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お互いの場所
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(来客?こんな時間に誰が…)
チャイムの音に玄関に向かおうとしたが、それよりも先にドアが開いて誰かが入ってくる音がした。
次いでドタドタという足音と共に顔を出したのは、スーツ姿の男性。
「母さん!何してるんだよ!」
息を切らせて現れたのは、幸助だった。
「理恵ちゃん、勝手に入ってごめんね。蔵上君から母さんが来てるって聞いて、慌てて来たんだ」
「え?草哉君が?」
菜穂の後ろにいた草哉を見ると、スマホを片手にこちらに笑顔を向けた。
2人はいつの間に連絡先を交換したのだろうか。
「実は、前に蔵上君に会った時に頼んでおいたんだ。母が理恵ちゃんの家に来たら知らせて欲しいって」
そういえばショッピングモールで幸助が草哉に「あのこと、よろしくね」と言っていた気がする。
「ちょうどよかった。聞いてよ、幸助!理恵子さんが私を厄介払いして、若い男と再婚しようとしてるのよ!信じられる?」
幸助の顔を見るなり言った義母に、彼はため息を吐く。
「厄介払いなんて、何でそんな言葉が出てくるんだ?もともと、母さんが理恵ちゃんに甘えすぎなんだよ。聞いたよ、理恵ちゃんから生活費以外のお金をもらってるって」
「そ、それはだって、木山の親戚付き合いに必要で…」
「それって、無職の母さんがお嫁さんのお金を使ってまでやらなきゃいけない付き合いなの?そんなのただの見栄だ。もともと父さんが亡くなった時に親戚付き合いはなくそうって話が出ていたんだから、なくても誰も困らないんだよ。なのに、俺にずっと黙って理恵ちゃんに迷惑かけて」
幸助は理恵子の方を向いて言った。
「理恵ちゃん、この人の息子として改めて謝罪するよ。俺は母さんと喧嘩ばかりで縁が切りたくて、嫁の実家に婿養子に入って逃げたようなやつだけど、だからって、理恵ちゃんを犠牲にするつもりはなかったんだ。本当に申し訳なかった」
「幸助、そんな大げさな。謝ることじゃないでしょう。理恵子さんはうちの嫁なんだから」
「いい加減にしろよ!自分がどれだけ迷惑かけたかわからないのか?」
初めて聞く苛立ったような声に、さすがの義母もびくりと肩を震わせて大人しくなる。
亡くなった信也いわく、義母と幸助が喧嘩ばかりなのは、幸助が義母の性格に嫌気がさして衝突しているだけで、義母は末っ子の幸助を昔から可愛がっていたらしい。
だから、今までのお金の請求も幸助にはせずに、理恵子に直接言ってきたのだ。
なんだかんだ、義母は幸助に嫌われるのが怖いようだ。
義母が大人しくなった隙に、幸助は鞄から何か書類のようなものを出して、机に置いた。
「今の母さんが理恵ちゃんにしてあげられることは、ここから離れてもう理恵ちゃんたちには関わらないことだと思う。…ほら、これを見て。ちょっと時間はかかったけど、話がまとまったから書いてもらったんだ」
「だから私は、老人ホームなんて入らないって言って…え?」
義母は書類を見て、固まっている。
不思議に思って理恵子は身を乗り出して、机の上の書類を見た。
入居希望者の欄に、『佐藤好江』と書いてある。
(誰だろう。どこかで聞いたような)
一瞬呆けていた義母だが、すぐにはっとして幸助を見た。
「どういうこと?好江さんは息子さん夫婦と同居して幸せに暮らしてるじゃない。なんで」
「表向きは上手くいってるフリをしてたけど、実際は、お嫁さんや孫に気をつかう日々に疲れたって言ってた。だから好江さんにこの話をした時、自分から入りたいって言ったんだよ。施設に確認したら、隣同士の部屋が空いてるらしいから、今まで通り、お茶したり出来る。入居しても、これまで通り好江さんとはご近所さんだ」
それを聞いて、好江さんが義母のご近所さんで親友の名前だとわかった。
よく義母の話に出る名前なので覚えていた。
義母と同じく夫を早く亡くした境遇が一緒で、ずっと仲がいいらしい。
幸助の提案に、義母は考え込むように静かになる。
「母さん。確かに理恵ちゃんには母さんを扶養する義務はあるかもしれない。でも、じゃあ母さんは理恵ちゃんに何をした?もらうものだけもらって、助けないっていうのは違うんじゃない?もういい加減、理恵ちゃんを解放してあげようよ。…入居しても、俺がたまに様子を見に行くよ。追い出すわけじゃない。お互いにとって、いい環境に変わるだけなんだ。だから、ちゃんと入居のことを考えてほしい」
(お互いにとっていい環境に変わるだけ、か)
その言葉にじんと胸が熱くなる。
確かに、信也が亡くなってから様々な変化があった。
環境の変化はもちろん、理恵子の心も少しずつ変わってきた。
