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第29話 元聖女、迷宮から帰還する
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眼前の光景を眺めながら、セーナは息を吐き出し……それと共に、冷や汗を流した。
なんというか……とてつもなくやらかしてしまったような気がするからである。
いや、これ以外に方法がなかったのは事実だ。
こんなところで死にたくはないし、知り合ったばかりとはいえ顔見知りが殺された後で自分だけが生き残るとか寝覚めが悪いにも程がある。
だから、他に方法はなく……だが、正直もう少しやりようはあったような気がするのだ。
なんというか、ちょっと気分が乗っていたというか、半ば状況に酔ってトリップ状態になったままやってしまったというか……反省すべきことが色々とありそうであった。
「……は? え……? 何今の……? え……死神、は……?」
「……消し飛んだ? …………有り得ない。これも、手の込んだ策略の一種?」
「いや、あれはどう考えても死神だった。あんなもの策略でどうにか出来るわけがないし……もし出来るんだとしたら、それはもう誰にもどうしようもないよ」
「……なら、どういうことだっていうのよ?」
「決まってるじゃないか。何で治癒士あんて名乗ってるのかは知らないけど、騙りじゃなかったってことなんだろうね。……まあだとしても、ちょっとどころじゃない驚きだけど」
「とんでもない出鱈目」
そんな言葉が交わされているのを聞きながら、どうしたものかと思うも……まあ、どうしようもないかと諦めた。
さすがに誤魔化しようがあるまい。
ただ、前向きに考えるのであれば、これで騙りではないのだと信じてもらえそうなことか。
どちらの方が面倒事が少ないのかは分からないものの……とりあえずは、いつまでも離れたところにいても仕方ない。
そっと三人のいる場所へと戻り……当然のように三人から一斉に顔を向けられた。
「えっと……あの……」
「……ま、色々言いたいことはあるけど、それは後で、かな。迷宮でするような話でもないし」
「そうね。異論はないわ」
「同じく」
この場で追求されなかったのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。
だがどうしようもないので、黙って受け入れるしかなかった。
「ところで、一つ疑問。死神に関して、あれは結局魔物?」
「……どうなんでしょうね? そもそも魔物ってあたし達が勝手に呼んでるだけであって、明確な基準とかはないはずだし。あったとしても、人にとって危険かどうかでしょうから、そういう意味なら間違いなく魔物なんでしょうけど。でもそれがどうしたのよ?」
「魔物なら、魔石があるはず」
「あー……確かにそうね。死神の魔石なんかギルドに持ってったら大変なことになるでしょうけど。まあそもそも信じられるかってところからかしら?」
「いや……魔物によって、落とす魔石の特長っていうのは変わってくる。顕著なのは色だけど、他にも色々とあるらしいしね。だからギルドに持っていけば、信じてくれるんじゃないかな? 少なくとも未知の魔物の魔石だってのは分かるだろうし。まあ、魔石が落ちたんならの話だけど」
「ならとりあえず、確認?」
「そうね。まずは魔石がなければ話にならないわけだし」
その言葉に異論はなかった。
セーナも何となくどう会話に入ればいいのか分からずただ話を聞いていただけではあったが、気になっていたのは同じだ。
歩き出した三人の後を追うように足を進め、死神がいた場所のすぐ傍で止まる。
「……どうやら、死神は魔物ってことでいいみたいだね」
「まあ、厳密な定義を言い出したらそれこそ断言は出来ないんでしょうけど……少なくともここでは、そういう扱いでいいみたいね」
そこには、小さな石があった。
掌に乗る程度の大きさのものであり、だがただの石ではないのは一目で分かる。
その石は、血のように赤く輝いていたからだ。
間違いなく魔石である。
「……ゴブリンのとは、大分違う?」
水色の髪の少女が呟いた言葉に、セーナも黙ったまま同意する。
魔石は大事な収入源であるため、今までもずっと回収していたのだが、その時に目にしたのはくすんだ煤のような色であった。
大きさはそれほど違いがないように思えるが、少なくとも見た目は大違いだ。
「というか、どんな魔物のとも違うかな。こんな色合いの魔石なんて、聞いたこともないしね。やっぱギルドに見せれば一発で理解しそうだ」
そんなことを言いながら、黒髪の女性はその場に屈むと、その魔石を回収した。
先に述べたように、魔石は大事な収入源だ。
ならば最も冒険者の経験が長い人物に任せた方がいいだろうということで、今までの魔石も全て彼女が回収し保管しているのである。
感触も何か違うのか、魔石を拾った女性は僅かに首を傾げていたが、そのまま腰にくくりつけてある袋へと仕舞われていく。
「さて……それじゃあ、今度こそ今日はここで切り上げようと思うんだけど、異論のある人は?」
当然のように、異論が上がることはなかった。
元よりその予定であったし、死神などという予定にあるはずもない存在と出会ってしまったのである。
肉体的な疲労よりも、精神的に疲れたからさっさと帰りたいと、誰の顔にも書かれていた。
もちろん、セーナもである。
ほぼ何もしていないも同然ではあったが、初めての迷宮に、死神との遭遇が重なったのだ。
疲れるのは当然というものだろう。
だが、ここはまだ迷宮の中である。
気を抜くには早く、気を引き締め直すと来た道を戻り始めた。
行きと同じ道を辿るとはいえ、魔物の襲撃がなくなるわけではない。
緊張を保ちながら集中して帰りの道を進み……死神と遭遇してしまったことで逆に運が上向きとでもなったのか、幸いにも一度も魔物と遭遇することなく迷宮の外へと到着した。
迷宮の外へと出た瞬間、未だ蒼いままの空が目に入り、安堵から思わず溜息が漏れる。
「何とか無事脱出、と。いやー、太陽が眩しいねー」
「こうして外に出れたことで、ようやく無事生き残れたんだって実感出来るわね……」
「初めての迷宮なのに、色々ありすぎた」
「本当ですね」
「ま、冒険者なんてものをやってれば意外とそんなもんだけどね。さすがに今日ほどのことはそうそうないだろうけど。ところで、この後ってどうする? 全員でギルドに向かうか……それとも、ボクが代表で行ってこようか?」
「ギルドに、ですか? 何か用事でも……?」
依頼を受けたのであればともかく、迷宮に行っただけなのだから、わざわざギルドに寄る必要はないはずだ。
だが、黒髪の女性は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「うん? 何か用事も何も、報告のためだけど?」
「報告、ですか……?」
「迷宮はギルドが管理してるものだからね。行く時もそうだけど、帰った時も報告が必要なんだよ。そうしないと、ギルドの側でも誰が戻ってこなかったのかとか把握できないし。その辺はギルドからしっかり説明があったはずだけど……ああいや、そういえば、その説明を受けるのはEランクに上がった時だったかな?」
「まあ、Eランクですら普通は関係ないでしょうしね。それ以下は尚更ってわけかしら。実際あたしもその話を聞いたのは迷宮に行くにはどうすればいいのかってことを質問した後だったもの」
「私も。一応、行く時の報告は先にしてあった」
「……なるほど、そうだったんですね」
頷きながら、三人の態度がまったく異なっているというか、普通のものになっていることに気付く。
多少の警戒は残っているようだが、これならばパーティーメンバーへの態度として普通だ。
やはりと言うべきか、どうにも色々とすれ違いのようなものがあったらしい。
そのことに彼女達も気付いたからこその、この態度といったところか。
「ま、それに魔石の換金もしなくちゃならないしね。大体の場合は一人に頼んで、分けるのは次に会った時に、ってなるものだけど」
「そういえば、確かに魔石もありましたね……」
改めて、セーナには色々と知らないことや思い至らないことがあるようだと思い知る。
まあ、ずっと採集依頼だけをやっていただけだったし、迷宮にも興味はあったが、行くのはもっと後だろうと思っていた。
本来はじっくり準備などをしながら冒険者生活をするつもりだったのである。
