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元最強賢者、現代魔法のことを知る
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少し部屋で休んだ後に父のもとへ向かうという兄と別れたリーンは、一人廊下を歩きながら首を傾げていた。
その頭に浮かんでいるのは別れ際の兄の姿であり、心ここに在らずといったその様子が何となく気になったのである。
「ふーむ、会ったばかりの時点ではああでなかったということを考えると、やはり魔法を使ってもらったのがまずかったのじゃろうか? 緊急で呼び出されたと言っていたわけじゃしの……実はかなり疲れていたのかもしれんのじゃ」
早朝に着いたということは、夜通しで移動したのだろうし、兄の失言が発端とはいえ、もう少し兄の体調のことも気にすべきだったかもしれない。
魔法を見せてくれたことに対する礼は述べたが、後で何か埋め合わせでもするべきだろうか。
まあ、六歳児に出来ることなど、高が知れているわけではあるが。
「……ま、後で何かないか聞いてみるとするかの」
そうして兄に対してとりあえずの結論が出たのと、リーンの足が止まったのはほぼ同時であった。
眼前には見慣れた扉が存在しており、扉の上にあるプレートには図書室という文字が刻まれている。
手馴れた様子で扉を開けば、数多の書物が目に入り、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に届いた。
「さて、通い慣れた場所じゃが……生憎と今日用事があるのはここではないのじゃ」
兄も言っていたように、リーンは図書室自体には以前から何度も足を運んでいる。
実に三歳の頃からであり、これまた兄が言っていた通り、図書室にある本はその大半を既に読み終えていた。
そんな通い慣れた場所を、リーンは慣れた様子で先へと進んでいく。
視界に映るのは読んだ覚えのあるものばかりであり……だが、歩き慣れているのも、読んだ覚えのある本が存在しているのも、部屋の突き当たりに辿り着くまでだ。
そこにも扉があり、その先にも部屋があることは知っているのだが、まだ行った事はない。
そこにあるものこそが、今まで読むことを禁止されていた魔法に関する書物なのであった。
それを読むことに関する許可は既にもらっているものの……ふと脳裏を過るのは、その許可を貰った時のことである。
その時の父の顔が、どことなくリーンのことを憐れむようなものだった気がしたのだ。
てっきり、本を読もうとも魔法を使えるわけがないのに、などということを考えているのだろうと思っていたのだが……あるいは違ったのかもしれない。
はっきりと告げられたわけではないものの、父の態度などから、リーンが魔法への興味を失うのを期待していた節がある。
そこで思い出すのは、兄が口にした欠落者という言葉だ。
おそらくはそれに関する書物もここにあり、もしかしたら父が本当に触れて欲しくなかったのはそれだったのかもしれないと思ったのである。
兄の様子などから考えれば、酷い差別用語だとか、そういった代物だということが分かる。
厳格ではあるが、娘であるからか妙にリーンに甘いところのある父だ。
出来れば知らせたくなかったと考えてもそれほど不思議ではなく……まあ、確かめてみれば分かることか。
もっとも、それに関しては一先ず後回しではあるが。
そう思いながら扉を開けば、やはりと言うべきか沢山の本があった。
今まで読んできたのと同等か、あるいはそれ以上の数があるかもしれない。
全てを読もうと思えば、さすがに相当の時間が必要だろう。
「ふむ……これは読み応えがありそうなのじゃな」
しかし、まずは何から調べるかということは決まっていた。
だからこそ、最初からここに来るつもりだったのだから。
それは父に対して抱いた疑問へと通じるものであり、先ほどの兄の魔法を見たことによって深まったものでもある。
「さて……儂の抱いている疑問の答えを得るためには、どれから読むべきかの」
