ぺしゃんこ 記憶と言う名の煉獄

ちみあくた

文字の大きさ
上 下
4 / 8

しおりを挟む


 悪夢から悪夢へ。
 
 シームレスに繋がる心のカオスを潜り抜け、食物の腐敗臭が漂う汚い部屋で、俺は意識を取り戻した。
 
 やれやれ、又かよ。何度目だ、コレ?
 
 ようやく心のモヤが晴れ、それなりに記憶が戻ってきたかと思えば……あっさりループへとんぼ返りのお粗末。
 
 今度はどちらの展開へ進むのだろう。
 
 パジャマのまま家を出て、あの交差点の前まで行き、目の前で妻子を殺される羽目になるのか?
 
 それとも、二人が死んで数日後の朝へ放り出され、押しかけてきたマスコミに心を引き裂かれるのか?
 
 どちらにせよ、もう沢山だ。
 
 このままじゃ気が狂う。
 
 何処かで、誰かが、ひっきりなしに俺を狂気へ誘っていやがる。
 
 体を起こすと、カーテンを閉めた窓の隙間から薄明かりが射し込んでいた。できる影の角度で、もう昼間になっているのが分かる。





 ん……何ンか、前とシチュエーションが違うな。部屋の汚さと漂う腐敗臭は相変わらずだが……
 
 あれっ?
 
 強い違和感に俺はハッとし、耳を澄ませてみた。確かに状況が大きく変化している。
 
 何も聞こえない。
 
 あの、コツコツ、が無い。
 
 何だか知らねぇが、やっと止まりやがった。
 
 ぼうっとしたまま顔を上げ、違和感が残る部屋の中を見回すと、電源が切られたテレビ画面に俺自身の姿が映る。
 
 あれっ?
 
 しばらく自分の顔を眺め、生じた大きな変化の正体、そして、今度こそお馴染みの悪夢から抜け出したらしい事を唐突に悟る。





 俺……ジジィだ。
 
 今回の新たなシチュエーションだと、どういう訳だか、メチャクチャ年を食ってる。
 
 さっきまでの夢では、家族の死に遭遇する妄想の中でも、ムカつくインタビューを受ける展開でも、俺、三十代半ばだった。
 
 そこそこ若いつもりだったのに、今、テレビの液晶に反射している顔はアチコチ皺だらけ、目の下ぼってり。髪も薄くて白髪ばかり。下っ腹もポッコリ出ていやがる。
 
 ジジィの上にメタボでハゲかよ!?
 
 現実感なんて全く無いが、見た感じ「今の俺」の年齢は50代の半ばくらいに達している様だ。
 
 
 
 
 
 やばい……パニクる。
 
 落着け、俺。
 
 こういう時こそリラックス。感覚がグチャグチャになるのは、地獄のループで慣れっこじゃないか。





 頭を左右へブンブン振り、虚ろな記憶をこねくり回す。
 
 んで、夢から覚めた俺の心は、さっきまでの夢とは違うもう一つの「現実」へ辿り着いた。
 
 こっちの記憶だと……
 
 俺は郊外の新築一軒家で暮らすサラリーマンじゃない。ショートヘアが似合う妻も、テディベアが大好きな娘も、夢の中にしか存在しない。
 
 どっちが正しい認識か?
 
 今や、それは大した問題じゃない。現に俺は、いい年して汚部屋に引きこもりのオッサンとして目を覚ましたんだからな。
 
 で、そのオッサンの「現実」って奴を、もう一度、曖昧な意識の奥底から呼び覚ましてみると……





 呆れたね、我ながら。まぁ、つまんねぇ人生だわ。
 
 ガキの頃から何の取柄も無ぇ。三流の大学を出て、三流以下のちっぽけな会社で売れない営業やってさ、アホな上司とソリが合わず、職場を転々とした後、やる気を根こそぎ失う。
 
 んでもって、親の家に出戻り。自分の部屋から外へ出ず、中年になってからの引きニート・デビュー。
 
 結果、そのまんま、老け込んじまった。ははっ、もう詰み。ジ・エンド。完全に取り返しがつかねぇ。





 それにしても、何であんな……リアルな夢を何度も繰り返し見た挙句、幻想のループをそのまま信じたんだろう、俺?
 
 もしかして、アレか?
 
 昼間に見たテレビのワイドショー、家族が通り魔に殺された男のインタビューのせいか?
 
 ありゃ哀れだった。一応、同情したけどさ、繰返し夢に見るほど肩入れした記憶は無ぇぞ。
 
 何しろ、家族を失うどころか、俺はこの年まで独身……いや、それ所じゃないよな。
 
 ささやかな風俗通いを別とすれば、女と付合った経験が無い。人生まる事、とっくの昔に行き詰り。お先真っ暗も良いトコだ。
 
 だから、犯罪への憎しみを語るインタビューを見る内、同情するより妬ましい気持ちの方が強くなった。
 
 夢の中じゃ、俺、あの被害者の旦那になりきってたのに、あんなに絶望してたのに、他人事となりゃこんなもんか?





 いやいや、失うモンの方向性こそ違うけど、「絶望」の重さを比べるなら「今の俺」だって負けてねぇぞ。
 
 時々、出し抜けに「死にたい」と思う。
 
 もうつまんない人生、何もかも終わらせちまって、早く楽になりたい。いっそ誰かスパッと殺してくれねぇか?
 
 そう思うと何も怖くない。もしかして、アレだ。巷を騒がす「無敵の人」って感じに、俺、近づいているのかな?





 そんなアホな妄想をこね繰り回す内、又、何処から規則正しい物音が聞こえてきた。
 
 コツコツ。
 
 何だよ、又か?
 
 いや、ちょっと違うな。今はコツコツ、じゃない。
 
 カタカタ、と……風の音だ、ありゃ。
 
 ろくに手入れもしない埃だらけの窓枠が強風で軋んでいる。単調で同じリズムの繰り返しが実に鬱陶しい。
 
 相変わらず食欲は無ぇが、脳ミソが疲れているお陰で、コーラか何か甘い飲み物が欲しくなってきた。
 
 お~し、久々にコンビニでも行くか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

存在証明X

ノア
ミステリー
存在証明Xは 1991年8月24日生まれ 血液型はA型 性別は 男であり女 身長は 198cmと161cm 体重は98kgと68kg 性格は穏やかで 他人を傷つけることを嫌い 自分で出来ることは 全て自分で完結させる。 寂しがりで夜 部屋を真っ暗にするのが嫌なわりに 真っ暗にしないと眠れない。 no longer exists…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

わたしはいない

白川 朔
ミステリー
少女(白井めぐり)と誘拐犯の日々。 あなたはなぜ少女を誘拐したのか。誘拐から始まった2人の歪な関係。 少女が出会う孤独と優しさ。

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

処理中です...