ぺしゃんこ 記憶と言う名の煉獄

ちみあくた

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 冗談じゃねぇぞ、オイ!
 
 頭を抱える俺の前で、サングラス刑事の指先が机を叩き、単調なリズムを刻み続ける。
 
 コツコツ。

 それが夢の中の、あの玄関のドアを叩く音、風が窓枠を軋ませる音と混ざり合い、頭の中で反響していく。

 プツン。

 頭の中で別の音がした。俺の忍耐力が、限界を超える音だった。

「頼む、刑事さん、俺の目を覚ましてくれ! もうイヤだ。妻や子をもう一度失う夢は見たくない」

 俺は頭を抱え、そのまま机へ額をぶつけた。

 ゴツン、ゴツンと響く音が「コツコツ」を消してくれる。

 勢いが付き過ぎて目の前が真っ白になり、次に赤く染まり、何時しか「俺の世界」が真っ黒な闇に呑まれていく。

 毎度おなじみの展開だ。

 でも、今度は頭を机へ打ち付けるのを止めない。

 悪夢の出口を見つけるまで、あの忌々しい「コツコツ」が完全に止まるまで、諦めずに何度でも……
 
 そして、グシャっと何か潰れる音がした。





 その後の騒音は、もう「コツコツ」なんてモンじゃない。
 
 エマージェンシーのアラームが頭の中でガンガン鳴り響き、強烈な頭痛と共に目を開けた俺が見たのは、視界を覆う透明なフードだった。
 
 目に付く位置にうっすらと血の跡がある。
 
 俺が頭を打ち付けていたのはコイツか?
 
 取調室のちゃちい机より目の前を、いや、俺の上半身全体を覆う強化ガラスはずっと頑丈に見える。
 
 そりゃ割れるよな、頭の方が……
 
 痛む額をまさぐり、俺は自分がヘッドセットのような物を被せられていて、それが微妙にずれているのに気付いた。
 
 頭部に刺さっている針が抜け、ダラダラ血が垂れていやがる。
 
 カプセルの中で俺が悪夢にもがき苦しみ、無理に体を起こそうとしてやっちまったらしい。
 
 こりゃ、アチコチ血の跡が付く訳だ。ちょっとしたスプラッタじゃんか、このカプセルの中。
 
 で、まだ痛ぇ。ズキズキ痛むから、ヘッドセットの針を一本ずつ引き抜き、俺はカプセルから出る方法を探した。
 
 これまでの悪夢とも一味違う、この理不尽な状況が何なのか、知らなければならない。
 
 でも……





 コツコツ。

 刻まれる単調なリズムの小さな反復音と光の明滅。
 
 コツコツ。
 
 夢の中の、あの耳障りな音。
 
 拳でフードを叩き、力づくで開こうとする合間、音の出所を俺は目で追い、知りたくもないその正体に向き合わざるを得なくなった。
 
 あれは乱れた脳波のウエーブを映し出すモニター画面だ。カプセルの傍らに置かれた幾つかの電子機器へ繋がれている。

 只、表示するのみならず、逆に何かの電気的刺激を送り込む操作も行われている感じだ。

 一定のリズムを刻むメトロノーム風インジケーターが併設され、そのリズムと連動したLEDランプが明滅を繰り返す。

 俺が暴れたせいか? それ以前から調子が悪かったのか?
 
 時々、リズムが狂い、その時は「コツコツ」が「カタカタ」という聞こえ方になる。
 
 どちらも嫌と言う程、聞きなれた音。
 
 これまでの悪夢でつきものだった音と光はここから来ているに違いない。そして催眠術の振り子の様に、俺を眠りへ誘う効果も発揮している様だ。





 現実に今、俺がいる部屋は汚い自室では無く、警察の取調室でもない。

 見た目はSFとかに出てくるゴツい研究施設と似ていた。

 隣室で忙しく機器を操作している黒いサングラスの男、いかついクソ野郎の二人組は、雑誌の記者でも刑事でもなく、シンプルな研究員用の白衣を身にまとっている。

 俺の頭を包むヘッドギア、その金属部分の端末から電子機器へ繋がるケーブルはカプセル末端から室内の大型機器へ接続されていた。

 コッチの異常は察知しているだろうに、奴らの目は計器へ釘付け。

 被験者がもがくのは毎度の事で、傷付いたり、声を上げたりするのに慣れているのかな?
 
 だとしても、俺が目を覚ました事に気付かれるとまずい。何をされるか、わからない。
 
 咄嗟にそう思い、狸寝入りを決め込むと……





 モニターに表示される波形の状態をチェックしつつ、度付きサングラスの男が奥の部屋からカプセルの傍まで戻ってきた。
 
「ふむ、脳波のパルス異常はどうにか収まったね」

「一時はどうなる事かと思いましたよ。シンクロが途切れて、被験者が暴れ出すとは」

 いかつい奴もこちらへ来て額の汗を拭い、サングラスの男へ人懐こい笑顔を向ける。

「コイツ、自分の頭を思いっきりフードへぶつけちまうんだモンなぁ。想定外も良い所ですわ」

「取り敢えず、一安心かな」

「ここまで実験がうまく運んでいた分、プロジェクトの中止を避けられて良かったです」

「電磁波に変換した記憶情報の経頭蓋移植……今回は大したリジェクションも無く、それなりの成果が出たからね」

 いかつい男が頷く。

「コイツ、被害者の、亡くなった妻子を自分の家族と思い込み、悼む気持ちまで示していましたし」

 俺は顔を伏せ、気を失ったふりを続けたまま、二人の話に耳を傾けた。

「2020年代の半ば以降、自殺願望を抱く者達の凶悪犯罪が飛躍的に増えている。そこで問題になるのは、如何にして彼らを罰するか、という事」

「何せ死にたい訳で、死刑にしても喜ぶだけですしねぇ」

「まず人並みの罪悪感を持たせ、その後に罰する事ができないか? 犯罪抑止の観点からプロジェクトが始まって5年。ようやく、上へも良い報告ができそうだよ」

 度付きサングラスの男は、安堵のため息を漏らす。





 はぁ?

 聞いている俺は安心どころじゃない。やっぱり、あの妻子の記憶は「俺の」じゃないのか?

 或いは、俺が逆の立場、命を奪う側にいて被害者の夫、あのテレビでインタビューを受けていた男の記憶を植え付けられたのだとしたら……

 腑に落ちる点がある。

 俺の胸に渦巻く激しい憎悪。これは被害者の、加害者への思いだ。

 呪いと言っても良い。

 自分の記憶が犯人へ植え付けられると知ったら、被害者の夫は、記憶共有で生じる罪悪感により犯人が破壊される結末こそ望むかもしれない。
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