うすばかげろう 変人遊女と偏屈職人、命燃やせや、一夜の恋に

ちみあくた

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とんぼの銀かんざし

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 それから三日後の夕刻、伊三次は再び見返り桜の前を廓へ向けて歩いている。

 運ぶ足取りは決して軽くない。

 一度ならず道端で止まりそうになる度、少し前を行く巳代松が、鷲掴みにした彼の小袖の肩口を力任せに引っ張った。

「若旦那、もう勘弁してくんな」

「なぁ、伊佐さんよぉ、いい年してろくに廓を知らねぇなんざ、お前、恥ずかしいと思わねぇか?」

「俺の勝手だと思いますがね」

「い~や、そんな奴が物欲し気に吉原の往来で冷やかしとあっちゃ、出入りする店の沽券に関わらぁ」

「待って下せぇ、そいつにはちょいとした訳が……」

 伊三次の弁明はあっさり無視し、後は問答無用で廓へまっしぐら。これが巳代松のいつもの癖だ。思い込んだら最後、金輪際、人の話を聞かない。

 格子越しで涼香に睨まれた日の翌朝、伊三次の住まう長屋へ巳代松はいきなり押しかけてきて、開口一番、廓へ誘っている。

 半ば力づくの強引極まる誘いっぷりで、とにかく行こう、の一点張り。

 恩ある店の惣領だからそうそう邪険に扱えないし、無口な質の伊三次では巳代松のよく回る舌先に到底太刀打ちできない。

 とうとう丸め込まれ、翌々日の、この道行きと相成ったのだが、

「全く、辛気臭ぇなぁ。そう心配しなさんな。俺の馴染みの遊女から、とびっきり良い相手を紹介してもらうからよ」

「でも、細工の材料を仕入れたばかりで、俺ぁ懐具合が、その……」

 伊三次が口籠ると、巳代松は大口を開けて豪快に笑い飛ばす。

「へん、心配は要らねぇや。ど~んとこの俺らに任せりゃ大丈夫。伊三さんは大船にでも乗った気でいりゃ良いンだ」

「……左様で」

 伊三次は重い溜息をついたが、巳代松にも巳代松なりの都合がある。

 あの夜、伊三次が走り去るのを見送った後の事。彼は一人で峯屋へ上がり、枕を交わす朝霧から寝物語にある悪戯、いや、一風変わった遊びの趣向を持ち掛けられていた。

 朝霧が巳代松に頼み事をしてくるのは稀だ。

 勝ち気で気まぐれ、他人に借りを作るのが嫌いな性分の女だから、惚れこんでいる身としては何としてでも期待に応えたい。伊三次を吉原へ連れていって、練った段取りを進めてやりたいと思う。

 いや、進めずにおくものか!





 一方、峯屋の二階にある散茶の持ち部屋では、涼香が張見世にも出ず、朝霧の前ですっかり意気消沈していた。

「どうしよう、姐さん。どうしてもあれ、見つからない」

「困ったねぇ、ちゃんと探したのかい」

「時間も手間も、随分と掛けたのだけれど……」

 口ごもる涼香の隣で、御付の禿まで探し疲れた顔で肩を落としていた。

 あれ、というのは身請けが決まった折、常盤屋から貰った銀の簪である。京の一流職人が趣向を凝らした高級品で、幸運を運ぶという虫・とんぼの形を模している。

「今夜は常盤屋さんが来ないから良いけどねぇ、もし失くしたなんて知れたら、いくら気前の良いあの人でも……」

 贈り物を紛失するのは廓では不義理中の不義理。

 間夫の顔を潰すという事だから、折角の身請けも御破算になるかもしれない。
 
 これまで常盤屋が馴染みであるが故の破格の待遇を受けてきた分、掌を返す様に厳しい立場になるのは、世間知らずの涼香にも理解できる。

 焦りに焦り、普段の呑気さをかなぐり捨てて落ち着きなく探す姿を見、朝霧は密かに微笑を浮かべた。

「実はねぇ、涼香ちゃん。あたし、良い腕の飾り職人を知ってンの」

 その言葉の意味がわからず、涼香は無言で目を丸くする。

 朝霧は細い眉を寄せ、思案顔を作ってみせた。

「まだ簪探しはあきらめないにせよ、さ。一応の備えはいるじゃないか」

「……うん」

「もし万が一、簪が見つからなかった時の為、見分けがつかない代りの品を作っておいた方が良いと思うわ」

「常盤屋さん、騙すの?」

「あら、騙すなんて人聞き悪い。今夜、あたしの間夫、左之屋の若旦那が、その飾り職を廓へ連れて来るそうなの。それ、涼香ちゃんの客にしてさ、そっくり同じ細工の簪を内緒でこしらえて貰おう」

「……うまくいくかな」

 不安そうな涼香の肩を、朝霧は後ろから抱き締め、優しい声音を作って耳元でそっと囁いた。

「すご~く頼りになる職人さんみたいよ。後は、あんたの色香で手玉に取り、思うがままに言う事を聞かせるだけ」

「手玉だなんて、私……」

 頬を赤らめる涼香を口先で力づけ、しめしめノッてきた、と朝霧は腹の中でぺろり舌を出している。


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