予定外尽くしの現状だということを考えれば、当たり前のことかもしれない。
「さて、それでどうするかなんだけど……ま、ボクが代表して行ってくるのがいいかな? ボクが一番慣れてるし、何よりも皆早く休みたいだろうしね」
「否定はしないけど……それはあんたもでしょ?」
「ボクも否定はしないけど、別に皆で行ったから手続きが早くなるもんでもないしね。ああ、魔石がしっかり等分で分けられるのか心配だっていうなら、無理にとは言わないけどね」
パーティーで行動した結果得られた報酬というのは、基本的には等分するものである。
無論それは魔石の換金も同様であり、だが一人に任せたためにちょろまかされたりするというのはよく聞く話だ。
そういう意味で言えば、確かに一緒に行ったほうが安全ではあるのだろうが……それはつまり、その人のことを信用していないということである。
「……ま、任せるわ。正直そこまでお金に困ってもいないし、必要でもないもの」
「同じく。それよりも早く休みたい」
「えっと……わたしもお任せします」
「そう? 皆人がいいなぁ……騙されないように気をつけるんだよ? でもまあ、了解。じゃあボク一人で行ってくるよ。分配は……明日でいいよね? その時に色々と話したいこともあるんだけど……いいかな?」
最後の言葉だけは、セーナにのみ向けられていた。
セーナの方こそ聞きたい事が色々とあったので、躊躇うことなく頷く。
「はい。わたしも色々と聞きたい事があると言いますか……どうにもわたしは何かを勘違いしているような気がしますので」
「ああ、うん、やっぱり? 何かそんな気がしたんだよね……。まあこれは互いにって気もするんだけど……じゃあ、その勘違いを早めに正すためにも、一つだけ先に質問があるんだけど、いいかな? キミは自分のクラスを治癒士だって言ってたけど……治癒士ってキミはどんなものだと思ってる?」
その瞬間、エルザ達の間が緊張と警戒が戻った。
その答え次第では、また態度が元に戻るというのは言われるまでもなく分かる。
だがということは、どうやらそこの時点で何かすれ違いが発生していたらしい。
とはいえ字面からしてどんなものかなど一つしかない気がするのだが……。
「えっと……そのままの意味ではないんですか? 魔導士が魔法を使う人であるように、治癒士は誰かの傷を癒したりする人のことだと思っていたんですが……」
「あー……うん、そっか。まさかそこを知らないとは、さすがに予想できないよねえ。ただこれはギルド側の怠慢なんじゃないかと思うんだけど……まあいいや」
「あの……?」
「治癒士ってのは……まあ一言で説明するのは難しいから、詳しいことは明日説明するつもりだけど、簡単に言っちゃえば、他人を陥れた挙句自分諸共周囲を破滅させようとするようなクズが自称するクラスなのよ」
「……はい? あの……何でそんなことに?」
何故そんな人が治癒士を名乗るのかも分からないし、わざわざ自称するのかも分からない。
そこにどんな経緯と意味があるというのだろうか。
「だから、複雑。幾つかの事情が絡み合った結果」
「ま、そういうことだね。冒険者の間では常識なんだけど……やっぱこれギルドの怠慢だよね。ボク達の側で判断出来ることじゃないし。もちろんキミにも責任はないし……いや、キミだけが一方的な被害者かな。どんな理由があれ、何も知らないキミに酷い態度を取っちゃってたわけだしね。本当にごめん」
「……ごめんなさい」
「そうね……っていうか、この中では多分あたしが一番悪いわ。あたしが気付かなくちゃならなかったんだし。本当にごめんなさい」
「い、いえっ、常識なのでしたら、わたしがそれが知らないのが悪いということですので、わたしにも責任はあるかと……!?」
頭を下げる三人に、慌てて止めるよう告げる。
これはただの不幸な事故だったのだ。
誰が悪いという話でもあるまい。
「そう言ってくれると助かるかな。ま、とりあえずこれで一つ懸念はなくなったかな。その分本当に明日色々と話さなけりゃならなそうだけど」
「今更」
「そうね。最初からそのつもりだったわけだし」
「それもそっか。ま、とりあえずそろそろ行こっか。ここで話してても仕方ないしね」
