184 / 252
183.帰ってきた温度差
しおりを挟む帰ってきた。
約二週間に及ぶ誘拐から、ようやく白蛇族の集落に帰ってきた。
私が攫われてからも、特に何があったというわけでもないようで、私が帰るべき場所は変わらずそこにあった。
「――あ、婿さんお帰り!」
「――おお、帰ってきたか!」
「――無事か!? 無事だな!?」
集落の皆……女性たちはそれなりに心配してくれていたようだが、
「――まあ族長が迎えに行ったから当然か」
とのことで、歓迎ムードもそこそこに出迎えてくれてすぐ散っていった。族長に対する信頼が高いと見るべきだろう。
なかなかクールな反応だが、まあ、今は昼時だからな。
この時間帯の女性は皆忙しいから。
話をするなら夜でもできるし、アーレから正式な通達もたぶん出るはずだ。
「――おまえら誰だ?」
「――羽がある! 黒鳥族だ!」
「――ばか! 黒鳥族は黒髪だろ!」
おっと、そうだ。
「彼らはしばらく一緒に住むんだ。仲良くしてやってくれ」
白蛇族の子供たちが、私と一緒にやってきた錆鷹族の子供三人に絡んでいるところに口を挟む。
「――おまえら飛べるよな!? 飛べよ!」
「――あ、すげえ! 飛んだ!」
「――こっち来いよ! ヤギどもを追い回してやろうぜ!」
ああ……うん、子供たちは問題なさそうだな。
あとヤギを舐めるなよ。
彼らは子供たちから露骨に逃げ回るふりをして、逆に子供を遊ばせているだけだからな。
まあ、それに気づいた時こそ、少し大人に近づいたということなのだろう。
「子供は大丈夫だろう。あなた方はこちらだ」
と、私は私を吊って飛んできた錆鷹族の夫婦を促した。
約二週間ぶりの集落は、特に変わりはない。
一応私は誘拐されてようやく帰ってきた身になるのだが、それにしては心配が薄い気がする……
いや、過剰に心配しろとは言わないので、これはこれで文句はないが。
同行してきた錆鷹族は、夫婦に子供三人という五人家族だ。
どういう基準で選ばれたのかはわからないが、彼らの族長オーカが選び、彼らも合意してやってきた。
人質として。
見た感じ、普通の錆鷹族の一家という感じだが……選ばれるだけの理由があったのか、なかったのか。
気にならないとは言わないが、そこら辺はアーレが受け入れを決めた時点で決定なので、いずれ判明すればいいと思う。
いずれ族長を後任に継がせたオーカも、この集落に来ることになっているしな。
どうしても気になるなら彼に聞けばいいだろう。
――なお、アーレは到着が遅れている。
私は錆鷹族夫婦に吊られて運ばれてきたが、彼女はずっと地面を走ってきた。
子供たちの体力も考えて、途中の集落を訪ねて屋根を借りつつ、三日掛けて無理なく帰ってきたのだ。
その間走っていたアーレも、無理のないペースだったらしく、常に互いが視認できる状態で移動していた。
我が嫁ながら大した体力である。
そんなアーレは、どこかで白蛇族の戦士たちと合流できたらそのまま狩りに行くと言っていた。
だから、今頃は狩りに合流していると思う。帰るのは夕方だろうか。
慌ただしいとは思うが、今は戦の季節なので、族長としてはすぐにでも狩りに参加したかったのだろう。
白蛇族では、戦わない族長は認められないから。
「――レイン様!」
子供たちは遊びに行ってしまったので、錆鷹族の夫婦二人を連れて家に帰ると――家の前に立っていたケイラが声を上げた。
恐らく、集落が騒がしくなったところで私が帰ったことを知り、ここで待っていたのだろう。
「よくぞ御無事で……!」
「うん。ただいま」
うっすら瞳に涙まで溜められて言われると……ちょっと罪悪感があるので、クールな歓迎くらいが丁度良かったんだろうな。
攫われた時こそ色々と不安はあったが、目的が判明してからは特に不安も何もない生活をしていたから……
いや、不安はあったか。
アーレが来たらどうしよう、というのが一番の不安だった。
私が止める間もなく錆鷹族を皆殺しなんてことが起こりそうな不安は、どうしたって付きまとっていたから。
「詳しくは夜に話そう。アーレは狩りに行ったから、帰ったら彼女から説明があると思う」
「は、はい。……思ったより冷静ですね」
私も多少気になった反面、迎える側も多少引っかかるものがあったらしい。
「誘拐されたと言われれば大事件だが、行った先でのことが思ったより何もなくてな。話せることも大してないんだ」
「は、はあ……まあ、ご無事で何よりかと」
「ありがとう」
帰る側と迎える側の温度差か。
きっと同じくらい熱量があるのが理想なんだろうけど、本当に、少なくとも私には特筆すべきことはなかったからなぁ。
まあ、代わりに得たものは大きいと思うが。
きゅー! きゅー!
火を入れていない囲炉裏端でぐたっと寝ていたサジライトが、私に身体を揺らされて起きるという野生の欠片もない流れで飛び起きて、激しく歓迎してくれた。
よしよし。
私が攫われる時に私を見捨てたのは忘れていないが、しょせん獣だからな。そんなものだよな。いいんだぞ、忘れても。
…………
すぐに歓迎の熱が冷めて寝直したところはダメだと思うがな。もう少しいいじゃないか。なあ。なあ? 起きない? 起きたくない? 寝る? あ、そう……
しつこく触っていたら、手が届かない場所まで行って寝てしまった。……しょせん獣だからな。こんなものだよな。
ハクとレアは変わらず……私が誘拐されたことも帰ってきたこともきっと知らず、今日も寝ているようだ。
下手に触って起こすのも何なので、見るだけに留める。
ナナカナは卵を拾いに行っているそうで、昼は帰らないそうだ。
――さて。
「昼食を食べたら空き家に案内するから、しばらくゆっくりしてくれ」
上がってもらった錆鷹族の夫婦にそう告げ、これから彼らが住むことになる白蛇族の集落について軽く話しておくことにした。
つつがなく昼食が終わり、錆鷹族の二人はひとまず休める場所として、族長宅の空き家に案内した。
細かい決め事はアーレがするので、私が彼らにできるのはここまでだ。
「私が不在の間、大変だっただろう」
本宅の台所にいたケイラに声を掛ける。
今は戦の季節。
夜は毎日のように戦士たちが集まり、大騒ぎする。
「いえ、特には」
「あれ? そうなのか?」
「ええ。戦士の皆さまは、族長代理として立てられたジータ様の家に集まるようになったので。こちらは毎日女性が数名とカラカロ様が来るくらいで、あまり大変ではありませんでしたよ」
ああ、なるほど。
アーレが不在になるから族長代理を立てて、結果集まる戦士が分散したのか。
「ただ、違う方向で不便が」
「違う方向?」
「何名か若い男性戦士が、嫁探しのためにレイン様に相談に乗ってほしいと言っていました」
あ……ああ、うん。そうか。
夏は色恋の季節でもあり、秋に結婚することを目指すんだよな。
私に何ができるかわからないが、相談くらいなら乗ろうじゃないか。
10
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる