ついでに言えば、その人は治癒士の中でも稀な方だった。要するに、傷の進行を止める力を使えたってことだね。だけどどうにもその辺が変な風に伝わって噂になっちゃったらしくてね」
「治癒の力が使えれば、Bランクパーティーに簡単に入れる、って噂になったのよ。で、それを鵜呑みにした馬鹿共が、治癒の力なんて使えないくせに使えるって詐称してBランクパーティーに取り入ろうとしたの」
「当然すぐばれるし、それ自体は一過性のものですぐ終わった。……問題は、その後」
「傷の進行を止めるどころか、傷を癒せるっていう治癒士が出てきたんだ。そしてその人物は実際に人前で傷を癒してみせた。まあ先に結論を言っちゃうと偽物だったんだけど」
「傷を癒された側とグルだった」
「ポーションとかハイポーションって、効果が出るまで時間がかかるでしょ? それを利用して、予め飲んだ後で傷を作って、ってことをやったらしいわよ?」
確かに、ポーションとかは効果が出るまでに時間がかかるという話は聞いたことがある。
だが。
「えっと……何のためにそんなことをしたんですか? 結局ばれますよね?」
「うん、ばれたよ。呆気なく。――その力を当てにしたパーティーが壊滅したことでね」
「ちなみにそいつだけは生き残ったんだけど、その時の言い分は、楽しそうだったから、らしいわよ?」
「当てにしてた力が偽物で、絶望しながら死んでいく様子を見るのが。当然すぐにギルドが処分した」
「だけど、そんなのが出たせいなのかどうなのか、似たようなことばっかり起こるようになってね。しかも徐々に手口が巧妙化してタチが悪くなってくし、そのせいで去年はBランク冒険者のパーティーが壊滅した」
「で、その全員が治癒士を名乗ってるのよ。明らかに意図的に。っていうか、もうそういうやつらしか治癒士を名乗らなくなってるし、名乗るやつらは分かってて名乗ってるってわけね」
「あの……そうして分かっているのに、騙されてしまう、ということですか?」
話を聞いていると、そういうことになる。
その言葉に、三人は揃って頷いた。
「だからこそ、手口が巧妙化してタチが悪くなってる、ってわけさ。冒険者と言えど……っていうか、上のランクになるほどに基本人がいい人ばっかになるからね。一見すると治癒士って名乗ってるだけだし、最後の瞬間まではまともなんだよ」
「だから、騙される。そして治癒士と名乗っているだけだから、ギルド側で対処のしようはない」
「治癒士って名乗るのを禁止すればいいだけなんでしょうけど、むしろそうして状況を限定的にすることでそこに誘い込んでるんでしょうね」
「何せその人物達が何を考えてそんなことをしてるのか分からないんだ。ただの愉快犯とも模倣犯とも言われてるけど、分かってるのは、最後に自分も含めて周囲を破滅させるということだけ」
「他に広がられても困るから、ギルドはそこで食い止めたい」
「まあことごとく失敗してるわけなんだけど……で、そんな時に現れたのがあんたってわけ」
「……なるほど。それは確かに……」
三人の態度があんな風になるというものだ。
「ところで、あんた確か冒険者の知り合いから冒険者に関しての話聞いたことあるって言ってたわよね? 今の話聞いたことなかったわけ? かなり有名な話よ?」
「んー……冒険者の知り合いというのは実は姉なのですが、ちょうど姉が引退したのが十年ぐらい前なんですよね」
「あー……なるほど。それは確かに知らなくても無理はないかな。引退しちゃったら冒険者の話を知る機会がなくなっても不思議じゃないし」
「ちょっとアレな話だから、敢えて話さなかった、って可能性も」
「まあ何にせよ、姉達から話を聞いていたということに慢心して情報を集めていなかったのが今回のことの原因でもあるんですよね……反省する必要がありそうです」
「それに関しては、まあそうね。冒険者なんて何をするにしても情報が重要なもんだし」
「ですね……あ、そういえば、そういう事情なのでしたら、ギルドに言って治癒士というクラスを変えた方がいいんでしょうか? そもそも変えられるのかという話ではあるんですが……」
「んー……まあ変えようと思えば変えられるだろうけど、わざわざする必要があるかっていうと疑問かな?」
「え、どうしてですか?」
今の話を聞いたらむしろそのままではまずいだろう。
だがそこで目の前の三人は顔を見合わせると、何故かにっこりと笑みを浮かべた。
「え、っと……?」
「クラスっていうのは、別に開示しなくちゃならないもんじゃないからね。まあパーティーを組もうとするなら開示した方が色々と便利だけど……逆に言えば新しくパーティーを組もうとしなくちゃ必要ないものだし」
