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常識外れの欠落者

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 呆然から一転、ざわめきと化した空気の中、自身も呆然から復帰したザクリスは、なるほどと呟いた。
 周囲から聞こえてくる声は、馬鹿な、有り得ない、などとであり、そうだろうなと頷く。

 今年のFクラスはAクラスと合同にするという話を聞いた時、正直なところザクリスは学院長の正気を疑った。

 互いに少人数であり、刺激を与え合うことが出来るだろうから、などと言っていたものの、ザクリスに限らず真面目にその話を受け取っていた者はいなかったように思う。
 しかしそれも当然のことだろう。

 Fクラスというのは、賢者学院の中でも特に特異な、あるいは異質なクラスだ。
 落ちこぼれクラスと呼ばれるのは故あってのことであり、実際Fクラスに所属する者の大半は学院で学ぶつもりのない者ばかりである。

 学院は強制ではないとされてはいるものの、色々なしがらみがあってそんなことを言ってられない者も世の中には存在しているのだ。
 学ぶ気はなくとも、学院に通い卒業したという事実は必要、というわけである。

 だが彼らを隔離しておくのは、むしろ周囲のためであった。
 基本的に賢者学院へと来る者は向上心溢れた者ばかりではあるものの、ずっとそうでいられるかと言えばそうではない。
 心が折れてしまい挫折してしまうことは、周囲が優秀な者ばかりだからこそ、よくあることなのだ。

 ただでさえそんな状況だというのに、自分達の中にやる気など微塵もない者が混ざっていたら、どうなるだろうか。
 やる気などないというのに、将来が自分以上に安泰であることが決まっている者がいたら、どう思うか。

 無論そういった者は別の面で苦労をしてはいるのだが、見えないということは当人にとって存在していないのと同義だ。
 そこで何クソと燃え上がることが出来る者ならば問題はないが、そういった者ならば最初から挫折をすることはないだろう。

 そして賢者学院においてさえ、それが出来る生徒は稀である。
 無力感を覚えてしまう者の方が多く、そのような者達を守るためにこそFクラスは隔離されているのだ。

 そういう意味では、なるほどAクラスと合同にしても問題はあるまい。
 Aクラスの者達は魔導士候補であり、実質的な賢者候補だ。
 怠け者が多少混ざったところでどうこうなるほど、彼らの持つ才は低くはない。

 だが、どれだけの才があろうとも、彼らも人であり、まだ子供なのだ。
 Aクラスの中でも格付けが行われることは珍しいことではなく、また他のクラスを見下すようなことも例年よく見られる。

 ましてや同じクラスに見下す相手がいたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
 実際去年はそうなっていたし、その対象となっていた人物が今年はFクラスにいる。
 去年と同じ……いや、あるいはそれ以上の光景が繰り広げられるであろうことは、これまた明らかであった。

 そもそも今年は、ただでさえ欠落者がいるのだ。
 欠落者が学院に通うというだけでも前代未聞なのに、そこに賢者学院始まって以来初となる落第生まで加わってしまったらどうなるか分かったものではない。

 しかもその二人は、どちらも公爵家の娘なのだ。
 色々な意味で何が起こっても不思議はなく、その時自分が責任を取れるかはまったく自信がなかった。

 しかしそんな懸念を口にしたザクリスに学院長が返してきた言葉は、何の問題もない、というものであった。
 どころか、どちらかと言えば気にすべきはAクラスの方だとまで言ってきたのだ。
 なまじ才能があるからこそ心が折れてしまうかもしれないから、注視しておくように、と。

 ただ、そこでザクリスが納得したのは、その懸念もまたザクリスが抱えていたものの一つではあったからだ。
 今年Fクラスに在籍することとなった最後の一人――ユリア・ヴェシミエス。
 彼女はAクラスの者達を遥かに越える才を持つ、天才であった。

 賢者学院の入学試験は、最高と呼ばれるだけの難易度を誇っている。
 半分取れれば入学には十分であり、八割以上でAクラス確定、九割以上を取るのは実質的に不可能だと言われていた。

 一割の問題は賢者学院で習うものであったり、賢者学院ですら習わないものが含まれているからだ。
 主に賢者学院がどういう場所であるのかを教えるための問題でしかなく……だがそんな試験で、ユリアは全科目満点という、賢者学院始まって以来初となる快挙を成し遂げたのである。

 そんな彼女が何故Fクラスに配属されることとなったのかと言えば、天才過ぎたからだ。
 Aクラスが隔離されているのと同様、Aクラスに入れてしまったら、その圧倒的な才に他の者が潰されてしまうと考えられたからである。

