樹上の未来録(樹上都市 ~スーパー・プラントの冒険~改題)

Toshiaki・U

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12 セコイアの警告

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 ヘルダーがアクセルを踏み込んだトラックは、ぎしぎしと軋(きし)む音を立てながら、ゆっくりとすぐ先の林道の右側に見えている丸太ロッジに進んでいく。その後ろを遥樹が乗ったスポーツ・サイクルが追う。
 丸太ロッジに到着すると、ヘルダーはランチを兼ねたミーティングのために、都市林施業地区の一部で栽培している品種改良したアラビカ豆を使ってコーヒーを淹(い)れる準備を始めた。コスタリカ産コーヒーは、五〇年以上前からこの国の重要な輸出用農産物だが、植物可能性研究センター(PPLC)でも貴重な資金源になっている。
 遥樹はヘルメットをかぶると、床の上に巻いた状態で置いておいたザイルを肩に掛けたり、錘(おもり)を付けたロープを飛ばす大きなパチンコ、ビッグ・ショットを立て掛けた壁からつかみ取ったりして、ツリー・クライミングの支度を整え、パラシュートが引っかかったセコイアの根元に近づいていく。復原地区の雲霧林から三々五々出てきた研究員たちとすれ違う。
 「俺たちの分も入ってるんだから、よろしくな」と声を掛けられる。雲霧林の中では多少冷えることもあるため、半袖Tシャツを着た上で首にトレーナーの腕の部分をマフラーのようにして巻いている姿も見られる。うなずきながら、遥樹は進む。
 見たところ、八〇メートルほどは樹高があろうかというセコイアの樹の中ほど、三〇メートルぐらいの高さの横枝にパラシュートがぶら下がっている。
 そのすぐ下の横枝にビッグ・ショットで最初のロープを打ち上げ、そのロープを引っ張って、括り付けたザイルを横枝まで引き上げてぶら下げる。その先端を引っ張って手元まで降ろし、腰のサドルにカラビナで固定する。ポケットから取り出した細い紐の輪をザイルに三重巻きにして足踏み用の輪を作り、もう一本の紐の輪も胸ぐらいの高さで手前のザイルに三重巻きにして、これを命綱として輪の端をサドルにカラビナで固定する。纐纈(はなぶさ)樹木園で見せた要領で、ザイルの先端側を足で踏み込み、体をぶら下げた側のザイルを引き上げ、ザイルとサドルをつなぐ紐の握りを上にずらす、という動作を繰り返して、どんどん登っていく。
 ザイルを引っ掛けた横枝にたどり着き、別方向に出ている横枝に左足を掛け、右足をロープの掛かった横枝に乗せる。もう一本、持って来てある紐の輪を頭上の横枝の上を通して両端を合わせて、腰のサドルにカラビナで固定し、命綱にする。
 下の林道を見下ろすと、注意深く研究員たちが、こちらを見上げている様子だ。日本の国内じゃ、樹高の測定やサンプルの枝葉の採取で何度もやって来た、勝手知ったるツリー・クライミングだ、大丈夫さ、と遥樹は思う。
 すぐ右上に張り出している、パラシュートの引っかかった横枝を見て、そこに右手を掛けようとした時だ。その右手のすぐ先の横枝の下側で、木材をたたき付けたような「ターン!」という大きな乾いた音と、空気を震わす「ビイーン」という音とが続けて起こった。遥樹は、思わず右手を引っ込めた。
 続いて、「ハルキ! 危ない!」という男女の叫び声が、いくつも下から聞こえてくる。
 何が起きた、と思って、振動音の発している問題の横枝を見つめると、信じられないことに、アーチェリーのものかと思われる金属製の弓矢が、横枝の下からやや斜めに深く突き刺さり、鋭い先端が上に突き出して、陽の光を反射しているではないか。
 いったい何者が、誰が自分を狙って、と訝(いぶか)しがって、下の林道を見渡す。心配そうに見上げる研究員たちの顔ばかりで、アーチェリーの弓を構えたような、いかにもこれぞ、という人影は見当たらない。
 と、今度は、「ハンガー!(腐った樹だ!) ヘッドエイク!(落下物!)」という大声が下から聞こえた。
 林道の上の人々が散り散りに走り去っていく。えっ、という感じで、遥樹は呆然とする。ひょっとして、このセコイア、根元から倒れる?
