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3章 敵は誰だ

3・3 またイェレミスに呼び出された

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『葵さんが従者をやるのはよくないかもしれませんねえ』
 そう呟くジルドに見送られて待機室を出たオレは、きのうと同じ部屋に案内された。

「ここってイェレミス殿下の部屋なんですか」
 と、男に尋ねると、彼はきつい眼差しをオレに向けてただ一言、
「貴賓室」
 とだけ答えた。ということは、あいつは魔導省に仕事をしに来ているわけじゃないんだな。ヒマか。王太子のくせにやることはないのか。

 だが呆れている場合じゃない。
 オレが部屋に入り背後で扉がしっかり閉じられると、イェレミスはすわっていたイスからゆらりと立ち上がり、変な印を結んだ両手をオレに向けて呪文を唱え始めた。

 またかよ、とうんざりしたのはほんのわずかな間。すぐにイェレミスの周りに何十もの氷でできたツララが出現した。先端がオレに向いている。アニメでよく見る攻撃するアレだ。

 後ずさるが、背後は扉。逃げ場はない。
「ちょ、待っ……!」
 言い終える前にツララが一斉に飛んできた。
 串刺しになる……!

 思わず目をつむる。
 が、次の瞬間バチバチと周囲で激しい音が鳴り始めた。
 目を開く。
 ツララは跡形もなく消え、イェレミスがオレを睨みつけている。

「どうやら本当らしいな」
「……なにがっすか?」
 ていうか、オレには攻撃を跳ね返す術もかけられているのか? そんなの聞いていないんだけど。
「いいからついて来い」
 横柄な王太子はそう言うと問答無用でオレを貴賓室から連れ出した。



 どこへ行くのかと思えば、王太子が向かった先はローレルの個室だった。ジルドの話では、個室がもらえる魔導士はSSレベル以上らしいのだが、ローレルは王太子のお気に入りということで特別待遇なんだそうだ。

 仕事中に乱入してきたイェレミスとオレと男(どうやら王太子の従者らしい)をローレルは猫かぶりの笑顔で迎え、
「どうされました」
 と、涼やかな声をかける。

「どうしたもこうしたも、ローレル!」と王太子はローレルに詰め寄った。明らかにパーソナルスペースを越える至近距離まで。「この異世界人をなぜそこまで守る! 高度な防御魔魔法をかけているだろう! 私の攻撃が無効化されたぞ!」
「なぜ殿下が彼を攻撃するのです」

 猫かぶりローレルが、困った表情をする。すごい。見る者誰もが惑わされる魅力がある。イェレミスもあっさりハートを撃ち抜かれて、挙動不審になっている。ある意味、単純でかわいいヤツなのかもしれない。

「報告があったのですよ」と腑抜けの王太子の代わりに従者が答えた。
「そうなのだ」と気を取り直したらしいイェレミスが後をついだ。「けさコヤツに攻撃を仕掛けた者がいたようなのだが、発動とほぼ同時に無効化されたとの目撃情報が上がってきた。だから私自らが確かめたのだ。どうしてこんな失敗作をお前がわざわざ守るのだ!」
「殿下のためではありませんか」

 ローレルはそう答えながら、さりげなく一歩下がった。

「先日も申したでしょう。なぜ召喚が失敗したのか、なぜ彼だったのか、わからない以上はこの異世界人を保護したほうがいい」
「そうだが——」
「残念ながら」とローレルは王太子の言葉を遮った。「殿下にも私にも敵意を抱く者がおります。彼らは私たちの責任を追及するために葵を亡き者にするだろうと考えたから、高度な防御術を施したのです。まさか二日目にして、それが役に立つとは思いませんでしたけどね」

 猫かぶりは苦笑する。それがまた、ひどく魅力的だ。王子は、
「そこまで私のことを考えてくれてのことか」と頬を赤らめながら、簡単に納得した。

 なんだか段々気の毒になってきた。
 王太子さんよ。あんたが骨抜きにされているそのイケメンはかなりの二重人格だぜ、と教えてやりたい。
 いたいけな異世界人に濃厚なキスをしかけてその気にさせておきながら、死に直結する主従契約をかけるような悪人なんだからな。しかもお綺麗な顔をして、金的してくるし。

 ていうか。オレ、こいつらの敵にまで命を狙われるのか? どんんだけ死亡フラグがあるんだよ。誰だよ、召喚術を間違えたヤツ。一生呪ってやるからな。

「しかしこうなってくると、彼を私の従者にするのは危険が多いかもしれませんね」
「そうだな!」とイェレミスが我が意を得たりとばかりの笑顔で、ローレルに迫る。「私が新しい——」
「彼は私の助手にしましょう」
「そう、助手——助手!?」

 気高き王太子がひとりノリツッコみをしているが、オレもびっくりだ。

「助手ってなんのだ?」
 と、ローレルに尋ねる。
「もちろん、ここの仕事のだ。省内の魔導士でも、個人的に雇ってもどちらでもいいことになっているのだけど、私にはいなくてね」
「他人は信用できないのだろう!」
 王太子がさらにローレルに迫る。それを彼は両手で押しとどめた。

「なんのしがらみもない異世界人のほうが、安全ですよ。それに召喚術の術具の準備と魔導書の再解読を同時にやるのでは、手が足りません」
「わかった。ローレルの負担を減らそう」
「やめてください。これ以上特別扱いをされたら肩身が狭いです」

 王子が口を引き結ぶ。納得していない顔だ。
 オレも。ローレルのそばにいられるのは嬉しいが——

「助手はジルドのほうがいいんじゃないのか。あいつは魔法、うまかったぞ」
 王太子がオレを睨み
「敬語を使え!」と怒鳴りそれから表情を緩めて、「まだ子供のほうがいいな」とオレの意見にのっかった。
 だけど、
「それでは目的を果たせないでしょう」
 と、ローレルは笑った。
 そうなんだが。

 ローレルはそんなに王太子イェレミスの役に立ちたいと望んでいるのか?
 それならさっさと愛人になればいいのに、それはイヤみたいだしな。
 なんだろう、この違和感は。
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