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第3話 元聖女、逃げる
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しっかり注意をしていたためか、今度は誰にも邪魔されることなく無事自分の部屋へと戻って来たセーナは、安堵から一つ息を吐き出した。
これで最低限の準備は終わったからだ。
「まあ、ろくなものを準備することは出来ませんでしたが……もう時間もありませんし、こんなものでしょう」
そう呟くセーナの目の前にあるのは、ナイフが二丁に寝袋が一つ、ずた袋のようなものも一つあり、そこには食料などが入っている。
そして準備できたものは、以上だ。
「……まあ、あまりかさばるものを持っては、移動が大変になるだけですしね」
実際には他に有用なものは見つからなかった、というだけではあるが、その言葉も本心といえば本心だ。
特に旅そのものはともかく、これからこの家からこっそりと抜け出さねばならないのである。
朝食の時を狙うために誰かに見つかる可能性は低いだろうが、荷物は少ないに越したことはあるまい。
「ともあれ、これで準備は完了ですね。……そっちもまあ、一応終わりましたし」
そう言ってセーナが視線を向けたのは、部屋の真ん中にあるテーブルの上であった。
そこには三十本ほどの瓶が並べられている。
それらはセーナが集め、並べたものであった。
有用なものを探す過程でふと思ったところがあって、集めたのだ。
無論持っていくためではない。
ここに……この家の家族達に残すために、集めたのである。
厳密には、その瓶の中に入っている液体を、ではあるが。
透明な液体であるそれは水ではなく、聖水と呼ばれているものだ。
まあ、三百年前にはそう呼ばれていた、というだけなので、もしかしたら今は違う呼び方をされているのかもしれないが……呼び方で効能が変わるわけではあるまいし、問題あるまい。
セーナのお手製であった。
とはいえ、大層なものではない。
この聖水は前世の頃にも作っていたのだが、作り方は簡単で、傷を治したりする時と同じように水に対して手をかざしながら祈るだけなのだ。
そんな片手間のように作れるだけあって、少しだけ変わった効能を持たせることは出来るものの、それだけである。
何せ多少身体の調子を整えたり、掠り傷が治ったりする程度のものなのだ。
ないよりはマシといったものでしかない。
聖女が手ずから作り出したものであるからか、前世の頃はそれなりに人気はあったようだが……正直なところ、この家には不要である可能性は高い。
世の中にはポーションと呼ばれる霊薬があり、効果の高いものであれば重症ですらあっという間に治すことが出来るというのだ。
本で読んだだけなので実物を見たことはないのだが、辺境伯の家であれば当然用意されているだろう。
だから、聖水なんてものを渡しても邪魔にしかならないだろうということは分かっているのだが……それでも、何もないよりはいいはずだ。
何も残さないで、ただ去ってしまうよりは。
「……まあ、言ってしまえばただのわたしの自己満足なわけですが……心残りを作ってしまうよりは、いいですよね」
二度と戻ってくるつもりがないわけではないが、一度戻るにしてもきっと何年も後のことになるだろう。
その間ずっと引きずってしまうよりは、何か意味があるか分からないながらも、何かやったという事実があるだけで違うはずだ。
ちなみに、何年も後になる、というのは、何年も逃げ回り続ける、という意味ではない。
そういう面があるのも否定はしないが、どちらかと言えばそれはついでとすら言える。
事実だけを言ってしまえばセーナはこの家から逃げるわけではあるが、セーナにはしっかりした目的があるのだ。
むしろ、逃げるのはいいがこれからどうしようか、ということを考えている間に思い付いた、といった方が正確かもしれないが。
だが、どんな経緯で誕生したものであろうとも、目的が出来たことに違いはあるまい。
その目的というのは……セーナが前世で出来なかったことであった。
前世では出来なかったことを果たすのを、これからの目的にしようと思い至ったのだ。
つまりは――
「――目指せ、気楽な生活、です!」
それこそがセーナが前世で、この世界にやってきたことに望んだことなのである。
結局果たすことは出来ないどころか、さらなるブラックな生活を送ることになってしまったわけだが……ゆえに、今度こそ気楽に、思うがままに生きようと決めたのだ。
具体的にどうするかということはまだまだ未定だが、とりあえず考えていることはある。
「一先ずは、目指せ冒険者、ですね」
それは、セーナが知っている中で、この世界で最も気楽に生きられるだろうものであった。
冒険者とは、言ってしまえば何でも屋のようなものである。
なるために資格などは必要なく、しかしだからこそゴロツキ一歩手前の存在でもあるのだとか。
だが同時に、冒険者とは何よりも自由なのだ。
その分全ては自己責任であるが、
実は姉であるアルマも、そして下の姉も、かつて冒険者だったことがあるらしい。
その頃の話を何度も聞いたことがあり、その自由さと奔放さに、セーナは密かに憧れていたのだ。
そしてセーナが求めているものは、間違いなくそこにあった。
無論手に入れることは容易ではないだろうが……手を伸ばす価値はあるはずだ。
だから。
「わたしは今度こそ気楽に生きるために、頑張りますよ!」
そうして、むんっ、と気合を入れると、セーナは素早く荷物を纏めた。
そろそろ朝食の時間であり、家族達は今頃食堂に集まっているはずだ。
頃合であった。
「さて、それでは……いきましょう!」
まだ前世の記憶は思い出したばかりであるし、色々と思うところもある。
あるいは、こうして時間をかけずに逃げ出したことをいつか後悔するようなこともあるのかもしれない。
だけど今は、ここで行動しない方が後悔すると思うから。
