緋の残像 伝説の殺人鬼が恋人の心の奥で蘇る

ちみあくた

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突破口! 2

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 どうせだったら、もう一人の若い刑事さんの方が良かったわ。あの人、結構、イケメンだったのに……

 反応の薄さから文恵の思いが伝わったのか、富岡が自分の方から口を開いた。

「いや~、今日は自分一人なんですわ」

「刑事さんって、いつも二人一組でお仕事なさってるって聞きましたけど」

「仕事で来たと言うより、ご挨拶に伺ったんです。私、東京へ戻る事になりまして、その前に一度、来栖先生にご迷惑をかけたお詫びをしたい、と」

「あ、先生なら、今日は……」

「やはり御自宅で療養なさっているそうですね。伊東君から聞きました」

 文恵が正雄へ目を向ける。

「あ~、俺、姉さんがずっとここで頑張っとるから、何か差し入れでもしたろかって」

 正雄は抱えていたビニール袋をパソコンデスクの上に置き、中から焼きそばパン、サンドイッチ、イチゴ大福等を取り出した。

 女子一人には多すぎる量だ。

「外のコンビニの奴? 学内の売店、開いてなかった?」

「開いてたけど品数が少ない。しゃ~ないから外で姉さんの好きなモン探して、校門へ戻った所で刑事さんに声を掛けられた」

「ええ、助かりましたよ。自分、大学の研究室なんて慣れてないもので、少なからず敷居が高いんです」

 そんな殊勝なタイプには見えないけど?

 文恵が胸の奥で呟くと、富岡は持ち前の厚かましさ全開でPC画面を覗き込む。

「サイトの謎解きに取り組んでおられるんですね」

「はい、ボチボチと」

「ボチボチやないやろ、姉さん。もうバリッバリの本気全開モードやないか」

 正雄が又、余計なツッコミを入れた。

「お国訛りが出るのは、姉さんが酔っぱらった時と、必死になっとる時。さっきの奴、中々凄かったもんな」

「あ、あれ、宮城弁?」

「そや、正調の、惚れ惚れする響きやろ?」

「自分、あんまり意味が分からなくて」

「しゃ~ない、しゃ~ない。東北の初心者は、そんなもんやて、なぁ、姉さん」

「だから……いつの間にその姉さんって呼び方、定着させてんの、アンタ」

 雲行きが怪しくなった正雄が引下がり、文恵は富岡へ訊ねる。

「この『タナトスの使徒』のサイトと、ここからしかアクセスできない『隅 心療内科クリニック』のHPについて、警察は何か掴んでいないんですか?」

 富岡は少し困った顔をした。

 捜査本部から外された立場だと、内部情報を外へ漏らすペナルティが一層大きくなる。

「内容が物騒な上、管理者だった志賀が殺人を犯した訳だし、普通なら『タナトスの使徒』は閉鎖ですよね。それが、まだ生きてるって事は……」

 どうせ謹慎中に勝手な捜査をしているのだ。ここまで来たら躊躇していても始まらない。富岡はクビを覚悟し、口を開いた。

「どちらのサイトも、サイバーパトロールの監視対象になっています。閉鎖していないのは御察しの通り、犯行に関与する者を泳がす意図ですがね。今の所、目だった動きがないらしい」

「この部屋のパソコンが変な動きをした点は、高槻君の仕業って事になってるんですよね?」

「上の見立てじゃ、ね」

「でも、高槻君が初めてこの部屋へ来る前に臨が『タナトスの使徒』を見ている件はそれじゃ説明できないでしょ。志賀が死んだ日、入室を誰が手引きしたか、についてもそうです」

「ええ、患者さんとか、心理実験のテスターとか、ここのゼミ生以外にも、ゲストの入室権限を一時的に与えられた人間は意外と多い。中々絞りこめんのですわ」

「部屋に入る事さえできれば、パソコン自体のセキュリティレベルは低いですし」

「結局、真相へ辿り着くには犯人を捕えてサイトの謎解きをさせるか、サイトの謎を解いて犯人の情報を引き出すか、と言う以外、手が無くてね」

「鶏が先か? 卵が先か? やねぇ。毎度お馴染み、堂々巡りのお粗末、っ感じ?」

 正雄に突っ込まれ、富岡は肩を竦めた。





 文恵は思案顔に戻り、『隅 心療内科クリニック』のサイト上、時折り現れる赤いてるてる坊主のCGアニメを、マウスポインターで追っていく。

「私、前から思ってたんですけど……『タナトスの使徒』にせよ、心療内科にせよ、ネットのより深い階層に在る別サイト、言わば本体の入口に過ぎないんじゃないか、って」

「つまり、『タナトスの使徒』自体をいくら調べても、大した秘密は隠されていない、という事ですね」

「例えばディープネット。普通のインターネット・ブラウザでは扱いきれない深層の領域ですけど」

「話は聞いてます」

「仮にディープネット……或いは、その更に深層のダークウェブ内に『タナトスの使徒』本体が存在していたとして、そこへのリンクが通常ネット空間のサイトに貼られていても、一般的なブラウザじゃ利用者側のアクセスが難しい筈なんですよ」

「じゃ、どうやるんで?」

「このパソコンにはダークウェブ用のTORブラウザも一応インストールしてあるんですけど、通常ネット空間とダークウェブを橋渡しするなら、かなり特殊なカスタマイズが必要なんです」

「は~、凄腕のハッカー、とか関わっとるんかな?」

 正雄のツッコミに文恵は頷き、

「多分ね」

 と素っ気なく言う。

「な~るほど。姉さん程の人がパソコンを調べても、サイトの仕掛けが判らんかったのは、そのせいかいな」

「通常空間とダークウェブの橋渡しは確かに難しいけれど、高度な技術を持つ者の手で一度ルートを確立できた場合、後は自動で行う事も可能になる。当然、外部の人間がアクセスする時のハードルも下がる」

 そこまで聞いて、富岡がポンと手を叩いた。

「あ、そう言えば、五十嵐さんって、私の協力者が」

「臨も時々、連絡を取っていた方ですか?」

「ええ、その人もダークウェブについて話してくれた事があるんですわ。自分、ITは苦手で、頭に入ってこなかったんだが、隅亮二が『タナトスの使徒』を設けたのは潜在的に犯罪願望を抱く者へ働き掛けるのが目的じゃないか、と」

「つまり、入り口ですよね」

「最終的にはディープネット上に彼らのコミュニティを作ろうとしたのかもしれない、と五十嵐さんは言っていました」

「コミュニティ……」

 マウスポインターを動かすと、赤いてるてる坊主がまとわりついてくる。

 ギャラリーを模したHPの中央で一人、ケタケタ笑う裂けた口元が不気味だが、虚ろな二つの黒い瞳は寂し気に見えない事も無い。
 
 文恵には、その顔が守人に重なって見えた。
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