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21 ヴァンガードは?
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しんと静まり返った、道場の板の間。
縦横一〇メートル四方のスペースに、畳が五〇枚ほど敷き詰められている。
四辺のうち三辺に沿って、控え場所として畳が何枚か敷いてある。
左側に、飛天の姿の中国人の娘たち。右側には、天使の姿のアメリカ人の娘たち。
正面の奥が、権子たち。道着に黒袴(ばかま)、ひらひらと肩に領巾(ひれ)をまとった姿だ。
みな、正座している。
「ハーイ! 日本のアーティクル・ガールズ。これは、アンフェアです。チェアーに変えるべきです」とジュリア。
「われわれの足を止めるつもりだな」
リン・ファが正座しながら、下半身が落ち着かない雰囲気だ。
「ルールを合わせてくれるっていう、約束だったよ」と笑顔の権子。
「ま、舞い上がれば、こちらのものです。さて、ヴァンガード、日本語で言う『先鋒(せんぽう)』は?」
「うちは、九条の担当、ナゴミちゃんだよ」
「こちらアメリカは、修正第二条『武器保有権』のエキスパート、エミリー・マッカーサーを出します」
「わが邦は、第九三条『中央軍事委員会』担当の、張紅花、チャン・ホンファ!」
権子が思わず、独り言。
「すごい――、どっちの国も、武装がオーケーなんだ…」
「審判は、どうします?」と一条主(おも)。
「それぞれ、前文を出しましょう」とジュリア。
「いいでしょう」と再び主。リン・ファもうなずく。
「フミちゃん、よろしく!」
権子が前田文に手を振る。
「領巾が長すぎて、なかなかまとまりません。一時的に、道場の隅に丸めておきます」と文。
「わたしは、この状態で」と恥ずかしそうにする、中国の娘の一人。
この飛天の領巾が、道場の入り口に続いている。入口のすぐ外に、人の丈を優に超す大きさの毬(まり)。運動会の大玉ころがしに使えるような大きさ。
ええ――っ! 中国憲法の前文って、日本のより、はるかに長い!?
日本の娘たちが、声を上げる。
「こちらは、あんな具合です」
ジュリアが指さす先を見れば、頭上の光輪がほかよりちょっと大きいかな、という姿の天使がたたずんでいる。
「おっ、アメリカは前文、短かっ!」と和水。
「各国の憲法の前文に恥じぬよう、しっかり判定を!」とジュリアとリン・ファ。
「頼むよ、フミちゃん」と権子。うなずく文。
エミリーと和水、ホンファが畳に上がり、正座して手を畳に突き、互いに頭を下げ、礼を送り合う。
「では、二人(ににん)掛け、乱取り、始めっ!」
文が、勢いよく手旗を振る。
チョア――ッ!
さっそく、飛天の姿のホンファが宙に舞い、体を回転させながら、蹴りを和水の面に向かって次々と繰り出す。
これを日本拳法のグローブのガードで弾く和水。
体を回転させつつ、両腕を大きく振りながら、時折、強い突きを混ぜるホンファ。
あっ、中国拳法、カンフー!
日本の娘たちがざわめく。
「世界初の成文憲法は、一二〇六年制定、わが国のジンギスカン憲法よ!」
「〝和をもって、貴しとなす〟――。 聖徳太子の憲法十七(じゅうしち)条は、西暦六〇四年…」
「ふんっ、そんな役人の心構えなんて、憲法じゃ、ないっ!」
徐々にラインぎわまで追い込まれる和水。
「手を貸しましょうか?」と背後からエミリー。
「こちらが助太刀(すけだち)すれば、助太刀し返してくれるんだっけ?」
苦しそうに、声を絞り出す和水。
叫ぶ権子。
「ナゴミちゃん! 集団的自衛権は、まだ国民的な論議が不十分!」
ときどき、ホンファにグローブで打ち返す和水。そのたびに舞う条文入りの領巾、すり足で向きを変えるときに揺れる袴、どちらも擦り切れて、継ぎ接ぎだらけだ。
「試合前から、すでに解釈改憲で、あの通りなのに」とエミリー。
「私…、個別的自衛権だけで、やってみる…」と和水。
「エライ! ナゴミちゃん!!」と権子。
「ふっ、ならば!」
エミリーが、和水の背中から両腕を回し込み、胴を抱え込んで、弾みをつけて重心を後ろに傾ける。
「ナゴミちゃん、危ない! バックドロップっ!」
「そっちは、レスリングかいなっ、やってみい!」
和水が体を素早くねじって、左右のひじ打ちを、背中のエミリーの顔面に立て続けにヒットさせる。頭上の光輪が傾き、気がかすんだエミリーの腕が緩む。
畳に和水の両足が着いた瞬間、ホンファの渾身の回し蹴りが、顔の右から来た。
着地の反動を使って、ホンファの懐に低く、深く、飛び込んだ和水。
ホンファのふとももの内側に沿って、和水が顔面に向かって、素早く右ストレートを繰り出す。
指を握りしめながらの、
「にちけん奥義、波動打ち! クロスカウンターじゃあ!!」
おお――っ!!
