4 / 5
4
しおりを挟む扉を抜けると、そこは地上39回、150メートルを超える高さでそびえ立つ国連本部ビル屋上でした。
通り抜けると同時に不思議な扉は消えてしまい、もう戻れません。
「う~、こりゃ、覚悟を決めるしかないか。何処から中へ入れば良いんだろ?」
なんてブツブツ呟きつつ、屋上のドアを探す内、すごい鼻息を背中に感じました。振り返ると、どでかい竜の頭がこちらを睨んでいます。
「お前、テュポーン様がお探しの救世主だな?」
「あ、ちょっと待って。似てるけど人違いで……ホラ、あの子に無い大人の色気とか、感じません? そこはかとなく……」
軽くセクシーポーズをとるものの、何事も力づくで行くドラゴンの流儀にお色気なんか通用しません。手柄を立てたい一心で、一匹のみならず、次々とユカリさんへ突進してきます。
ほんじゃ試してみよっか、救世主パワー?
すぐに考えるのを止め、ユカリさんは拳に力を込めました。何事も力づくで行く荒っぽさはドラゴンだけの専売特許じゃないのです。
「うりゃ!」
タマキちゃんが使っていたファイヤーパンチが、炎と共にうなりを上げ、ドラゴンの群れをぶっ飛ばしました。
その勢いでエイリアンの宇宙船を蹴っ飛ばし、巨大ロボットへはキーン!とキラキラ光線を浴びせ、みんな動けなくしてしまうまで、一分もかからない早わざです。
「ウン、あたしも中々やるじゃん! 流石、救世主の力。ちゅうか、夢の中のご都合主義が効いてる?」
いつの間にか空を飛んでいたユカリさんは、周囲の三勢力をジロリと一にらみ。その迫力と、見せつけた圧倒的なパワーに恐れをなして、竜もエイリアンもロボットも一斉に後ずさります。
「ヘイヘイ、ど~したのぉ? やるんなら、やったろーじゃん。日本のシングルマザー、なめんなよぉ」
完全にノリノリのユカリさんですが、その心の中に直接、タマキちゃんの声が響きました。
「ちょっと、ママ……やり過ぎ」
「そう? 優しく撫でただけですけど」
「みんな、根は悪くないの。あんまり、いじめちゃダメなの。それに……」
「何?」
「あんまり派手にあばれたら、その反動で、タマキ、目が覚めちゃうかも」
「あ~、今、寝てるんだもんね。もし夢が途切れたらど~なるの?」
のん気に聞き返すユカリさんへ帰って来た答えは、あんまり穏やかなムードじゃありません。
「わかんないの……タマキの力を人に貸すなんて初めてだから、どうなるか、わからない。もしかしたら、消えちゃうかも」
「消える? あたしが? 夢の中に帰るんじゃなく?」
流石のユカリさんも怖くなりました。
こうなりゃ早く済ますしかない。屋上から150メートルをゆっくり降下し、玄関ドアから堂々とビルへ入ってやろうと考えたのですが……
この判断はまずかった。騒ぎを報道していたテレビや新聞の報道陣がドドッと押し寄せて来て、ユカリさんを取り囲みます。
「あなたが、奴らの要求する救世主ですか?」
「正体は地球人? 我々の見方をしてくれるんですか?」
「なんで、そんなに強いんです?」
最初は遠巻きにしていたのに、困ったユカリさんが口を閉じていると、マスコミはドンドン近づいてきました。
ヒーロー気分を味わっていたユカリさんも、モミクチャにされ、
「どこ触ってんのよ、あんたら!?」
つい大声になります。
日本語でどなったのに、救世主の力で意味は自然に伝っていく。
その違和感にマスコミがたじろいている間、ユカリさんは彼らの頭上を飛び越して、国連ビルのドアを潜り抜けました。
巨大なビルの中は、さながら正解のない迷宮です。
しかし、千里眼で導いてくれるタマキちゃんのお陰で、本会議場へ迷わず辿り着く事ができました。と言うか、面倒くさいから途中の邪魔な壁を全部ブチ抜いちゃったんですけどね。
会議場の壁穴からユカリさんが中を覗くと、放射線状に並んだたくさんの椅子に常任理事国の代表が五人だけ座っています。
中央演台には異次元から来た訪問者が三体。
元々、大きな竜のテュポーンは、2メートルくらいに体を縮め、頭の数も三つに減らした姿です。
ペンドールは、ロングドレスをまとう絶世の美女に変身していました。もしかしたら、交渉の為、超能力でそう見せていただけかも知れません。
マジェスは切り離した頭部をドローンみたいな飛行機械に載せ、赤いシグナルを瞬かせながら空中浮遊しています。
その全員から、一度に鋭い視線を浴びせられ、ユカリさんは一瞬たじろぎました。
「おぉ、救世主タマキ殿!」
テュポーンの三つの頭が同時にホッとした笑顔を浮かべ、
「わらわもお会いしとうござりました。いつぞやの如く、お願いしたき儀が」
ペンドールが優雅にこちらへ飛びよろうとすると、マジェスが素早く間に割り込んできます。
「ワレワレ、ノ、ネガイ、サキ、ダ」
たちまち、始まるにらみ合い。
おそらく、ずっとこんな調子が続いていたのでしょう。各国の代表は青ざめたまま、何も言えません。
「あのぉ……お取込み中、悪いけど、あたし、その……メシアじゃなくて」
三者一斉に「はぁ!?」と声を上げ、今度はユカリさんをにらみます。
「こんなカッコだし、若く見えるけどね、アンタたちが知ってる救世主の代理と言うか、保護者と言うか……」
三者一斉に、疑いの眼差しを浮かべました。と言うか、ユカリさんが何を言っているのか、訳わかんない、という感じです。
「タマキは言ってたよ。あんた達の世界の、本当の危機はもう去ったんだってさ。後は自分で何とか出来るし、自分で未来をつかまなきゃダメだって」
耳の奥でパチパチ、拍手の音がしました。夢の中からタマキちゃんがママを応援しているようです。
でも、来訪者達は途中からいがみ合いの方に夢中。力説するユカリさんの言葉は耳をスルーしていて、その上、
「えぇいっ、らちが明かぬわっ!」
ペンドールが絶世の美女から女王バチの正体を現し、複眼を妖しく輝かせると会議場が大きく揺れました。
何が起きたのか?
報道機関のニュースがフロアのモニターに流れ、そこには基礎構造から引っこ抜かれて空へ浮上していく39階のビルが映し出されています。
「と、飛んでるっ、ビルが!?」
アメリカ大統領がうめくように言いました。
「見たか、わらわの念動力。このまま、我が艦隊と共にワープして、故郷へ帰還してくれるわ」
勝ち誇った口調でペンドールが宣言します。
会議場の揺らめきはまもなく止まりました。モニター画面を見ると、ロボット軍団が取り囲み、青白いビームをロープのようにビルへ巻き付けて、ペンドールの超能力を封じているみたいです。
「NO! ワープ、ノマエ、ニ、クウカンゴト、タイムトラベル!」
マジェスの額で赤い光源がチカチカしていて、それは彼なりの「笑い」の表現に見えました。
「こんなんで張り合って、ど~すんのよ!?」
狙いだった筈の救世主をよそに、テュポーンまでブツブツと呪文らしき言葉を唱え始めています。
そのやり方は他の二人と違っていました。会議場の壁が見る間にうねり、何か生き物の体内みたいな色合いと生臭い匂いを発し始めたのです。
「ふん、ドラゴンの魔法に勝てると思ったか? わしは今、このビルをどでかい飛竜に作り変えておる。完成したら、超能力やら、科学やら、蹴散らして我が願いをかなえてやるぞ」
ユカリさんは、冷や汗をかきながら、その言葉を聞いていました。
どいつもこいつも、すさまじい能力です。
それは又、そんな彼らが、長い旅を経てまで取り戻そうとする救世主タマキがどれほどすごい力の持主か、と言う事も示しています。
そして、そんな救世主でさえ、夢の中で修行を繰り返さなければならない程の災いが10年後、20年後に地球を襲うかもしれない。
日々の暮らしの中で感じた事のない不安と恐れが、ユカリさんの胸の奥で渦巻き始めましたが、それ以上考える暇はありませんでした。
しばらく空中に固定されていたビルが、再び大きく揺らいだのです。
三方からけん制し合っていた竜、宇宙船、ロボットがついに激突し、戦端が開かれてしまったようです。
結界やバリヤーで身を守っているから、彼ら自身は無傷。でも、周囲へ急速に被害が広がっていきます。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと
石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。
歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。
大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。
愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。
恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。
扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
子猫マムと雲の都
杉 孝子
児童書・童話
マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。
マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。
ドラゴンの愛
かわの みくた
児童書・童話
一話完結の短編集です。
おやすみなさいのその前に、一話ずつ読んで夢の中。目を閉じて、幸せな続きを空想しましょ。
たとえ種族は違っても、大切に思う気持ちは変わらない。そんなドラゴンたちの愛や恋の物語です。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる