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才能限界と追放

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 父から家を出て行くよう告げられたことは、レオンにとって本当に大したことではなかった。
 公爵家を継ぐ事が嫌だったり父達が嫌いだったというわけではなく、まあそうなるだろうなと予測出来ていたからだ。

 とはいえそれは、聖剣の乙女に告白したこととは関わりがない。
 それ自体はむしろ父からあの後で公爵家の男ならばその程度はやらなければと言われたぐらいだ。

 では何が原因だったのかと言えば、あの披露目の後にレオンが受けた『鑑定』にあった。

 『鑑定』とは、簡単に言ってしまえば『レベル』と『才能限界』を測るための儀式のようなものだ。
 『レベル』とはレオンにも馴染み深いあのレベルであり、要するに現在の強さを表すための値である。
 最初は0から始まり、強くなるに従って数値が上がっていく。
 そして『才能限界』とはそのレベルがどこまで伸びるかを意味したもので、つまりはどこまで強くなれるのかを意味するものだ。

 この世界は既に述べたように、剣と魔法のファンタジー世界である。
 魔物や魔獣といった人類に敵対的で危険な存在がはびこっている、非常に危険な世界だ。

 そんな世界だからこそ、最も求められているのは強さであり、最も価値のあるものも強さである。
 ゆえに一言で才能と言えばそれは強さのことを示し、そんな才能の限界を示すからこそ、才能限界、というわけであった。

 で、問題だったのは、レオンのその『才能限界』が、『0』だったということなのだ。
 つまりは、どれだけ努力を重ね経験を積もうとも、レオンのレベルは未来永劫0のままだということである。

 とはいえ、この世界の者は大半がレベル0だ。
 レベルというのは魔物と戦ったりしなければ上がるものではなく、そして魔物は最弱のものでも油断すれば簡単に死をもたらす。
 そんなものと一般人が戦うわけがないので、大半の人はレベル0のままなのだ。

 が、レベル0で許されるのは、それが一般人だからである。
 貴族であるレオンには該当しないし、許されることではなかった。

 繰り返すが、この世界は危険な世界である。
 そしてだからこそ、人々の上に立つ貴族にはまず力が求められるのだ。

 一般的にはレベル5もあれば一人前の兵士とされ、レベル10もあれば精鋭とされる中で、男爵家の当主に必要とされるレベルは20である。
 どれだけ貴族に力が求められているのかが分かるというもので、公爵家の当主に至ってはレベル40が必要だ。
 無論当主でなくともその家の一員というだけで相応のレベルが要求され、いつまで経っても基準に達しなかったがために家から追い出されたり使用人として扱われるようになった、といった話はこの世界では珍しいことではないのである。

 で、そういった状況の中でレオンは、ずっと一般人以外にはなれないと告げられてしまったわけだ。
 公爵家に置いておけるはずがなく、追放となるのは当然のことでしかなかった。

 というか、ここまで酷いと存在そのものが抹消されてもおかしくはない。
 殺されるというわけではなく、レオンなどという人間は公爵家に存在しなかったということにされる、というわけだ。
 先日の一件で相当の数の人にレオンの姿は目撃されているものの、その程度のことを難なく出来るからこその公爵家なのである。

 まあしかし、それも含めてレオンにとっては大したことではなく……むしろどちらかと言えば都合がいいとすら言えるかもしれない。
 貴族であるためには強さを求められるが、貴族である以上は強さだけを追及しているわけにはいかないからだ。
 世界最強を目指すことを考えれば、貴族と関係なくなるというのは望むところですらあった。

 そう、レオンは世界最強に至ることを微塵も諦めてはいなかったのだ。

 なるほど確かにレベルは0のまま上がらないのかもしれない。
 だが、だからどうしたというのか。
 その程度のことで諦めるのであれば、最初から世界最強などというものを目指していないという話だ。

 それに、レオンには多少当てもあった。
 可能性としては低く、それこそ万が一といった程度ではあるものの、可能性がある以上は諦めてなどいられまい。

 ともあれ、そうしてレオンは、家から追放されるというのにどことなく軽い足取りで廊下を進み……その時であった。
 向かう先に、見覚えのある小さな人影が立っていたのだ。

 遠目にも一目で誰なのか分かったのは、この家に自分よりも背の低い人物など他にいなかったからではあるが、たとえそうでなかったとしても誰かと見間違えることはなかっただろう。
 血の繋がった相手なのだから、当然のことでしかあるまい。

 ユーリア・ハーヴェイ。
 正真正銘の血の繋がった妹であった。

「……この家から、追い出されるそうですね」

 そんな妹から開口一番に告げられた言葉に、レオンは思わず苦笑を浮かべた。
 話が早いというか、こうして待ち構えるような状況だった時点で何となく予想出来てはいたものの、やはり既に聞いていたようだ。

「まあ、見ての通りにね。父さんから何か言われたりした?」

「昨日の夜、訪ねて来られました。これからは、私が次期当主だ、と」

「なるほど……あの人らしい迅速さだ」

 追い出されることになったとはいえ、さすがに多少の猶予は貰っている。
 具体的には夜が明けるまでだが、今回の件の説明をする時間ぐらいは十分にあったはずだ。

 尚、昨日の夕食の時点で既にレオンが追い出されることは決まっていたのだが、とある事情によりレオン達とユーリアは別々に食事を取っている。
 結局昨日もそれは続いていたので、夕食の後で訪ねに行った、ということなのだろう。