不自然に右の翼を伸ばして、立ち尽くすエミリー。両肩から領巾をたなびかせながら、吹っ飛ぶホンファ。
二人とも、仰向けに畳の上に崩れ落ちた。
静まり返る道場。
三人の審判が、左手にまとめて持った、赤、青、白の手旗のうち、日本のための旗、白旗を右手で素早く掲げた。
「いっぽ――んっ! 次は、副将戦よ!」
文が、次の三人の入場を促した。
縦横一〇メートル四方のスペースに、畳が五〇枚ほど敷き詰められている。
四辺のうち三辺に沿って、控え場所として畳が何枚か敷いてある。
左側に、飛天の姿の中国人の娘たち。右側には、天使の姿のアメリカ人の娘たち。
正面の奥が、権子たち。道着に黒袴(ばかま)、ひらひらと肩に領巾(ひれ)をまとった姿だ。
みな、正座している。
「ハーイ! 日本のアーティクル・ガールズ。これは、アンフェアです。チェアーに変えるべきです」とジュリア。
「われわれの足を止めるつもりだな」
リン・ファが正座しながら、下半身が落ち着かない雰囲気だ。
「ルールを合わせてくれるっていう、約束だったよ」と笑顔の権子。
「ま、舞い上がれば、こちらのものです。さて、ヴァンガード、日本語で言う『先鋒(せんぽう)』は?」
「うちは、九条の担当、ナゴミちゃんだよ」
「こちらアメリカは、修正第二条『武器保有権』のエキスパート、エミリー・マッカーサーを出します」
「わが邦は、第九三条『中央軍事委員会』担当の、張紅花、チャン・ホンファ!」
権子が思わず、独り言。
「すごい――、どっちの国も、武装がオーケーなんだ…」
「審判は、どうします?」と一条主(おも)。
「それぞれ、前文を出しましょう」とジュリア。
「いいでしょう」と再び主。リン・ファもうなずく。
「フミちゃん、よろしく!」
権子が前田文に手を振る。
「領巾が長すぎて、なかなかまとまりません。一時的に、道場の隅に丸めておきます」と文。
「わたしは、この状態で」と恥ずかしそうにする、中国の娘の一人。
この飛天の領巾が、道場の入り口に続いている。入口のすぐ外に、人の丈を優に超す大きさの毬(まり)。運動会の大玉ころがしに使えるような大きさ。
ええ――っ! 中国憲法の前文って、日本のより、はるかに長い!?
日本の娘たちが、声を上げる。
「こちらは、あんな具合です」
ジュリアが指さす先を見れば、頭上の光輪がほかよりちょっと大きいかな、という姿の天使がたたずんでいる。
「おっ、アメリカは前文、短かっ!」と和水。
「各国の憲法の前文に恥じぬよう、しっかり判定を!」とジュリアとリン・ファ。
「頼むよ、フミちゃん」と権子。うなずく文。
エミリーと和水、ホンファが畳に上がり、正座して手を畳に突き、互いに頭を下げ、礼を送り合う。
「では、二人(ににん)掛け、乱取り、始めっ!」
文が、勢いよく手旗を振る。
チョア――ッ!
さっそく、飛天の姿のホンファが宙に舞い、体を回転させながら、蹴りを和水の面に向かって次々と繰り出す。
これを日本拳法のグローブのガードで弾く和水。
体を回転させつつ、両腕を大きく振りながら、時折、強い突きを混ぜるホンファ。
あっ、中国拳法、カンフー!
日本の娘たちがざわめく。
「世界初の成文憲法は、一二〇六年制定、わが国のジンギスカン憲法よ!」
「〝和をもって、貴しとなす〟――。 聖徳太子の憲法十七(じゅうしち)条は、西暦六〇四年…」
「ふんっ、そんな役人の心構えなんて、憲法じゃ、ないっ!」
徐々にラインぎわまで追い込まれる和水。
「手を貸しましょうか?」と背後からエミリー。
「こちらが助太刀(すけだち)すれば、助太刀し返してくれるんだっけ?」
苦しそうに、声を絞り出す和水。
叫ぶ権子。
「ナゴミちゃん! 集団的自衛権は、まだ国民的な論議が不十分!」
ときどき、ホンファにグローブで打ち返す和水。そのたびに舞う条文入りの領巾、すり足で向きを変えるときに揺れる袴、どちらも擦り切れて、継ぎ接ぎだらけだ。
「試合前から、すでに解釈改憲で、あの通りなのに」とエミリー。
「私…、個別的自衛権だけで、やってみる…」と和水。
「エライ! ナゴミちゃん!!」と権子。
「ふっ、ならば!」
エミリーが、和水の背中から両腕を回し込み、胴を抱え込んで、弾みをつけて重心を後ろに傾ける。
「ナゴミちゃん、危ない! バックドロップっ!」
「そっちは、レスリングかいなっ、やってみい!」
和水が体を素早くねじって、左右のひじ打ちを、背中のエミリーの顔面に立て続けにヒットさせる。頭上の光輪が傾き、気がかすんだエミリーの腕が緩む。
畳に和水の両足が着いた瞬間、ホンファの渾身の回し蹴りが、顔の右から来た。
着地の反動を使って、ホンファの懐に低く、深く、飛び込んだ和水。
ホンファのふとももの内側に沿って、和水が顔面に向かって、素早く右ストレートを繰り出す。
指を握りしめながらの、
「にちけん奥義、波動打ち! クロスカウンターじゃあ!!」
おお――っ!!
不自然に右の翼を伸ばして、立ち尽くすエミリー。両肩から領巾をたなびかせながら、吹っ飛ぶホンファ。
二人とも、仰向けに畳の上に崩れ落ちた。
静まり返る道場。
三人の審判が、左手にまとめて持った、赤、青、白の手旗のうち、日本のための旗、白旗を右手で素早く掲げた。
「いっぽ――んっ! 次は、副将戦よ!」
文が、次の三人の入場を促した。
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