「そうですね。……あっ、あのっ、その前にすみません。一つ気になったのですが、わたしが治癒士というものを勘違いしていたということは、ギルドにそのことを伝える必要があるということですよね?」
「うん、そうだね。一応今日報告する時にボクからもそれとなく触れるつもりだけど……それが?」
「その……出来ればわたしが使える力のことは黙っていていただきたいのですが……」
伝説の力など、気楽な冒険者生活を送るにはどう考えても不要なものだ。
エルザ達が知ってしまったのは最早どうしようもないが、出来ればそれ以上の広がりは食い止めたいところであった。
「ああ、そういうことなら心配いらないわよ。そもそも冒険者が自分の力を隠すのは当然のことだもの。ギルドにもそういった類のことの報告義務はないし、仲間のそういったことをベラベラと喋るアホはいないわ。……分かってるわよね?」
「余計なことを言うのは厳禁」
「分かってるって。ボク達の不利になるようなことは言わないよ。で、キミもそれで大丈夫かな?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「当たり前のことなんだから礼は必要ないって。それじゃ、本当に行こうか」
黒髪の女性の言葉に安堵しつつ頷き、歩き出したその後を付いていく。
ふとそこで、そういえば未だに黒髪の女性と水色の髪の少女の名前がどちらがどちらなのか分からないままだということに気付くが、まあどうせ明日色々と話すことがあるというのだ。
その時ついでに聞けばいいだろう。
明日はどうなるのだろうかと思わなくもないが……結局は今日も何とかなったのだ。
ならばきっと明日もどうにかなるに違いない。
とりあえず自分の常識が色々と足りていないということだけは確かなようだが……さて、どうなることやら。
そんなことを思いながら、セーナは歩幅を三人に合わせつつ、その後ろをゆっくりと歩いていくのであった。
なんというか……とてつもなくやらかしてしまったような気がするからである。
いや、これ以外に方法がなかったのは事実だ。
こんなところで死にたくはないし、知り合ったばかりとはいえ顔見知りが殺された後で自分だけが生き残るとか寝覚めが悪いにも程がある。
だから、他に方法はなく……だが、正直もう少しやりようはあったような気がするのだ。
なんというか、ちょっと気分が乗っていたというか、半ば状況に酔ってトリップ状態になったままやってしまったというか……反省すべきことが色々とありそうであった。
「……は? え……? 何今の……? え……死神、は……?」
「……消し飛んだ? …………有り得ない。これも、手の込んだ策略の一種?」
「いや、あれはどう考えても死神だった。あんなもの策略でどうにか出来るわけがないし……もし出来るんだとしたら、それはもう誰にもどうしようもないよ」
「……なら、どういうことだっていうのよ?」
「決まってるじゃないか。何で治癒士あんて名乗ってるのかは知らないけど、騙りじゃなかったってことなんだろうね。……まあだとしても、ちょっとどころじゃない驚きだけど」
「とんでもない出鱈目」
そんな言葉が交わされているのを聞きながら、どうしたものかと思うも……まあ、どうしようもないかと諦めた。
さすがに誤魔化しようがあるまい。
ただ、前向きに考えるのであれば、これで騙りではないのだと信じてもらえそうなことか。
どちらの方が面倒事が少ないのかは分からないものの……とりあえずは、いつまでも離れたところにいても仕方ない。
そっと三人のいる場所へと戻り……当然のように三人から一斉に顔を向けられた。
「えっと……あの……」
「……ま、色々言いたいことはあるけど、それは後で、かな。迷宮でするような話でもないし」
「そうね。異論はないわ」
「同じく」
この場で追求されなかったのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。
だがどうしようもないので、黙って受け入れるしかなかった。
「ところで、一つ疑問。死神に関して、あれは結局魔物?」
