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「どう、プロデューサーさん……そんな曰くつきの指輪ならイベントにピッタリでしょ?」

 アライグマこと田宮がマスクを取って素顔をさらけ出し、「まあねぇ」と大仰に首を傾げて見せる。

「一寸先はハプニング、って聞いた事、あります?」

 如何にもやり手という感じの、怜悧な細い目をした男だ。

 こいつだけ、もうしばらくキグルミで顔を隠していて欲しい、と史子は思わずにいられない。

「私のモットーでしてね。プロレス風にカオスを煽る方がバズるし、主役の二人にライブを続ける気があれば面白い演出になりうる。しかし、いかんせん、あなたが追加する指輪の方も二つ揃ってないと……」

 その時、キリン神父が黒いローブの合わせ目へ片腕を突っ込み、一個の安物指輪を取り出して、台座の上、史子の指輪の隣に置いた。

「対になる指輪なら揃ってます。勿論、この場で叩き潰して欲しいとは僕、全然思いませんけど」

 史子は息を呑み、驚愕で大きく見開いた目を台座へ向ける。

 母の古い結婚指輪の手前、左右に並んだ二個の安物指輪は、銀の素材から細工のディティールまで、そっくり同じ作りだ。セットリングに間違いない。

 そして、キリンがおもむろにマスクを脱ぐと、そこにノッペリと細長い中年男の素顔が現れた。

「達樹……」

 唖然とした史子の口から、四年前、借金と共に消え去った恋人の名前が漏れる。

「あなた……何故!?」

 怒声まがいの問いを受け、達樹は半ば怯えた目を史子へ向けた。

「キャラ、違い過ぎ! ステージに立つどころか、人前に出るのもダメだった筈よね」

「え~、まぁ、ハイ……」

「キリンのダダ滑り、見てて変なデジャブを感じたけどさ。ここまでギャップがあったら分かんないよ、流石に」

「え~、それはですね。いわゆる修行の賜物と言うか、コペルニクス的転回と言いましょうか」

「何がど~して、こ~なった? ツラツラ申しませい! ウィッキーさんのパチモンじゃんか、これじゃ」

「え~、それは……」

「ウダウダ言うな! だから、何っ!?」

 迫る史子の眼光は今や燃え盛る炎を宿している。

 怒りのみならず、何の相談も無く恋人が失踪した時の動揺や寂しさが滾る感情の燃料と化していたのだが……。

 達樹の「修行」はまだ足りていないようだ。土下座寸前の低姿勢で凍り付き、何も言えなくなっている。

 それは彼がいなくなる前、4年前の姿に逆戻りしてしまったかのようだが、

「そもそも、どうして今更、こんなトコにいるのよ、達樹? そんなバカみたいなお面を付けてまで」

 すっかり委縮した男の有り様に若干語勢を和らげ、史子が問いかけると、達樹はようやく小さな声を喉から絞り出した。

「これは、その……多分、君と同じ理由」

「え!?」

「この四年間、僕はIT系の会社を転々とする傍ら、君のお母さんの指輪を追い求め、買い戻そうと奔走していた。せめて、それくらいしないと、君に許しを乞う資格も無いと思ったんだ」

 達樹の切ない訴えから史子はフンっと顔を背ける。

「実は、その……」

「何っ!?」

「君のお母さんに赤羽東口商店街のタウン情報誌を送り、大事な指輪の在処を知らせたのも僕なんだよ」

「……あなたが?」

「SNS技術者を探していた田宮の事務所でバイト面接を受け、内側から調べた結果、『中の人』メンバーが指輪を持っていると確信した。だから、もうすぐ取り戻せるって連絡したつもりだった」

「私じゃなく、お母さんに?」

「君だと……その、怖くて……」

「はぁっ!?」

「ホラ、普段は大人しいのに頭に血が上ったら、え~……何をするか判らない所あるでしょ、君?」

 場内から、またクスクス笑う声がした。ステージの面々も、さもありなんと頷き合っている。

 史子は今にも爆発しそうな心を押え込み、極力穏やかな声を出そうと努めた。

「じゃ、キリンの神父は何の真似? 母の指輪を取り返す為なら、イベントへ紛れ込む意味無いじゃない?」

「……それには、その……ちょっとした理由があって」

「何よ、言ってみなさいよ」

「……後で話します」

「アンタさぁ、四年もあたしを待たせておいて、そんな言い訳が通ると思ってンの!?」

 最早、抑えきれず、史子の声のトーンが上って行く。

 達樹はふとステージの左右、中央から袖の方まで大きく視線を泳がせた。

 まるでそこにいる誰かへ助けを求めるか、或いは、何らかの指示でも待っているかのように……。





「達樹、何を隠してるか知らンけど、今すぐ正直に言わないとマジで八つ裂きか、魚のえさよ」

「……ゴメン……ホント~にゴメンなさい……」

「あ~、もう良い! 勝手にして。こっちもそうする」

 平謝りされる度に苛立ちが高じていき、史子の中でプツンと何かブチ切れる音がした。同時に、勢いよく伸ばした掌が台座の金槌を握り締める。

「あ~、史子さん、落ち着いて下さい」

「安物指輪を捨てられなかった理由、自分でも判らなかったけど、今、ハッキリしたわ。二つ一緒にブッ潰すの。あんたの目の前で、あたしの人生をやり直す為に」

「……でも、君、僕に告白された時、嬉しかったと言ってくれたじゃないか?」

 ほんの一瞬、史子の動きは止まる。

 だが、四年の間に蓄えた憤りは簡単に鎮まらない。胸の奥で荒れ狂い、勢いのまま銀の指輪を亜理紗や徹也の前へかざす。

「悪いけど、コレ、あなた達に代わって、私が潰させてもらうから」

 じっと見つめる亜理紗の目に強い動揺が走った。

 徹也の方はもっと極端な反応だ。目を血走らせ、何か言おうとして口をパクパクさせている。

「心配、要らないわよ。勿論、母さんの指輪の方には手を出さない。良いでしょ? こんなバッタもん!」

 史子は銀の指輪を再度台座へ据え、思いっきり金槌を振り上げた。
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