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パーティナイト 1
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陸奥大学の施設は仙台市内に点在しており、全学教育(他の大学における一般教養課程)を主に過ごすキャンパスは仙台市豊篠区の一画に設けられている。
豊かな自然に恵まれ、キャンパス付近に美しいプロムナード等もある反面、他に目立つ施設の類は無く、造成半ばで放置された土地も彼方此方に見受けられる街だ。
およそ面白みに欠けるのだが、学生を顧客とする飲食店が校門から遠くない位置に幾つか軒を並べている。中でも人気が高いのは、イタリアン・ダイニングバーと銘打つ「小十郎」である。
ネーミングの由来は言わずもがな。伊達政宗の一の家臣・片倉小十郎の勇名から拝借している。
お洒落で凝った造りの割りにさして高い店では無く、宴たけなわの店内から聞こえてくる若者達の声は、戦国の砦を模した外観にあやかっているようで……
「いざ、合戦!」
男女それぞれ六名、合コンにしては多めの面子が集う座敷席で、パーティグッズと思しきプラスチック製兜を被った若者達が、軍配を持った女性の掛け声を合図に一気飲みを始める。
イタリアンブーツを象る大ジョッキ一杯の生ビールは一リットル近くありそうだが、目立って女性にアピールしたい、との一心から来る男子の勢いは止まらず、
「天下統一~っ!」
ライバルに競り勝ち、最初に呑み切って勝鬨を上げたのは、大阪出身の伊東正雄だ。
兜に千成瓢箪のマークがついているから、一応、豊臣秀吉の扮装をしているつもりらしい。
他の連中も出身地の武将を模していて、武田信玄風、徳川家康風が一人ずつ、地元の伊達政宗風は二人いる。
正雄と最後まで競った男子学生も伊達政宗風。兜の下の顔はグッとイケメンで、この合コンに参加した女子学生の声援は圧倒的にそちらへ偏っていた。
空気を読まず圧勝した大阪出身のアウェイ組、正雄へブーイングが飛ぶ。それでも平気なのは、大阪人特有の精神力と言うより、正雄特有のしぶとさ故だろう。
その店中に響き渡る大騒ぎの中、席の片隅で守人は一人冷めていた。
彼の傍に女の子はいない。
合コンスタート時、一対一に向かい合う形で女子学生は割り振られていたのだが、開始早々、マニアックな映画の話ばかりして相手に合わせられない守人は「ハズレ」と見なされたらしい。
唯一の友人である正雄もパーティゲームに夢中で、悪ノリしまくっているから、話し相手さえいない有様だ。
だからって今更、テーブルに置かれた安っぽい兜を被り、ゲームへ割り込む気にもなれない。
ど~せ、場を白けさせるだけだしね。
己の限界を認め、ちらりと席の反対側の斜め向う、パーティゲームに参加しつつ、男子学生のアプローチをさり気なく受け流す能代臨の方を見る。
最初の方、ちょっとだけ話すチャンスあったのにな。
もう少し、僕に勇気があれば……
守人が小さくため息をついた瞬間、ドスンと音を立て、彼の隣にもの好きな女子が腰を下ろした。
「あ~、もうごしぇっぱらやける!」
堂に入った方言を吐き、姉御肌の酔眼でグッと守人を睨みつける顔は増田文恵である。
「あ、増田さん、ど~も」
「ど~もじゃないっしょ、ど~もじゃ。全く、物欲しそうにチラチラ、チラチラ、あの子の方ばっか……」
言葉の切れ目にクイッとお猪口を平らげ、熱燗の徳利から手酌で日本酒を継ぎ足す。
その飲みっぷりの鮮やかさは酒豪の証明に外ならず、男子学生が恐れをなして逃げて行ったのは想像に難くない。とはいえ、文恵の方に自分が干された自覚は皆無。ただ守人に助け舟を出すつもりでいるらしい。
で、彼女なりの包容力と優しさを演出して曰く、
「チャンスの女神には、前髪しかないって知んねか、オメは? ホラ、酒も足りてないっしょ、酒!」
と守人へ瓶ビールをつきつけ、グラスへ注いで一気飲みを促す。
「あっちでもイッキとかやってるけどさ、今時、そういう飲み方、ど~なんだろね」
ささやかな抗議に文恵は耳を傾けない。
「話したいんっしょ、臨と?」
ごまかしようもなく、守人は頷いた。
「だったら、なして自分から行かんの!? あの子が君に興味あるの、知ってる癖に」
「あ……うん」
「元々、臨の方から誘ったんだぞ。伊東君に頼んで、君、呼んでもらったんだかんね。行くしかなかろうが」
「その辺が、良くわかんなくて……」
「はぁ?」
「だってさ、自慢じゃないけど僕、全然取柄ないよ」
「だから、何!? ぐずらもずら、すんな」
「君、酔うと訛り出るのな。アニメキャラに時々いるタイプ」
「しぇずね!」
思わず張り上げた声が大きくなりすぎ、始まったばかりの王様ゲームが一瞬止まった。
場が白け、責める眼差しが四方から飛んでくる。逃げ出したい衝動で浮き上がりかけた守人の肩を、ゲームから抜けてきた正雄が上から抑え込んだ。
「姉さん、アカンよ。こいつ、トコトン草食体質や。言わばロバの中のロバ! オカピの中のオカピ!」
「オカピ?」
守人は首を傾げて正雄を見る。
羊……ヤギ? いや、確か、キリンが小さくなったみたいな?
取り合えず如何にも弱っちい奴というニュアンスを察し、それなりに頷けてしまう自分が嫌になる。
俯く守人の胸中を知ってか知らずか、正雄はいつも通りのポジティブ極まる笑みを浮かべた。
「なぁ、守人。この際、パーティゲームできっかけ作ろか?」
「……いや、僕、そういうの向かないと思う」
「色々やってりゃ、どれかハマるわ。古今東西……ご当地モンで牛タンゲームなんか、どう?」
「あ、ギュウタン、ギュウタン、ギュウタンタンって奴? それ、意外と地元じゃやんない」
「なら、俺と守人で広めたるわ」
「……それ、イヤです。ゴメンナサイ。勘弁して下さい」
無理なツッコミに青くなった守人は、肩を押える正雄の腕を振りほどき、文恵の手をすり抜けて立ち上がる。
「あ、どこ行くん?」
「え~、ちょっと、トイレ」
座敷席は靴を脱いで上がるようになっており、土間へ降りた守人は逃げるように通路を急いだ。
ああ、もう! 合コンなんて似合わない真似したら、ロクなこと無いや。
通路の曲がり角で守人はホッと一息ついたが、歩き出すその背を臨が見ていたのには気付く事も無く……
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