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58.閑話 あの時歴史は動いたのかもしれない 1
しおりを挟む彼女が殺された、という話は聞いていた。
王都で辺境伯の娘が殺された。
事故ならまだしも、殺された。
決してあってはならないこの一大事の責任をどう取ればいいのか。
静かにざわめく王宮をよそに、しかしウルフィテリアはまったく動じていなかった。
自分でも不思議なくらいに。
後から思えば、実感が湧かなかっただけだ。
友人 (だと本人は思っている)である辺境伯の令嬢が死んだと聞かされたところで、あれがそんなに簡単に死ぬとは思えなかった。
何かの間違いだろう、と、ありえないくらい気楽に考えてさえいた。
理由なんて明確なものはない。
ただ、よっぽど認めたくない事実だったのだろう、と、実感した後になって少し動揺したくらいだ。
それに何より、同じ場所にキルフェコルトがいた。
(兄上が何も言わないなら、大丈夫だろう)
全幅の信頼を置く兄・キルフェコルトが何も言ってこない。王宮に報告もしない。そして活発に動いている。
ならばきっと、兄は何かしらの事情を知っていて、何かしらの対処法があり、そのために奔走している。間違いなく。
兄が「手を貸せ」と言えば貸すが、そうじゃないなら任せればいい。
あの人の凄いところは、できないことははっきりできないと言えるところだ。曖昧に濁すべき場面でもギリギリまで踏み込み最善策を講じ、自然相手を巻き込んで答えに辿り着くことだ。
そんな兄が動いているなら大丈夫だろう、と。
そう考えたウルフィテリアは、無言の指示が示す通り「いつも通り過ごす」という選択をし、兄や辺境伯とは別の学校でつつがなく日々を過ごしたのだった。
一週間が過ぎた頃、兄の使いが来た。
報告を要約すると、「辺境伯が死んだことは知っているな? 無事生き返ったから気にするな」と。それだけだ。
死者蘇生。
一般的には不可能なことだと言われているが、ウルフィテリアはその事実をすんなり受け入れた。
たぶん神に気に入られたんだな、と。
普通にそう思っただけだった。
だって彼女は天使 (笑)だから。
そう、天使 (笑)だから。
思い出すと、自然といつも顔が緩む。
冷徹とまで言われる無表情の仮面が、どうしても被れなくなる。
言うに事欠いて不敬にも天使を名乗り、しかしやっていることは夜盗の類と同じ。
声を揃えて「おまえが言うな」と言いたくなる己の悪評を省みない自称聖女呼ばわりもアレだったが、堂々たる自称天使宣言もかなりアレである。
自称聖女は眼中にも入らなかったが、後者の自称天使は非常に面白い。
本人の諸々を知っているウルフィテリアには、ただただ面白いだけだった。
尊敬に値し、自分よりよっぽど民に貢献している行為も。
そのくせ、あまり素直にそう思えない点も。
本人が割とゆるく、「人のため!」と気負っていないことを知っているからだろう。
あと出会いでしくじったせいで、第二王子相手にまったく気を遣わなくなったのも加味されて。
思わず首を突っ込んで、少しお節介を焼きたくなるくらいに面白かった。
そんな天使 (笑)から手紙が届いた。
なんだか周辺が慌しかった辺境伯の令嬢から、食事会をするから来い、と非常に気軽に誘われた。
恐らく、暗に、自分は死んでいないという無事を方々に広めるためだろう。
その誘いに乗って、無事な姿を見るために顔だけは出すことにした。兄の使いから「本当に死んだ」という確定情報はあったので。
しかし食事会に出席はしない。兄が同席するから。
公の場で一緒にいるところを見せると、学校を離した意味がなくなってしまう。まだ次期国王が決まっていない微妙な時である。不要な接触は控えるべきだ。
約束の日、顔を見て直接お誘いに断りを入れようと部屋を訪ねた。
「先日ちょっと死んでいた、と聞いたが」と言ったら。
「――死んでないわよー。それどこ情報ー? どこ情報よー?」
前に会った時よりもゆるくなっている気がするが、まあ、無事ではあるようだ。
そっくりなだけなら影武者という可能性もあるが、彼女のその言動は、間違いなくウルフィテリアが知る辺境伯の令嬢だ。
「――それより話があるの。今日の会食の後にでも、と思ったけれど、今話すわ」
「なんだろう? 結婚する気になったか?」と問うと「それはない」ときっぱり返された。ちょっとだけ傷つく。
辺境伯令嬢は、専属メイドと事情があって一緒に住んでいるという名乗れない少女に席を外させると、言った。
「――羨ましい、って言っていたわね? 満足に光魔法が使えて。もし力を貸せるって言ったらどうする?」
質問の意味がわからないウルフィテリアを見て、なぜか嬉しそうにニヤニヤする辺境伯令嬢。
更に、こう続けた。
「――身代わりじゃなくて、本物の天使になってみない?」
そんなことを言う天使 (笑)は、むしろ悪戯を仕掛ける小悪魔に見えた。
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