上 下
7 / 46

元最強賢者、知り合いと再会する

しおりを挟む
「んー……とりあえず先に伝えるべきことはこんなところかな? 詳しいことは父上がこれから話すと思う。何か質問とかある?」

 兄が一通りの話を終えたのと、父の部屋の前へと辿り着いたのは、ほぼ同時であった。
 兄からの問いかけにリーンは俯き考えるも、結局は首を横に振る。

「ふむ……特にはないのじゃな。まあ何か思い浮かんだら父上に聞けばいいことじゃしの」

「ああうん、確かにその方が早いかもね。じゃ、いくよ?」

 兄の言葉に頷き、それを確認した兄が数度軽く扉を叩く。

「父上、ルーカスです。リーンを連れて来ました」

「――ご苦労だった。入れ」

 兄の言葉遣いが丁寧なのは、件の助っ人が既に来ていることを想定しているからだろう。
 どんな人物がいてもいいように、ということだ。

 父の返答があってから、一拍間を置くと、兄は背筋を伸ばしながら扉を開き……しかし、取り繕っていられたのはそこまでであった。

「……は?」

 リーンの位置からでは、部屋の中の様子はよく分からず、また当然のように兄の顔も分からない。
 だが、兄が呆然とした顔をしているのだろうな、ということだけは分かり、直後、驚愕の声が響いた。

「が、学院長……!?」

 学院長ということは、兄が通っている学院のそれということか。
 兄の反応からすると、その人物が部屋の中にいるようだが、それは確かに驚くかもしれない。
 そんなことを考えながら、少しだけ身体をずらすと、部屋の中の様子が目に入った。

 まず目に入ったのは、正面にいる父だ。
 厳かな顔をしながらも、その口元が僅かに緩んでいる姿は、まるで悪戯を成功させた子供のようでもある。

 そしてその悪戯が何なのかと言えば、たった今兄が叫んだ事柄なのだろう。
 視線を横へ、兄が眺めている方向へと向ければ、そこにいたのは金色の少女であった。

 否、少女にしか見えない女性だと言うべきだろう。
 その女性が見た目通りの少女でないのは、特徴的な耳を見るだけで明らかである。

 金色の髪に金色の瞳。
 その二つを持ち、さらに特徴的な尖った耳を持つ種族など、この世界には一つしか存在しない。
 エルフだ。

 エルフは人の百倍は生きるとも言われる長命種であり、外見と年齢が一致しないことなど基本である。
 無論一致することもあるが、少なくともこのエルフの場合は一致していないで正しい。
 何故ならば、リーンはこのエルフが千年以上生きているということを知っているからだ。

 しかしそんな姿を眺めながら、リーンはまさか学院長をやっているとは、などと思っていた。
 エルフは基本的に人嫌いであり、大半のエルフはエルフだけが住むという森に引き篭もって出てこないぐらいだからだ。
 まあ、千年という時間は思っている以上に長く、エルフですら変化するには十分な時間だったのかもしれない。

 ともあれ、そんなエルフは、リーンの視線の先で口元に笑みを浮かべていた。
 あの笑みは父の笑みと同種のものであり、つまりは兄が驚いているのを楽しんでいるようだ。

 そしてそんな二人を見ているうちに落ち着いてきたのか、兄は一つ息を吐き出すとゆっくりと口を開いた。

「……強力な助っ人って、学院長のことだったんですね。それは確かに、驚くような人物なはずですよ」

「ええ、わたしも話を聞いた時は驚いたけれどね。でも、話を聞く限りでは、確かにあなた達だけでは難しそうだもの。わたしもどこまで出来るかは分からないけれど、協力させてもらうわ」

「学院長は、詳細まで聞いているんですか?」

「そうでなければ、協力出来るかどうかも分からないでしょう?」

「……なるほど、確かに。っと、立って話すようなことではありませんね。あと、学院長、折角ですから、妹を紹介させてください」

「あら、それは楽しみね。話に聞く優秀な妹に会うのをわたしも楽しみにしていたのよ?」

 会話を聞いている限りだと、どうやら二人はそこそこの親交があるようであった。
 学院長という言葉からすると、何となく偉そうにしているような印象があるのだが……そういった理念の学院なのか、あるいは本人の資質ゆえか。

