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元最強賢者、置いていかれる
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馬車の中から外の光景を眺めながら、リーンは暇そうに足をぶらつかせていた。
というか、実際に暇を持て余しているのであり、さてどうしたものかと思っていたりする。
遠くには鬱蒼と生い茂る森が見え、馬車の中には父達もオリヴィアの姿もない。
屋敷を出発してから、既に三日。
あの森こそが、ワイバーンが見つかったという場所であり、端的に結論を言ってしまえば、リーンはここに置いていかれたのであった。
「うーむ……あの口ぶりからするとてっきり最後まで連れていってくれると思っていたのじゃが……」
しかし、さすがにこれ以上は危険すぎると言われてしまえば反論することは出来なかった。
そもそも、ここまで来ること自体が十分過ぎるほどに危険なのだそうだ。
何でもワイバーンを発見した村人の住む村はおろか、この周辺に住む全ての者達は既に避難済みらしい。
ワイバーン相手に大袈裟ではないかと思うのだが、それが現代の常識だというのであれば受け入れるしかないだろう。
「ま、それに正直ここまで来れたのであれば問題はないのじゃしな」
別にこっそりと抜け出すというわけではない。
その必要はないからだ。
――クレヤボヤンス。
瞬間、リーンの眼前に薄く張られた水のようなものが現れた。
大きさはリーンの頭よりも少し大きい程度であるが、向こう側が透けて見えるということはない。
代わりとばかりにそこに移っていたのは、四つの人影。
父達だ。
遠視の魔法を使ったのであった。
「なるべく使わない、としか言ってないわけじゃしな。それに、要するに使ってるのをバレなければいいわけじゃしの」
隠蔽しているため、魔法を使っているということを悟られることはあるまい。
直接見られてしまったら駄目なため、人前で使おうとするならば色々と改良の必要はあるが、今のところはこれで問題ないはずだ。
「……しかし、本当にあやつは古代魔法を使えなくなっとるのじゃな」
隠蔽しているとはいえ、遠視の魔法は直接相手を見ている。
魔導士相手ならばバレバレなはずで、だがオリヴィアに気付いている様子はなかった。
道中小規模の魔法を使って試していたので、分かっていたことではあるのだが……正直、思うところはある。
リーンは魔法を研究できればそれでよかったが、オリヴィアは魔法を使うことを目的としていたはずだ。
それがまったく使えなくなってしまったというのだから……きっと色々と大変だったに違いない。
「……ま、転生した儂に何かを言う資格はないのじゃがな。それよりも、集中してみておくとするかの」
わざわざ遠視の魔法を使ったのは、何も父達の様子を盗み見るためではない。
何かがあった時に介入出来るようにだ。
まあ、何だかんだ言っても、オリヴィアがいる時点でその心配はあまり必要ないのではないかと思っていたりもするのだが――
「っと、む? そんなことを言っている間に、あやつ別行動を取り始めたのじゃぞ……?」
父達に何かを喋ったような様子を見せた後、オリヴィアはまったく別の方向へと歩き始めたのだ。
迷いのない足取りからは、明確な目的があるのだろうことを感じられる。
だが、意味は分からなかった。
ワイバーンは二匹いる可能性があるとのことだったので、その片方を相手しにいった、という可能性は考えられるが……それでも、疑問は残る。
「むぅ……二匹同時を相手にするのは厳しい、というのは、てっきり謙遜だと思っていたのじゃが……」
どれだけ現代魔法が劣化していようとも、オリヴィアにはかつて魔導士として活動した経験がある。
さらにそこにリーンの知らない千年分の経験があるのだ。
ワイバーン程度ならば、二匹だろうが三匹だろうがどうとでもなると思うのだが……いや、あるいは。
「別の何かがある、ということかの?」
オリヴィアはエルフだ。
そしてエルフにとって森とは庭のようなものである。
どこの森であっても、足を踏み入れることが出来たならば、その森のどこに何があるのかを容易く把握する事が出来る、などという話を昔に聞いた事があったが……それによって、何かを見つけたのかもしれない。
そもそも、今回のことは少し妙だという話は聞いていた。