 この予感は、外れた。その代わりに、金属製の弓矢が突き刺さった横枝の付け根が、幹から少しずつ、めりめりと裂け始め、羽根状に葉を茂らせた枝の先がゆっくりと下方に傾いたかと思うと、付け根から破裂音のような大きな響きを発して、幹から外れた。
 弁当付きのパラシュートを絡ませたまま、横枝が真下に落下していく。走って逃げ去った研究員たちの今しがた集まっていた場所の辺りに、スローモーション映像のように横枝が落下していき、ついに地面に接して、丸太が転がるような音を立てた。周囲の木々から、驚いた鳥たちが騒がしく鳴き交わしながら、一斉に飛び立つ。
 「大丈夫か、ハルキ!」という悲鳴のような声が下から次々に聞こえてくる。
 「僕は、ここだ!」と遥樹は答えながら、妙な既視感にとらわれる。
 おーっ、という歓声が沸き起こった。遥樹は、頭上の命綱をカラビナから外し、ザイルに巻き付けた命綱の握りを加減しながら、一気に垂直降下した。
 地面に着地すると、ヘルダーをはじめ、先ほどすれ違った研究員たちが、案じるような表情で歩み寄って来る。遥樹は、何か言わなければ、と思った。
 「大丈夫、大丈夫。ランチを台無しにしちゃったかもしれないけど、みんな、ごめん」
 周囲から、「そんなことは、どうでもいい」「けがはない?」といった言葉が聞こえてくる。
 と、研究員たちの間から、子犬のように一目散に駆け寄って来る者の姿が垣間(かいま)見え、遥樹は一瞬、たじろいだ。両手を胸の辺りで握り締めたまま、自分の胸に飛び込んでくる。
 「ハルキ、馬鹿じゃないの! 腐った樹になんかに登って」と言って肩を震わせて泣きじゃくる、その顔は、ラウラだ。遥樹は、唖然としたが、成り行き上、ラウラの半袖Tシャツの背中に両手を回して、「大丈夫、大丈夫」と何度も唱える。
 「ラウラは、原生保存林地区にいるんじゃなかったのかい」と尋ねる。
 「ハルキが今日のお昼に都市林施業地区のリーダーと大事なミーティングがある、と言っていたから、おまじないをかけたトレス・レチェスを届けに来たの」
 トレス・レチェスは、練乳を染み込ませたコスタリカ特有のスポンジケーキのことだ。
 「どうも、ありがとう」
 遥樹は、ラウラの背中に回した腕に優しく少し力を込めた。
 またもや、おーっ、という歓声と続けざまに、拍手や、高い指笛の音とが交錯する。
 「それにしても、ハルキを狙ったのは、誰なの?!」
 泣いていたかと思えば、もう怒り顔になって、ラウラが左右をうかがう。遥樹は、両腕をラウラの背中から離した。
 アーチェリーの弓を無造作に右手にぶら下げた、いかにも自分が犯人で御座い、という風体の男が、ぬらりと復原地区の雲霧林の中から現れた。
 遥樹は、目を疑った。半袖Tシャツをさらに腕まくりして、長めの半ズボンとサンダル履き…。
 「あ、葵! なんで…」
 見慣れない外部の人間、纐纈葵の出現に気付いた研究員たちが身構える。気にする風でもなく、葵はのっしのっしと歩いて来る。
 「ここにお前がいることは、鷹田教授から聞いた。でも、危なかったなあ、遥樹。あの枝に乗り移っていたら、今頃、一緒に墜落して、地面にクレーターを掘っているところだったぞ。そこを、この樹芸家、アーボリストにしてプロのツリー・クライマー、日々、高木(こうぼく)へのロープの枝掛けでアーチェリーの腕を磨いている俺でなかったら、あれほど見事にハンガーの枝を射抜けなかったろうさ…」
 ここまで葵が日本語のまま話したとき、その前にいきなり立ちはだかる小柄な者の姿があった。ラウラだ。いきなり葵に、右手で勢い良く平手打ちを食らわした。電光石火の一撃で、葵は身構えることもできず、まともに横っ面を引っぱたかれた。
 「え? 俺って、遥樹にとって、命の恩人よ…」
 まだ日本語でぶつくさ言っている葵に向かって、感情を爆発させたラウラが、普段使っているスペイン語で早口に何か言い立てている。スペイン語を解せない遥樹には、ラウラが何を喋(しゃべ)っているのか、皆目わからない。
