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元最強賢者、模擬戦の話し合いを行う

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 唐突に模擬戦をやるぞと言われ、よしやろう、とか言えるのは、脳筋か戦闘狂ぐらいのものだろう。
 そして脳筋気味の傾向があることがほぼ確定してきたザクリスはともかく、大半の生徒達はそうではない。

 疑問と困惑の混じった顔を向けるのは当然のことであった。

「ふむ……その結論に至った理由は説明してくれるのじゃよな?」

「ああ、勿論だ! 何も言われずに模擬戦をしろと言われても何がなんだか分からないだろうからな!」

 どうやら一応分かってはいたようだ。
 分かっているのならばまず説明から入るべきではないかと思うが、結局説明されるのならば問題はないだろう。

「さて、では何故模擬戦をすることになったのかだが、それはお前達の魔法の腕前が一定以上の水準に達していると判断出来たからだ! 要するに、既に俺が教えられる域にはない、ということだな! 厳密に言えば教えること自体は可能だろうが、それよりも他のことを教えた方が効率がよさそうだ、ということだ!」

「……それは、全員が、ですか?」

「無論だ! 文字通りの意味で全員だ!」

 ザクリスの断言に、質問をした緑髪の少年の顔が忌々しげに歪んだ。

 まあ、今のは捉えようによっては、AクラスとFクラスに差はないと言われたようにも聞こえる。
 実際にはそこまで言ってはいないのだが、彼がAクラスというものに対し歪んだ優越感や誇りのようなものを持っているのは見ていれば分かることだ。
 今の言葉によってそれを汚されたようにでも感じているのかもしれない。

 だがザクリスは少年の様子に気付いていないかのように言葉を続ける。

「そして、だからこその模擬戦でもある! 模擬戦を行うには、全員の腕が一定以上なければならないからな! しかも模擬戦をやることで、複数人で行動する場合の動きを見ることが出来る! これは大切だ! 魔導士は一人で行動することは稀で、集団で行動するのが基本だからな!」

 この辺の話は基本的なことなので、リーンも当然知っている。
 しかし知ってはいても、こうして改めて聞くと、本当に魔法や魔導士の扱いは現代と千年前とで変わったものだと思う。

 魔導士の数が限られている、という点では同じだが、千年前に比べれば遥かに多いし、運用方法に関してはまるで異なっている。
 まさか魔導士が他人と歩調を合わせることになるとは思わなかったし、合わせることが出来るなど予想だにしていなかった。

 魔導士が協力するというのはそれぞれが邪魔をしない範囲で好き勝手にするという意味だったというのに、そんな魔導士が集団で行動するのが基本になるなど、まさにまさかという感じである。

「無論賢者に至ればまた話は変わってはくるものの、そのためには魔導士としての動きが出来るのが前提だ! 賢者といえど、常に一人で行動するわけでもないしな! とはいえ、さすがに集団戦を経験したことがある者ばかりではないだろう! とりあえずは、今どれだけ動けるのかを知るのが目的だから、そのつもりでな! さて、では何か質問はあるか!?」

 質問があるかと言われたら、ないわけがないが、果たして何から質問したものかとばかりに、互いに顔を見合わせる。
 そして代表するように手を上げたのは、ユリアであった。

「模擬戦はいいんですが、どの程度の規模でやるんでしょうか? さすがに他クラスとやる、というわけではないですよね?」

「そうだな、そのうちやりたいと思ってはいるが、さすがにまだ早いだろう! 一応ここの中で四から六人程度の班を作り、それで行わせる予定だ!」

「班を作る基準のようなものはあるのじゃろうか?」

「特にないぞ! 既に互いが魔法を使うところは見ているのだから、それ以外に基準となるものは必要ないだろうしな!」

 続けて放った自らの質問への回答に、リーンはふむと呟く。

 互いの魔法を見たとは言っても、一人一度ずつでしかないのだが……まあ、ある程度の才があれば、十分と言えば十分か。
 この中にその才に達していないものはいないだろうし、リーンに関しては言うまでもない。
 もっとも、班決めに関しては、それ以外の要素によって決まるような気はするが。

「練習時間というか、そういうのはあるの? さすがに組んで即座に模擬戦をやるというのは難しいと思うんだけど」

 そんなことを考えていると、エリナからの質問にザクリスは肯定で答えた。
 ここに来た経緯から考えるに、それも有り得ると思っていたのだが、さすがにないようだ。

「模擬戦は明日を考えている! とはいえ、本格的な練習などをする必要はないぞ! むしろお前達の素の動きを知りたいのだから、下手に練習をされると困るな! 最低限連携が取れるように、軽く動きを合わせる程度にしておけ!」

「……確かに、今どれだけ動けるのかを知るのが目的の模擬戦なのに、あまり練習をしちゃったら意味ないわね」

「ですね。どんな魔法が使えるのか、ということを知らないとまともに連携も取れないでしょうから、打ち合わせをする必要はあるでしょうが、その程度で済ませておけ、ということですね」

「ふむ……互いに持っている手札次第では、最低限のことしか……いや、下手をすれば最低限のことすらも共有出来ない状況で模擬戦をするようなことも有り得そうじゃが、まあ仮にそうなったとしても最悪のことにはならんかの」

 千年前であれば、まずは同士討ちを警戒しなければならないところではあるが、さすがに現代ではその必要はないだろう。

 というか、千年前最も問題だったのは、そのつもりがないのに同士討ちになってしまう可能性が高かったことの方なのだ。
 しかし、少なくとも今日目にした限りでは故意に何かをしない限りはその心配はなさそうなので、千年前に比べれば遥かに連携しやすいことに違いはあるまい。

