テミスの娘たち～Article・Girls

２９ ヤマト、駆ける

　「ヤマト！　こっちっ」
　「次は、あっちよっ！」
　足元にまつわりついて、じゃれ付く子犬の柴犬を、しゃがんで迎えたり、手招きしたりして、マウンド側の文谷(ふみや)真奈たち一年生から、フェンス間ぎわの十和田海帆(かいほ)たち二年生へと、次々と誘導していく。
　不動琴葉(ことは)が、子犬を両手で抱え上げて、フェンス上の前田文(ふみ)に手渡しする。
文が、子犬の鼻先に顔を寄せる。
　「ヤマト、しっかり走ってね」
　文が子犬を足元に降ろす。すぐさま、子犬が、登り階段へと走り出す。
　あとは、九条(くじょう)和水(なごみ)、一条主(おも)、飯岡権子(のりこ)の足元を駆け抜ければ、コンコースにたどり着く。左に回り込めば、放送室だ。
　子犬がびっくりしないように、との理由で、柴犬ヤマトを放した直後に、ミン暫定大統領が、全員着席し、静粛にするよう、難民たちに呼びかけていた。
　制憲議会の最終段階でもあり、ミン暫定大統領は、難民たちの退出、および外部からの部外者の入場を、マイクで禁じる議場封鎖のための放送も行っていた。
　これには、テロリストの動きを封じる意味もあったのだが。
　各ゲートには、日本の警察官たちや自衛隊員たちが、張り込んでいる。
　陸上自衛隊員の九条憲司が、双眼鏡をのぞきながら、
　「動きが皆無だな。奇妙だ」と独りごちる。
　ブロックに分けて、隊員たちがそれぞれ球場内を監視している。
　次々に、通信が入る。
　〝退出者なし、侵入者なし〟
　〝狙撃可能ポイントに、異常なし〟
　〝ゲートの完全封鎖、継続中〟
　疲れたのか、急な登りのためか、柴犬ヤマトの駆け足がやや鈍る。
　足元を抜ける間ぎわに、娘たちがしゃがみこんで、
　「ヤマト、頑張って！」
　と声をかける。
　と、文が、声を上げた。
　「一条さん！　気になることが。鑑識モードで、見て！」
　和水の足元を抜けた子犬が、主の足元に近づく。
　主が、すでに立ち上げている脳内ペースメーカーのモードを、自分の手話の視認によって、鑑識モードに切り替える。
　「ＵＳＢよ！」と文。
　しゃがんで子犬を迎え入れた主が、ＵＳＢメモリ･スティックを裏返してみる。
　はっ、とする主。
　体をねじったヤマトが、主の両手から抜け出て、再び元気に、権子の足元へと走り出す。
　「フミちゃん、オモちゃん、なに？」と立ち尽くす権子。
　文と主が、同時に、叫んだ。
　「国際手配中の、テロリストの指紋よっ！」
　呆然とする権子。
　「ノンコ！　ヤマトを止めてっ！」
　権子は、すぐさま片膝を突き、両腕を広げて、身構えた。