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しおりを挟む「ダメ……そんなの、ダメなの……」
夢の中での行いが争いへ転じてしまった事に救世主タマキちゃんは苦しんでいました。
心でつながった一人娘の声が、立ちすくむユカリさんへ直接伝わります。
なんで、タマキが悪夢を見なきゃいけないのよ! あの子、みんなを助けようとしただけじゃない!
ふつふつと湧く怒りに反し、ユカリさんの衣と鎧が放つ光は、徐々に淡くなります。悪夢にうなされ、タマキちゃんの眠りが徐々に浅くなってきたのでしょう。
「ねぇ、争いを止めて、ちゃんと話そうよ!」
ユカリさんは必死で声を張り上げましたが、一度、火のついた戦いは止まりそうにありません。会議場にいるえらい人達も、ただ怯えるだけ。人任せにしたまま、動こうとしないのです。
え~い、こうなりゃ力づく!
焦りに焦ったユカリさんが争うテュポーン達の間へ割って入ろうとした途端、物凄い揺れと衝撃音が会議場でとどろきました。
竜に跳ね飛ばされたロボットが、一隻の宇宙船を巻き込み、ビルへ接触。外壁をえぐったみたいです。
「きゃぁああっ!」
会議場が揺れる度、何度も悲鳴を上げてしまうユカリさん。
この時、彼女は忘れていました。自分の大声はテレパシーで夢の世界へ届き、タマキちゃんの眠りにも直接影響を与える事に……
プツン、と何かが切れるのをユカリさんは感じます。
気が付くと、救世主の聖なる衣や鎧を彼女はもう着ていません。夜、八時過ぎに家へ買ってきた時の色褪せたブラウスと擦り切れたパンツ。何処にでもいる若い主婦の姿そのもので立っていたのです。
「……貴様、何者じゃ!?」
唖然とした顔のテュポーンに訊ねられ、ユカリさんは自分の顔を触ってみました。
タマキちゃんの奇跡の力は完全に失せています。頬に触れた時の感触が、若い頃のような弾力を持っていないから、若返りの効果も無くなったのでしょう。
「あたし……只の、シングルマザー」
苦い笑みを浮かべ、ユカリさんはつぶやきます。
「あなた達が救世主と呼ぶ少女のママをやってるわ。時給1200円で毎日、ヘトヘトになるまで働きながら、あたしなりに必死で……」
そこで、ふと、ユカリさんは言葉を止めました。
必死で?
ホントに?
考えてみたら、あたし、ママらしい事、何もできてない。
パパとはケンカ別れしちゃったし、仕事が忙しくて寂しい想いをさせてる。毎日、晩ごはんを一緒に食べる約束さえ、破ってばかり。
今頃、きっとタマキ、目が覚めちゃってるよね。
寝床を出て、つけっぱなしのテレビなんか見なけりゃ良いな。このビルで、あたしがやらかした大失敗、知らせたくない。
知ったら、あの子はきっと……
涙を浮かべるタマキの顔が浮かびました。
「泣いちゃうぞ、もう」
娘の口癖を真似してみたら、ユカリさんの眼がしらも熱くなる。
スッとこぼれ落ちる涙を三人の来訪者は声も無く見つめました。その内、これ以上、戦う気力がなくなってしまったのかも知れません。
国連ビルに掛かっていた不思議な力が次々と解けていきます。
ヌメヌメと蠢く壁がコンクリートに戻り、絡みついていた青白いビームは消え、ゆっくり下へ落ちていく。
ちっぽけな体の、無力なシングルマザーに出来る事は何もありません。地面に激突し、ビルが砕け散る瞬間、ユカリさんは目を閉じ、「未来のタマキに幸せが訪れますように」と祈るしかなかったのです。
全ては終わった。
その筈です。でも、深い眠りに落ちていたユカリさんは、ツンツン鼻の先を突っつく小さな指の感触で目を開きました。
「ママ、おはよう!」
タマキちゃんの笑顔がすぐ近くにあります。
「え? あたし、どうして……」
ためらうママのほほに、タマキちゃんは自分のほっぺをすりつけ、早く起きて、と揺さぶりました。
体を起こしたユカリさんは、窓から差し込む陽光に目を細め、いつも通りの平和な朝が訪れた事を悟ります。
あの絶望的な状況から、何故、生き延びる事ができたのでしょう?
もしかして、あの竜の親玉が魔法で何もかも元通りにしたとか?
あのハチみたいなエイリアンだったら、超能力でヒトの記憶くらい消してしまうだろうし、あのロボットなんか時を戻せる訳でしょ?
そもそも、あいつら……根は悪くないって、タマキも言ってたモンね……
考えがまとまらず、半開きの目でボ~ッとしているママの体をタマキちゃんが又、揺り動かします。
「ママ、寝ぼけちゃダメ。早く、ご飯食べて、お仕事行かなきゃ、なの」
「うん……」
「それに、お行儀悪いの。昨日の服、着たままだよ、今でも」
ユカリさんは思わず苦笑しました。
確かに色褪せたブラウスと擦り切れたパンツを今でも身に付けており、大人として恥ずかしいかな、と自分でも思います。
大体、朝寝坊するのは、いつもタマキちゃんの方。寝ぼけたままの娘へ頬を摺り寄せて起こすのがママの役目で、今日はさかさまです。
「きっと……何もかも夢だったのね」
「ん?」
「ううん、何でもない」
ユカリさんは大きく背伸びし、立ち上がりました。
「あ、もう七時半じゃん! タマキ、オムライス買ってあるから、二人分、レンジでチンしよ」
「え~、朝からオムライス?」
「昨日、遅刻したお詫びもかねてます。今夜はもう、絶対、早く帰って来るから」
「約束?」
「神に……いえ、救世主に誓って」
何を思い出したか、タマキちゃんは首を傾げ、少し大人っぽく微笑みました。
「それじゃ、ママ、ついでにもう一つ」
「何?」
「昨日の夜、夢の中で起きた事は、ぜ~ったい誰にも言っちゃダメだよ!」
「え!? タマキ、それって……」
タマキちゃんは、もう何も答えてはくれません。
素早くユカリさんの横を抜け、キッチンでオムライスの包みを見て、すぐさまレンジへ放り込みます。
あと10年……いえ、20年の時が過ぎ、本当に何か大変な事が起きるまで、真実は明かされないのかも知れませんが、
「ま、ウチのメシアがいれば、何が起きても何とかなるよね!」
後ろから娘を抱き締め、さっきのお返しでほっぺをスリスリしながら、ユカリさんは思いました。
そう、何たって子供は未来の担い手。無限に広がっていく可能性のかたまりなのですから。
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