「……どうなんでしょうね? そもそも魔物ってあたし達が勝手に呼んでるだけであって、明確な基準とかはないはずだし。あったとしても、人にとって危険かどうかでしょうから、そういう意味なら間違いなく魔物なんでしょうけど。でもそれがどうしたのよ?」
「魔物なら、魔石があるはず」
「あー……確かにそうね。死神の魔石なんかギルドに持ってったら大変なことになるでしょうけど。まあそもそも信じられるかってところからかしら?」
「いや……魔物によって、落とす魔石の特長っていうのは変わってくる。顕著なのは色だけど、他にも色々とあるらしいしね。だからギルドに持っていけば、信じてくれるんじゃないかな? 少なくとも未知の魔物の魔石だってのは分かるだろうし。まあ、魔石が落ちたんならの話だけど」
「ならとりあえず、確認?」
「そうね。まずは魔石がなければ話にならないわけだし」
その言葉に異論はなかった。
セーナも何となくどう会話に入ればいいのか分からずただ話を聞いていただけではあったが、気になっていたのは同じだ。
歩き出した三人の後を追うように足を進め、死神がいた場所のすぐ傍で止まる。
「……どうやら、死神は魔物ってことでいいみたいだね」
「まあ、厳密な定義を言い出したらそれこそ断言は出来ないんでしょうけど……少なくともここでは、そういう扱いでいいみたいね」
そこには、小さな石があった。
掌に乗る程度の大きさのものであり、だがただの石ではないのは一目で分かる。
その石は、血のように赤く輝いていたからだ。
間違いなく魔石である。
「……ゴブリンのとは、大分違う?」
水色の髪の少女が呟いた言葉に、セーナも黙ったまま同意する。
魔石は大事な収入源であるため、今までもずっと回収していたのだが、その時に目にしたのはくすんだ煤のような色であった。
大きさはそれほど違いがないように思えるが、少なくとも見た目は大違いだ。
「というか、どんな魔物のとも違うかな。こんな色合いの魔石なんて、聞いたこともないしね。やっぱギルドに見せれば一発で理解しそうだ」
そんなことを言いながら、黒髪の女性はその場に屈むと、その魔石を回収した。
先に述べたように、魔石は大事な収入源だ。
ならば最も冒険者の経験が長い人物に任せた方がいいだろうということで、今までの魔石も全て彼女が回収し保管しているのである。
感触も何か違うのか、魔石を拾った女性は僅かに首を傾げていたが、そのまま腰にくくりつけてある袋へと仕舞われていく。
「さて……それじゃあ、今度こそ今日はここで切り上げようと思うんだけど、異論のある人は?」
当然のように、異論が上がることはなかった。
元よりその予定であったし、死神などという予定にあるはずもない存在と出会ってしまったのである。
肉体的な疲労よりも、精神的に疲れたからさっさと帰りたいと、誰の顔にも書かれていた。
もちろん、セーナもである。
ほぼ何もしていないも同然ではあったが、初めての迷宮に、死神との遭遇が重なったのだ。
疲れるのは当然というものだろう。
だが、ここはまだ迷宮の中である。
気を抜くには早く、気を引き締め直すと来た道を戻り始めた。
行きと同じ道を辿るとはいえ、魔物の襲撃がなくなるわけではない。
緊張を保ちながら集中して帰りの道を進み……死神と遭遇してしまったことで逆に運が上向きとでもなったのか、幸いにも一度も魔物と遭遇することなく迷宮の外へと到着した。
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「何とか無事脱出、と。いやー、太陽が眩しいねー」
「こうして外に出れたことで、ようやく無事生き残れたんだって実感出来るわね……」
「初めての迷宮なのに、色々ありすぎた」
「本当ですね」
「ま、冒険者なんてものをやってれば意外とそんなもんだけどね。さすがに今日ほどのことはそうそうないだろうけど。ところで、この後ってどうする? 全員でギルドに向かうか……それとも、ボクが代表で行ってこようか?」
「ギルドに、ですか? 何か用事でも……?」
依頼を受けたのであればともかく、迷宮に行っただけなのだから、わざわざギルドに寄る必要はないはずだ。
だが、黒髪の女性は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「うん? 何か用事も何も、報告のためだけど?」
