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「宜しいですね? では、二人で同時に金槌を振り上げ、力を込めて、この台座のリングへ振り下ろして下さい」

 二人が金槌を握る。

 ためらいがちのウサギも、パンダに促され、大きく振り上げる。





 およそ半年の間、史子が必死で探し続けて来た父母の結婚指輪は、今やクラッシュ寸前。まさに風前の灯火だ。

 一瞬、記憶の底で母の虚ろな瞳が揺らめく。

「ねぇ、おとうさんの……私達の指輪は何処かしら? いやだ、もうすぐ結婚記念日なのに、揃ってないと叱られる……」

 可哀そうな母さん。

 ろくな親孝行もできないまま、つまらないしくじりで尻ぬぐいばかりさせて来た。

 そんな罪悪感が激しいプレッシャーへ転じ、強く史子の背中を押す。

「異議有り!」

 叫ぶと同時に猪突猛進、ひたすら前へまっしぐら。

「ハイ、悪いネ! 御免なさいヨ! 右も左も、皆ゴメン!!」

 子ブタの面を被った厄年女は、周囲の人混みを掻き分け、掻き分け、強引にステージへ駆け上がって行く。





「ちょっと……お客さん、そういうの困ります」

 しゃしゃり出て来たアライグマを突き飛ばし、史子は指輪を鷲掴みにした。

「オイ、何すんだ!?」

 パンダが史子の肩に手を掛け、好奇心と抗議が入り混じったファンの視線が一斉に降り注ぐ。

 興奮でパニック状態の史子は頭の中が真っ白だ。どう振舞うべきなのか、まるで考えられない。

 それでも辛うじて一言叫んだ。

「これ、私の……母さんの結婚指輪!」

「はぁ!?」

「え~と、その、つまり……私を助けたい一心で、母さんが質屋にいれた大切な指輪なの」

「質屋!?」

 パンダが首を傾げた隙に、史子は懐から出した紙袋を台座へ置き、ステージの袖から逃げ出そうとした。

「あ、泥棒!?」

「みんな、その子ブタを捕まえろ!」

 ブ~タ、ブ~タ……。

 場内は大コールに包まれ、あっさり包囲された挙句、ステージへと押し戻される。

 もう、こうなったら開き直るしかない。史子は腕組みし、精一杯の怖い顔で周囲を睨み返した。

「コラ、君達! 誰がブタよ? 人を見かけや体形で判断するのは失礼でしょうが」

「え~、別に彼ら、体形で判断してないと思いますけど」

 張り詰めた間を収めるつもりか、キリンの神父が、パンダ達と史子の間へ割り込んでくる。

 え~い、駆け出し芸人さんの出る幕じゃない!

 相変わらずの間延びした口調に史子は喚きたい心境だったが、グッと抑えて語勢も弱め、

「だって、ヒドイじゃない。私がちょっと太目だからって、皆、大声でブタ呼ばわり……」

 神父は何も言い返さない。その代り、史子が被っている紙製のお面をさり気なく指差した。

「あ、そ~か……これのせい?」

 慌てて、顔から子ブタの面を剥ぎ取り、史子はそれを台座の紙封筒の横へ置く。

 ついでにステージへ突進した際、乱れに乱れたブラウスを整え、二段腹辺りの皺を直してみる。

「ほぉ、勘違いするだけの肉体的素養は、あなた、十分お持ちのようですねぇ」

 皮肉たっぷりにアライグマ・プロデューサーのツッコミが入り、場内のあちこちからクスクス笑う観客の声がする。

 チクショウ、完全アウェイだ。

 グッと落ち込みそうになる史子だが、辛うじて踏みとどまり、逆に声を張り上げた。

「でも私、少なくとも泥棒じゃありません。ほら、見て。そこの封筒に6万円、入ってるでしょ?」

 パンダがおもむろに紙封筒を手にとり、中へ指を突っ込んでお札を確認した上、史子に訊ねる。

「オイ、あんた、これ、何のつもりだ?」

「覚えてませんか、木谷さん? あなた達が結婚指輪を手に入れた質屋の事」

「……ああ、俺らが前に住んでた蕨の裏通りにあった店だろ?」

「私、須藤史子って言います。私の実家も、蕨にあるの」

「へえ」

「で、私の母親……玉代って言うんだけど、亡くなった父との思い出が詰まった指輪を、あの店で質草にしてお金を借りたんです」

「で、受取った金額が6万円と言う訳ですか?」

 又、キリンの神父が割り込んできた。被ったキグルミのせいか、声が籠って聞きづらい。

「いえ、指輪で借りたお金は5万円だけ。質流れしたら、値が上るかな~と思って」

「……俺、8万払って、手に入れたぜ」

「ウン、確か2個セットで、8万だったんだよね。あの頃の、あたし達の食費、二か月分」

「ああ、買うには結構、勇気が要った」

 パンダが憮然と言い放ち、ウサギが隣でフォローする。これから離婚するとは思えない位、二人の息はピッタリだ。

「え、質流れをいきなり六掛けで売ったの、あのゴウツク爺ィ!?」





 質屋を訪ねた際、客じゃないと分かった途端、脂ぎった愛想笑いを仏頂面へ切り替えた店主の顔が史子の脳裏で蘇った。

 年は60才位で、良い印象とは程遠い。

 指輪の在りかを突きとめる為、何度も店へ足を運び、ペコペコ頭を下げたのに、けんもほろろな対応でお茶を濁すが関の山。

 普通、質入れする客については帳簿に詳しく記載しておくものだが、質流れ品を売る場合、記録を残す義務は無いそうだ。

 仕方ないと言えば仕方のない成り行き。

 けれど、キグルミなしでもタヌキで通る質屋店主の鉄面皮や良く回る口車ばかり、史子の印象には残っている。
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