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10章 聖女が来た

10・2 やって来た聖女

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 神殿の大広間。輪になって召喚の儀式を行う魔導師を並んで見ている、神官長とローレルとオレ、それからイェレミス。
 ローレルが変態王太子をうまく言いくるめて、オレは聖女対応係となった。
 離れたところには、魔導大臣とその取り巻きもいる。
 みんな、今度こそ成功してくれないと困ると願っているようで、広間はヒリヒリするような緊張感に包まれている。

 そんな中で、魔導師の輪の内側にある魔法陣が爆発的な強い光を放った。王太子が『来るぞ!』と小さく叫ぶ。

 光が弱まると、輪の中心にこちらに背を向けた女の子がいた。セーラー服でキレイな長い黒髪が背中で揺れている。

 一瞬の間をおいてから、歓声が上がった。抱き合って喜ぶ魔導師たち。悪徳魔導大臣たちですら、大喜びだ。でも、女子高生にしてはちょっと体つきがゴツいような。
 いや、そういう女もいるよな。柔道でもやっているのかもしれない。

 顔を輝かせたイェレミスが進み出で、
「ようこそ、聖女様」
 と、声をかける。
「聖女?」と女の子が聞き返す。声が低い。
 というか、聞き覚えがあるぞ。

 彼女がこちらを向く。
「間違いじゃないか」と言って彼女はスカートをつまんで下着を見せた。男物の下着に立派な膨らみ。「僕は男だ。これはコスプレ」

 そう話す女の顔は、よく見知ったものだった。

颯大そうだいじゃん!」
 思わず叫ぶと、颯大もこっちを見て、
「葵!」と叫び返す。「会いたいと思ってたんだ! でも夢じゃな。しかも、こんなへんてこな。現実がよかったよ」

 どうやら颯大は夢だと思っているらしい。そりゃそうだよな。異世界転移が現実に起こるなんて、誰も思わないもんな。

「夢じゃない。異世界に召喚されたんだ。お前もオレも」
 颯大は信じていないらしく、笑ってる。ウィッグをとり、茶色い短髪をかきあげる。
「葵」とローレルがオレを呼んだ。「知り合いか?」
「あ、うん。――友達」
「となりの金髪、いい男じゃん!」と颯大がやってくる。「僕は――」
「こっちは、ローレル。オレの恋人」慌てて颯大の言葉を遮りローレルを紹介する。
「ふうん?」

 颯大はゲイ仲間で、何度も寝ている。お互い相手がみつからないときの、その場しのぎのセックスだけど。まあ、つまり、セフレだな。

 ローレルにだってそういう相手がいたんだから、オレが隠す必要なんてないんだが。なんというか、オレ自身が、颯大とそういう関係だったとは知られたくない。

 周りは阿鼻叫喚の地獄絵図だし、知り合い、しかも男が来るし、どうなっているんだ。

「ていうか、これ、なに?」
 と、颯大が指さした先は、神官長。真っ青な顔をして、手に持っている水晶を颯大のそばで上下左右に動かしながら、やつの周りを回っている。
「聖女かどうかを確認してるんだよ。最初はオレが呼ばれたんだ。でもオレは聖女じゃなかった。で、再挑戦したらお前が来たってわけ」
「夢にしちゃ――」
「夢じゃないって」

 神官長が動きを止め、こわばった顔で一同を見回す。
「こちらの男性は」ゴクリとツバを飲む神官長。「間違いなく、聖女様です」



  ローレルの話では、神官長が持っている聖女を判別する水晶はシェルテルが所有していたもので、判定に間違いがでたことはないらしい。ということは颯大は本当に聖女なわけだ。多様性の時代ってことだな。

 でも魔導大臣たちはなかなか信じず、失礼な発言を連発。あげくにオレのことまで非難し始めたところで、怒った颯大から虹色の光が発した。それがどうやら癒しの魔力だったらしく、魔導大臣たちの怒りは静まり、颯大が聖女であることも認定された。

 そのあと別室に移動して、颯大に対してこの世界が直面している危機と聖女の役割について、丁寧な説明があった。

 で、颯大は王宮に招待されたのだが。ヤツは言下に断った。最初に魔導大臣たちの態度が悪かったから、信用できないといって。結果、颯大も当面はリュンガー邸で過ごすことになった。ローレルの目的にはちょうどいい。

 神殿から屋敷に帰る馬車の中で、オレがローレルのところで厄介になった経緯と(もちろん魔王うんぬんの話はなしだ)、ローレルたっての願いで命を助けたい男がいること、それには聖女の力が必要だということを颯大に伝えた。

「いいよ。僕にできるなら、その男を助けよう」とふたつ返事の颯大。
「助かる!」
「報酬は今夜、抱いてくれればいいから」颯大がにっこりと笑う。「今夜のコスプレイベントで相手を探す予定だったんだよね。溜まってるからよろしく」

 オレのとなりにすわるローレルが、体をこわばらせたのが感じられた。

「それなら、やらなくていい。今の話はなしだ」
「なんで? 助けなくていいの?」
「構わない。オレは恋人のほうが大切だから」

 ローレルの手を取り握る。

「なにそれ。抱いてくれないなら、瘴気の浄化もやらないよ」
「オレたちは届かないところに逃げられるから、なんの問題もない」

 颯大はむっとした顔をしばらく続けていたが、やがて大きく息を吐いた。

「ひとりだけ、恋真っ盛りなわけ? ずるいなあ。でも、いいよ。やるよ。王宮には行きたくない。王子は悪くなかったけど、大臣はムカつく。よろしく、ローレルさん」

 颯大は諦めたような笑みを浮かべ、ローレルも言葉を返した。だがオレはなんとなく不安だった。颯大は悪いヤツではないと思っていたが、ローレルがオレの恋人だと知ったうえで今の発言だもんな……。



 不安はあったものの、颯大はエリゼオを見事に治癒した。やり方なんて知らなかったのだが、願ったら虹色の光があふれたのだ。
 エリゼオは見るからに顔色がよくなり、半身を起こすこともできるようになった。これなら余命予定よりも長く生きられそうだ。

 ローレルはエリゼオから隠れて、こっそりと安堵していた。やっぱり優しいヤツだ。復讐計画は、よく練らなくちゃならない。ヤツが苦しむことがないように。
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