「報告、ですか……?」
「迷宮はギルドが管理してるものだからね。行く時もそうだけど、帰った時も報告が必要なんだよ。そうしないと、ギルドの側でも誰が戻ってこなかったのかとか把握できないし。その辺はギルドからしっかり説明があったはずだけど……ああいや、そういえば、その説明を受けるのはEランクに上がった時だったかな?」
「まあ、Eランクですら普通は関係ないでしょうしね。それ以下は尚更ってわけかしら。実際あたしもその話を聞いたのは迷宮に行くにはどうすればいいのかってことを質問した後だったもの」
「私も。一応、行く時の報告は先にしてあった」
「……なるほど、そうだったんですね」
頷きながら、三人の態度がまったく異なっているというか、普通のものになっていることに気付く。
多少の警戒は残っているようだが、これならばパーティーメンバーへの態度として普通だ。
やはりと言うべきか、どうにも色々とすれ違いのようなものがあったらしい。
そのことに彼女達も気付いたからこその、この態度といったところか。
「ま、それに魔石の換金もしなくちゃならないしね。大体の場合は一人に頼んで、分けるのは次に会った時に、ってなるものだけど」
「そういえば、確かに魔石もありましたね……」
改めて、セーナには色々と知らないことや思い至らないことがあるようだと思い知る。
まあ、ずっと採集依頼だけをやっていただけだったし、迷宮にも興味はあったが、行くのはもっと後だろうと思っていた。
本来はじっくり準備などをしながら冒険者生活をするつもりだったのである。
予定外尽くしの現状だということを考えれば、当たり前のことかもしれない。
「さて、それでどうするかなんだけど……ま、ボクが代表して行ってくるのがいいかな? ボクが一番慣れてるし、何よりも皆早く休みたいだろうしね」
「否定はしないけど……それはあんたもでしょ?」
「ボクも否定はしないけど、別に皆で行ったから手続きが早くなるもんでもないしね。ああ、魔石がしっかり等分で分けられるのか心配だっていうなら、無理にとは言わないけどね」
パーティーで行動した結果得られた報酬というのは、基本的には等分するものである。
無論それは魔石の換金も同様であり、だが一人に任せたためにちょろまかされたりするというのはよく聞く話だ。
そういう意味で言えば、確かに一緒に行ったほうが安全ではあるのだろうが……それはつまり、その人のことを信用していないということである。
「……ま、任せるわ。正直そこまでお金に困ってもいないし、必要でもないもの」
「同じく。それよりも早く休みたい」
「えっと……わたしもお任せします」
「そう? 皆人がいいなぁ……騙されないように気をつけるんだよ? でもまあ、了解。じゃあボク一人で行ってくるよ。分配は……明日でいいよね? その時に色々と話したいこともあるんだけど……いいかな?」
最後の言葉だけは、セーナにのみ向けられていた。
セーナの方こそ聞きたい事が色々とあったので、躊躇うことなく頷く。
「はい。わたしも色々と聞きたい事があると言いますか……どうにもわたしは何かを勘違いしているような気がしますので」
「ああ、うん、やっぱり? 何かそんな気がしたんだよね……。まあこれは互いにって気もするんだけど……じゃあ、その勘違いを早めに正すためにも、一つだけ先に質問があるんだけど、いいかな? キミは自分のクラスを治癒士だって言ってたけど……治癒士ってキミはどんなものだと思ってる?」
その瞬間、エルザ達の間が緊張と警戒が戻った。
その答え次第では、また態度が元に戻るというのは言われるまでもなく分かる。
だがということは、どうやらそこの時点で何かすれ違いが発生していたらしい。
とはいえ字面からしてどんなものかなど一つしかない気がするのだが……。
「えっと……そのままの意味ではないんですか? 魔導士が魔法を使う人であるように、治癒士は誰かの傷を癒したりする人のことだと思っていたんですが……」
「あー……うん、そっか。まさかそこを知らないとは、さすがに予想できないよねえ。ただこれはギルド側の怠慢なんじゃないかと思うんだけど……まあいいや」
