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224.新婚旅行  三日目 肉を食おう!

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「――肉、いいんじゃないか?」

 カリア嬢とともに、フレートゲルトの勝算のなさを嘆いたりもした午前だが、午後の予定もちゃんと考えた。
 というか、カリア嬢はそれなりにこの街に詳しいようで、観光の相談にも頼りになった。

 午前中、戦闘訓練をして風呂に入ってさっぱりしたアーレとタタララが食堂へやってきて、ようやく全員が揃った。
 時間的に昼食頃である。

 そして、二人に色々と予定の候補を挙げてみた結果、アーレは「肉がいい」と回答した。

「肉は我らの主食だ。ここのところあまり肉を食っていないから、そろそろしっかり肉を食って力を付けたい」

 ああ、そういえばそうか。

 私なんかは昔から慣れ親しんだパンが主食の生活に戻っていた形だが、彼女たちにとってはそうじゃないからな。
 昨日の食べ歩きも、肉がメインだったわけではないから。

 なるほど肉か。
 うん、いいと思う。

 ――ここウィークの街は、隣国との物流が盛んである。だからこそ珍しい物が流れてきたり、違う文化が流れてくる。

 その中の一つが、解体ショーと呼ばれるものだ。
 冒険者たちが狩ってきた食べられる魔獣を丸々買い取って、それを客の目の前でさばいて肉を食べる、という商売の店だ。

 血抜きして腸を抜き熟成させ、ある程度原型をとどめた魔獣を、客の前で料理人がさばいて提供するのだとか。
 これが見た目も迫力があり、また肉もうまいとあって、結構な人気なのだとか。

 普段街中で暮らしている民は、魔獣を見かける機会なんて早々ない。
 それは死んだ魔獣も同じである。
 料理人でもなければ、魔獣どころか鶏や牛といった動物を解体したこともないだろう。食肉だって解体した後のものを購入しているはずだ。

 向こう・・・の住人なら、大人なら誰もが獣をさばけるというくらい一般的な……というか、生きるために必要な技術だ。
 一般的な動物くらいしかさばけなかった私も、すぐに慣れるほどに経験した。

 だが、こちら・・・の住人には、それが珍しいのである。
 だから商売として成り立っているのだ。
 
 卸したての肉は格別ということで、貴族にも人気があるらしい。お忍びで来たり、人目につかない個室があったりするそうだ。

 私も個人的に、プロの料理人の包丁さばきというものを見てみたい。そしてさばいた肉をどう料理して提供するのかも知りたい。
 さばく獲物はその日その日で違うそうなので、どこまで応用できるかわからないが、新たな肉料理のレシピは持って帰りたいところだ。

「じゃあ今日はそこにするか」

 タタララが同意し、ナナカナは「任せるよ」と冷めた返答をする。

「おまえたちは来るのか?」

 アーレの視線は、カリア嬢とジャクロン殿に向いている。

「わたくしは遠慮しますわ。家でやることがあるので」

 カリア嬢は、外で私たちに同行するのは控える意向なのだと思う。

「俺も遠慮しておこう……体中が痛い」

 ジャクロン殿は、戦士たちにかなりしてやられたそうだ。
 見える部分は問題ないが、服の下は痣だらけだと本人が言っていた。

「ば、馬車の、準備、してくる」

 同じ理由で体中が痛いのだろうフレートゲルトは、ぎくしゃくした動きで外へ向かった。

「アーレは大丈夫か?」

 ジャクロン殿もフレートゲルトもあの有様である。もしかしたら嫁とタタララも痣とかできているかもしれない。

「何がだ。ジャクロンもフレートゲルトも弱くはないが強くもなかったぞ。怪我をする理由などない」

 なあタタララ、と言われて彼女も頷く。

「本当に強くも弱くもなかったな。動きの全てが型にはまり過ぎで柔軟性が全然足りなかった。魔獣相手だとすぐ死ぬぞ」

 うわ……現役騎士と元騎士相手にその台詞か。

 でも、実力的にはきっとその通りなのだろう。
 アーレは白蛇エ・ラジャ族で最強の戦士と、タタララはその相棒だからな。
 



 辿り着いたのは、建物ではなく大きなテントを張っただけの店だった。

 血の臭いがこもる、染みつくという観点から、いっそ風通しを良くして染みつくものをなくした結果がこれだ。
 大きな広場のような場所にテーブルや椅子を用意し、ある程度風を通す日除け雨除けの天幕である。

 本当に人気があるようで、二十を越える大きなテーブルはほとんど埋まっていた。客層は普通の庶民から、少し身形のいい商人といったところか。
 一食分の値段には少々高い設定だが、それでもこれだけ集客できるだけの魅力があるのだろう。

 肉か、解体ショーか、もしくは両方か。

 昼と夜に解体ショーをやるそうで、ちょうどこれからだという。
 遅くに来たので舞台からは少々離れたテーブルだが、ちゃんと見える位置である。

 そう、ここには簡単な造りの舞台がある。
 テーブル席を見下ろす底で、料理人たちは獲物をさばくのだ。

「――まずはエールと茹で豆だな」

「――そうだな。豆は一人分でいいがエールは五杯ずつ頼もうか」

 ショーはまだかとざわつく店内で、こちらの女性陣はすっかり覚えた名前の酒を注文しようとしている。
 まあ、少し時間が経っているが風呂上りだからな。冷えたエールは呑みたいよな。……私も少し呑みたくなってきたな。

 いけない兆候である。
 昼間から酒なんて。
 そんなの完全にダメな人間じゃないか。

 …………

 旅行中くらいダメになってもいいんじゃないか?

 いやダメだ。
 悪魔の囁きが聞こえるが、ダメ。 

「――お? いや僕は店員では……おや?」

 一人葛藤している横でエールの注文をするアーレとタタララの返答に、違和感を感じて視線を向けた。

「違うのか? そんな格好をしているから店の者かと思った」

 アーレがそう言ったのは、少し畏まった黒い細身のズボンに白いシャツ、そして茶色のベストという……昨日食べ歩いた店の何軒かで見た、店の人のような恰好をしていた。

 若い男だ。
 同い年くらいだろうか。

 まずい、と思った。

 パッと見の格好こそ店員のようだが、身に着けている物の全てが高級品であることがすぐにわかった。
 恐らく貴族だ。

「連れがすみません。失礼しました」

 アーレに黙るよう手で示し、私はすっと立ち上がって頭を下げる。

 そんな私に、彼は小声で……周囲に目立たないよう言った。

「気にしないでいいよ。身分がバレると面倒だから顔を上げてくれ」

 顔を上げる。
 目が合った。

「……以前どこかでお会いしたかな?」

「生憎、私は庶民ですので。貴族様に知り合いは……」

 ものすごくいるけど。
 でも濁してごまかしておく。

「そう。その気品のある顔立ちと髪の色、目の色と形は、とても庶民には見えないが……まあいいか」

 これもまたまずいな。
 恐らく過去、王城で会ったことがあるのだろう。私は覚えていないし、彼も覚えていないようだから、一度挨拶をしたくらいの関係だと思うが。

「――それより君。そこのポニーテールの女性だが、知り合いかな?」

「はい? ……」

 言われて、テーブルを見て、該当者を探す。
 探すまでもなく知っているのだが、……彼の言葉が予想外だったので、少し動揺しているのだ。

「彼女ですか?」

 タタララを指して問うと、彼は頷いた。

「彼女とは以前……二日前かな? 会ったことがあるんだ」

 二日前?
 ……運命の池に行った時だろうか。

 彼は私を通さず、タタララに向かっていった。

「今度は名乗っていいよね? 僕はリカリオ。君の名前を聞いてもいいかな?」




 リカリオ。
 その名前を聞いた瞬間、奥底で埃をかぶっていた名前が浮かんできた。

 リカリオ。
 リカリオ・ウィーク。

 リーナル・ウィーク辺境伯の次男。

 ……この地の領主の息子、だったな。面倒な者と関わってしまったかもしれない。




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