 ともあれ。

「とりあえずは、おめでとう、でいいのかな?」

「そうですね……ありがとうございます」

 そう言って妹は礼を告げてきたが、その目に宿っている感情は感謝とはまったく異なるものであった。

 そしてそれが気のせいでなかったことは、次の瞬間に示されることになる。
 妹は目を細めると、馬鹿にするように鼻を鳴らしてきたからだ。

「ふんっ……無様ですね。それとも、いい気味ですね、といった方がよろしいでしょうか?」

「……返す言葉もないね」

 そんな言葉を返したのは、実際その通りだったからだ。
 公爵家の次期当主でありながらその座を追われるどころか家から追い出されるなんて無様以外の何物でもあるまいし、彼女からすればそんな自分のことをいい気味だと思うのも当然である。
 だから嘲るような目で見られたところで、肩をすくめるしかないのだ。

 ただ、付け加えることがおるとすれば――

「まあ個人的に言えば、清々したって感じなんだけど。正直かなり大変だったからね」

「ふんっ……下手な強がりですね。あるいは、情けないと言った方がよろしいでしょうか?」

「本心なんだけどね。いや、ていうか、本当に大変だよ? 君がその座を欲しがってたのは知ってたからおめでとうとは言ったけど、十分に気をつけた方がいい。多分、思ってる以上だからね」

「……大きなお世話です。ふんっ、知ってたとは言いますが、やはり何も分かっていないんですね。私がこの立場をどれだけ望んでいたか……望んでいるか。降って湧いてきた、私には決して手に入らなかったはずの立場。これを手にし続けるためならば、どんな苦労もいとうはずなどあるわけがないではありませんか」

 そこで溜息を吐き出したのは、その言葉が本心だと分かっているからだ。
 そして、事実でもある。

 確かにユーリアはレオンや父と血が繋がっているが、そのままであったならばユーリアが当主になれる可能性は万に一つもなかった。
 どころか、おそらくは正式な貴族と認められることすらなかっただろう。

 何故ならば、ユーリアは妾の子だからだ。

 この世界の貴族は確かに力を求められるが、それも正当な血を継いでいるという大前提の上で成り立っている。
 余程のことがなければその前提がひっくり返ることはなく、だからレオンはほぼ確実に次期当主となることが決まっていたのだ。
 母親が同じであったならば、今回のことがなくとも最初からユーリアが次期当主で確定していただろうに。

 この世界の貴族というのは、元々とある理由により女性が当主となることの方が多いからだ。
 というか、存命であるならばほぼ確実に女性が当主となる、といった方が正確か。
 レオン達の父が当主なのも、本来であれば当主を継ぐはずだったレオンの母が既に亡くなっているからなのだ。

 まあ、もしもの話をしても仕方がなく、ユーリアが妾の子である事実は変わらない。
 そしてそれがゆえに、色々と大変だったのも知っている。
 立場上何も出来ず歯がゆく思ったのも一度や二度ではなく……だがそんなことは言ったところどうなるものでもあるまい。

 ともあれ、妹は望み通りの立場を手にすることが出来たのだ。
 それを喜んでいるのならば何も言えることはなく、また言うべきでもなかった。

「……そっか。ま、でも本当に気をつけてね」

「ですから、大きなお世話です。私は……何があろうとも、しがみついてみせますから。貴方と違って」

 そんな言葉と共に睨みつけられ、再度肩をすくめて返す。

 どう見ても喧嘩を売っているような態度ではあるが……これでも前世で三十年ほど生きた記憶を持っているのだ。
 妹の態度をそのまま受け取るほどの間抜けではないつもりであった。

 つまりユーリアは、こう言いたいのだろう。
 自分のことを気にする必要はない、と。
 一人でも大丈夫だと、この家とは関係がなくなるレオンが気にせずに済むようにしてくれているのだ。

 ならば、兄であった者としては、その厚意を無にするわけにはいくまい。

「そういうことなら、僕からは頑張って以外に言えることはないかな。身体には気をつけるようにね」

 そう言ってレオンは歩き出した。
 気遣いに気付いているような素振りなどは見せずに、ただ足の動きを再開させ、歩き出す。

「ま、ともあれそろそろ行くよ。あんま長居すべき立場じゃないしね。じゃ……元気で」

 手を持ち上げ、軽く振ってみせるも、妹はずっと睨みつけてくるままであった。
 その態度に、仕方がないかと苦笑を浮かべながら、そのままその脇を通りぬけ――

「ふんっ、ですから大きなお世話ですと、何度言わせれば気が済むのですか。心配せずとも、私は必ずやり遂げてみせます。ですから…………兄さんも、お元気で」

 文句のようでいて、最後に小さく付け足された言葉に、レオンは苦笑を消すと代わりにほんの少しだけ口元を緩めた。
 そうしてそのまま廊下を進むと、今度こそレオンは生まれ育った家を後にするのであった。
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