 というか、元々Fクラスとは、そういうためのクラスでもあるのだ。
 Aクラスの隔離基準は才能だが、Fクラスの隔離基準は、その者に対して学院側が何かをする必要があるか、出来ることがあるか、というものなのである。
 学院側が何も教えられることはないが、それでも事情があって学院に入る必要がある、という者が隔離される先もFクラスだということだ。

 もっとも、そういった取り決めが存在していたというだけで、実際に適用された者はいなかったのだが……そういったわけで、てっきりユリアのことを指してのことだったと思ったのである。
 だが。

「……なるほど! 確かに、こんなものを見てしまえば納得するしかないな!」

 ――規格外。

 あの学院長をしてそう言わしめた少女のことを眺めながら、ザクリスはもう一度なるほどと呟く。
 外見上の特長から考えると間違いなく欠落者と呼ばれる存在であるはずなのだが……。

「……いや、学院長曰く、それはそれで正しい、ということだったか!?」

 その上で常識に縛られないからこそ、規格外なのだ、と。

「ぬぅ……だが何にせよ、凄まじい威力の魔法だ! いや、というよりも……魔法でこれほどの威力を出せたのだな……!」

 勘違いされることも多いが、魔法の真価というものはその汎用性にこそある。
 魔導士が戦闘に駆り出されることが多いのも、戦力としてというよりかは一人で様々なことが出来ることを期待されてのことなのだ。

 無論魔導士が戦力的に使えないということではないし、攻撃として使える魔法もあるにはある。
 しかし、わざわざそのために貴重な魔導士を用いる価値があるかと言えば、そうではないのが大半だ。
 戦力が欲しければ騎士の数を増やしたりすればいい話であって、魔導士はそれよりも他に回した方が有用なのである。

 だがそれは同時に、攻撃魔法の威力が大したものではないからでもあった。
 たとえば、先ほどの二人、エリナとハンネスが使った魔法であるが、あれは二人にとって自分が使える魔法の中で最大の威力を持つものであったはずだ。

 しかし実のところ、エリナだけではなくハンネスの使った魔法もまた分類上は下級魔法なのである。
 ハンネスの使った魔法の方は下級の中でも上位の方ではあるが、分類上は二つの魔法に違いはないのだ。

 だが、攻撃魔法の大半はそもそもが下級魔法である。
 一部中級魔法に相当するものもあるにはあるが、そんな魔法を使えるのはそれこそ十賢者ぐらいのものだろう。
 新入生であることを考慮せずとも、二人が使った魔法は魔導士でも通用するほどに強力な魔法だったのである。
 そしてそんな魔法を遥かに上回るほどの魔法を放つとなれば、規格外だと認めざるを得まい。

 しかも、どうやらエリナに対しても何かをやったようだ。
 エリナ……元天才少女。
 彼女もまた去年史上初として賢者学院にやってきた者ではあり、生徒間で色々と言われているのは知っているが、実際には彼女もまた天才ではあった。

 少なくとも去年の時点では、学院が特別扱いをするに相応しいと判断する程度には、彼女は天才だったのだ。
 入学試験の結果は、八割程度の得点ではあったものの、十一歳であったことを考えれば十分に過ぎるだろう。

 それに学院側が彼女を天才だと判断したのは、学力というよりは魔法の腕に対してのものだ。
 全教科満点を取ったのはユリアが初であるが、実技試験で満点を取ったのは、エリナが初であったのだから。

 しかし、そうして学院へと入ったエリナは、すぐに出来損ないの烙印を押されることになる。
 学院が、全教師があれほど認めた魔法が、まったく使えなくなっていたからだ。

 その原因は不明であり、どれだけ調査をしても手がかり一つ見つけることは出来なかった。
 その結果、不本意ではあるが、噂として流れていたように、何らかの手を使って騙したのではないかとするしかなかったのだ。
 彼女にそんなことをする利点は何一つとして存在していなかったにもかかわらず、である。

 賢者学院は、魔法を使えることを前提とした、賢者の素質を持った者を見い出し、育成するための学び舎だ。
 そのためには魔法を使えるのは必須で、だから本来ならば彼女は即座に退学処分となるはずだった。

 そうならなかったのは、彼女が公爵家の人間であり、賢者学院を卒業する必要があったからだ。
 だがクラスが変更されるのは年に一度のみと決められていたため、彼女はAクラスのままで一年を過ごし、本人の希望もあり今年は留年してFクラスとなった。

