192 / 252
191.やめてた。驚いた。
しおりを挟むアーレとタタララのケンカは、すぐに収束した。
表向きは、ではあるが。
次の日にはまた一緒に狩りに行き、夜は酒を呑んで雑魚寝する。
そんな戦士らしい夏の過ごし方をするようになった。
だが、あくまでも表向きの話である。
「――帰ってこなかったらどうする」
まず、タタララを森の向こうへ行かせる意向を話すと、アーレは真っ向から反対した。
「――レインには悪いが、タタララがいなくなるなど考えられない。おまえがいなくなるのと同じくらい考えられない」
アーレは私と同じくらいタタララが大事だと語った。
悪いなんてとんでもない。
私とは一年ちょっとで、タタララとは十五年を超える長い付き合い。
付き合いの長さが段違いということは、それだけ情の深さも思い出の絡みつきも大きいということだ。
むしろ私よりタタララの方が大事だと言われても、私は納得できる。
そもそも、執着が強すぎるということは、それだけ情が深いということだ。
それがアーレの好いところでもあるのだから。
「――絶対に行かせる気はない」
アーレははっきりと断言した。
だが、きっと、タタララは行くと思う。
そうじゃなければ、彼女は一生自分の中に本心を隠し、アーレに「集落を出たい」などと話すことはなかっただろう。
むしろ、話すことで踏ん切りをつけたのかもしれない。
タタララはきっと行く。
どんなに反対されも、きっと行くと思う。
そんな感じで、主張がぶつかった結果、本当にケンカ別れのようになってしまう危険がある。
それも、出て行ったタタララが二度と帰らないと決めるくらい、激しい衝突になりそうな気がする。
――そんな目に浮かぶような最悪の未来を避けるべく、二人の仲を折衝するのが、話を預かった私の役目でもあるのだろう。
……色々と交渉材料は考えているが、さて。
果たしてアーレを説得できるほどの題材が思い浮かぶだろうか。
戦の季節は進んでいく。
アーレとタタララも、見た目は何事もなかったように日々は過ぎていく。
そして私も、タタララを森の向こうへ送り出す準備を始めていた。
「な……えっ!?」
まず、近況を知るべくフレートゲルトに手紙をしたため――すぐに返ってきた手紙の内容に驚愕した。
よかった。
まだ昼過ぎで、周囲に人は少ない。それでも大声を上げれば誰かに聞こえたかもしれない。
誰にも知られないよう、自分の家の中で開封していて、よかった。
「……なぜ?」
見慣れた親友の文字が綴られた手紙に、何度も目を通し、その驚くべき内容に疑問符しか浮かばない。
騎士を、やめた?
今は執事見習いとして下働きの教育を受けている?
俺はおまえより器用だからすぐに追いつく?
……最後のは普通にちょっと癪に障っただけだが、これは関係ない……いや、関係ないとも言えないのか?
あのフレートゲルトが騎士をやめたという衝撃の内容は、どう解釈すればいいのか。
知り合った時から、親友は騎士を目指していた。
騎士団長の父親の背を見て自然と騎士になることを志し、ずっとずっと努力をし続けていた親友の姿は、よく覚えている。
貴族学校の一年生の時には、もうフロンサード騎士団の入団試験に合格するだけの実力が伴っていた。
事件や事故という障害さえなければ、貴族学校を卒業してすぐに騎士団に入っていたはずだ。
私は飛び級で一年早く卒業したから、フレートゲルトは今年の春に学校を卒業し、そして今は騎士団の新人としてしごかれている、はずだった。
やめた、らしいが。
だから実際騎士団には入ったようだが、すぐにやめたことになるのか。
あ、そう言えばケイラが騎士になったと言っていたか。
彼女がこちらに来たのはフレートゲルトの騎士団務めが始まる直前だったと聞いた気がする。
…………
なぜだ。
親友に何かあったのか? いや、愚問か。ないわけがない。何もないなら騎士をやめることもないだろう。
で、執事見習いになった?
なぜだ。
……ううん……さすがに考えてもわからないか。
判断材料がなさすぎる。
ただ、手紙がちゃんと返ってきたところからして、生活にはあまり変化はないのかもしれない。
この手紙のやりとりは、フロンサード王国の王族の緊急用である。
国を出た私のせいで、この王族しか知らない秘術を誰かに知られるわけにはいかない。
あまり頻繁に送り合うことはできない。
正直かなり気になるが、この際フレートゲルトの事情は置いておこう。
タタララを行かせるので、彼女に聞いてきてもらえばいい。
込み入ったややこしい事情なら、フレートゲルトに手紙を書いてもらって、それを預かってもらって直接受け取ってもいいだろう。
……よし、方針は決まったな。
フレートゲルトの近況が本当によくわからないので、私の頼みを聞いてもらえない可能性もある。
その場合は、また違う方法を考えねばならない。
とにかく、フレートゲルトがこの件を手伝ってくれるかどうか、まず確かめないと。
――タタララの婿探しに協力してほしい。
――彼女は、そちら側のことは右も左もわからないので、万全のサポートを頼む。
――引き受けてくれるか?
と、要点だけ手紙に書いて、すぐに送り出した。
数日して、返信がやってきた。
「……んんっ!?」
是非を問うだけの内容だったはずなのに、またしても手紙の内容に唸ってしまった。
「……婿探しは協力しないがサポートはする?」
つまり、一部拒否するがタタララの面倒は見る、ということか?
なぜだ。
…………
まあいい。
サポートしてくれる気はあるようだから、フレートゲルトに頼む方向で話を進めよう。
彼の誠実さは私がよく知っている。
金銭的にも余裕がある身なので、女性一人を匿うことも簡単だろう。タタララを任せてもいい人物だ。
……騎士をやめた理由が気になるし引っかかりもするが……それとなく手紙で聞いてみるか。
とにかく軸は見つけた。
これから本格的に計画を練るか。
10
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる