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ウェルカム トウ ラビリンス 4

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 現れたのは、ある飲食店らしき建物の中の光景だ。

 日付は『2018/8/23』。

 客席に向けて突き出したカラオケ用のステージで、山奥の犯行と同じ衣装、真っ赤な仮面とコートを着た奴がだらしなく寝そべった若い男と語らっている。

 例のごとく、てるてる坊主の歌を加工された声で口ずさんだかと思えば……
 
「我々は何処から来たのか?」

 又、あの台詞だ。

 今度は金槌を使わない。でも、そこで繰り広げられる殺人劇は負けず劣らず、陰惨な代物だった。
 
 女性的で何処か艶めかしい容姿の青年を弄び、掌を鋭い凶器で貫いて動けなくした上、ロープを首にかけ、首とロープの間に金属製のパイプを差し込む。

 パイプを回す度、首が締まっていき、もがく若者の動きが止まって、それでも赤い殺人者はパイプを回すのを止めない。

 食い込んだロープが皮膚を食い破り、肉に食い込み、気道をひしゃいで、半ば首がもげてしまうまで容赦なく……





 やはり臨は見ていられなかった。

 目を逸らし、動画の日付に思いを馳せる。その共通点が彼女の脳裏に閃くまで、さして時間は掛からない。

「高槻君、コレ、どっちも最近報道された殺人事件だよ。日時が近いし、現場も山奥とカラオケ酒場だったし」

 語り掛けた言葉に返事は無い。守人は真っ青な顔のまま、無言で液晶モニターへ見入っている。

 先程まであったパスワード入力欄、動画を視聴するためのスイッチは何時の間にかウィンドウごと消えていた。

 おそらく一度再生し終えた時点でアクセス権限を失うタイプの認証制限がついていたのだろう。

 新しいパスワードを手に入れない限り、もう二度と今の動画は見られない。
 
 やはりバックアップの工夫をすべきだった、と臨は後悔したものの、やった所で無駄だった気もする。これだけ手の込んだ仕掛けのあるサイトで、管理人サイドが望まない録画をブロックしていない筈は無い。
 
「でも、変ね。テレビのニュースじゃ、ここまで残酷な事件だと言わなかった。警察が報道管制でも敷いてるのかな?」

 臨が一層深く考えこもうとした時、守人が立ち上がった。立ち上がって頭を抱え、唸るような悲鳴を上げた。

「高槻君!?」

「同じだ……夢と」

「夢? あなたが見た夢と、動画の事件が似てるの?」

 臨は落ち着かせようと守人の肩へ触れるが、すぐ振り払われた。

 目が血走っている。

 居酒屋を出た後、プロムナードで守人が豹変した時の、あの異常なテンションに近づいている。
 
「似ているなんて、そんなレベルじゃないんだよ。昨日まで、僕が見ていた悪夢と同じなんだ、丸っきり」

「どっちが?」

「どっちもさ。動画の事件は二つとも夢の中じゃ僕が……僕があの仮面をつけて……」

 臨は思わず後ずさった。でも、守人は恐怖に身を震わすだけで、動揺に我を忘れる兆しは無い。

「仮面に何か、意味があるのかしら?」

 敢えて冷静な声で、臨は訊ねる。

「子供の頃、殺されかけた通り魔の話をしたろ」

「うん」

「そいつの格好が、アレだ。真っ赤なコートと仮面。目に焼き付いたまま離れなくて、心のお医者さんにも通った」

「トラウマになるの、無理ないわ」

「そんな記憶のせいで変な夢を見ると思い込んでた。病気みたいな物で、何時か治る、あいつの夢だって見なくなると思ってたのに」

 訴え続ける声が震え、子供の様に幼く聞こえた。

「これが本当に起きた事件なら、何で僕、あんな夢を見たんだろ? 事件の真相を僕だけが知ってたって事になる。犯人以外は知らない事実を」

「高槻君、落ち着いて」

「あの赤い仮面、十年前に捕まらなかったあいつが又、人を殺し始めたって事?」

「その可能性はあるけど」

「可能性だったら、僕にも有るよね」

「え?」

「ただ覚えてないだけ……夢と思い込んでいるだけで、あれは昔の記憶を真似、僕自身が起こした事件かもしれない!」

 臨は即座に否定できない。だがシリアルキラーを真似て殺人者になる、なんて、そんな極端な事例がありうるだろうか?

 守人は膝を折って崩れ落ち、床に伏せた顔の下からすすり泣く声が微かに聞こえた。

 臨は途方に暮れている。

 心理学を志す身であっても今の経験値はあまりに乏しい。
 
 カウンセラー的なアドバイスは所詮、無理。まだ知り合って間もないが、せめて友として接したいと思った。
 
 体を丸め、胎児に似た姿勢になっている守人の側で、彼の頭を抱くようにして床へ座る。

 さて、この先、どうしよう?

 現実の犯罪が絡む以上、自分の手に余るのは確かだが、現在の極めて不安定な守人をすぐ警察の手へ委ねるのは避けたい。

 けど、警察以外で相談するとしたら、誰に?

 思い悩む内、スクリーンセイバーを表示していたパソコンがいきなりシャットダウン。驚いた臨は床から飛び上がった。

 既に何かのマルウェアに感染し、外部からコントロールされているのかもしれない。部屋の隅で、蠢く警備用ビデオカメラの作動音も臨の神経を逆撫でした。

 誰かが、何処かで私達を見てる。

 何もかも誰かの段取りのまま、動いている気がする。

 夜が明けるまで、その不安を抱えたまま、臨は守人の傍らにそっと寄り添い続けた。
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