 何にせよ……ここまで他人と朗らかに話せるようになっているとは、やはり随分と変わったようであった。

 まあそれはそれとして、この兄は一体学院で何の話をしているのか、というところでもあるのだが。

「リーン」

 名を呼ばれ、手招きをしている兄の姿を横目に、ちらりと父の方へと視線を向ける。
 頷いたあたり、どうやら問題はないようだ。

 あくまでも相手は客人であり、当主がそこにいるのだから、当主が紹介するのが筋のような気もするのだが、問題ないというのならば構うまい。

 もっとも、それとは別に、紹介などは必要ないとも思うのだが。

「学院長、こちら僕の妹のリーンです」

「オリヴィア・レオンハルトよ。あなたのことはよく……………………ええ、よく、知っているわ」

 紹介と共に一歩前に出てその姿を晒したリーンに、オリヴィアは笑みを深めた。

 ただしよくよく見てみると、その頬は若干引きつっている。
 しかも目は目で笑っていないのだが、リーンは全てを無視して笑みを浮かべた。

「リーン・アメティスティなのじゃ。今回は父上達に力を貸してくれるらしいの。よろしく頼むのじゃ」

「………………ええ、よろしく。精一杯、頑張るわ」

 そう言うと、オリヴィアは父の方へと顔を向けた。
 相変わらずその顔には笑みが浮かんでいるが、若干余裕がなさそうに見えるのは気のせいではあるまい。

「……マティアス様、確かまだ準備は整っていないのでしたよね?」

「む? ああ……貴殿がここまで早く来てくれるとは思ってもいなかったからな。ルーカスも戻って来たばかりであるし、準備はこれからするところだった」

「それは本当に申し訳ありませんでした」

「いやなに、それだけ急いでくれたということだろう? 謝るべきはこちらの方だ」

「けれど、結果的に急がせることになる上に、余計な手間まで取らせることになってしまいましたから。そこで、というわけではないのですけれど……リーン様をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」

「む? リーンを、か?」

「はい、以前からルーカス様から色々と話を聞いており興味を抱いていましたし、こうして実際にお会いすることでさらに興味を抱きましたから。少しの間でも構いませんので、お相手をしていただこうかと思いまして」

「ふむ、私は構わないが……いや、分かった。リーン、そういうわけなのだが、構わないか?」

「儂は問題ないのじゃが……呼ばれた用事を果たしていないと思うのじゃが?」

「いや、ここに来たということは、大筋を聞いた上で納得したのだろう? ならば問題はない。どうせ話など後で幾らでも出来るからな」

「そういうことならば、儂も構わんのじゃ」

「そうか……助かる。では、任せた」

「了解なのじゃ。しかしということは、移動が必要じゃな。応接間と儂の部屋、どちらに行くのがいいかの?」

「――リーン様の部屋でお願いします」

 間髪入れずに口を挟んできたオリヴィアに、思わず苦笑を漏らす。
 まるでそうしなければ逃げられてしまうとでも言いたげだ。
 別に逃げるつもりなどはないというのに……まあ、構うまい。

「了解なのじゃ。では、父上、兄上」

「ああ。そろそろ昼食の準備が整うはずだ。整い次第呼びに行かせるから、それまで任せた」

「リーン、あまり肩肘張る必要はないからね? オリヴィア学院長は、学院でも気さくな人で通ってるから」

 兄の言葉に軽く手を振りながら、リーンは父の部屋を後にした。
 そのすぐ後をオリヴィアが続き……後頭部に感じる視線に、再度苦笑を浮かべる。

 だがそのまま先導して進むも、会話のようなものはない。
 ただひたすらに歩き……やがて、リーンの部屋へと辿り着いた。

「ここが今の儂の部屋なのじゃ」

 そう言って扉を開けると、そのまま中へと入っていく。
 即座にオリヴィアも続き、直後に扉の閉まる音が響いた。

 そして。

「ちょっと、どういうことか説明してくれるんですよね――お師匠様!?」

 そんな、悲鳴にも似たオリヴィアの――かつて弟子だった女性の叫びが、リーンの耳に届いたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!

果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。 次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった! しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……? 「ちくしょう! 死んでたまるか!」 カイムは、殺されないために努力することを決める。 そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る! これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。    本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています 他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります

処理中です...