今回ワイバーンが見つかったのは、狩人をやっていた者がいつも通り森で獲物を仕留めようと思って出向いたら、遭遇してしまったからだという。
幸いにも寝ていたため、命からがら逃げることに成功したそうだが……通常ワイバーンが発見されるのは、村や街が一つか二つ滅ぼされた後で、その前に発見されることなど聞いたことがないのだそうだ。
それどころか、周辺にある村や街が襲撃された痕跡すらも見つからないらしい。
リーンはワイバーンの生態などに詳しくはないため、妙だといわれてもそうなのだろうかと思うしかないのだが、オリヴィアが言っていたので実際何かおかしいのだろう。
別行動を取ったのも、その原因となるようなものでも見つけたからなのかもしれない。
「うーむ……この魔法音は拾えんからのぅ……」
だがそんなことを考えている間に、父達の方で変化があった。
唐突に木々が途切れ、開けた空間に出たのだ。
そしてその場所に、三メートルほどのその姿は横たわっていた。
咄嗟に身構えた父達の姿を眺めながら、リーンは目を細める。
「ふむ……いくら何でも隙だらけすぎんかの? このまま魔法ぶっ放せばそれだけ終わりそうなのじゃが?」
実際それもありではないかと、一瞬思う。
この状況ならば、まさかリーンがやったとは思うまい。
家族の仲が壊れるような事態にはならないだろう。
後で話を聞いたオリヴィアが追及してくるかもしれないが、証拠は何もないのだ。
危険は排除され、父達は怪我一つなく終わる。
「というわけには……まあ、いかんじゃろうな」
ありかなしで言えば、ありだ。
しかしリーンは、父達の決意を聞いてもいる。
彼らは命懸けで、自分達の治めている土地を、そこに暮らす人々のことを守ると決めているのだ。
多分そこにはリーンも含まれていて……ここでリーンが安易に手を出してしまうのは、その心意気に泥を塗る行為のような気がした。
そもそも、父達だけで勝てる可能性は十分あるのだ。
ならばここは、父達を信じて見守るべきだろう。
その上で、危なくなりそうなら手を貸せばいい。
自らの方針を定めたリーンは、とりあえずはお手並み拝見と、始まった戦闘を眺める。
だが……父達が相手をしている『それ』の姿を見つめながら、首を傾げると、呟いた。
「――ところで、アレのどこがワイバーンなのじゃ?」
というか、実際に暇を持て余しているのであり、さてどうしたものかと思っていたりする。
遠くには鬱蒼と生い茂る森が見え、馬車の中には父達もオリヴィアの姿もない。
屋敷を出発してから、既に三日。
あの森こそが、ワイバーンが見つかったという場所であり、端的に結論を言ってしまえば、リーンはここに置いていかれたのであった。
「うーむ……あの口ぶりからするとてっきり最後まで連れていってくれると思っていたのじゃが……」
しかし、さすがにこれ以上は危険すぎると言われてしまえば反論することは出来なかった。
そもそも、ここまで来ること自体が十分過ぎるほどに危険なのだそうだ。
何でもワイバーンを発見した村人の住む村はおろか、この周辺に住む全ての者達は既に避難済みらしい。
ワイバーン相手に大袈裟ではないかと思うのだが、それが現代の常識だというのであれば受け入れるしかないだろう。
「ま、それに正直ここまで来れたのであれば問題はないのじゃしな」
別にこっそりと抜け出すというわけではない。
その必要はないからだ。
――クレヤボヤンス。
瞬間、リーンの眼前に薄く張られた水のようなものが現れた。
大きさはリーンの頭よりも少し大きい程度であるが、向こう側が透けて見えるということはない。
代わりとばかりにそこに移っていたのは、四つの人影。
父達だ。
遠視の魔法を使ったのであった。
「なるべく使わない、としか言ってないわけじゃしな。それに、要するに使ってるのをバレなければいいわけじゃしの」
隠蔽しているため、魔法を使っているということを悟られることはあるまい。
直接見られてしまったら駄目なため、人前で使おうとするならば色々と改良の必要はあるが、今のところはこれで問題ないはずだ。
「……しかし、本当にあやつは古代魔法を使えなくなっとるのじゃな」
隠蔽しているとはいえ、遠視の魔法は直接相手を見ている。
魔導士相手ならばバレバレなはずで、だがオリヴィアに気付いている様子はなかった。
道中小規模の魔法を使って試していたので、分かっていたことではあるのだが……正直、思うところはある。