「あの……?」
「治癒士ってのは……まあ一言で説明するのは難しいから、詳しいことは明日説明するつもりだけど、簡単に言っちゃえば、他人を陥れた挙句自分諸共周囲を破滅させようとするようなクズが自称するクラスなのよ」
「……はい? あの……何でそんなことに?」
何故そんな人が治癒士を名乗るのかも分からないし、わざわざ自称するのかも分からない。
そこにどんな経緯と意味があるというのだろうか。
「だから、複雑。幾つかの事情が絡み合った結果」
「ま、そういうことだね。冒険者の間では常識なんだけど……やっぱこれギルドの怠慢だよね。ボク達の側で判断出来ることじゃないし。もちろんキミにも責任はないし……いや、キミだけが一方的な被害者かな。どんな理由があれ、何も知らないキミに酷い態度を取っちゃってたわけだしね。本当にごめん」
「……ごめんなさい」
「そうね……っていうか、この中では多分あたしが一番悪いわ。あたしが気付かなくちゃならなかったんだし。本当にごめんなさい」
「い、いえっ、常識なのでしたら、わたしがそれが知らないのが悪いということですので、わたしにも責任はあるかと……!?」
頭を下げる三人に、慌てて止めるよう告げる。
これはただの不幸な事故だったのだ。
誰が悪いという話でもあるまい。
「そう言ってくれると助かるかな。ま、とりあえずこれで一つ懸念はなくなったかな。その分本当に明日色々と話さなけりゃならなそうだけど」
「今更」
「そうね。最初からそのつもりだったわけだし」
「それもそっか。ま、とりあえずそろそろ行こっか。ここで話してても仕方ないしね」
「そうですね。……あっ、あのっ、その前にすみません。一つ気になったのですが、わたしが治癒士というものを勘違いしていたということは、ギルドにそのことを伝える必要があるということですよね?」
「うん、そうだね。一応今日報告する時にボクからもそれとなく触れるつもりだけど……それが?」
「その……出来ればわたしが使える力のことは黙っていていただきたいのですが……」
伝説の力など、気楽な冒険者生活を送るにはどう考えても不要なものだ。
エルザ達が知ってしまったのは最早どうしようもないが、出来ればそれ以上の広がりは食い止めたいところであった。
「ああ、そういうことなら心配いらないわよ。そもそも冒険者が自分の力を隠すのは当然のことだもの。ギルドにもそういった類のことの報告義務はないし、仲間のそういったことをベラベラと喋るアホはいないわ。……分かってるわよね?」
「余計なことを言うのは厳禁」
「分かってるって。ボク達の不利になるようなことは言わないよ。で、キミもそれで大丈夫かな?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「当たり前のことなんだから礼は必要ないって。それじゃ、本当に行こうか」
黒髪の女性の言葉に安堵しつつ頷き、歩き出したその後を付いていく。
ふとそこで、そういえば未だに黒髪の女性と水色の髪の少女の名前がどちらがどちらなのか分からないままだということに気付くが、まあどうせ明日色々と話すことがあるというのだ。
その時ついでに聞けばいいだろう。
明日はどうなるのだろうかと思わなくもないが……結局は今日も何とかなったのだ。
ならばきっと明日もどうにかなるに違いない。
とりあえず自分の常識が色々と足りていないということだけは確かなようだが……さて、どうなることやら。
そんなことを思いながら、セーナは歩幅を三人に合わせつつ、その後ろをゆっくりと歩いていくのであった。
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ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
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姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
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