その変化を受け入れられなかった時もあったけれど、今は自分を支えてくれた周囲のためにも変わらなくてはと思う。
理恵子だけでなく、義母もまた、幸助の言葉に考えさせられたのか、少しの沈黙の後に静かに呟いた。
「…わかったわ。今日のところは帰ります。理恵子さん、カレーご馳走様でした。お邪魔しました」
「あ、はい」
(びっくりした。こんなに丁寧にお礼を言われたのは初めて)
「母さん、家まで送るよ。…理恵ちゃん、色々とありがとうね。また連絡する」
嘘みたいに大人しくなった義母が、幸助に連れられて帰っていくのを、複雑な気持ちで見送った。
義母が高齢者向け住宅への入居を了承したと幸助から連絡がきたのは、その翌日だった。
***
それから2か月後。
菜穂を連れて幸助と一緒に、義母の暮らす施設に様子を見に行くと、まるで憑き物が落ちたように穏やかな笑顔で、友人たちと楽しそうに会話している姿が見えた。
理恵子と目が合うと、義母はペコリと頭を下げる。
「理恵子さん。今更かもしれないけど、本当にごめんなさい」
あれから色々と話し合って、幸助の勧めで『婚姻関係終了届』を提出して、理恵子の義母への扶養義務はなくなったので生活費を渡すこともなくなった。義母もそれを了承したという。
「信じられないかもしれないけど、私はあなたを本当の娘だと思って甘えていたのよ。菜穂ちゃんも可愛かったし、会いに行く理由を作っていたつもりだった。でも、そんなの言い訳ね。どんな理由があろうと、私がしなきゃいけなかったのは、一人で子育てをするあなたを助けることだったのに。本当にごめんなさい」
別人のようになった義母に戸惑いはしたが、不思議と怒りは感じなかった。
今までされてきたことを考えると、一生恨んでもおかしくないのかもしれないが、義母と家族になったのを後悔したことはなかったし、優しくしてもらった記憶もあるので恨む気にはなれない。
それに、扶養義務がなくなったからって、菜穂にとってはずっとおばあちゃんだ。
その縁を大切にしたいとも思う。
「もう信也だけを好きでいろだなんて言わないわ。亡くなってからもあの子をずっと思っていてくれて、ありがとう。でもこれからは、理恵子さんと菜穂ちゃんが幸せになれる選択をしてほしいの」
その言葉にじわっと胸が熱くなる。
(ああ、この人はもう、私がいなくても大丈夫だな)
「また、菜穂を連れて遊びに来ますね」
「おばあちゃん、またね」
菜穂の言葉に、義母もまた嬉しそうに笑った。
チャイムの音に玄関に向かおうとしたが、それよりも先にドアが開いて誰かが入ってくる音がした。
次いでドタドタという足音と共に顔を出したのは、スーツ姿の男性。
「母さん!何してるんだよ!」
息を切らせて現れたのは、幸助だった。
「理恵ちゃん、勝手に入ってごめんね。蔵上君から母さんが来てるって聞いて、慌てて来たんだ」
「え?草哉君が?」
菜穂の後ろにいた草哉を見ると、スマホを片手にこちらに笑顔を向けた。
2人はいつの間に連絡先を交換したのだろうか。
「実は、前に蔵上君に会った時に頼んでおいたんだ。母が理恵ちゃんの家に来たら知らせて欲しいって」
そういえばショッピングモールで幸助が草哉に「あのこと、よろしくね」と言っていた気がする。
「ちょうどよかった。聞いてよ、幸助!理恵子さんが私を厄介払いして、若い男と再婚しようとしてるのよ!信じられる?」
幸助の顔を見るなり言った義母に、彼はため息を吐く。
「厄介払いなんて、何でそんな言葉が出てくるんだ?もともと、母さんが理恵ちゃんに甘えすぎなんだよ。聞いたよ、理恵ちゃんから生活費以外のお金をもらってるって」
「そ、それはだって、木山の親戚付き合いに必要で…」
「それって、無職の母さんがお嫁さんのお金を使ってまでやらなきゃいけない付き合いなの?そんなのただの見栄だ。もともと父さんが亡くなった時に親戚付き合いはなくそうって話が出ていたんだから、なくても誰も困らないんだよ。なのに、俺にずっと黙って理恵ちゃんに迷惑かけて」
幸助は理恵子の方を向いて言った。
「理恵ちゃん、この人の息子として改めて謝罪するよ。俺は母さんと喧嘩ばかりで縁が切りたくて、嫁の実家に婿養子に入って逃げたようなやつだけど、だからって、理恵ちゃんを犠牲にするつもりはなかったんだ。本当に申し訳なかった」
「幸助、そんな大げさな。謝ることじゃないでしょう。理恵子さんはうちの嫁なんだから」
「いい加減にしろよ!自分がどれだけ迷惑かけたかわからないのか?」
初めて聞く苛立ったような声に、さすがの義母もびくりと肩を震わせて大人しくなる。
亡くなった信也いわく、義母と幸助が喧嘩ばかりなのは、幸助が義母の性格に嫌気がさして衝突しているだけで、義母は末っ子の幸助を昔から可愛がっていたらしい。
