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225.新婚旅行  三日目 肉が食いたい!

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「――今度は名乗っていいよね? 僕はリカリオ。君の名前を聞いてもいいかな?」

 今度は?
 リカリオ?
 君の名前を聞いても?

 言うに事欠いて、タタララに?

 フレートゲルトの胸中は、すでに穏やかではなかった。

 突然乱入してきた男は、タタララに対して、よりによってタタララに対して気安く声を掛けているのだ。

 内容からして、特筆すべき関係は、まったくないのだろう。
 今は。

 これからすぐに特筆すべきことになる予感がしている――だから穏やかではない。

 リカリオと名乗った身形のいい男は、フレートゲルトも知っていた。
 ここウィーク辺境地を納めるリーナル・ウィーク辺境伯の二番目の息子である。会ったことはなかったが名前は憶えていた。恐らく間違いないだろう。

 というのも、長男は知っているし面識があるのだ。いつだったか次男のことも話題に上がったことがある。

 リカリオはフロンサードの貴族学校には来なかった。
 隣国との親睦も兼ねて、隣国の貴族学校に行ったからだ。そして家を継ぐ兄のサポートをする予定となっていたはずだ。

 だから、フロンサードの夜会にはまず顔を出していない。
 留学する前の幼少の頃、幾つかの集まりには出たと思うが、憶えている者は少ないだろう。

「……」

 まずい。
 このままでは非常にまずいということはわかるが、なんと割り込んでいいかもわからない。というか割り込むべきタイミングなのかどうかもわからない。

 微笑みを浮かべるリカリオと、特に表情を変えていないタタララが見詰め合っている。
 実に心穏やかでいられない光景が目の前にある。

 なんでも、ナナカナからお菓子を対価に仕入れた情報では、タタララはレインに似た男を理想としているらしい。

 実にいい趣味だと思った。

 レインの兄たちは、今代の王侯貴族の中でも特に美しく華があり、社交界でよく映えた。それに比べればレインは少々地味だった。
 だが、あくまでも比べてのことだ。
 レイン単体で見れば、典型的かつ誰しものイメージにありそうな王子様の特徴を外していない。

 しかも、一年半ぶりに見たレインは、以前の「王室のぼっちゃん王子」という雰囲気がなくなっていた。
 以前は苦労を知らなそうな、どこか詰めが甘そうに見える純粋培養された王子様という感じだったが――

 今のレインは少し逞しくなっていて、まったく持ち合わせていなかった野性味を感じさせた。
 それは、以前はなかった華である。今のレインは以前よりかっこいい。見た目じゃなくて中身もきっといい男になっているだろう、とフレートゲルトは漠然と思っていた。

 ――そんな以前のレインと、リカリオは雰囲気がよく似ていた。

 少し長めの金髪に、整った顔立ちは優しそうで甘い。瞳は紅茶を思わせる赤茶色。
 一見地味だが、よく見たら全てが上品にまとまっている男だ。
 それに気づいた者……特に女性は、きっとリカリオの魅力にハッと息を飲むのだろう。

 つまり、ナナカナ情報からすれば、リカリオはタタララの好みど真ん中である可能性が高いということだ。
 そんな男と見詰め合っているこの状況を、どうしたらいいのか。

 焦燥感は募る。
 だが、相手はウィーク辺境伯の息子。貴族だ。騎士をやめ家を出た自分は平民と変わらない。

 無力な自分には、これを邪魔する理由も権利もなく――

「おい」

 だが、救世主はいた。

 じりじり心を焦がしなら見ているしかなかったフレートゲルトの代わりに、アーレが不機嫌そうに口を開く。

「我らは今から飯だ。おまえの用事で我らの邪魔をするな」

 実にシンプルで、どこまでも愚直で、だが強い言葉だった。

 そう命じる・・・アーレには、確かに国王や父フィリックのような統べる者の威圧感のようなものがあった。
 見た目は普通の街娘なのに。

「え? いや……え?」

 リカリオは戸惑った。

 リカリオはそれなりにモテてきたし、女性に邪険に扱われたこともなかった。
 その上、自分に対してここまで態度が大きい庶民の女性というのも、今まで縁がなかった。

 いや。

 己を見詰める金色の強い眼差しは、ただの庶民とは思えない眼光を放っている。

「店の者と間違ったことは謝る。すまん。話はこれで終わりだ。何の用事か知らんが後か今度にしろ。邪魔だ」

 フレートゲルトはわからなかったが、というか素直に「よくやった!」と喜んでいるばかりだったが、他の者は全員わかっていた。

 ――ああ、レインが頭を下げたのが気に入らなかったんだな、と。

 しかも下げさせたくせに、それからもぐずぐずと絡んできたのが、より気に入らないのだ。

 口出しするくらいに。

「あ、あの……名前が聞きたいだけで……」

「我の声は聞こえないのか? それとも我にケンカを売っているのか? どっちでもないなら失せろ。三度目だぞ。新婚旅行の邪魔だ」

「新婚旅行……え、新婚旅行!? だ、誰と誰が!?」

「――おまえの耳は飾りか? それともケンカしたいのか?」

 ガタッと椅子を立ち上がったところで、さすがにレインが止めた。

「アーレ。落ち着いて。――リカリオ様、これ以上何もないようならご容赦ください」

「……ううん、どうも間が悪かったようだ。失礼するよ」

 リカリオは踵を返し――ふと振り返った。

「次会えたら、今度こそ名前を教えてくれるかい?」

 タタララは何も言わなかったが、それで構わないとばかりにリカリオは行ってしまった。

 ……隣のテーブルに。

 先に来ていた男二人に混じった。
 彼は彼で、普通に連れと一緒に食事に来ていたらしい。




「なんだあいつは。おいタタララ、あいつはなんだ」

 アーレはイライラしている。
 隣のテーブルでこちらに向かって笑顔で手を振るリカリオを見て、更に腹を立てている。

「運命の池に行った時に顔を合わせただけだ。それ以上は何もない」

 タタララの返事は素っ気ない。
 実際、本当にそれだけなので、それ以上言うこともない。

「ただ……名乗ろうとしたあいつを、次の機会にしろと言った。そしてついさっき次の機会が来て、あいつが名乗った。それだけだ」

「……ふん」

 この場の全員が思った。

 ――あれ、これぞ婿探しの出会いじゃないか、と。

 そんなことがあっていいとは全然思えないフレートゲルトでさえ思ってしまった。

「タタララ、あいつと番になるか?」

「アーレ!?」 

 さっきはフレートゲルトの窮地を救った女神が、とんでもないことを言い出した。

「どうかな。私は他人どころか自分の心さえよくわからんからな。……そうだな、もしがあったら、その時は話でもしてみようかな」

 リカリオと結婚。
 色々と障害は多いが、不可能ではない。

 もちろん、当人の気持ちが第一だが。

「そもそもあいつがどういうつもりかもわからんだろう。もしがあればその時考えるさ」

 タタララはあまり興味がなさそうだ。

 そこで話は途切れ――ふと、今まで何も言わずに静観していたナナカナが言った。

「――ちょっとレインに似てるよね、あの人」

 そう言われて、タタララは隣のテーブルを見た。
 まだこちらを見ていたリカリオと目が合った。

 ――それを、何も言えないフレートゲルトも、見ていた。




 巨鳥型の魔獣の解体ショーは盛り上がったが、特に魔獣の解体なんて珍しくもないこのテーブルだけは、酒と食事と隣のテーブルに夢中だった。

 肉は、うまかった。



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