 かと思えば、唐突に再び魔法が使えるようになったのだから、本当にもう何がなんやらといったところだ。

「確かに、上手くいけば彼女のことも解決するかもしれない、などと言ってはいたが……さすがは学院長といったところか……!」

 そしてそれ以上に凄いのは、実際にそれを成したあの白髪の少女だ。

 リーン・アメティスティ。
 入学試験を受けていたら、ユリアですら霞むことになっていたかもしれない、などと学院長は冗談交じりに言っていたものだが……もしかしたらあれは冗談ではなかったのかもしれないと、今更になって思う。
 少なくともリーンが今使った魔法が入学試験で使われていたら、満点どころか満点以上の点数が出ていてもおかしくはなかった。

 単純な魔法の威力もそうだが、学院の訓練場の壁は反魔法の結界が張られている。
 魔法では傷一つ付かないはずで、しかし現実はご覧の有様だ。
 この有り得ざる光景に衝撃を受けないものはいないだろう。

 ふと、ザクリスは学院長が言っていた言葉を思い出す。
 彼女は欠落者で間違いないが……最も欠けているものを一つあげるとすれば、それは常識的な判断力かもしれない、と。

 常識を知らないわけではない。
 ただ、知った上で判断基準がおかしいのだ。
 不思議そうな顔をして首を傾げている少女を眺めながら、ザクリスは三度なるほどと頷いた。

 学院長が直々に推薦したということや、色々と口を出してきたことから、実は賢者の後継者として考えているのではないか、などという笑い交じりの噂話ともなっていたが……あるいは的を射ていたのかもしれない。
 もしくは何か別の理由があるのかもしれないが、何にせよ特別であることに違いはないようだ。

「そしてこれは確かに、刺激を与えることは出来るだろうな……劇薬すぎるような気もするが!」

 ただ、Aクラスの側はともかく、Fクラスの側は刺激を受けることがないような気もするが……ここまで言っていたことが正しかったことを考えれば、きっとそっちもまだザクリスが理解出来ていないだけで、正しいのだろう。

 とはいえ今気にすべきなのは、やはり劇薬になりすぎるのではないかという懸念の方か。
 そちらも学院長に考えがあるのだろう、と言いたいところだが――

「……頑張れと、心底困ったような顔で言われた気がするな!」

 つまり、頑張ってあの少女の手綱を握れ、ということなのだろうか。
 加えて天才少女と、復帰した元天才少女までいる中で。

「……ま、頑張るしかないのだろうがな!」

 学院長がああいっていたということは、きっとリーンは学業の方も優秀なのだろうが、そこも含めて何とかするしかあるまい。

 合同ではあるが、基本Fクラスは主に自習なので、授業はAクラス基準で進んでいくことになる。
 元より学業そのものは優秀であったエリナと、教えることはないと判断されたユリアのことを心配してはいなかったが、今となっては逆の心配をする必要がありそうだ。
 学業の方でも同じようなことが起こってしまったら……さて、これは確かに、Aクラスの者達を注視する必要がありそうである。

 だがこれを乗り越えることが出来れば、間違いなくAクラスの者達は今までにない以上に成長出来るに違いない。
 問題はそれ以上に潰れてしまう可能性があることだが、そこを手助けしてこその教師だろう。

 賢者学院は基本自主性を重んじているため、何か問題が生じない限りは出来るだけ教師は手助けしないこととなっている。
 エリナ達が色々と言われていようとも口を出すことがなかったのもそのためで、また彼女達ならば問題ないだろうと思ったからでもあった。

 半ば以上勘によるものなので、エリナがこうして留年した上でFクラスとなってしまった時には間違っていたのかもしれないと思ったものだが……結果的に見れば、正しかったということになる。
 無論結果がよければそれでいいというわけではないが、とりあえずは今まで通りでいくべきだろう。
 変に変わったことをしようとしたところで、上手くいくとは限らないのだから。

 まあ、教師とは言っても、まだザクリスは十年程度しか勤めていない若造である。
 そんな人物に大事な第一学年のAクラスを二年連続で担当させるなど無茶だとは思うが……それだけ学院長に買ってもらえているのだと考えれば、やるしかあるまい。

 毎年のことと言えば毎年のことではあるが、今年は特に色々な人物が集まっている。
 その中をどうするかこそが自分の腕の見せ所であり……また、生徒を導くことこそが教師の役割だ。

 ならば何とかしてみせようと、そう思いながら、ザクリスは未だに不思議そうにしている白髪の少女を眺め、気合を入れ直すように一つ息を吐き出すのであった。
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