この声は秘密です

星咲ユキノ

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番外編 ずっと君が好き(草哉視点)

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「愛してますよ、理恵子さん」

わざと耳元で囁くと、彼女は真っ赤になって口をパクパクさせた。
その顔があまりに可愛くて、またキスしたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
これ以上キスすれば、止まらなくなって最後までしてしまいそうだ。
いくら菜穂ちゃんがまだ帰って来ないとはいえ、心の整理が出来ていない彼女にこれ以上を強いるわけにはいかない。

「ではまた」

呆ける彼女を残し、足早に玄関を出る。
ドアを閉めるなり、俺は静かにため息を吐いた。

「…はぁ。何やってんだ。俺は…」

長年片思いしていた理恵子さんと身体を重ねたのは、昨日の事だ。
夢のように幸せな時間を過ごしたのも束の間、彼女の「なかったことにしてほしい」発言にぶち切れて、乱暴な告白をしてしまった。

(本当はもっと優しく言いたかったのに)

告白をする前に体を重ねてしまうという失態をした自分が一番悪いが、理恵子さんも悪い。
俺にとっては奇跡みたいに幸せな時間だったのに、酔った勢いの忘れたい出来事として扱われて、すごく悲しかったのだから。

まっすぐ家に帰るのも名残惜しく、彼女の家の近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいると、スマホがメッセージの着信を告げる。
理恵子さんだったら嬉しかったが、画面には『米田舞』の名前。

(米田さんか。俺、あの人苦手なんだよなぁ)

失礼なことを思いながら画面をスクロールすると、文字が目に入ってくる。

『昨日はお疲れ様。代役ありがとう。おかげ様で間に合いそうです。…ところで、昨日はまっすぐ家に帰ったのよね?』

昨日の俺の行動がバレているかのような言葉に、ぎくりとする。
俺が米田さんを苦手な理由は、あの人が理恵子さんを好きすぎているから。
友情というより崇拝に近いんじゃないかと思うくらい、理恵子さんにベタ惚れだ。

そして米田さんは、俺の理恵子さんに対する気持ちを知っている。
鈍い理恵子さんとは違って、いつも理恵子さんと一緒にいる米田さんには、俺の気持ちはバレバレだったようだ。
気づかれてすぐに、『既婚者に手を出したら、容赦なく追い出すわよ』と釘をさされた。
どうやら米田さんは、家庭環境の関係で、不倫や浮気が大嫌いらしい。

俺だって、理恵子さんの家庭を壊したいわけじゃない。
同じサークルの声優として、傍に居られれば満足だったから、この気持ちはずっと心に秘めていた。

状況が変化したのは去年。
突然の交通事故で、理恵子さんの旦那さんが亡くなった時だ。
その時の理恵子さんの落ち込みようはすごく、脱け殻のような彼女に、とてもじゃないけど告白なんて出来なかった。

だけどある日、スタジオで偶然聞いた電話の話し声で、知ってしまった。
理恵子さんがお義母さんからお金を要求されているのを。
自分が彼女の為にできる事はあるだろうか。
そう考えて告白しに行っただけなのに、まさか一線を越えてしまうとは、自分でも思わなかった。

(米田さんに本当の事を話したら、絶対に殴られるな…)

やや考えた後、返信を打ち込む。

『お疲れ様です。昨日はあの後すぐに家に帰りましたよ。お役に立ててよかったです。またよろしくお願いします』

(これで納得してくれればいいけど。まだ理恵子さんと付き合えたわけじゃないし、もうちょっと距離をつめるまで、米田さんには邪魔して欲しくないからなぁ)

そんな事を考えながらスマホを鞄に仕舞った時、パッケージが開けられた小さな箱が目に入る。
避妊具の箱だ。
二番目の兄に無理やり鞄に入れられた避妊具が、役に立つ日が来るとは思わなかった。

自宅の冷蔵庫に入れておいたケーキを取りに行き、忘れ物と嘘をついてまた戻り、二人でケーキを食べられるだけで満足だったのに。

(俺の声でオナニーとか、反則だから)

自慰用の玩具についた愛液。指摘した時の真っ赤な顔。
あんなものを見たら、我慢なんかできるわけがない。

そして初めての経験は、夢のような時間だった。
彼女の柔らかい肌。艶っぽい声。いつまでも吸い付いていたい唇。
思い出したら勃起しそうなので、家に帰ってからゆっくり反芻しよう。

(童貞って、バレてないよな?)

あの場で俺が初めてだとバレれば、彼女は雰囲気に流されてくれないと思った。
だからとっさに、米田さんのシナリオを思い出しながら、慣れているフリをした。
でも彼女は多分、俺が童貞だとわかっても、笑ったり馬鹿にしたりはしない。
そういう人だとわかっているが、それでも演技したのは俺の見栄だ。

俺は今まで、何度か告白されたこともあったし、サークルに入る前はデートをしたこともあった。
だけど、どの子と恋人になることはなく、俺の心の中にずっといたのは理恵子さんだった。
この感情が、恋なのか、それともひどいことを言って傷つけた罪悪感なのかはわからなかったが、彼女以上に一緒にいたいと思える人間はいなかった。
サークルに入って理恵子さんに再会して、ますます好きになった。
美味しいものを食べた時の笑顔。セリフを言う時とは違う、俺に話しかける優しい声。
何もかもが愛しくてたまらなかった。

(強引だけど次の約束は取り付けたし、徐々に距離をつめていこう。…大丈夫。待つのは得意だ。俺には理恵子さんしかいないんだから、彼女が振り向いてくれるのを待とう)

コーヒーを飲み終わり、そろそろ帰ろうかと何気なくバッグの外ポケットを触った時に、違和感に気づいた。
いつもカギしか入れないその場所が、異様に膨らんでいる。

(あれ?何か入ってる?…っ!?これって)

ポケットに入っていたのは、一本の未開封のスティックのど飴。
しかも俺のお気に入りのメーカーで、よくスタジオで舐めていたものだ。

『ケーキ、ご馳走様でした。いつもありがとう。今度、レシピ教えてね(^^)』と、理恵子さんの字でメモが添えられている。
いつ入れたのかと思ったが、この警戒心のない内容からして、おそらく昨日の夜。
俺が帰ろうとした少し前、トイレに行った時に入れたのだと思う。
まさかこの後、俺と一線を越えることになるとは考えもしなかっただろう。

可愛いサプライズに思わず顔が赤くなる。

(…やばい。好きすぎる…)

すぐにでも彼女の家に戻りたい衝動を抑えながら、メモに皺がつかないようにそっと鞄にしまった。
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