 ところが、植物問屋の仕入れ担当、世界を股に掛けて植物の珍種を探し出すプラント・ハンターとして西欧の同業のスペイン人たちと渡り合ったり、中南米で希少な樹種を探し出したりしている葵にとっては、スペイン語は聞き取るのに、さほど苦にならない言語だ。初めは青い顔で気圧(けお)されていたが、次第に紅潮したかと思うと、次に平静に戻って、最後には、うんうんとうなずくまでになった。
 「遥樹、お前、いい後輩、いいアシスタントというか、妹分っていうか、がさつな俺にはよくわからんが、知り合った以上は、彼女を大事にしてやれよ。万が一、そうだな、式を挙げるようなことがあったら、俺も呼んでくれ」と遥樹からみて、意表を突いたことを言う。
 言うだけ言ったと見えるラウラは、一瞬、遥樹のほうを振り返り、頬を染めたかと思うと、丸太ロッジに向かって小走りに駆けて行ってしまった。
 もちろん、スペイン語を使いこなすコスタリカ人の研究員たちは、会話のすべてを理解している。そのうえで皆、遥樹に握手を求めてきた。反射的に握手に応じる遥樹には、何が何だか、まったくもって、訳がわからない。
 葵が、落下したセコイアの枝にゆっくりと歩み寄り、握った左手を口元に当てて、わざとらしく咳払いを一つする。
 「話は変わるが、遥樹、これは俺からの忠告だ。お前ら、いい気になって植物の生長をいたずらに速めたりしているが、お陰で植物はその生長に栄養の補給が追い着かず、ほら見ろ、この通り、枝の内側が腐っちまい、こっちの葉なんかは枯れている。俺は、遠目からでも、すぐに気が付いたぞ」
 さらに葵は、何か探す仕草を見せたが、それはアーチェリーの矢だったようだ。力任せにぐいっと枝から引き抜く。
 「こんなに深く矢が刺さったのも、枝が腐って、この通り、中が空洞になっていたからだ。それだけ、土壌の栄養が急速に奪われて、痩せているっていうことだ。養分の補給に、もっと気を配らなきゃな」
 遥樹は、落ちたセコイアの枝に近付いて行って、しゃがみ込んで枝の切断面に顔を近付けた。枝の空洞からカビのにおいがする。空洞の内壁に菌糸の繁殖が確認できた。なるほど、と思う。
 「さすがは、纐纈樹木園の跡取り息子だな」
 葵は気を良くして、スペイン語で芝居がかった自己紹介を始め、今言った「栄養不足論」を自信満々に述べ立てた。あごに手をやる者、額に手の甲を当てる者、深くうなずく者など、反応はさまざまだ。
 「ところで、もう一つ気になったことが…」 日本語で葵が遥樹に話しかける。遥樹がうなずく。
 「俺、このあと、午後三時からのお宅らの研究発表会にオブザーバーとして聴講を申し込んであるんで、このセンターにやって来たんだけど、着いた直後から、このセンターのビルの向こう側の林が気になってなあ。車(くるま)枝(えだ)や徒長(とちょう)枝(し)、ひこばえ、幹吹(みきぶ)き枝ばっかりだから、発表会の前に、目に付いたところだけ、ちょっくら、剪定(せんてい)しに行っていい?」
 「そりゃ、だめだよ。あそこは、水源林地区や、原生保存林地区だから、人の手入れは厳禁だよ」 遥樹が即座に答える。
 「そっかあ、この俺さまの、神業のごとき剪定のシザー・ハンズが振るえないなんて」
 葵が右腕を両目の辺りに当てて首を振り、大袈裟に泣く素振りをする。と思えば、すぐに右腕を降ろして続ける。
 「でも遥樹、おかしいぞ。何か、ピカピカ光る電球みたいな物が、ぶら下がっている樹も見たぞ。あれって、なんだ?」
 これは、まだ新入りの遥樹にとっては初耳のことだった。
 「さてなあ、この研究センターでは、各地区で大勢の研究員たちがそれぞれ専門分野の研究をしているからね」と言うしかない。しかし半分、畳み掛けるように、遥樹は葵に告げる。
 「言いづらいんだけど、葵。さっきからこのかた、ここのみんな、お前の立派なご高説をうかがわせてもらってるんだけど、そうやって偉そうにしてても、お前の左の頬っぺた、ラウラの手形、バッチリ残ってるよ」
 え、えーっ、と言って、葵は視線を左下に落としたが、当然、自分の左頬を確認できるわけがない。アーチェリーの弓と矢を放り出して、あざを隠そうと葵が両手で顔を挟みこんで、ムンクの名画「叫び」のようなポーズを取ると、周囲の研究員たちから大爆笑が起こった。
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