一度だけ部屋の中を見回すと、セーナは全てを置き去りにするかのように、勢いよく部屋を飛び出したのであった。
これで最低限の準備は終わったからだ。
「まあ、ろくなものを準備することは出来ませんでしたが……もう時間もありませんし、こんなものでしょう」
そう呟くセーナの目の前にあるのは、ナイフが二丁に寝袋が一つ、ずた袋のようなものも一つあり、そこには食料などが入っている。
そして準備できたものは、以上だ。
「……まあ、あまりかさばるものを持っては、移動が大変になるだけですしね」
実際には他に有用なものは見つからなかった、というだけではあるが、その言葉も本心といえば本心だ。
特に旅そのものはともかく、これからこの家からこっそりと抜け出さねばならないのである。
朝食の時を狙うために誰かに見つかる可能性は低いだろうが、荷物は少ないに越したことはあるまい。
「ともあれ、これで準備は完了ですね。……そっちもまあ、一応終わりましたし」
そう言ってセーナが視線を向けたのは、部屋の真ん中にあるテーブルの上であった。
そこには三十本ほどの瓶が並べられている。
それらはセーナが集め、並べたものであった。
有用なものを探す過程でふと思ったところがあって、集めたのだ。
無論持っていくためではない。
ここに……この家の家族達に残すために、集めたのである。
厳密には、その瓶の中に入っている液体を、ではあるが。
透明な液体であるそれは水ではなく、聖水と呼ばれているものだ。
まあ、三百年前にはそう呼ばれていた、というだけなので、もしかしたら今は違う呼び方をされているのかもしれないが……呼び方で効能が変わるわけではあるまいし、問題あるまい。
セーナのお手製であった。
とはいえ、大層なものではない。
この聖水は前世の頃にも作っていたのだが、作り方は簡単で、傷を治したりする時と同じように水に対して手をかざしながら祈るだけなのだ。
そんな片手間のように作れるだけあって、少しだけ変わった効能を持たせることは出来るものの、それだけである。
何せ多少身体の調子を整えたり、掠り傷が治ったりする程度のものなのだ。
ないよりはマシといったものでしかない。
聖女が手ずから作り出したものであるからか、前世の頃はそれなりに人気はあったようだが……正直なところ、この家には不要である可能性は高い。
世の中にはポーションと呼ばれる霊薬があり、効果の高いものであれば重症ですらあっという間に治すことが出来るというのだ。
本で読んだだけなので実物を見たことはないのだが、辺境伯の家であれば当然用意されているだろう。
だから、聖水なんてものを渡しても邪魔にしかならないだろうということは分かっているのだが……それでも、何もないよりはいいはずだ。
何も残さないで、ただ去ってしまうよりは。
「……まあ、言ってしまえばただのわたしの自己満足なわけですが……心残りを作ってしまうよりは、いいですよね」
二度と戻ってくるつもりがないわけではないが、一度戻るにしてもきっと何年も後のことになるだろう。
その間ずっと引きずってしまうよりは、何か意味があるか分からないながらも、何かやったという事実があるだけで違うはずだ。
ちなみに、何年も後になる、というのは、何年も逃げ回り続ける、という意味ではない。
そういう面があるのも否定はしないが、どちらかと言えばそれはついでとすら言える。
事実だけを言ってしまえばセーナはこの家から逃げるわけではあるが、セーナにはしっかりした目的があるのだ。
むしろ、逃げるのはいいがこれからどうしようか、ということを考えている間に思い付いた、といった方が正確かもしれないが。
だが、どんな経緯で誕生したものであろうとも、目的が出来たことに違いはあるまい。
その目的というのは……セーナが前世で出来なかったことであった。
前世では出来なかったことを果たすのを、これからの目的にしようと思い至ったのだ。
つまりは――
「――目指せ、気楽な生活、です!」
それこそがセーナが前世で、この世界にやってきたことに望んだことなのである。
結局果たすことは出来ないどころか、さらなるブラックな生活を送ることになってしまったわけだが……ゆえに、今度こそ気楽に、思うがままに生きようと決めたのだ。
具体的にどうするかということはまだまだ未定だが、とりあえず考えていることはある。
「一先ずは、目指せ冒険者、ですね」
それは、セーナが知っている中で、この世界で最も気楽に生きられるだろうものであった。
冒険者とは、言ってしまえば何でも屋のようなものである。
なるために資格などは必要なく、しかしだからこそゴロツキ一歩手前の存在でもあるのだとか。
だが同時に、冒険者とは何よりも自由なのだ。
その分全ては自己責任であるが、
実は姉であるアルマも、そして下の姉も、かつて冒険者だったことがあるらしい。
その頃の話を何度も聞いたことがあり、その自由さと奔放さに、セーナは密かに憧れていたのだ。
そしてセーナが求めているものは、間違いなくそこにあった。
無論手に入れることは容易ではないだろうが……手を伸ばす価値はあるはずだ。
だから。
「わたしは今度こそ気楽に生きるために、頑張りますよ!」
そうして、むんっ、と気合を入れると、セーナは素早く荷物を纏めた。
そろそろ朝食の時間であり、家族達は今頃食堂に集まっているはずだ。
頃合であった。
「さて、それでは……いきましょう!」
まだ前世の記憶は思い出したばかりであるし、色々と思うところもある。
あるいは、こうして時間をかけずに逃げ出したことをいつか後悔するようなこともあるのかもしれない。
だけど今は、ここで行動しない方が後悔すると思うから。
一度だけ部屋の中を見回すと、セーナは全てを置き去りにするかのように、勢いよく部屋を飛び出したのであった。
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