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17.平凡なる超えし者、冒険者を助ける……

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 あんまり考える時間はない。
 森の中だけに障害物が多い。これがネックでもあり利点でもある状態だ。

 木々や草などが邪魔をして、蜂もあまりスピードは出せないみたいだ。
 が、それは冒険者側も同じことだ。スピードが落ちたり、ちょっとでもつまずけばすぐに追いつかれるだろう。

 私ができることで蜂を撃退する方法は、まあざっと考えて三つくらいか。

 弓原結の力を使う。
 蜂の苦手な臭いで撃退する。
 蜂が嫌う煙で撃退する。

 植物云々で物理的にどうにかするのは、無理なんじゃないかな。
 ツタを網状にして生み出したところで、避けられて終わりだろう。足止めできそうな植物が思い浮かばない。
 もし戦闘態勢じゃなければ、蜂が好きそうな花の匂いで誘導はできたかもしれない。
 今は興奮しているからエサには釣られないだろうね。

 弓原結の力は使いたくない。
 よってこれは最後の手段にするとして。

 蜂の嫌いな臭いで撃退する、ってのは……アレだ。炭を燃やした時に出る煙が嫌いとかなんとか、本に書いてあった気がする。
 日本では業者とか市に頼めば蜂の巣を駆除してくれるらしいけど、こっちの世界ではだいたい自力でどうにかしないといけないからね。田舎の人ほどやり方は詳しいかもしれない。私が読んだ本はそんな感じに書いてあった。

 問題は、百花鼠は火関係はまったく関わることができないってことだけど。
 火を放つ植物なんて、あるのか? ……まあこの世界ならどこかにはあるかもしれないが、残念ながら私は知らない。植物型モンスターもさすがに火を使う奴はいなかった。
 だから臭いや煙でどうにか、っていうのは、無理だろう。百花鼠が使用できないジャンルだ。

 ……うーん。

 ……無理じゃね?

 ……しょうがない。あの二人には自力で逃げてもらおう。




 なんて言えれば楽なんだけど、そういうわけにもいかないよね。完全にピンチな時を見ちゃったしね。

 仕方ない。
 あんまりよくないが、無差別攻撃に出ようか。下手すると生態系を壊しかねないから、私の力を使うのと同じくらい気は進まないけど。
 でも、さすがに人命が掛かってるからね。出し惜しむシーンでは絶対にない。

 「変身」を使って自分自身を「種」に変え、「狙撃」し、グランの背負っている女子の背中に根付く。

 元の姿に戻ると、頭のアタッチメントを食虫植物「しびれ花」に変える。
 この花は麻痺毒を持ち、花粉を狙ってくる虫の自由を奪ってから養分にするというなかなかアグレッシブな特性を持つ。あと精製すると人の薬なんかにも使われるそうだ。ある成分と合わせると睡眠薬になるらしい。
 私たちの世界にも食虫植物はいるけど、毒持ちはいないんじゃないかな。取り餅とか落とし穴式のはいた気がするけど。

 なんせ目に見えるほど自在に素早く動いたりする植物もあるみたいだから、これも進化の軌跡を歩んだ生態系の一つなんだろう。
 虫でかいからね。
 対応するにはそれなりの進化が必要だったんだろう。

 殿に位置し、そこから麻痺毒のある花粉を散布する。
 追ってくる蜂だけではなく、周辺の動物にも影響が出るかもしれないからやりたくはなかったが、さすがに仕方ないと割り切ることにする。

 しばらく花粉を撒き散らしていると、飛んでいた蜂の何匹かは落ちた。
 異常を来たして上手く飛べなくなっているのも何匹かいる。よかった、効いているみたいだ。たぶん死にはしないと思うけど、動けないところを外敵に襲われる可能性はあるわけで。あんまり無闇に生き物を殺すのは嫌だなぁ。

 早めに切り上げてほしかったが、結局追いかけてくる半分くらいが落ちたところで、蜂の群れは霧散していった。もっと早めに引いてくれよー。


 

「――おい、撒いたか?」

「――……いないみたいだ」

 蜂の姿がなくなったところで、ベテラン冒険者とグランが立ち止まった。

「――なんだ? 縄張りから逃げられたのか?」

「――どうだろう。なんにしても助かった」

 そうだね。よかったね。……お、やべっ。

 背中に張り付いていたままだった私だが、突然グランが背負っていた人を地面に下ろした。危うく潰されるところだった。……潰れなかったけど。だって今下敷きになってるし。下草だからね。

「――どうだ?」

「――意識は、一応あるのかな。朦朧としてるみたいだ」

「――ああ、典型的な魔力の使いすぎだな」

 ほう。魔法使いすぎたのか。アレだもんね、この世界の人って全員魔法が使えるんでしょ? で、魔法を使いすぎたら昏倒するらしい。今その状態だと。

「――魔力を回復させるアイテム、なんか持ってるか?」

「――というか荷物全部置いてきたよ……それも背負えないから、俺盾置いてきたし」

「――あーそうかー。じゃあ一度戻るしかねえか」

「――ごめん」

「――謝るなよ。あれは誰のせいでもねえし、エコの時間稼ぎのおかげで俺らも逃げ切れたんだ。むしろ感謝してるよ」

 なんかの事故で蜂を怒らせて、女の子が魔法で時間を稼いでくれて今に至ると。だいたいこんな感じの流れだったらしい。

 はーい注目ー。
 ここに魔力を回復させられるネズミがいますよー。
 「魔力水」っていう回復アイテムの原液を抽出できますよー。ポーションの原料である薬草を作れますよー。

 誰も注目しないどころか、相変わらず下敷きにされたままだけどね。

 ――どれ、入れてやるか。ちょっとチクっとしますよー。

 魔力関係の回復アイテムは、口あるいは血管からの服用じゃなくても、全身に巡らせることができるらしい。回復効果に差が出るらしいから、やっぱり飲んだり挿したりが一番有効ではあるらしいけど。
 まあこの際だ、動けるようになるならどこからでもいいだろう。

 アタッチメントに薬草を生やし、ツルを伸ばして露出している皮膚……首の後ろ辺りに、葉を丸めて固くした先端をググッと押し付けた。
 そして「魔力水」の原液を一滴二滴ほど流し込んでやる。強い薬らしいから、原液ならこのくらいで充分らしい。

「――痛っ」

 飛び起きた。どうやら深く刺しすぎたようだ。すまんね、まだ色々加減がわかんないんだよ。

「――いった。何? なんか刺されたんだけど。いって。いった」

 私でーす。「種」に変わって隠れてますけど私でーす。

「――え、おまえ魔力は?」

「――……あれ? なんか回復してる」

 私でーす。私のしわざでーす。

「――ねえグラン、腫れてない? 首の後ろなんだけど」

「――大丈夫だと思うよ。腫れてし、血も出てないし」

「――ほんと? すごく痛かったんだけど」

 私でーす。……悪かったね。想像以上に深くやっちゃったみたいだね。こう……ピーナッツをぐぐっと押し付けた的な感じだったから、もしかしたらかなり痛かったのかもね。ごめんね。

「――一応治しとくか……あれ? 今どうなってる?」

 概ね私が察した通りの流れで、元いた場所から大きく逃げてきたらしい。

「――荷物を回収したら帰るか」

「――結局ハチミツは採れたの?」

「――ああ。『ダガービーのハチミツ』、ちゃんと採ったぞ」

 へえ。あの蜂がダガービーっていうんだ。本に載っていた「短剣蜂」だよね。よかったね、毒はないけどとにかくやたらめったら刺してくるっていう蜂だよね。アレルギーショックとか毒とかじゃなくてリアル刺殺されるタイプのアグレッシブな奴だよね。

「――じゃあ行くか。エコ、無理すんなよ。グラン、彼女の面倒見てやってくれ」

「――了解。立てる?」

「――あの、グラン、肩貸してくれる? まだちょっと足が……」

「――ああ、じゃあ背負うよ。その方が早い」

 …………

 エコって女、完全にグランに気があるな。どうやらあいつもグランくんのパンツにドルねじ込みたいと思っているらしい。かなりのイケメンだからねー。わからんでもないわー。

 ところで、彼らはこれで引き上げるらしい。
 これは好都合だ。エコのポケットにでも忍び込んで、一緒に帰還してしまおう。勝手に運賃は払ったから文句は言わせないよ。






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