この声は秘密です

星咲ユキノ

文字の大きさ
上 下
23 / 29

誕生日プレゼント

しおりを挟む
「ママ、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」

3人で過ごす事が当たり前になった1月のある日。
今日は理恵子の34歳の誕生日で、自宅で菜穂と草哉にお祝いをしてもらっている。

外食があまり好きではない理恵子の為に、お気に入りのレストランでテイクアウトをして、ケーキは草哉の手作りチーズケーキだ。
大好物も嬉しいが、何よりも好きな人たちに囲まれて過ごす誕生日に幸せを感じる。

デザートを食べ終わったタイミングで、草哉が話を切り出した。

「そうだ。今日は、菜穂ちゃんにプレゼントがあるんだ」

ゴソゴソと鞄を探る草哉に、菜穂が不思議そうな顔をする。

「え?今日が誕生日なのはママだよ?」
「うん。そうなんだけど…。この間の言葉が嬉しかったからお礼がしたくて」
「この間?」
「おばあちゃんが来た時、言ってくれたでしょ?『ママがそうや君と別れるなんて許さない』『そうや君はいつもママを助けてくれる』って。あの言葉がすごく嬉しかったんだ。だからお礼だよ」

そう言って、草哉は菜穂に小さな紙袋を渡す。
手のひらサイズの紙袋からころんと出て来たのは、オレンジ色の花の飾りがついた髪ゴムだった。

「うわぁ!可愛い!」
「菜穂ちゃんのポニーテールにぴったりだと思うんだ。つけてみてもいい?」

そう言って菜穂のつけていた髪ゴムを取り、縛りなおそうとする草哉に慌てて声をかける。

「あ、縛るのは私がやるよ」

申し訳ないと思って言ったのだが、草哉は首を横にふった。

「大丈夫ですよ、やらせてください。慣れておきたいので」
「え?」

どういう意味だろうかと考えているうちに、草哉はぎこちない手つきながらポニーテールを完成させる。
毎日やっている理恵子に比べれば、ところどころボコボコで綺麗な仕上がりとは言えないが、慣れないことをやってくれた気持ちが嬉しい。
菜穂も鏡の中の自分の姿を見て、すごく嬉しそうに笑った。

「どう?どう?似合う?」
「うん。すごく可愛い。…あとね。菜穂ちゃんにお願いがあるんだ。」
「なぁに?」

上機嫌にポニーテールを揺らす菜穂に、草哉は真剣な顔で言った。

「俺を、菜穂ちゃんの家族にしてくれるかな?」
「家族?」

きょとんとする菜穂に、草哉は続けて言った。

「菜穂ちゃんのパパが一人だけなのはわかってる。だから新しいパパじゃなくて、家族にしてもらいたいんだ。これからもずっと、菜穂ちゃんや理恵子さんと一緒にいたいから」

(っ、それって…)

「家族ってことは、そうや君もなほたちと一緒に暮らせるの?」
「え?」

菜穂の言葉に草哉が不思議そうな顔をする。

「前にね。ママに、『どうしてそうや君は泊まってくれないの?』って聞いたら、『家族じゃない男の人がずっと家にいると、変な目で見られちゃうから』って言われたの。でも、家族になったら変な目で見られることもないんでしょ?泊まったり一緒に暮らしたり出来るんでしょ?」
「っ」

(そんな風に考えていたなんて)

すると草哉は菜穂に視線を合わせて、笑顔で言った。

「そうだね。菜穂ちゃんがいいって言うなら、一緒に暮らしたいな。いいかな?」
「いいよ!毎日宿題おしえてね!」
「うん。ありがとう」

あっさりと菜穂の了承を得た草哉は、今度は理恵子に向き直った。
さっきまでの子供に向ける優しい顔から一転、真剣な眼差しにドキリと心臓が高鳴る。

彼が鞄から取り出したのは、紺色のリングケース。
それを開けて出て来たのは、中央に花の形の細工があり、その中にオレンジ色の石が埋め込まれているシルバーリングだ。

(綺麗…)

そして彼は一息置いて、静かに言った。

「俺と結婚してください」

「っ!?」

思いがけないプロポーズに、思わず口を手で抑える。

ずっと「将来を考えている」とは言われていたが、直接的な言葉は初めてだった。
感極まって泣きそうになるのを抑えながら、恐る恐る彼に聞く。

「…私で、いいの?」

理恵子にとっては、草哉以上の存在はいないと一緒に過ごしてわかった。
だが、草哉はどうだろうか。
彼はまだ若いから、これからたくさんの出会いがあるかもしれない。
今は好きでいてくれても、そのうち若い女の子を選ぶのではないかと不安になってしまう。

そんな不安を感じとったのか、草哉は理恵子の手を握りながら優しく言った。

「言ったでしょう?俺には、あなた以上の存在なんていないんです。初めて会った時からずっと、あなただけが大好きで、ようやく手に入れたこの幸せな時間を大切にしたい。9年もしつこくあなたを想い続けていた男ですよ?心変わりなんて、絶対にあり得ません。この先の未来もずっと、理恵子さんと菜穂ちゃんと一緒にいたいんです。…俺と結婚してくれますか?」

もう一度聞いてきた彼に、耐え切れず涙があふれると、彼は冗談ぽく言った。

「断られたら、俺、また泣いちゃいますよ?」

その言葉に理恵子は、過去の草哉も思い出して、泣きながら笑った。

「草哉君は泣き虫だもんね」
「今、泣いてるのは理恵子さんですけどね」

そんなやり取りすら、心地いい。

(ああ、やっぱりこの人が大好きだ)

改めて溢れ出る感情に、もうプロポーズの答えは決まっていた。

「私も、草哉君と結婚したいです」

じっと目を見て静かに言った理恵子の言葉に、彼は嬉しそうに笑って、左手の薬指に指輪をはめてくれた。

「すごく綺麗。金木犀みたい」
「知り合いのアクセサリーデザイナーに頼んで作ってもらったんです。やっぱり金木犀は思い出の花だからどうしても贈りたくて。ちなみに、これはなんの石かわかります?」
「え、何だろう。イエロートルマリンとか?」

黄色系で思いついたものをあげてみる。

「実は、ガーネットなんですよ。1月の誕生石の」
「え?ガーネットって、赤だよね?」

よく見る誕生石ペンダントにあるガーネットの色はいつも赤なのに、目の前の指輪の宝石はどうみても黄色よりのオレンジ色だ。

「ガーネットっていうのは、鉱物のグループのことで、特定の宝石の名前じゃないんです。だからガーネットの中にも、赤や黄色があるそうなんですよ。これは、スぺサルタイトガーネットっていう名前で、一般的にはあまり出回ってない色なんです」
「…そうなんだ」

知らなかった。
草哉の知識に感心するが、『一般的には出回っていない色』と聞いてふと疑問が浮かぶ。

「あれ、でもこれ、高いんじゃ…」

理恵子の不安そうな顔に、彼はにこりと笑った。

「これは婚約指輪なので、結婚指輪は今度一緒に見に行きましょうね。理恵子さん」

(なんか誤魔化された気がするけど、値段を理由に返したら失礼だし、これ以上は聞かないでおこう)

「ありがとう。草哉君。大切にする」
「菜穂も!菜穂も髪ゴムだいじにする!」
「うん。ありがとう。これからも3人で楽しく過ごそうね」
「うん!」

キラリと光った指輪と菜穂の嬉しそうな笑顔を、理恵子は幸せな気持ちで見つめた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

これだから三次元なんて!

星咲ユキノ
恋愛
米田舞(よねだまい)(28)は病院の受付として働く傍ら、副業で18禁ボイスを配信する同人サークルのシナリオを書いている。 医者や患者からの理不尽な八つ当たりに、ストレスの溜まる日々だけど、二次元があれば生きていける! そんな舞の日々に、高校時代の同級生である日浦滉大(28)がやたらと絡んできて…。 ★マーク、死別表現がありますのでご注意ください。 「この声は秘密です」の主人公・理恵子の親友、舞の話。 時間軸は、「この声は秘密です」の5年前から始まり、最終的にはぶつかります。 理恵子、草哉も登場します。 前作を読んでいなくても単体で読めます。 サークル名、作品タイトルなどはフィクションです。 性描写のある話は後半です。※マークがついています。 ムーンライトノベルにも掲載しているものを、改稿して載せています。

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

処理中です...