――自分の使っている魔法と、現代で使われている魔法とは、似て非なるものなのではないか。
その場を見渡し、目を細めながら、楽しげにリーンは口の端を吊り上げる。
そうして、自身の抱いたその疑問を解消するため、とりあえずとばかりに手近の本へと手を伸ばすのであった。
「うわっ……これはまた随分と積んだなぁ……」
不意に聞こえた声に顔を上げると、部屋の入り口には兄が立っていた。
いつの間にか来ていたらしく、その顔に呆れとも感心ともつかないものを浮かべながらこちらのことを見つめている。
どうやら父との話は終わったらしい。
「全部で百冊ぐらいあるよね? それ全部読むつもり?」
そう言って兄が視線を向けたのは、リーンの両脇だ。
つられるようにリーンも顔を向ければ、そこにあるのは兄が言ったように百冊ほどの本だ。
その場に置かれ、積まれているのだが――
「ふむ……正確には、百三冊じゃな」
「え……ちゃんと数えてるの?」
「当然じゃろう? 自分が読み終えた本の数ぐらい、覚えていないわけがないじゃろうに」
「……はい? 読み終えた……?」
「うむ。じゃから、先ほどの兄上の台詞は間違いじゃな。全部読むつもりも何も、既に読み終えたのじゃ。まあこれで、百四冊になるのじゃが」
そう言って、手元で開いていた本を閉じ、積みあがっていた本の一角へと追加する。
兄はその様子を信じられないとばかりに目を見開きながら、積み上げた本とリーンの顔とを交互に眺めていた。
「嘘……じゃ、ないんだろうね。うん、君はそんなつまらない嘘を吐くような娘じゃないし。でも……さすがに読むの早すぎないかな?」
「そんなことないと思うのじゃが? 兄上と別れてからここでずっと読んでいたのじゃし、もう昼近いしの」
「んー、まあ確かに、結構話し込んでたってことを考えれば……って、いやいや、それでも早いよね?」
「まあなに、慣れというやつなのじゃ」
伊達にリーンは千年もの間魔法の研究を行ない、そのために必要な数多の本を読んでいたわけではないのだ。
速読程度は勝手に身に付いた。
「慣れ程度でどうにかなることじゃない気がするんだけど……ま、いっか。リーンらしいし」
「儂らしいの意味がよく分からんのじゃが……まあいいのじゃ。ところで、兄上が図書室に来るなど珍しい気がするのじゃが、どうかしたのかの?」
「どうかしたのかって、君がさっき言ったんじゃないか。もう昼近いから、呼びに来たんだよ。って、そういえば、よく昼近いって分かったね? ここってほとんど日の光が入ってこないのに」
「まあそれも慣れなのじゃ」
ただしそれもまた、ここでの生活によるものではなく、前世での生活の中で得たものではあるのだが。
前世でリーンはほぼ引き篭もりも同然の魔導士ではあったが……いや、だからこそ、引き篭もっていても正確に時間を把握している必要があったのだ。
魔法の中には日の傾き具合や月の満ち欠けなどに影響を受けるものもあり、特に儀式などを必要とする大魔法を使うには、その辺をしっかり気をつけなければならなかったのである。
「うーん、確かに僕も大体の時間なら日の位置をわざわざ確認しなくても分かるけど……まあいいや。とにかくそういうわけだからさ」
「うむ、了解なのじゃ。まあちょうどキリよく読み終わったところだったしの」
それに、疑問の答えも得られたようじゃしと、胸の中でのみ呟く。
結論から言ってしまえば、やはり自分の使っている魔法と現代で使われている魔法とは、異なるものであるようであった。
たった今読み終えたばかりの本に、現代で使われている魔法は今から千年近く前に十賢者と呼ばれる者達によって礎が築かれたと書かれていたからだ。
詳細は書かれていなかったものの、おそらくは自分が転生した後に何かがあったのだろう。
十賢者という名にも覚えはないが……その偉業を以てそう呼ばれるようになった、といったところか。
さすがに当時そこまで大仰な名で呼ばれている集団がいたら、自分の耳にも届いていたはずだ。
あるいは、一人二人ぐらいならば、見知った者も含まれているのかもしれない。