だから、今までのお金の請求も幸助にはせずに、理恵子に直接言ってきたのだ。
なんだかんだ、義母は幸助に嫌われるのが怖いようだ。
義母が大人しくなった隙に、幸助は鞄から何か書類のようなものを出して、机に置いた。
「今の母さんが理恵ちゃんにしてあげられることは、ここから離れてもう理恵ちゃんたちには関わらないことだと思う。…ほら、これを見て。ちょっと時間はかかったけど、話がまとまったから書いてもらったんだ」
「だから私は、老人ホームなんて入らないって言って…え?」
義母は書類を見て、固まっている。
不思議に思って理恵子は身を乗り出して、机の上の書類を見た。
入居希望者の欄に、『佐藤好江』と書いてある。
(誰だろう。どこかで聞いたような)
一瞬呆けていた義母だが、すぐにはっとして幸助を見た。
「どういうこと?好江さんは息子さん夫婦と同居して幸せに暮らしてるじゃない。なんで」
「表向きは上手くいってるフリをしてたけど、実際は、お嫁さんや孫に気をつかう日々に疲れたって言ってた。だから好江さんにこの話をした時、自分から入りたいって言ったんだよ。施設に確認したら、隣同士の部屋が空いてるらしいから、今まで通り、お茶したり出来る。入居しても、これまで通り好江さんとはご近所さんだ」
それを聞いて、好江さんが義母のご近所さんで親友の名前だとわかった。
よく義母の話に出る名前なので覚えていた。
義母と同じく夫を早く亡くした境遇が一緒で、ずっと仲がいいらしい。
幸助の提案に、義母は考え込むように静かになる。
「母さん。確かに理恵ちゃんには母さんを扶養する義務はあるかもしれない。でも、じゃあ母さんは理恵ちゃんに何をした?もらうものだけもらって、助けないっていうのは違うんじゃない?もういい加減、理恵ちゃんを解放してあげようよ。…入居しても、俺がたまに様子を見に行くよ。追い出すわけじゃない。お互いにとって、いい環境に変わるだけなんだ。だから、ちゃんと入居のことを考えてほしい」
(お互いにとっていい環境に変わるだけ、か)
その言葉にじんと胸が熱くなる。
確かに、信也が亡くなってから様々な変化があった。
環境の変化はもちろん、理恵子の心も少しずつ変わってきた。
その変化を受け入れられなかった時もあったけれど、今は自分を支えてくれた周囲のためにも変わらなくてはと思う。
理恵子だけでなく、義母もまた、幸助の言葉に考えさせられたのか、少しの沈黙の後に静かに呟いた。
「…わかったわ。今日のところは帰ります。理恵子さん、カレーご馳走様でした。お邪魔しました」
「あ、はい」
(びっくりした。こんなに丁寧にお礼を言われたのは初めて)
「母さん、家まで送るよ。…理恵ちゃん、色々とありがとうね。また連絡する」
嘘みたいに大人しくなった義母が、幸助に連れられて帰っていくのを、複雑な気持ちで見送った。
義母が高齢者向け住宅への入居を了承したと幸助から連絡がきたのは、その翌日だった。
***
それから2か月後。
菜穂を連れて幸助と一緒に、義母の暮らす施設に様子を見に行くと、まるで憑き物が落ちたように穏やかな笑顔で、友人たちと楽しそうに会話している姿が見えた。
理恵子と目が合うと、義母はペコリと頭を下げる。
「理恵子さん。今更かもしれないけど、本当にごめんなさい」
あれから色々と話し合って、幸助の勧めで『婚姻関係終了届』を提出して、理恵子の義母への扶養義務はなくなったので生活費を渡すこともなくなった。義母もそれを了承したという。
「信じられないかもしれないけど、私はあなたを本当の娘だと思って甘えていたのよ。菜穂ちゃんも可愛かったし、会いに行く理由を作っていたつもりだった。でも、そんなの言い訳ね。どんな理由があろうと、私がしなきゃいけなかったのは、一人で子育てをするあなたを助けることだったのに。本当にごめんなさい」
別人のようになった義母に戸惑いはしたが、不思議と怒りは感じなかった。
今までされてきたことを考えると、一生恨んでもおかしくないのかもしれないが、義母と家族になったのを後悔したことはなかったし、優しくしてもらった記憶もあるので恨む気にはなれない。
それに、扶養義務がなくなったからって、菜穂にとってはずっとおばあちゃんだ。
その縁を大切にしたいとも思う。
「もう信也だけを好きでいろだなんて言わないわ。亡くなってからもあの子をずっと思っていてくれて、ありがとう。でもこれからは、理恵子さんと菜穂ちゃんが幸せになれる選択をしてほしいの」
その言葉にじわっと胸が熱くなる。
(ああ、この人はもう、私がいなくても大丈夫だな)
「また、菜穂を連れて遊びに来ますね」
「おばあちゃん、またね」
菜穂の言葉に、義母もまた嬉しそうに笑った。
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