上 下
21 / 50

21 ヴァンガードは?

しおりを挟む
 しんと静まり返った、道場の板の間。
 縦横一〇メートル四方のスペースに、畳が五〇枚ほど敷き詰められている。
 四辺のうち三辺に沿って、控え場所として畳が何枚か敷いてある。
 左側に、飛天の姿の中国人の娘たち。右側には、天使の姿のアメリカ人の娘たち。
 正面の奥が、権子たち。道着に黒袴(ばかま)、ひらひらと肩に領巾(ひれ)をまとった姿だ。
 みな、正座している。
 「ハーイ! 日本のアーティクル・ガールズ。これは、アンフェアです。チェアーに変えるべきです」とジュリア。
 「われわれの足を止めるつもりだな」
 リン・ファが正座しながら、下半身が落ち着かない雰囲気だ。
 「ルールを合わせてくれるっていう、約束だったよ」と笑顔の権子。
 「ま、舞い上がれば、こちらのものです。さて、ヴァンガード、日本語で言う『先鋒(せんぽう)』は?」
 「うちは、九条の担当、ナゴミちゃんだよ」
 「こちらアメリカは、修正第二条『武器保有権』のエキスパート、エミリー・マッカーサーを出します」
 「わが邦は、第九三条『中央軍事委員会』担当の、張紅花、チャン・ホンファ!」
 権子が思わず、独り言。
 「すごい――、どっちの国も、武装がオーケーなんだ…」
 「審判は、どうします?」と一条主(おも)。
 「それぞれ、前文を出しましょう」とジュリア。
 「いいでしょう」と再び主。リン・ファもうなずく。
 「フミちゃん、よろしく!」
 権子が前田文に手を振る。
 「領巾が長すぎて、なかなかまとまりません。一時的に、道場の隅に丸めておきます」と文。
 「わたしは、この状態で」と恥ずかしそうにする、中国の娘の一人。
 この飛天の領巾が、道場の入り口に続いている。入口のすぐ外に、人の丈を優に超す大きさの毬(まり)。運動会の大玉ころがしに使えるような大きさ。
 ええ――っ! 中国憲法の前文って、日本のより、はるかに長い!?
 日本の娘たちが、声を上げる。
 「こちらは、あんな具合です」
 ジュリアが指さす先を見れば、頭上の光輪がほかよりちょっと大きいかな、という姿の天使がたたずんでいる。
 「おっ、アメリカは前文、短かっ!」と和水。
 「各国の憲法の前文に恥じぬよう、しっかり判定を!」とジュリアとリン・ファ。
 「頼むよ、フミちゃん」と権子。うなずく文。
 エミリーと和水、ホンファが畳に上がり、正座して手を畳に突き、互いに頭を下げ、礼を送り合う。
 「では、二人(ににん)掛け、乱取り、始めっ!」
 文が、勢いよく手旗を振る。
 チョア――ッ!
 さっそく、飛天の姿のホンファが宙に舞い、体を回転させながら、蹴りを和水の面に向かって次々と繰り出す。
 これを日本拳法のグローブのガードで弾く和水。
 体を回転させつつ、両腕を大きく振りながら、時折、強い突きを混ぜるホンファ。
 あっ、中国拳法、カンフー!
 日本の娘たちがざわめく。
 「世界初の成文憲法は、一二〇六年制定、わが国のジンギスカン憲法よ!」
 「〝和をもって、貴しとなす〟――。 聖徳太子の憲法十七(じゅうしち)条は、西暦六〇四年…」
 「ふんっ、そんな役人の心構えなんて、憲法じゃ、ないっ!」
 徐々にラインぎわまで追い込まれる和水。
 「手を貸しましょうか?」と背後からエミリー。
 「こちらが助太刀(すけだち)すれば、助太刀し返してくれるんだっけ?」
 苦しそうに、声を絞り出す和水。
 叫ぶ権子。
 「ナゴミちゃん! 集団的自衛権は、まだ国民的な論議が不十分!」
 ときどき、ホンファにグローブで打ち返す和水。そのたびに舞う条文入りの領巾、すり足で向きを変えるときに揺れる袴、どちらも擦り切れて、継ぎ接ぎだらけだ。
 「試合前から、すでに解釈改憲で、あの通りなのに」とエミリー。
 「私…、個別的自衛権だけで、やってみる…」と和水。
 「エライ! ナゴミちゃん!!」と権子。
 「ふっ、ならば!」
 エミリーが、和水の背中から両腕を回し込み、胴を抱え込んで、弾みをつけて重心を後ろに傾ける。
 「ナゴミちゃん、危ない! バックドロップっ!」
 「そっちは、レスリングかいなっ、やってみい!」
 和水が体を素早くねじって、左右のひじ打ちを、背中のエミリーの顔面に立て続けにヒットさせる。頭上の光輪が傾き、気がかすんだエミリーの腕が緩む。
 畳に和水の両足が着いた瞬間、ホンファの渾身の回し蹴りが、顔の右から来た。
 着地の反動を使って、ホンファの懐に低く、深く、飛び込んだ和水。
 ホンファのふとももの内側に沿って、和水が顔面に向かって、素早く右ストレートを繰り出す。
 指を握りしめながらの、
 「にちけん奥義、波動打ち! クロスカウンターじゃあ!!」
 おお――っ!!
 不自然に右の翼を伸ばして、立ち尽くすエミリー。両肩から領巾をたなびかせながら、吹っ飛ぶホンファ。
 二人とも、仰向けに畳の上に崩れ落ちた。
 静まり返る道場。
 三人の審判が、左手にまとめて持った、赤、青、白の手旗のうち、日本のための旗、白旗を右手で素早く掲げた。
 「いっぽ――んっ! 次は、副将戦よ!」
 文が、次の三人の入場を促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

あずさ弓

黒飛翼
青春
有名剣道家の息子として生まれる来人。当然のように剣道を始めさせられるも、才能がなく、親と比較され続けてきた。その辛さから非行を繰り返してきた彼は、いつしか更生したいと思うようになり、中学卒業を機に地元を出て叔母の経営する旅館に下宿することに決める。 下宿先では今までの行いを隠し、平凡な生活を送ろうと決意する来人。 しかし、そこで出会ったのは先天性白皮症(アルビノ)を患う梓だった。彼女もまた、かつての来人と同じように常人と比較されることに嫌気がさしているようで、周囲に棘を振りまくような態度をとっていた。来人はそんな彼女にシンパシーを感じて近づこうとするのだが、彼女はさらに重いものを抱えていたようで…… 来人の生き様と梓の秘密が絡み合ったとき。そこに生まれる奇跡の出来事は必見―。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...