「でもほら、ここにちょうどパーティーメンバーを募集中のパーティーがあるわよ?」
「事情も把握済み」
「それは……その……」
それは考えなかったわけではないし、むしろ今も考えているとは言える。
セーナがどこかのパーティーに入るとなると、必然的に治癒の力のことを知らせなければならないだろう。
黙っているなど心苦しい上に単純に嫌だし、だがそうなると相手がどう出るか分からない。
何せ伝説の力らしいのだ。
そのせいでもしかしたら前世の頃のようになってしまうことがあったら、何のために冒険者になろうとしたのかということになってしまう。
これまで接してきたことから、彼女達ならばおそらくそういう心配はいらないのだろうな、というのは分かるのだが――
「何よ、なにか気に入らないことでもあるってわけ? 自慢じゃないけど、あたし達結構お買い得だと思うわよ? 上のランクにもすぐにいくつもりだし」
「いえ、どちらかと言いますと、ですから問題といいますか……」
「どういうこと? 上のランクにはなりたくない?」
「そういうことではないんですが……実はわたしが冒険者になったのって、気楽な生活を送りたいからなんですよね。ですから、目指しているのはDランクあたりで、ですが皆さんが目指しているのはそのさらに先ですよね?」
「へえ……分かるんだ? その辺のこと言ってないはずだけど」
「まあ、何となくですが」
前世で取った杵柄というやつだ。
しかしそこでふと思ったのは、そういえば受付嬢の態度とかも治癒士と名乗ってしまったからだったのか、ということである。
あれはセーナがそっちの治癒士だと思っていたからだったのだろう。
どうやら別に鈍った結果目が曇ったというわけではなかったらしいと、今更ながらに気付く。
と、それかけていた思考を戻す。
彼女達とパーティーを組むのを躊躇しているのは、つまりそういうことが理由であった。
目指す先が異なっていれば、どうしたって軋轢が生じてしまう。
彼女達がいい人だということを感じているからこそ、変な関係になりたくはないのだ。
「んー、キミの希望は分かったけど、ならそれこそ上のランクを目指した方がいいんじゃないかなって思うけどね? ランクが上がったら出来る事が増えるから、その分だけ好きに出来るようになるし」
「Dランクじゃ、きっと色々大変。より上のランクを手にした方がいい」
「そうね。だから、あたし達と一緒に目指しましょうよ。――Sランクを」
「うん? Sランク、ですか……?」
聞き覚えのない言葉に、首を傾げる。
冒険者のランクは、Aまでだったはずだからだ。
以前説明を受けた時もそう言っていたはずで……だが言い間違えるとも思えない。
「まあ、Sランクは例外的なものっていうか、基本的には公にされてるもんじゃないからね。一部の人しか知らないことだけど、まあ知ってる人がいる以上はどうしたって話は漏れるものさ。そして……実のところボク達は、全員がそのSランクになることを目指してる。ボクが二人のパーティーに入れさせてもらったのも、元々はその噂を耳したからなんだよね」
「そんなものがあったんですね……って、あれ? でも確か、皆さんがパーティーを組んだのは迷宮に行くため、という話を聞いた気がするのですが……?」
「ああ、それは結局同じ話になんのよ。あたし達が用があるのは迷宮そのものじゃなくて迷宮の奥深くで、そこに行くにはまずSランクにならなくちゃ話にならない、みたいな感じでね」
「そうなんですか……まあですが、少なくともやはりわたしはそこまで目指すつもりはないのですが……」
「別に強要するつもりはない。そもそもあくまでも目標。一番確実そうだからそこを目指してるだけ。嫌になったらいつ辞めてくれてもいい」
「そうだね。一時的に力を貸してくれるってだけでも、ボク達にとっては十分だ。だから、どうかな? キミがDランクになることを目的としているっていうのなら、それでも構わない。それまででいいから、ボク達に力を貸してくれないかな?」
「要望はなるべく受け入れるわよ? 治癒士とは言ってもあんたは普通の治癒士じゃないんだから、雑用とかは一切やる必要はないし」
「依頼を受けるのも迷宮に行くのも、私達だけでやる。貴女は宿にいて私達の帰りを待ってくれるだけでいい」
「宿に戻ればボク達はキミの治療を受けられるってことだからね。それだけでも、ボク達には計り知れないほどの利益がある。他にも、キミが望むのならなるべく優遇しようと思ってるよ。……どうかな?」
三対の真剣な瞳に見つめられ、セーナはその場に俯いた。
真剣にどうするかを考えるためである。
