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206.いざ出発

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 もうすっかり秋である。
 日中はまだしも、深夜から明け方となると、しっかり寒い。

 出発は、まだ陽が昇らないほどの早朝。
 空は寒さとの戦いになるので、夜間の飛行は控える方向で考えた。

 白蛇エ・ラジャ族は寒さに弱い。

 ただし――

「さあ行こう! 飛べ!」

 ナナカナ、タタララは寒そうだが、アーレはその限りではない。
 むしろ普段より勇ましい。

 楽しみというのは、部族的体質をも克服するのかもしれない。
 
 旅行企画が立ち上がってから嫁がずっと子供みたいなんだが、これはこれでいい。
 ぜひとも思い出に残る旅行になるといいな。

 ……と、手離しで考えられればいいんだが。

 この新婚旅行は、新婚旅行という名でありがなら、各人が持つ意味が違う。


 まず話の大元であるタタララは、新婚旅行という名の婿探しである。

 今回の旅行は、日程を二週間程度と定めている。
 無理をして婿を探し連れて行くのではなく、まず婿候補を探し、何度か逢瀬を重ねてから決めればどうか、と話してある。
 
 私とケイラという前例はあるが、私たちはこちら・・・で死ぬ覚悟をしてやってきた。
 その前提がない者たちから婿を探す形となる以上、やはりいきなり婿入りどうこうは無理だろうと。

 タタララも納得し、腰を据えて一年ほどを掛けて探すつもりになったようだ。
 まず向こうへ行き、私のサポートもありつつ普通に過ごせるようになったら、もう一人で行き来しても大丈夫だと思う。

 今回は、あくまでも自分の活動拠点の確保と向こう・・・の常識を知るためだと、私は思っている。
 タタララは……自分と相手二人分の一生の問題になるのだから、答えを焦らないでほしい。


 ナナカナは、新婚旅行という名の社会見学である。

 いや、社会というよりは異文化見学とか異国見学とか、そういう言葉の方が相応しいのだろうか。
 まあ本人に自覚があるかどうかはわからないが。
 
 彼女は頭がいいので、やる気さえあれば得るものは多いだろう。
 そうじゃないにしても、策士策に溺れる失敗談はたくさん聞かせてやろうと思う。

 この世には、頭がいいからこそ失敗するケースもたくさんあるのだ。
 彼女はきっとそれをまだ知らないのだ――大きな失敗をする前にちゃんと教えておきたい。


 二度と帰ることはないだろうと覚悟していた私は、新婚旅行という名の忘れ物探しだ。

 考えれば考えるほどあれもこれと思いつくが、全てを得るのは不可能だろう。
 何しろ物品じゃなくて知識と技術が多いから……

 なるべく重要なものを最優先にしようとは思っているが、不慣れなウィーク辺境地で探すことになるので、どうなるか不安も多い。

 タタララのサポートもあるが、これに関してはフレートゲルトと相談してから決めたいと思う。
 彼は手伝わないと言っていたが、彼に構わず動けるかどうかもわからないから。

 あと、本当に観光地は巡ることになると思う。
 

 そしてアーレは、新婚旅行という名の新婚旅行へ行く。
 そう、彼女だけはその名の通りである。

 アーレが絶対にしなければならないのは、タタララがどこかに行かないか見張るくらいのものだ。
 それ以外は基本自由で、きっと私を連れ回していろんな所へ行きたがり、いろんなことをしたがるだろう。

 私も、サポートと忘れ物さえなければ、なんの憂いもなくアーレと楽しめるんだけどな……


 そんな人それぞれ意味合いが違う新婚旅行は、これから出発となる。

 見送りに来たケイラとカラカロに、双子とサジライトを任せる。
 白トカゲがなかなか私から離れようとしなかったが、カラカロが仕留めた獲物のように肩に担ぐと大人しくなった。

 同じく見送りに来た婆様に挨拶をする。

 婆様が綴った過去への手紙は、すでに預かっている。
 あとはウィーク辺境伯に渡すだけだ。

「最後に簡単に確認をするけど、いいか?」

 運んでくれるオーカとミフィ、ナェトとサリィ。
 運ばれるアーレ、ナナカナ、タタララ。
 見送りのケイラとカラカロ、婆様。

 皆の注目を集めて、私は最後にこれからの流れを確認することにした。

「私たちはこれから、オーカたちに吊られて森を越える。
 夜には向こう・・・に到着する予定だ。

 オーカたちは、明日の午前中にはここに帰ってくると思う。私たちを無事送ったことを婆様かカラカロに伝えてほしい。
 で、十二から十五日くらいしたら降ろした場所で待っているから、迎えに来てくれ」

 錆鷹サク・トコン族の四人は頷く。

 まあ、ついこの前まで族長をやっていたオーカはかなりしっかりしているので、彼らの心配はいらないだろう。

「日程は今話した通りだ。もし何かあれば、これに合わせて調整を頼む」

 たぶん大丈夫だとは思うが、客が来たり族長の判断が必要な案件に関してである。

 今朝もウキウキしていたアーレが、ふと真顔に戻った。ふと己の役割を思い出したのだろう。

「カラカロ、しばらくジータを頼む」

「ああ」

 私たちが不在の間は、ジータが族長代理を勤める。
 カラカロはジータを支えるよう言われている。まあいつも通りに近いのだが。

 あとは、旅行組への注意だが……これは現地で言うべきだろうな。

「私からは以上だ。何もないなら出発しようか」




 私はいつかのようにしっかり縛られ、アーレたちは右腕に縄を巻く。
 そうして、ついに暗い空へと飛び立ったのだった。

 道中は、特に問題はなかった。
 二回ほど休憩を挟んだ以外は、強風に煽られて寒い想いをしつつ――すぐに森の終わりが見えてきた。

 私が決死の覚悟で森を越えた時は、何日も掛かった行程だったのにな……部族が違えばこんなにも楽であり安全なのかと感慨深く思う。




 陽が昇り、空が赤く焼け、また暗くなり。
 森の終わりにやってきて、ゆっくりと高度が下がっていく中――

 アーレたちと初めて会った、思い出深いササラの木が見えてきた。

 そしてその木のすぐ傍らに、大柄の男の影が見えた。
 

 
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