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249.新婚旅行  八日目 見立て

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「レイン様、今朝のフレの様子からして、もしかして……」

「ああ、上手くいったみたいだ」

「おお、それはそれは……あいつやりましたね」

 ササンに見送られて屋敷を出たところで、ジャクロン殿に聞かれた。

 ジャクロン殿がここにいる理由は、見立てである。
 なったばかりの騎士職を返上したり家を出たりと愚行を侵した弟を心配した、父親であるフィリック殿に命じられてやってきた。

 命令はこうだ。
 つまらない女性に引っかかったんじゃないか、もしそうなら無理やりにでも連れて帰ってこい、と。

 ジャクロン殿がタタララの見立てをどう立てて、どういう結論を出したのかは知らないが、彼はフレートゲルトとタタララの様子を静観してきたと思う。

 応援しているとは言っていたが、内心どう思っていたかは……

 ……そうだ、せっかくだし聞いてみるか。

 服を見に行きたいと言っていたが、どこまで行くかはわからないし、徒歩だ。歩きながら話すにはちょうどいい。

「ジャクロン殿は反対だったのか?」

「フレとタタララさんの関係ですか? ……いや、俺は本当にフレを応援していましたよ。タタララさんのことは一目見た時から認めていたし、あれならフレが惚れ込むのもわかりましたから」

 へえ。

「私は武芸はあまり得意ではないのだが、やはりその道の者の目から見たら、タタララは只者じゃないのか?」

「はい。ついでに言うとレイン様の奥方も普通じゃないですね。なんというか……歴史に名を刻んだ英雄の若い頃はこうだったかもな、という感じです。ちょっと伝わりづらいかもしれませんが」

 肌で感じる強さは異常で、二人がまとっている威圧感は国王陛下や騎士団長の父親もかくや、とまで思うそうだ。

「あの強さは憧れます。もしカリアがいなければ、俺も惚れていたかもしれない。いや、森の向こう・・・の人は恐ろしいですね」

 うん、まあ、強いのはよく知っているが。
 そうか、強い人は強いだけに、強さに憧れるのか。そう考えるとわかりやすいな。

 ……まあ、私もアーレの強さにも惚れ込んだ身なので、他人事でもないが。彼女の好きなところを上げるなら、強さは必ず入るしな。

「では、フレを連れて行っても……?」

「フレとタタララさんが決めたなら、俺は何も言わないし、邪魔もしません。そもそも俺に止められる力もないですし」

 それに、とジャクロン殿は端正な顔でニヤリと笑う。

「弟が必死で口説いた女との仲を裂くなんて、兄としても男としてもできません。父上には『めでたく両思いになったから行かせた』と報告しますよ」

「それでフィリック殿は納得するのか?」

「しますよ。そうじゃなければ有無を言わさず連れて帰ってこいと命じていたはずですから。
 あの人も、両思いになったら仕方ないと思っているんですよ。決して口には出さないと思いますがね」

 ……なるほど、そんなものか。

「それにしても、どう見ても脈なしだとカリアが言っていたんですけどね。フレはどんなテクニックを使ったんですか?」

「え? ああ…………それは本人に聞くといい」

 わいせつ行為と泣き落としとは、フレートゲルトの身内にはなかなか言いづらい。




 ジャクロン殿の案内で大通りまで出てきた。
 天気のいい午前中だけに、人の往来はとても多い。ウィークの街は本当に栄えている。

「目的の店はここか?」

「はい」

 そんな大通りに面した大店の老舗は、王都にも店舗を持つ高級仕立て屋だ。王族は専門の店があるが、公爵辺りから利用者がいるはずだ。

 仕立てるのはドレスが主体だったはずだが、もちろん男性用の礼服も作ってくれる。そしてもちろん値も張る。

 ――もはや向こう・・・の住人である私には、まず縁のない店だ。

 せっかくだから下着でも新調しようかと思っていたのだが、ここには私の求めるものはきっとないだろうな。

「ジャクロン殿の服を作るのか?」

「いえ、あなたのです」

「は?」

「ついでに言うとレンタルです。さあ行きましょう」

「え?」

 ……え?




「あの、ジャクロン殿、これはいったい」

「あとで説明しますので――ああ、これはいいんじゃないか?」

「物は確かだけれど、型がちょっと古いのよねぇ……」

 何なんだろう。
 何なんだろう、この時間。この状況。

 私が女性だったら犯罪になるんじゃないかというくらい強引に店に連れ込まれ、更衣室に押し込まれた。
 そして、少々お歳を召した店員の淑女と一緒に、あれこれと礼服を持ってきて「着ろ」と言う。

 言われるまま何着か来てみたが……何なんだろう。

 しかも、白い礼服だなんて。
 こんなの結婚式くらいでしか着ないぞ。……いや、兄上の礼服が白かったな。フロンサードの王太子用の式服や礼服は白いのだ。

「古くても大丈夫だろう。俺は少し古い型の方が好きなんだ」

「あら、カービン家の次男ともあろう人が流行に疎いなんて。今は足が細く長く見えるズボンが主流なのよ?」

「そうなのか? 身に着ける物も身にまとう物もカリアに任せているからなぁ」

「見た目によらずダメねぇ。素材の良さだけで勝負しちゃって。もったいない」

 うん。
 二人で話し込んでないで、私に説明してくれないかな。一言でいいから。




 しばらく言われるがまま着替えをして、なんとか「これぞ」と太鼓判を押された一着が決まった。
 なお私の意見は小さじ一杯分も入っていない。

「一体なんなんだ? そろそろ教えてくれないか?」

 上から下から白スーツでまとめられた私は、なんだ、これからどうするんだ。何をさせるつもりだ。

「レイン様、もう少しだけ任せてください。本当にもうすぐわかりますから」

 はあ……そう。

 …………

 数日前から。
 私に黙って皆で準備。
 私以外は皆忙しそうで。

 そして、今の私のこの状況。この格好。

 …………

 あ、これ、これ以上考えちゃダメなやつかもしれない。

 しばらく何も考えずにジャクロン殿に任せよう――きっとそれが一番いい。




 きっと、それが一番、嫁が喜ぶはずだ。



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