「さて、では早速班を作ってみろ! 今回のことはあくまでも参考に過ぎないから、そこまで気合を入れる必要はないぞ!? 思うがままに組んでみるがいい!」

 そんな言葉と共に班決めが始まったが……結論から言ってしまえば、まあ予想通りのことになった。

 リーンの前にいるのは、二人――エリナとユリアのみ。
 つまりFクラスのみの班となったわけだが、さもありなんといったところである。

「……ま、そりゃこうなるわよね」

「向こうも彼の態度に賛同を示している人ばかりではないとは思いますが、かといってこちらと手を組めるかと言えば、それはまた別の話でしょうしね」

「正直そんなことをしたところで、向こうに利点はないじゃろうからの」

 話としては一応四人以上となっていたはずだが、集まらないのであればどうしようもない。
 対する向こうは五人と六人で班を作っており、この時点で人数差が酷いことになっているが……まあ、何とかなるだろう。

 だが、そんな状況を確認して、向こうは自分の立場というものを思い出したようだ。
 エリナが魔法を使って以降収まっていた嘲笑が、緑髪の少年の口元に浮かび上がった。

「はっ……おいおい、Fクラスのやつら三人しか集まってねえじゃねえか。誰かいってやったらどうだ?」

「やだよそんなの。いったところで、どうせ無様に負けるだけなんだろ」

「そうよねえ。どうせ無様に負けることが決まってるんだから、いくわけないじゃない」

「ま、確かにな。なら、仕方ねえ。精々教えてやるとするか。魔法だけが上手く使えたところで、魔導士として優秀とは限らねえんだってことをな。Aクラスらしく、Fクラスのやつらによ」

「……相変わらず好き勝手言ってくれてるわね。とはいえ、事実といえば事実なのよね……」

「人数の差がありますからね。模擬戦はやはりここで行われるのでしょうし、魔法の打ち合いにでもなるならともかく、色々な意味で不利なのは否めないと思います」

「ふーむ……そうかの?」

 向けられている嘲笑と、エリナとユリアの言葉、双方合わせてリーンは首を傾げた。

 現代での魔法の打ち合いというのがどういうのかは分からないし、人数の差があるのは事実ではある。
 だが正直なところ、今日見た限りでは不利な要素があるようには見えなかった。

「そうかの、って……あんた分かってんの? 確かにあんたの魔法は驚いたし凄かったと思うけど、対人戦ってのは魔法の殺傷力を極端に抑える結界が張られるから、魔法は有効打にはなりえないわ。だからこそ、魔法の打ち合いになるなんてことがないんだってのに……」

「ほぅ……そうだったのじゃな。それは知らなんだ」

「……そう言う割に、特に問題ない、とでも言いたげですね?」

「実際そう思っているからの」

 仮に本当に殺傷力がほぼなくなってしまうのだとしても、やりようなどは幾らでもある。
 それこそ、魔法を使わずとも、だ。

「というか……まあ、ハンデにしては温すぎる気もするのじゃ。むしろ儂としてはAクラス対Fクラスにしても問題ないと思っているからの」

「っ……テメエ、喧嘩売ってんのか?」

「お主に言われたくはないのじゃが……しかしそれはそれとして、心外じゃの。事実を告げただけで喧嘩を売ったと思われるとは予想外なのじゃ」

「……上等だテメエ……! ぶっ殺す……!」

「いや、模擬戦だというのに、殺すはまずいじゃろう。今回の模擬戦の趣旨を理解しているのかの?」

「っ、テメエ……!」

 本気で殺そうとするように、殺意を込めた視線で見つめてくる少年へと、リーンは肩をすくめる。

 この程度の挑発で頭に血を昇らせるなど、まだまだだ。
 あるいは、随分と実家の影響力があるらしいので、煽り慣れていないのかもしれない。
 千年前の魔導士というのは基本性格が破綻していたので、本人がそれと意識していなくとも煽ってきていたものだったのだが。

 今にも襲い掛かってきそうなその様子に、少し加減を間違えたかもしれないと思うも、少年が襲い掛かってくることはなかった。
 少年の自制が利いたのではなく、取り成すようにザクリスが両手を数度叩いたからだ。

「やる気になっているのは結構だが、先程も言ったように模擬戦は明日だ! その滾る思いは、明日ぶつけるように!」

「……ちっ。……テメエ、覚えてやがれよ……!」

 瞳に宿った殺意をそのままに、少年は顔を背ける。
 どうやらそのまま明日のための話し合いを行うようだ。

「……ちょっと、大丈夫なの? あいつ本気で殺しにきそうな勢いだったけど……?」

「なに、ちょっと言い過ぎたかと思ってはいるも、言ったこと自体は事実じゃからの。むしろそれほどやる気になってくれるというのならば、望むところじゃよ」

「……リーンさんは大物ですね。では、私達が足を引っ張るわけにはいきませんし、私達も話し合いをするとしましょうか」

 その言葉に異論はなかった。

 一人でもどうにか出来る自信はあったが、やるのは集団戦を想定した模擬戦なのだ。
 一人で全員を倒せたところで、趣旨に沿ったものでなかったら意味はあるまい。

 自分で言った言葉だというのに、自分が守れなかったらただの間抜けだ。
 間抜けにならないためにも、話し合いはしっかりする必要がある。

 そうして、時折刺すような視線を背中に感じながら、リーン達も明日の為に話し合いを行うのであった。
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