リーンは魔法を研究できればそれでよかったが、オリヴィアは魔法を使うことを目的としていたはずだ。
それがまったく使えなくなってしまったというのだから……きっと色々と大変だったに違いない。
「……ま、転生した儂に何かを言う資格はないのじゃがな。それよりも、集中してみておくとするかの」
わざわざ遠視の魔法を使ったのは、何も父達の様子を盗み見るためではない。
何かがあった時に介入出来るようにだ。
まあ、何だかんだ言っても、オリヴィアがいる時点でその心配はあまり必要ないのではないかと思っていたりもするのだが――
「っと、む? そんなことを言っている間に、あやつ別行動を取り始めたのじゃぞ……?」
父達に何かを喋ったような様子を見せた後、オリヴィアはまったく別の方向へと歩き始めたのだ。
迷いのない足取りからは、明確な目的があるのだろうことを感じられる。
だが、意味は分からなかった。
ワイバーンは二匹いる可能性があるとのことだったので、その片方を相手しにいった、という可能性は考えられるが……それでも、疑問は残る。
「むぅ……二匹同時を相手にするのは厳しい、というのは、てっきり謙遜だと思っていたのじゃが……」
どれだけ現代魔法が劣化していようとも、オリヴィアにはかつて魔導士として活動した経験がある。
さらにそこにリーンの知らない千年分の経験があるのだ。
ワイバーン程度ならば、二匹だろうが三匹だろうがどうとでもなると思うのだが……いや、あるいは。
「別の何かがある、ということかの?」
オリヴィアはエルフだ。
そしてエルフにとって森とは庭のようなものである。
どこの森であっても、足を踏み入れることが出来たならば、その森のどこに何があるのかを容易く把握する事が出来る、などという話を昔に聞いた事があったが……それによって、何かを見つけたのかもしれない。
そもそも、今回のことは少し妙だという話は聞いていた。
今回ワイバーンが見つかったのは、狩人をやっていた者がいつも通り森で獲物を仕留めようと思って出向いたら、遭遇してしまったからだという。
幸いにも寝ていたため、命からがら逃げることに成功したそうだが……通常ワイバーンが発見されるのは、村や街が一つか二つ滅ぼされた後で、その前に発見されることなど聞いたことがないのだそうだ。
それどころか、周辺にある村や街が襲撃された痕跡すらも見つからないらしい。
リーンはワイバーンの生態などに詳しくはないため、妙だといわれてもそうなのだろうかと思うしかないのだが、オリヴィアが言っていたので実際何かおかしいのだろう。
別行動を取ったのも、その原因となるようなものでも見つけたからなのかもしれない。
「うーむ……この魔法音は拾えんからのぅ……」
だがそんなことを考えている間に、父達の方で変化があった。
唐突に木々が途切れ、開けた空間に出たのだ。
そしてその場所に、三メートルほどのその姿は横たわっていた。
咄嗟に身構えた父達の姿を眺めながら、リーンは目を細める。
「ふむ……いくら何でも隙だらけすぎんかの? このまま魔法ぶっ放せばそれだけ終わりそうなのじゃが?」
実際それもありではないかと、一瞬思う。
この状況ならば、まさかリーンがやったとは思うまい。
家族の仲が壊れるような事態にはならないだろう。
後で話を聞いたオリヴィアが追及してくるかもしれないが、証拠は何もないのだ。
危険は排除され、父達は怪我一つなく終わる。
「というわけには……まあ、いかんじゃろうな」
ありかなしで言えば、ありだ。
しかしリーンは、父達の決意を聞いてもいる。
彼らは命懸けで、自分達の治めている土地を、そこに暮らす人々のことを守ると決めているのだ。
多分そこにはリーンも含まれていて……ここでリーンが安易に手を出してしまうのは、その心意気に泥を塗る行為のような気がした。
そもそも、父達だけで勝てる可能性は十分あるのだ。
ならばここは、父達を信じて見守るべきだろう。
その上で、危なくなりそうなら手を貸せばいい。
自らの方針を定めたリーンは、とりあえずはお手並み拝見と、始まった戦闘を眺める。
だが……父達が相手をしている『それ』の姿を見つめながら、首を傾げると、呟いた。
「――ところで、アレのどこがワイバーンなのじゃ?」
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