驚くほどにセーナに有利な条件ばかりだが、騙そうとしたり嘘を吐いているような様子はない。
つまりは、本気でそれだけのことをしても構わないと思っているということなのだろう。
セーナが思っている以上にこの力には価値があると……少なくとも彼女達はそこまでする価値があると思っている、ということである。
既に言ったように、彼女達とパーティーを組むこと自体は十分ありだ。
まだまだ知らないことは多いだろうが、そんなことは誰とパーティーを組むことになろうとも同じである。
最初は何も知らないのは当然で、そんな中で彼女達はどうだろうかと考えれば、自ずと答えは出る。
そのまま少し考え、やがて結論が出た。
「……優遇はいりません。依頼を受けるのでしたらわたしも一緒に行きますし、迷宮もまた同じです。必要ならば雑用もしますし、むしろ出来ることはなるべくやりたいです。パーティーを組むというのは、そういうことだと思いますから」
「それはっ……つまり?」
「はい。えっと……まだDランクになれたらどうするのかは決められていませんし、それは調子のいいことだとわかってはいるのですが……それでもよろしければ、これからよろしくお願いしたいです」
そう言って頭を下げると、頭上からホッとしたような雰囲気を感じた。
顔を上げればどことなく緊張に強張っていた三人の顔は緩んでおり、そんな中で黒髪の女性が首を横に振った。
「いやいや、そんなことはないよ。……でも、そっか、確かにそうかもね。パーティーを組むのって、そういうことだよね」
「確かにそうね。……ま、でも何にせよ、これで一安心ってところかしら」
「断られる可能性の方が高いと思ってたから、よかった」
「あれ、そうなんですか? かなり納得出来ることを並べられていたような気がするのですが……」
「むしろだからこそ、かな? 納得出来るような言葉を並べて誘導してるって思われちゃったら、拒否感のが強くなっちゃうだろうしね」
「かといって、そうしないと多分受けてはもらえなかったからそうした」
「それは……まあ、そうですね。正直途中まではどちらかと言えば断ろうかと思っていましたし」
「ま、何とか無事賭けに勝った、ってとこかしらね。って、ああ、そうそう。これでようやく正式な仲間になることになったんだから、しっかりした自己紹介は必要よね。多分この二人の名前どっちがどっちだかまだ分かってないでしょ」
「あ、はい……すみません」
「いやいや、あれはこっちが敢えてそうしたわけだからね。むしろこっちが申し訳なかったぐらいだよ。ま、ともあれそういうわけで、ボクがユリアだよ。よろしくね」
「ヘレーネ。よろしく」
黒髪の女性――ユリアと、水色の髪の少女――ヘレーネが、自身の名を告げてくれ、ようやくと言うべきか、これで二人の名前がどちらがどちらなのかを把握出来た。
それだけのことと言えばそれだけのことではあるのだが、確かに彼女達の仲間として迎え入れられたのだという気がして来るのだから不思議だ。
そしてであるならば、セーナがやるべきことは一つである。
「改めまして、セーナです。正直、いつまでになるかは分かりませんが……よろしくお願いします」
そうしてもう一度頭を下げれば、三人の雰囲気はさらに緩んだ。
その顔には、はっきりとした笑みが浮かんでいる。
「その挨拶の仕方には思うところがないって言ったら嘘になるけど……ま、今はそれでいいかしらね」
「そうだね。彼女はまだ知らないことが多そうだから、知っていきさえすればきっとそのうち考えも変わるだろうし」
「目指すは、Sランク」
「いえ、ですから、Sランクは結構ですって! 私が目指すのは、あくまでも気楽に生きることです!」
冒険者ギルドの一室の中に、セーナの声が響き渡る。
だがその顔には自然と笑みが浮かんでいた。
正直どうなることかと思っていたが……結果的にはいい感じに纏ったのではないだろうか。
今回のことは色々と教訓にもなったし、やはりと言うべきかまだまだ知らない事が多いのだということも実感出来た。
そう思えば、今回のことは中々に得がたい経験だったと言えるだろう。
それに、結果を言ってしまえば、こうして彼女達のパーティーの一員になることが出来たのである。
それだけでも十分だ。
ともあれ。
これからこの三人と共に、どんな冒険者生活を送ることになるのだろうか。
出来るならば気楽に、それでいて、楽しく過ごしたいものではあるのだが。
そんなことを考えながら、セーナはその顔に浮かんでいる笑みを深めるのであった。
46
お気に入りに追加
2,441
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる