戦乙女は結婚したい

南野海風

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24.先のスケジュールに「号泣」が入りました

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「うん、美味い」

 薄切りにし湯通しした魔牛肉が乗った冷たいサラダに唸り、魔牛シチューの味の深みに舌鼓を打ち、中心がほのかに赤いまま火が通っている魔牛肉を挟んだ雑穀パンに頷く。

 どれも王宮料理人、恐らく料理長が腕を振るった料理である。

 「素材を引き立てた味」、「煮込んで染み込ませた味」、「不思議な香り付けを施しローストした味」と、魔牛肉の三つの異なる味を楽しめるメニューとなっていて、どれもが非常に美味しい。

 王族などは、きっともっとフルコース張りにいろんなメニューが出ているはずだが、アイスにはこれでいい。むしろこれで豪華すぎるくらいだ。

「いつ考えても不思議だ。あの堅い肉がこんなにも柔らかくなるとは」

「そうですね」

 給仕についている専属メイド・イリオは、アイスの食事が終わった後食べることになる。表にこそ出さないが非常に楽しみにしている。

 今日は、先日討伐した暴狂牛ベルセルク・ブルの肉がメインの昼食である。

 全身筋肉の魔牛は、解体する時でさえ苦労するほどどこも硬い。
 革も硬いが肉も硬い。
 半端な刃物でさばこうとすれば、刃こぼれどころか折れる始末だ。

 それが、数日を経た今、恐ろしいほど柔らかくなっている。
 サラダに乗っているのは薄いのでまだわかるが、スプーンで押せばほぐれるサイコロ状の肉や、パンに挟んだ少々分厚い肉が歯で噛み切れるのは不思議でならない。しかも美味いし。
 魔牛だけに限った話ではないが、本当に不思議だ。

 もしかしたら、アイスが一番文化の進歩を感じるのは、料理なのかもしれない。美味いし。




「――アイス様」

 食後の紅茶を煎れつつ、イリオは言った。

「良い報告と悪い報告が届いてます。どうしますか?」

「ほう? なかなか趣のある二択だな」

 美味しい食事が終わり、幸せな満腹感に浸っているアイスは、天国と地獄の選択を迫られても上機嫌である。

「良い方から聞こうか」

「パリアさんから手紙が届いています」

「来たか!」

 パリアは、ここグレティワール王国で新聞を発行している会社の社員だ。
 対面インタビューという形で、何度かアイスと会ったことがある。

 新聞に載せる記事絡みで、少し前に応えたアンケートに気になる記述があった。
 回答一割脚色九割という捏造のような返答を送って、個人的にそれ以降の動向に注目していたのだが。

 ついに続報が届いた。

「……ふむ、ふむ! ほほう!」

 イリオが差し出した手紙を受け取り、急ぎ封を切るアイスは、逸る気持ちの赴くまま手紙を読みふける。

 アイスの息が荒いので、どうも朗報が書いてあったようだ。

「おい聞けイリオ!」

「はいはい、なんですか?」

「例の茶話会、やるらしいぞ!」

「へえ」

 実際はもっといろんな理由があるのかもしれないが、アイスらが知る限りでは、恋人の欲しい男女が集まり茶話会をする、という催しである。
 正に、アイスが気にしていた記述の続報であった。

「私も拝見してよろしいですか?」

「見ろ。ほら」

 なぜか期待に満ちた瞳で自慢げな顔をしているアイスから手紙を受け取り、なるほど季節の挨拶と気になる茶話会のことが書かれてあった。
 試しに小規模なものをやってみる、という話だ。

 ――やはり、アイス様も参加しませんか的なことが、一言も書かれていない。

 イリオはその可能性を考えていた。
 果たして例の茶話会が開かれることがあった場合、アイスが誘われることがあるのだろうか、と。

 聞く限りでは、割と俗な催しだ。
 それに新聞は王族貴族の情報が規制されているので、庶民向けの情報で統一されている。
 そんな新聞社が主催となれば、当然庶民向けの茶話会となる。

 一応貴族であるアイスが誘われるわけがない。
 向こうからすれば、誘えば無礼者呼ばわりされて叱責されるほどの案件だ、と考えてもおかしくない。

 現にイリオはそう思うのだから、まだまだ認知度が低い成長途中である新聞社としては、アイスに怒られる可能性がある言動は控えるだろう。

 仮にアイスが渇望しようと、誘うわけにはいかないだろう。

 残念ながら。
 アイスが恋人探しの茶話会に参加することは、絶対にありえない。
 色々と想うことはたくさんあったが、むしろこの手紙がイリオにとっては決定的だった。

 このひどい現実を突きつけねばならないイリオからすれば、良い報告かと思えば、上げて落とす的な悪い報告であった。

 要するに、二つ届いた重要な報告は、結局蓋を開ければ悪い報告と悪い報告しかなかった、というわけだ。

「……はあ」

 一瞬で気が重くなったイリオは、ひとまず、今は茶話会の真実は話さないことにした。

 できれば、もう一つの悪い報告が諸々片付いてから、折を見て伝えるべきだ。

「もう一つの悪い報告ですが」

 イリオはテーブルに手紙を置いた。

「アプリコット様から結婚式の招待状が届いています」

 ――このタイミングで伝えたら、絶対に泣くから。




「フン。いよいよ結婚式か」

 アイスはなぜだか勝ち誇った表情で、不幸の手紙に等しいそれを睨む。

 届くたびに胸が痛くなり、世界を呪いたくなったそれは、しかし今回だけは違う気持ちで受け止める。

「次は私だからな! 茶話会で恋人を見つけて、結婚式には現役組も引退組も関係者全員呼んでやるからな!」

 その「茶話会」のお誘いは一生来ないことを、いつ告げるべきなのか、イリオにはまるでわからない。

 タイミングを誤れば、絶対に泣くだろう。号泣するだろう。
 酒飲んで泣き喚いて死んだように寝入るだろう。

 


 「今度こそ恋人を作るんだ!」と。

 全身全霊で意気込むアイスが、イリオは不憫でならなかった。





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