今回は疑問の解消を優先していたためにそれぞれの名を記されているものは見つからなかったが、きっとここの本の中にはそういったものもあることだろう。
興味はあるが、優先して知る必要があることでもないので、そのうち見つかれば、といったところではあるが。
ちなみに、一冊の本にそういった記載があった、というだけなので、厳密には証拠ではない。
まさか当時に書かれたものではあるまいし、与太話だと言われてしまえばそれまでだ。
しかし、リーンにとってはそれで十分だったのである。
証拠としては、兄の魔法という動かぬものを既に見ているからだ。
そもそも、どうして現代で使われている魔法と自分の知っている魔法とが違うのではないかという疑問を覚えたのかと言えば、あの魔法を見たからなのである。
リーンの常識からすれば、兄の使った魔法の術式は、明らかに不完全だったのだ。
魔導士にとって、使用された魔法の術式を読み取るという行為は、そう難しいことではない。
無論相手が何の対処もしていない場合の話ではあるが、兄はそういったことをしてはいなかった。
妹だから必要ないと判断したのか、あるいは兄が未熟なだけなのかは知らないが……ともあれ、読み取れた術式は明らかに不完全、もしくは、欠陥品だったとすら言えるものだったのである。
何せ魔法を成り立たせる上で最重要な要素である、魔力を自身から汲み出すための要素と魔法を制御するための要素が、兄の使用した術式の中には見当たらなかったのだ。
あれではそもそも魔法が発動するわけがない。
実際兄が使った魔法の術式をそのままリーンが利用してみたら何も起こらなかったのだから、リーンの分析は間違いないはずである。
だがそんな術式で、兄は魔法を発動させていたのだ。
試しに兄が使った魔法の術式を解析し、改竄し、使用可能な状態にしてから使ってみた結果、問題なく魔法は発動したものの、ほぼ全てに手を加えることになったので、あれは実質新しく魔法を作ったに近い。
原形を留めていたのは、魔法の名前ぐらいだ。
ともあれ、そういったことから、千年前に使われていた魔法と現代で使われている魔法は、よく似てはいるが別物なのではないか、という推論を得たのである。
そしてそのことを示唆するような情報が手に入ったとなれば、その推論は正しかったのだと判断して問題あるまい。
その十賢者とやらが本当に何かをしたのかは分からないが、相応の何かがあり、その結果現代使われている魔法は、リーンの目からすれば欠陥品にしか見えないようなものとなった、と考えるべきだろう。
まあ、とはいえ、出たのはあくまでも仮の結論ではある。
少なくとも現状そう結論付けられるというだけで、今度得られる情報次第では別の結論となるかもしれない。
だが一つだけ確実なことがある。
それは……どうやら期待通り、自分がまったく知らない魔法が、今の時代には溢れていそうだ、ということであった。
確かにリーンの目からすれば不完全には見えるが、それは要するにリーンの知らない原理が働いているからに違いない。
そしてもしも現代で使われている魔法全てがそうならば、それは即ち現代で使われている全ての魔法がリーンの知らないものだということだ。
これほど心躍る事があろうか。
果たしてこの先どんな魔法を目にすることが出来るのだろうかと、期待に口元が緩みそうになり、しかし何とか堪える。
兄がそこにいるというのに、唐突にニヤニヤと笑いだしたら危ないやつだろう。
一応その辺のことは、これでもわきまえているのだ。
だから、正直に言ってしまえば、ここにある本を全て読み終えるまではここで引きこもっていたいし、そこら中で誰彼構わずにとりあえず何でもいいから魔法を見せてくれないかと頼みまわりたいのだが、そんな気持ちはグッと抑えつつ、兄へと視線を向ける。
そして。
「さて……ところで行くのは構わぬのじゃが、その前に一つ兄上に聞きたい事があるのじゃが?」
「うん? 何だい? もしかして、分からないことがあったとか? そういうことなら、僕よりも父上に聞いた方が確かだと思うけど……?」
「いや、そういうことではなくてじゃな……兄上は本当は、一体何の用があってここに来たのじゃ?」
そう言ってリーンは首を傾げるのであった。
その頭に浮かんでいるのは別れ際の兄の姿であり、心ここに在らずといったその様子が何となく気になったのである。
「ふーむ、会ったばかりの時点ではああでなかったということを考えると、やはり魔法を使ってもらったのがまずかったのじゃろうか? 緊急で呼び出されたと言っていたわけじゃしの……実はかなり疲れていたのかもしれんのじゃ」
早朝に着いたということは、夜通しで移動したのだろうし、兄の失言が発端とはいえ、もう少し兄の体調のことも気にすべきだったかもしれない。
魔法を見せてくれたことに対する礼は述べたが、後で何か埋め合わせでもするべきだろうか。
まあ、六歳児に出来ることなど、高が知れているわけではあるが。
「……ま、後で何かないか聞いてみるとするかの」
そうして兄に対してとりあえずの結論が出たのと、リーンの足が止まったのはほぼ同時であった。
眼前には見慣れた扉が存在しており、扉の上にあるプレートには図書室という文字が刻まれている。
手馴れた様子で扉を開けば、数多の書物が目に入り、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に届いた。
「さて、通い慣れた場所じゃが……生憎と今日用事があるのはここではないのじゃ」
兄も言っていたように、リーンは図書室自体には以前から何度も足を運んでいる。
実に三歳の頃からであり、これまた兄が言っていた通り、図書室にある本はその大半を既に読み終えていた。
そんな通い慣れた場所を、リーンは慣れた様子で先へと進んでいく。
視界に映るのは読んだ覚えのあるものばかりであり……だが、歩き慣れているのも、読んだ覚えのある本が存在しているのも、部屋の突き当たりに辿り着くまでだ。
そこにも扉があり、その先にも部屋があることは知っているのだが、まだ行った事はない。
そこにあるものこそが、今まで読むことを禁止されていた魔法に関する書物なのであった。
それを読むことに関する許可は既にもらっているものの……ふと脳裏を過るのは、その許可を貰った時のことである。
その時の父の顔が、どことなくリーンのことを憐れむようなものだった気がしたのだ。
てっきり、本を読もうとも魔法を使えるわけがないのに、などということを考えているのだろうと思っていたのだが……あるいは違ったのかもしれない。
はっきりと告げられたわけではないものの、父の態度などから、リーンが魔法への興味を失うのを期待していた節がある。
そこで思い出すのは、兄が口にした欠落者という言葉だ。
おそらくはそれに関する書物もここにあり、もしかしたら父が本当に触れて欲しくなかったのはそれだったのかもしれないと思ったのである。
兄の様子などから考えれば、酷い差別用語だとか、そういった代物だということが分かる。
厳格ではあるが、娘であるからか妙にリーンに甘いところのある父だ。
出来れば知らせたくなかったと考えてもそれほど不思議ではなく……まあ、確かめてみれば分かることか。
もっとも、それに関しては一先ず後回しではあるが。
そう思いながら扉を開けば、やはりと言うべきか沢山の本があった。
今まで読んできたのと同等か、あるいはそれ以上の数があるかもしれない。
全てを読もうと思えば、さすがに相当の時間が必要だろう。
「ふむ……これは読み応えがありそうなのじゃな」
しかし、まずは何から調べるかということは決まっていた。
だからこそ、最初からここに来るつもりだったのだから。
それは父に対して抱いた疑問へと通じるものであり、先ほどの兄の魔法を見たことによって深まったものでもある。
「さて……儂の抱いている疑問の答えを得るためには、どれから読むべきかの」
――自分の使っている魔法と、現代で使われている魔法とは、似て非なるものなのではないか。
その場を見渡し、目を細めながら、楽しげにリーンは口の端を吊り上げる。
そうして、自身の抱いたその疑問を解消するため、とりあえずとばかりに手近の本へと手を伸ばすのであった。
「うわっ……これはまた随分と積んだなぁ……」
不意に聞こえた声に顔を上げると、部屋の入り口には兄が立っていた。
いつの間にか来ていたらしく、その顔に呆れとも感心ともつかないものを浮かべながらこちらのことを見つめている。
どうやら父との話は終わったらしい。
「全部で百冊ぐらいあるよね? それ全部読むつもり?」
そう言って兄が視線を向けたのは、リーンの両脇だ。
つられるようにリーンも顔を向ければ、そこにあるのは兄が言ったように百冊ほどの本だ。
その場に置かれ、積まれているのだが――
「ふむ……正確には、百三冊じゃな」
「え……ちゃんと数えてるの?」
「当然じゃろう? 自分が読み終えた本の数ぐらい、覚えていないわけがないじゃろうに」
「……はい? 読み終えた……?」
「うむ。じゃから、先ほどの兄上の台詞は間違いじゃな。全部読むつもりも何も、既に読み終えたのじゃ。まあこれで、百四冊になるのじゃが」
そう言って、手元で開いていた本を閉じ、積みあがっていた本の一角へと追加する。
兄はその様子を信じられないとばかりに目を見開きながら、積み上げた本とリーンの顔とを交互に眺めていた。
「嘘……じゃ、ないんだろうね。うん、君はそんなつまらない嘘を吐くような娘じゃないし。でも……さすがに読むの早すぎないかな?」
「そんなことないと思うのじゃが? 兄上と別れてからここでずっと読んでいたのじゃし、もう昼近いしの」
「んー、まあ確かに、結構話し込んでたってことを考えれば……って、いやいや、それでも早いよね?」
「まあなに、慣れというやつなのじゃ」
伊達にリーンは千年もの間魔法の研究を行ない、そのために必要な数多の本を読んでいたわけではないのだ。
速読程度は勝手に身に付いた。
「慣れ程度でどうにかなることじゃない気がするんだけど……ま、いっか。リーンらしいし」
「儂らしいの意味がよく分からんのじゃが……まあいいのじゃ。ところで、兄上が図書室に来るなど珍しい気がするのじゃが、どうかしたのかの?」
「どうかしたのかって、君がさっき言ったんじゃないか。もう昼近いから、呼びに来たんだよ。って、そういえば、よく昼近いって分かったね? ここってほとんど日の光が入ってこないのに」
「まあそれも慣れなのじゃ」
ただしそれもまた、ここでの生活によるものではなく、前世での生活の中で得たものではあるのだが。
前世でリーンはほぼ引き篭もりも同然の魔導士ではあったが……いや、だからこそ、引き篭もっていても正確に時間を把握している必要があったのだ。
魔法の中には日の傾き具合や月の満ち欠けなどに影響を受けるものもあり、特に儀式などを必要とする大魔法を使うには、その辺をしっかり気をつけなければならなかったのである。
「うーん、確かに僕も大体の時間なら日の位置をわざわざ確認しなくても分かるけど……まあいいや。とにかくそういうわけだからさ」
「うむ、了解なのじゃ。まあちょうどキリよく読み終わったところだったしの」
それに、疑問の答えも得られたようじゃしと、胸の中でのみ呟く。
結論から言ってしまえば、やはり自分の使っている魔法と現代で使われている魔法とは、異なるものであるようであった。
たった今読み終えたばかりの本に、現代で使われている魔法は今から千年近く前に十賢者と呼ばれる者達によって礎が築かれたと書かれていたからだ。
詳細は書かれていなかったものの、おそらくは自分が転生した後に何かがあったのだろう。
十賢者という名にも覚えはないが……その偉業を以てそう呼ばれるようになった、といったところか。
さすがに当時そこまで大仰な名で呼ばれている集団がいたら、自分の耳にも届いていたはずだ。
あるいは、一人二人ぐらいならば、見知った者も含まれているのかもしれない。
今回は疑問の解消を優先していたためにそれぞれの名を記されているものは見つからなかったが、きっとここの本の中にはそういったものもあることだろう。
興味はあるが、優先して知る必要があることでもないので、そのうち見つかれば、といったところではあるが。
ちなみに、一冊の本にそういった記載があった、というだけなので、厳密には証拠ではない。
まさか当時に書かれたものではあるまいし、与太話だと言われてしまえばそれまでだ。
しかし、リーンにとってはそれで十分だったのである。
証拠としては、兄の魔法という動かぬものを既に見ているからだ。
そもそも、どうして現代で使われている魔法と自分の知っている魔法とが違うのではないかという疑問を覚えたのかと言えば、あの魔法を見たからなのである。
リーンの常識からすれば、兄の使った魔法の術式は、明らかに不完全だったのだ。
魔導士にとって、使用された魔法の術式を読み取るという行為は、そう難しいことではない。
無論相手が何の対処もしていない場合の話ではあるが、兄はそういったことをしてはいなかった。
妹だから必要ないと判断したのか、あるいは兄が未熟なだけなのかは知らないが……ともあれ、読み取れた術式は明らかに不完全、もしくは、欠陥品だったとすら言えるものだったのである。
何せ魔法を成り立たせる上で最重要な要素である、魔力を自身から汲み出すための要素と魔法を制御するための要素が、兄の使用した術式の中には見当たらなかったのだ。
あれではそもそも魔法が発動するわけがない。
実際兄が使った魔法の術式をそのままリーンが利用してみたら何も起こらなかったのだから、リーンの分析は間違いないはずである。
だがそんな術式で、兄は魔法を発動させていたのだ。
試しに兄が使った魔法の術式を解析し、改竄し、使用可能な状態にしてから使ってみた結果、問題なく魔法は発動したものの、ほぼ全てに手を加えることになったので、あれは実質新しく魔法を作ったに近い。
原形を留めていたのは、魔法の名前ぐらいだ。
ともあれ、そういったことから、千年前に使われていた魔法と現代で使われている魔法は、よく似てはいるが別物なのではないか、という推論を得たのである。
そしてそのことを示唆するような情報が手に入ったとなれば、その推論は正しかったのだと判断して問題あるまい。
その十賢者とやらが本当に何かをしたのかは分からないが、相応の何かがあり、その結果現代使われている魔法は、リーンの目からすれば欠陥品にしか見えないようなものとなった、と考えるべきだろう。
まあ、とはいえ、出たのはあくまでも仮の結論ではある。
少なくとも現状そう結論付けられるというだけで、今度得られる情報次第では別の結論となるかもしれない。
だが一つだけ確実なことがある。
それは……どうやら期待通り、自分がまったく知らない魔法が、今の時代には溢れていそうだ、ということであった。
確かにリーンの目からすれば不完全には見えるが、それは要するにリーンの知らない原理が働いているからに違いない。
そしてもしも現代で使われている魔法全てがそうならば、それは即ち現代で使われている全ての魔法がリーンの知らないものだということだ。
これほど心躍る事があろうか。
果たしてこの先どんな魔法を目にすることが出来るのだろうかと、期待に口元が緩みそうになり、しかし何とか堪える。
兄がそこにいるというのに、唐突にニヤニヤと笑いだしたら危ないやつだろう。
一応その辺のことは、これでもわきまえているのだ。
だから、正直に言ってしまえば、ここにある本を全て読み終えるまではここで引きこもっていたいし、そこら中で誰彼構わずにとりあえず何でもいいから魔法を見せてくれないかと頼みまわりたいのだが、そんな気持ちはグッと抑えつつ、兄へと視線を向ける。
そして。
「さて……ところで行くのは構わぬのじゃが、その前に一つ兄上に聞きたい事があるのじゃが?」
「うん? 何だい? もしかして、分からないことがあったとか? そういうことなら、僕よりも父上に聞いた方が確かだと思うけど……?」
「いや、そういうことではなくてじゃな……兄上は本当は、一体何の用があってここに来たのじゃ?」
そう言ってリーンは首を傾げるのであった。
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